真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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崑崙の章
第13話 「その前に……少し試させてもらいましょうか」
前書き
話の流れ上、ものすごく文字数が多くなりました。
2話に分けると、前半がかなり短くなるので……ちなみに約1万4千字の投稿になります。
長くてすいません。
―― 黄忠 side 巴郡 ――
「ひっく……ぐじゅ……ひっく……うっく……ふぇぇ……」
わたくしの前でずっと泣いている璃々。
その璃々は、盾二様の足にしがみつきながら今も泣き続けている。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! やっぱやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ひしっと盾二様に抱きつきながら、再度号泣する璃々。
その様子に、ほとほと困り果てたようにその頭を撫でながらわたくしを見る盾二様。
……確かに、困りますわね。
「璃々……あんまり無理を言ってはダメよ? 盾二様も困っておいでではないの」
「やぁぁぁぁぁぁぁぁっ! おにいちゃんとばいばいするのやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「あー…………えーと…………璃々ちゃん…………」
盾二様はどうやって説得したものか困惑しておられる様子。
とはいえ、璃々の気持ちは痛いほどわかるので、どうしたものでしょうか?
「ごめんなぁ、璃々ちゃん……本当に急に決めちゃってさ。ただ、俺は旅人なんだよ……俺は目的があって旅をしているんだ。だから……」
「うっぐ……ひっぐ……やだ、やだぁ……おにいちゃん、いっちゃやだぁ……」
盾二さんは必死に宥めようとしますが、璃々はそれでも盾二様を離しません。
普段、あれだけ聞き分けの良い子なのに……こんなにも自分の感情でわがままを言う璃々を見たのはいつ以来でしょうか。
(最後にこの子が自分のわがままを押し通したのは……………………そう、あの人が死ぬ直前……)
…………………………
この子は……この子は、わたくしのために、こんなに幼い身で……わたくしのためにわがままを抑えてきたのかしら……?
そう思うと、自らが情けなく思わず涙が溢れそうになります。
「……これ、紫苑。窘めるべきお主まで涙ぐんでどうする…………」
桔梗が嘆息しながら耳打ちします。
きっと、わたくしも盾二様と離れたくないから……なんて思ったのかしら?
確かにその気持ちはないわけじゃないけど……
「仕方ないのぅ……これ、璃々や。盾二が困っておるではないか。盾二は大事な用があってここまで同行してきたのだ。わしらと一緒にいるのが目的ではないのだぞ?」
「…………………………(ぎゅっ)」
璃々は、盾二様の足にしがみついたまま顔を押し付けて聞こえない振りをしています。
……この子とて頭ではわかっているのでしょう。
自分がいくら泣いて喚いてもそれが叶えられないことに。
ですが……感情の部分がどうしても、表に出てしまっているのかもしれません。
それは、女なら誰でも覚えがあることなのですから……
「……ごめんな、本当に。璃々ちゃん……」
そう言って、しゃがみこんだ盾二様は、璃々を抱きしめました。
「どうしても俺は西へ行かなきゃならない。俺が目的を達成して、帰ってくることを待ち望んでいる人がいるんだ。その人たちの期待に応えるためにも、俺は行かなきゃならない」
「ずずっ……どうしても?」
「………………ああ、どうしても、だ」
「だったら璃々もいく!」
璃々は、泣き腫らした目で盾二様を見上げます。
「璃々もおにいちゃんといっしょにいく!」
「………………だめだよ。これは危険な旅なんだ。璃々ちゃんを連れてはいけない」
「だったらおかあさんといっしょに……」
「だめだ。自分の身を守れない人を連れてはいけない」
「…………………………うぅぅぅぅぅぅぅ」
少し強い口調で璃々を諭そうとする盾二様。
正直……少し驚きましたわ。
盾二様のことですから、璃々にもっとやんわりと仰られると思っていたのに……
