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星の輝き

作者:霊亀
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第8局

 あかりは、珍しく一人で帰宅していた。ヒカルの父の会社で不幸があったそうで、ヒカルの父母がともに会場の手伝いに借り出されることとなった。その為、ヒカルもついていくことになったらしく、待ち合わせの駅前に行ってしまったのだ。さすがについていくわけには行かなかった。いつもヒカルと一緒の帰宅を楽しみにしているあかりにとって、非常に残念なことだった。
 そうでなくとも今は、海王受験のことでヒカルと相談したかった。あかりはがっかりしながら家へと歩いていた。そんなあかりの横を通りがかった車が、少し後方でとまったが、あかりは気がつかなかった。

―あの子、間違いないわ。
車を運転していた女性は、偶然見かけた女の子にあわてて車を止めた。

「藤崎あかりさんよね。」
 女性の声に呼ばれて、あかりは振り返った。ヒカルたちと一緒に行った碁会所の受付の女性、市河が立っていた。
「ねえ、今日少し時間あるかな。あなたたちにすごく興味を持っている方がいるの。今日、ちょうど碁会所に来ているのよ。よかったら、碁会所に来てみない?」

 特に用事もなかったあかりは断る理由も思いつかず、半ば強引に碁会所に引っ張りこまれた。
―うーん、また塔矢くんなのかなぁ…。なんか会うの気まずいなぁ…。
 しかし、碁会所にいたのはあかりが予想もしていなかった相手だった。

「先生、この間話していた子です。藤崎あかりさん。アキラくんと三子でいい勝負をした。」
「先生?」
 碁会所にいたのは、和服を着たおじさんだった。どうやら、碁会所の客に指導をしていたらしく、対局している客たちの横に立ち、石を並べていた。

―先生って、囲碁の先生なのかな?碁会所って、囲碁の先生がいるんだ。
 碁会所のことをよく知らないあかりは、そんな風に考えていた。

「君がアキラと打った子か。もう一人いたと聞いたが、今日は一緒ではないのかね?」
「あ、今日はヒカルは用事があって。」
「…そうか。アキラといい勝負をしたそうだね。」
「えっ、そんなことないです。互先では全然でしたし。」
あわててこたえるあかりに、近くにいた客が口を挟んだ。
「いや、先生、その子もなかなかたいしたもんでしたよ。私も見てましたけど、とても子供とは思えない打ちぶりでしたよ。」
 そんな声をかけられ、あかりは戸惑ってしまった。

「きみたちの実力が知りたいんだ。座りたまえ。」
 そう言って、そのおじさんは空いていた席に座った。
「きみの友達はアキラに勝ったそうだな。」
「あ、はい。」
 あかりは言われるままに席に着いた。なんだか迫力があり、断りにくいおじさんだ。それに今日はヒカルもいない。ここで1局打つのもいいかとあかりは思った。
「石を六つ置きなさい。」
「六子も!?」
「そうだ。」

 あかりはむっとした。
最近はヒカル相手でも五子でいい勝負をしているのだ。なのにこのおじさんは六子を置けと言う。あかりはおとなしそうに見えて、結構負けず嫌いなところがあった。ただでさえ今日はヒカルと一緒に帰れずに不機嫌だったのだ。
―負けるもんか!
 あかりは、相手が誰と気づくこともなく、決意していた。
 そんなあかりの様子を、正面に座る塔矢アキラの父、塔矢行洋は、じっと見つめていた。






 一方そのころヒカルは、母と合流して、葬儀会場に来ていた。父の会社で不幸があり、父と母が式の手伝いとして借り出されることになったのだ。

「じゃあ、ヒカル、お母さんは受付の手伝いをしているから、あなたはあっちの休憩室でおとなしくしていなさい。お弁当もあるそうだから。」
「はーい。」
―あちらのようですね、ヒカル。
 
 まだ式まで時間があるせいか、控え室もすいていた。
隅のほうで本でも読んでようかと思っていたヒカルは、適当な場所を探した。

 ヒカルは、海王受験に関してまだ決めかねていた。
何が正しいことなのかさっぱりわからなかった。あれから佐為は何も言ってこなかった。
ヒカルも、自分が決めなくてはいけないことは分かっていた。
ただ、もう少し考える時間がほしかった。

―あ、ヒカル、あそこ!
 佐為が指差したほうを見ると、棚に囲碁道具が置いてあった。
―お、こりゃ暇つぶしにちょうどいいや。本読むだけじゃツマンナイもんな。
―ヒカルっ、打ちましょ打ちましょっ!
―対局はまずいって、誰に見られるかわからないんだぜ!油断は禁物。棋譜ならべでいいだろ。
―…はぁ、残念ですけど、仕方ないですねぇ。

 図書館から借りていた棋譜の本があったので、並べてみることにした。
数手並べていたところで、声がかかった。

「へー、君、囲碁打てるんだ。」
 正面からの声に顔を上げたヒカルは、思わず驚きの声を上げてしまった。
「な!!」
 正面にいた女の子は不思議そうに首をかしげた。
「な?」
「な、なんだっ!お姉ちゃんも囲碁できるの?」
 何とか続く言葉を飲み込んだヒカルは、あわてながら答えた。
そんなヒカルの様子を不思議そうに思いながら、声をかけてきた少女を眺める佐為。
-ずいぶんとかわいらしいお嬢さんですねえ。
ヒカルよりも何歳か年上に見える、活発そうな少女だった。

「お姉ちゃんも打てるんだよー。ね、私も暇だし、1局打とうか。」
 突然の出会いに如何すればいいか何も思いつかないヒカル。
そんなヒカルが緊張しているように見えたのだろう。
ヒカルの緊張をほぐすかのように、女の子は笑顔で続けた。

「ほらほら、そんなに緊張しないで。私も今日は遠い親戚のお通夜とやらに連れてこられて退屈だったんだ。周りは大人ばっかりだし、ね、相手してよ。私は奈瀬明日美。よろしくね!」

 
 

 
後書き
誤字修正 互い戦 → 互先 
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