……つまり、それほど危険なことが待っているというわけですのね。
「盾二様……」
「…………紫苑、本当にダメなんだ。例え君と一緒でも連れてはいけない。これは俺の問題だから……」
そう言って強い眼差しで私を見ます。
先程の困惑しながらも優しい眼をした盾二様ではない。
そこにいるのは……一人の武人の目でした。
(………………思っている以上に、盾二様の旅は過酷で崇高な目的があるのかもしれない)
わたくしがそう感じると、不意に桔梗の視線も感じる。
彼女も目でそう言っている。
「……璃々、離れなさい」
わたくしが静かに言うと、ビクッと身を震わせる璃々。
そしてこちらを上目遣いで恐る恐る覗こうとします。
わたくしは厳しい目のまま、無言で璃々を見つめました。
「…………………………………………………………………………はぃ」
璃々は、これ以上は無駄だと悟ったのでしょう。
名残惜しそうに盾二様の足から手を離して、わたくしの元へとトボトボと歩いてきます。
顔を俯き、その目に涙を一杯にためながら……
「…………すまないな。ありがとう、紫苑」
「いえ……こちらこそすみません。せっかくの旅立ちですのに、涙で見送るようなことになってしまって……」
「仕方ないさ……昨日いきなりここを旅立つって伝えたんだし……本当はもうしばらくいるつもりだったんだけどな」
確かに急でした。
昨晩、思いつめた顔で市場から帰ってきた盾二様。
食事に誘うと、唐突に話があると真剣な顔。
その場で、明日にはこの巴郡を出て西へ向かう用が出来たとのことでした。
あまりに唐突でしたのですけど……その眼は真剣そのもの。
口を挟む余地がないほどに、思いつめた表情でした。
ですので桔梗も何か手助けを、と申し出たのですが……
『俺は元々旅人だった。だから旅に戻るだけだよ……君の手助けにはなれなかったけど、少なくとも干渉しないようには手を打った。俺のここでの目的は……今はもうないんだ』
そう言って、桔梗に微笑んだ盾二様。
その言葉に、若干桔梗の様子が変でしたけど……結局、そのまま盾二様は旅立ちの準備を始めてしまいました。
そして翌朝の今……ここで見送っているのです。
「………………」
桔梗は昨夜から無言でした。
盾二様から伝えられた一言に、なにか思うところがあったのでしょうか?
「ふん! なんでワタシまで貴様の見送りなんか……」
あら。
魏延さん、いたのですね。
「桔梗様が無理にでも見送れといわなければ、誰があのような男の為になど……(ぶちぶち)」
……聞かなかったことにしておきましょうか。
「皆、見送りありがとう。俺は西へ行った後、しばらくしたら梁州へ戻るつもりだ。機会があればぜひ梁州へ来てほしい。歓迎するよ」
「うむ……お主は、劉表殿とのこともある。近いうちに梁州へ書状を送る。是非とも同盟を組みたいものじゃ」
「……桔梗、それは劉焉へ奏上してから決めたほうがいい。これからは君の上司は劉焉になるんだ。今までのようにはいかないつもりでいてくれ」
「…………お主の言じゃ。肝に銘じておこう」
そういえば、そろそろ劉焉様が成都に御付きになる頃でしょうか?
確かに、今まで無主だった益州周辺をまとめられるようになるのですから、桔梗とて今までの様にはいかないでしょうね。
……やはり状況認識には素晴らしく長けている方ですわね、盾二様。
できれば……わたくしは貴方に仕えたかった。
でも、わたくしは友人である桔梗と共に残ることに決めています。
ですので……
「盾二様……お元気で」
わたくしはそれだけを伝えて、微笑むのです。
でもいつか……いつか、機会に恵まれたなら……
「ああ……紫苑も元気でね。君ほどの人なら、心配はしてないけど……もし何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ。力になるからさ」
そう言って笑う盾二様。
その笑顔に……思わず抱きしめたくなる。
ですが、その衝動をぐっと堪えました。
別れは……笑顔で送るものですから。
「魏延さんも元気で」
「フン! さっさと行ってしまえ! 貴様など……ギャン!」
科白を全部言う前に、桔梗の拳骨が魏延さんの脳天に落ちる。
おおお……と唸る魏延さんに、わたくしも桔梗も、盾二様も苦笑している。
「璃々ちゃん……またね」
「…………………………(コクン)」
璃々は、涙を我慢するように俯いたまま、無言で頷きました。
「じゃあ皆! またな!」
そう言って荷物を載せた馬に跨る盾二様。
そして手を振りながら馬を奔らせます。
「……………………っ!」
すると、私の足にしがみついていた璃々が、突然走り出して手を振ります。
「おにいぢゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! ぜったい、ぜったい、また遭おうねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
泣きながら叫び、それでも無理に作った笑顔で手を振る璃々。
その姿に、盾二様は――
「ああ! 必ずまた遭おう!」
―― other side 巴郡 ――
――時間は少し遡る。
「于吉……と言ったな。お前も仙人か?」
盾二が警戒したままそう尋ねる。
幻影のように現れた于吉と名乗る青年は、その飄々とした表情を崩さずに微笑んだ。
「ええ……お察しの通りです。さっきも言いましたが、管理者の一人ですよ」
「………………」
盾二は構えを崩さず、黙考する。
目の前にいる男が敵なのか、味方なのか……その判断に迷っている。
一分ほどの後、盾二がようやく口を開く。
「……管理者とは、なんだ?」
「ほう……そうきますか。てっきり私と貂蝉あたりの関係を聞いてくると思いましたが」
そう嘯く于吉に、盾二は口元を引き上げてニヤリと笑う。
「やはり貂蝉と繋がりがあるのか……」
「おや……ハハハ。私としたことが、自ら暴露してしまいました。意外に交渉がお上手ですね」
「この程度、児戯にもならんさ。それで?」
「ん? ああ……管理者ですか……そうですねぇ。ある程度は貂蝉から聞いているんじゃないですか?」
「外史とかいう世界を管理する存在、というのは聞いた。正しく流れる正史から枝分かれしたパラレルワールド。それが破綻せぬように管理、運営するもの。多次元世界の守護者……と認識している」
「まあ、概ねその通りですね」
于吉の肯定の言葉に、眼を細める盾二。
「ならば管理者とは? 破綻しないように管理するその内容はなんだ? この世界は管理しないと崩壊するような代物だと言うことか?」
「……ほう。そこに目がいきますか。なるほど、面白いですね」
于吉は、心底感嘆したように呟く。
「はぐらかすなよ。それとも言えないと?」
「いいえ? 別に答えられないものではないですよ。この世界の理を知っている者ならば、という但し書きがありますが」
「ふん……で?」
「で、とは?」
「………………(ニヤリ)」
盾二が、笑顔で手の中にサイコエネルギーを収縮させていく。
「ああ、待ってください、待ってください。冗談ですよ……結構短気ですねぇ」
于吉が、わざとらしく慌てたような素振りをする。
盾二から見ても、その素振りはわざとらしく見えた。
「言葉遊びに付き合うほど暇じゃないんだよ……腹の探り合いは他の相手とやってくれ」
「やれやれ……せっかく良い男と愉しめると思ったのに、残念ですね。まあ、そういうせっかちな人は嫌いじゃありませんけど」
「………………仙人って、みんな衆道なのか?」
思わず半歩退く盾二。
「失礼な! あんなムキムキマッチョの気色悪いゲテモノと一緒にしないで頂きたい!」
「…………………………俺、貂蝉の姿を見てなくて正解かもしれない」
思わずゲイで筋肉質なアメリカ人を想像して、うげっと唸る盾二。
「まあ、私の正体を見破った貴方ですし、本来は教える義理でもないんですが、特別にお教えしましょう……私達『管理者』の役目は、生まれてしまった世界の調査と調整、そして『世界自体の調和』です」
「……調査、ね。そして調整に調和……」
「ええ。この世界に限らず、いろんな世界が無限に生まれている原理はご存知ですか?」
「……人が夢想すること」
「ハハハハハ! 流石です。それに気付いているとは!」
于吉が出来の良い生徒を褒めるように賞賛する。
「そうです。多元世界の一人一人が生み出す妄想、それこそが世界を生み出す産物。つまり人自身がある意味『神』なのですよ。本人は気付く事はありませんがね」
「……当然だな。別次元で生み出したことを、その次元の本人が感知することは出来ないのだから」
「ええ。ですが、確実に生み出しているのですよ。それこそ無量大数……無限に生み出されているのです。それらの世界はすぐに消えてしまう存在のあやふやなものもあれば、強固・精密に作られ、そのまま存在しつづけるものもあります」
「弱い妄想で生まれても、世界を構築するエネルギーが足りずに、すぐに霧散してしまう……逆に強く想い、多数に認識されることで、その世界は存在が確立するものだと?」
「ええ。認識されてこそ存在が確定する。人一人の妄想のエネルギーは素晴らしいものがありますが、それだけでは世界を維持できません。多数の人がそれを観測して、それを支える妄想のエネルギーにより世界が固定されるのですよ」
「………………なるほど。立証することは出来ないが、説として頷くことは出来るな」
盾二は、そう呟いて構えを解く。
「おや? いいのですか? 警戒を解いても」
「こういう論理的な話は、一触即発でやるもんじゃねぇからな。ただし、警戒はしているさ……ところで、座ってはなさねぇか?」
「おやおや……くくく。ずいぶんと肝の据わってらっしゃる。とはいえ、私も立ちんぼで話すのに疲れましたし」
そう言って、テーブルで糸の切れた人形のように倒れていた人物に向けて手を振る。
すると、その人物は立ち上がって、傍にある茶碗と急須でお茶を入れだした。
「お茶を出しますので座りましょうか。そちらへどうぞ」
「………………俺の目の前で死体を操るのはやめろ」
「おお……そうでしたね。では」
そう言って手を振ると、急須にお湯を入れた後に力が抜けたように倒れ、霞のように消え去った。
その跡を継ぐように、自らお茶を煎れる于吉。
「粗茶ですが」
「……………………ありがとさん」
椅子に座り、礼は言うものの、そのお茶に手をつけようとせず于吉を見つめる盾二。
その眼差しに苦笑しながら、于吉は椅子へと座った。
「そう見つめられるとゾクゾクしますね……良い男に見つめられるのは、やはりいいものですよ」
「同意する気にもなれないがな……で、その世界の原理はわかった。その調査はわかるとして……調整とは?」
「簡単に言えば、世界が固定されるのはいいのですが、他の世界へ干渉をおこすことが簡単に出来るような世界は、周辺の世界を壊す可能性があります。それが生み出された世界とリンクするように作られた世界であるならばいいのですが……」
「そんな世界もある、と? そんなこと……いや、人の妄想の世界ならばありえるか」
「はい。そういう世界は例え固定されたとしても周辺を巻き込まぬように世界を消滅、あるいは霧散させるか孤立させる必要があります。そういった調整をするのが管理者の役目なんですよ」
「……なるほど。つまりそれは『この世界』のことだな?」
盾二の言葉に、きょとんとした表情を見せる于吉。
次の瞬間、爆笑しだした。
「ハハハハハハ! 本当に貴方は凄い人だ! そこまで見通しますか……くくく。その通りですよ。この世界は『北郷一刀』により他世界への干渉を起こす危険があったために隔離された世界です」
「隔離された中で、爆発的にベビーユニバースとして更に無量大数生まれた世界のうちの一つ……だろ?」
「うんうん。本当に流石です。ほとんど最適解ですよ。いやはや、あの北郷一刀からこんな存在が生み出されるとは……」
心底参った、というように笑う于吉。
しかし盾二は、一刀が馬鹿にされたことにより、若干苛つくように顔を顰める。
「俺の知っている一刀なら、俺と同じように答えを出す……はず……たぶん………………………………まあ、いいや」
「くくく……面白いですねぇ、貴方は。実に面白い」
「お褒めに預かり恐悦至極……とでも言えと?」
「くくくく……ハハハハハ!」
再度笑い出す于吉。
その様子に盾二は、憮然としながら溜息をついた。
「俺のことはいい……それよりも、もしかして……貂蝉から聞いたバカやった二人の仙人の一人って、アンタじゃないだろうな?」
「ハハハ……ほう。どうしてそう思うのですか?」
「簡単だ。アンタは、北郷一刀をよく知っていて、しかもどこかバカにしている口調で一刀を語る。つまり何らかの恨みを持っている」
「………………」
「だが、わからないのは何故俺に接触してきたか、だ。一刀に恨みがあるなら、そのコピーである俺にも恨みがあるのだろうに」
「恨み? 貴方に? まさか」
そう言ってフッと笑う于吉。
しかし突然、怒りをあらわにして立ち上がった。
「私が北郷一刀を嫌いな理由は、やつが下半身で生きている存在だからですよ。彼を基準に生まれた世界は、他次元からの干渉がない限りは、基本的に彼の下半身で物事が解決するようになっていますからね」
「はあ!?」
突然のぶっちゃけ話に、盾二がすっとんきょうな声を上げる。
「貴方は知らないかもしれませんが、北郷一刀という男はとんでもないジゴロで知り合った女を悉く抱いては、基本的に受身な事を良いことに女を戦わせて自分はハーレムの王様気取り! そんな男のくせに男色には一切目を向けない、認めない! そういう男なのですよ、やつは!」
「お、おおおおおいおいおいおいおい! ちょっとまてやぁ!?」
力強く拳を戦慄かせて叫ぶ于吉に、思わず叫ぶ盾二。
盾二にとっては、まさに寝耳に水だった。
「あの童貞の一刀が!? そんなばかな! やつは鈍感を通り越して天然記念物だぞ!?」
「それはまだ童貞という封印がされているだけです! やつが一度それを破れば、陣営全ての女性を食い散らかしても止まりません! この世界の全てで、彼がいったい何人の女性を抱いたかご存知ですか!?」
「いやいやいやいやいや! ちょっとまって、待てってばあ!」
于吉の顔を近づけて力説する剣幕に、盾二が悲鳴をあげる。
ほとんど口が重なりそうな距離に、盾二が椅子ごと飛びのいた。
「ちっ……」
「今、舌打ちした!? 狙ってた!?」
「冗談ですよ……でも、言っていることは本当ですよ? しかもほとんどがこの世界の主要人物……貴方のよく知る劉備や関羽、孔明や鳳統などもそれに含まれますね」
「ぐはっ……」
喀血するように突っ伏す盾二。
「そ、そそそそそそそそ、それは、お、俺の知る一刀でなく、あくまで同存在の一刀であって、おおおおおおおおお、俺でもないわけで……」
「ええ、そうですね。貴方は違います」
「は?」
唐突に告げられた言葉に顔を上げる盾二。
于吉は、先程の興奮はどこへやらといった様子で椅子に座り、自ら煎れた茶を啜った。
「貴方は北郷一刀から生まれた存在ですが、貴方は彼と違って下半身が機能していませんから」
ガン!
再度テーブルへと頭を打ち付ける盾二。
だがすぐに、がばっと顔をあげた。
「俺はEDじゃねぇ!」
「ああ、そういう意味じゃなく……種無しでもありませんよ。要するに下半身で女性を手篭めにするようには出来ていないんです」
「……………………………………どういう意味だ」
いろいろな考えを巡らせて言葉の真意を掴みかねて尋ねる盾二。
于吉は、にやっと笑った。
「簡単にいえば、貴方は『きれいなジャ○アン』ってことです」
ガン!
再度テーブルに突っ伏す盾二。
「……お、おれの、俺の存在って、一体……」
一刀の――その延長線上にある、自らの存在価値を下半身で決められた事に、内心涙する盾二。
于吉は、ニヤニヤしながらその様子を見ている。
「まあまあ……本当にそうなのですから仕方ないです。強く生きてくださいね?」
「お前に言われる筋合いはねぇ!?」
「ハハハハハ……まあ、冗談はともかく」
「冗談だと!? 面白がってやがったのか、てめえ!」
「いやいや……なんなら他世界の実証を、幻影で見せましょうか?」
「そ、それはいい……というかやめて、やめてください、お願いします……」
既に盾二の壊れかけた心は、その事実を拒否して見ないことにした。
見ない事は知らない、ゆえに確定ではない。
そういうことにしておこうと逃避した盾二を、誰が責められようか……
「まあ、それはそれとして、ですよ。私達管理者は、そうした世界の調整を生業としています。それが存在理由ですからね」
「……世界の意思というか、次元の管理者にでもそう定められた存在ってことか」
「……スプリガンの世界の知識ってのは、すごいですねぇ。そういうことを理解できてしまうのですから」
「あっちじゃ精霊や高位次元存在すら見てきた先輩が居るからな……それで、最後の世界全体の調和ってやつは?」
「ああ、それは簡単です。世界が崩壊しない程度に世界に乱を起こす事ですよ」
「……!?」
その言葉に目の色を変える盾二。
于吉はニヤリと笑って、その様子を眺めた。
「……………………………………」
だが盾二は、その視線に反応せず、何かを探る様に黙考する。
于吉は、自身が思っていた様子とは明らかに違う反応に訝しむ。
「……? どうしました?」
「…………なるほど。つまりは悪役――変革された世界で、正史に則った歴史的出来事を起こす役というわけか」
「!?」
このとき于吉は、初めて素で驚いた。
まさしく、それこそが于吉が行っている事なのである。
「……………………何故、何故そこまでわかるのですか?」
「ここまで変革された世界だ。歴史的出来事というやつは、その時代の事象の結論として歴史に記された出来事という存在理由がある。だが、変革されたことで歴史的出来事が起こらなければ、今後の歴史を知るものにとって世界の安定が崩されかねないということになる……そうか。そういうことか」
于吉に答えながらも、何かに確証を得て頷く盾二。
「于吉。お前、管理者の保守派なんだな」
「!!」
「そして貂蝉が革新派……正史に因らず、新しい歴史を作ろうとする者というわけか。それで俺が生み出されたと……?」
「…………………………はぁ」
于吉は、全身を脱力するように椅子にもたれ掛けた。
「あの北郷一刀から、こんなとんでもない人物が生まれるとは……まさか貴方、実は正史の諸葛孔明とかじゃありませんよね?」
「冗談じゃない。本来の孔明ならこんなこと他者に言わずに、それを如何にして最大限利用できるか考えて、誰にも言わずにそれを為すだろうよ」
「…………はぁ」
于吉が、頭を抱えるようにテーブルに肘を突いて嘆息する。
「完敗です。参りました。正直お手上げですよ……限られた情報からそこまで推察できるなんて。天魔鬼神ですか、あなたは……」
「俺が言ったのはあくまで仮説だよ。だが、今それが確証に変わったわけだが、な」
「それに気付けただけ大したものですよ……それで、貴方はどうするのですか?」
「? なにがだ?」
盾二はきょとんとして尋ねた。
「私が歴史を守る側であり、貴方にそれを為させる為に接触したことは、貴方ならば気付いているでしょう? その事実を知った上で聞きたいのですよ。すでに梁州という歴史的改変を起こした貴方に、です」
「………………」
「これから私達は、歴史を修正する為にこの後の大きな事象を起こすつもりです。この後に待っている出来事を、貴方は知っているはずでしょう? それを……邪魔しますか?」
于吉は、若干警戒しながら盾二に尋ねる。
それは先程まであって飄々とした表情ではなく、切羽詰ったような顔だった。
「この後に起こる事、ねえ……霊帝の崩御、何進の暗殺、宦官の殺害と献帝の逃走、董卓の台頭に反董卓連合の結成……そんなところか?」
「………………」
「お前が心配しているのは、劉備に身を寄せる俺が、親睦のある董卓へ力を貸すか否か、だろ?」
「………………」
于吉が無言のまま盾二を見つめる。
若干、空気が張り詰めたように盾二には感じられた。
「……歴史はその通りに動くから歴史だ。それを知る者が、介入して『知っている』という利点を最大限に生かすならば、それはそのまま起こさねばならない」
「………………」
「だが、後の歴史書にそうなってさえいれば、その人物の生死まではいくらでもでっち上げられるってことだよな?」
「………………」
「……落としどころでは、こんなところだと思うんだがな。それでも、まだ不服かい?」
「……貴方が歴史を改変した事で、劉備の立場は強化される事になるでしょう。さらには、すでに中原、そして徐州での歴史を起こす事は出来なくなっています。それを改竄する必要があるのですよ」
于吉の言葉に、盾二が黙考する。
しばらく考えた後に、顔をあげた。
「……梁州を新たに設置して、そこの刺史となった劉備を、いまさら中原周辺の官職にすることなんてできないだろう? それについては謝罪するが……どうしてもやらなければならない歴史再現はなんだ?」
「今の段階では、反董卓連合と……官渡の戦い、そして、新野からの民との大移動ですね」
「前二つはともかく、三つ目はな……俺が居ない世界ではどうなっているんだ?」
「反董卓連合と官渡の戦いは問題なく起こります。新野からの移動は、中原からということになりますが……」
「中原から!? あそこからどこに……まさか、蜀建国か!?」
「ですね……」
「中原からだと……? 一体何百キロあると思っているんだ、直線距離でも千キロは優に超えるぞ!?」
「それが……北郷一刀が起こした歴史改竄ですよ」
そう言う于吉の表情は変わらない。
依然として厳しい表情で、目の前に居る盾二を見つめている。
盾二は、再び顔を俯かせると黙考する。
「……その歴史は、『劉備』が起こす必要があるのか?」
「いえ……それが『起こったこと』が重要なのです。それが曹操でも孫策でもいいのですが……」
「それでいいのか?」
「ええ。歴史の流れが求めるのは、『大本』という本流です。その事象が起これば、演じる役者は誰でもいいのですよ」
「そうか……ならいけるかな?」
「……何か妙案が?」
于吉が、眉を上げて訝しげに盾二を見る。
盾二はニヤッと笑い、指を曲げて耳を貸せと呟く。
「………………」
「………………」
于吉に耳打ちする事、しばし……
そして盾二が于吉から離れると、于吉はぶつぶつと呟いた後に頷いた。
「……可能ですね。わかりました。その案でいきましょう」
「助かるよ。俺にとっても利点があるしな」
于吉の了承に、ほっと息を吐く盾二。
于吉は、その様子に薄く笑った。
「できれば耳打ちしてくださったときに、そのまま口づけをして頂きたかったのですが……」
「そっちの趣味はないので勘弁してくれ。俺はきれいな方なんだろ?」
自分で言いつつも、顰め面をする盾二。
その様子に、于吉は歪んでいない素直な笑顔で微笑んだ。
「そうですね……正直助かりました。貴方を騙すか敵対する事でしか、歴史修正が出来ないと思っていましたので……」
「こちらとしても仙人を相手にするのはごめんこうむる。どんないかさまを使われるかわかったものじゃないしな」
そう言ってお互いに笑いあう。
先程とはうって変わった穏やかな空気が漂う。
「さて……私の用事は済んだのですが、貴方は私に……商会に接触した理由はなんですか?」
「あ、忘れていた……この街の事だよ。商人が幅を利かせすぎだろう? 扱っている商品も問題だしな」
「ふむ……問題とは?」
「歴史にない食料や工芸品が数多くある。歴史の保守派であるアンタがなんでこんなのを許しているんだ?」
「許すというか……これはテストでして」
「テスト?」
盾二が訝しげに眉を寄せる。
「ええ。範囲を限定して、未来の産物がこの世界でどのように評価されるか、流通されるか……技術を意図的に取捨選択することで、どういう風に扱うか。そういったテストケースとして選ばれたのがここなのですよ」
「だから時代もまちまちで、しかも一部だけオーバーテクノロジーがあるってことか……もしかして、厳顔の武器も?」
「あれも私が技術を意図的に流して作らせたものですね。この時代の職人に出来るかどうかを試させました」
「あの射出機構が気を使って撃ち出すのは、仙人の技術に由来しているという事か……」
厳顔の豪天砲は、ガンブレードと言うべき武器である。
ガンブレードとは、銃剣の主目的を逆にした武器で架空のものだが、豪天砲は銃剣の剣の部分を銃の土台としているところに特徴がある。
また、銃は弾丸を発射するのではなく、杭打ちを撃ち出す設計になっており、その炸薬の代わりに気を代用して撃ち出すとのこと。
およそ個人の気の絶対量が、撃ち出せる弾丸の量となる。
あくまで実験武器の様相が強いとのことだった。
「そういうものを流通させる為に商人の力を強める必要があったと……?」
「そういうことです。ここは私が実験用に作った街なのですよ」
つまりは仙人である于吉が影で糸を引いていたという事だ。
「よくそんなことが出来たな。資金とかどうしたんだ?」
「それは蛇の道……といいたいところですが、貴方もご存知でしょう? それを求めてコンカへ行こうというのですから」
「!? お前! まさか発掘現場の賢者の石を使ったのか!?」
盾二が血相を変える。
そう。
盾二の目的。
それはミニヤコンカの山奥にある賢者の石の発掘現場。
盾二の世界で、世界最大規模といわれた賢者の石の発掘された場所だった。
「なんてこった……俺の計画が……」
そう言って盾二は、頭を抱えた。
盾二の計画。
その全ては、大陸南西にある世界最高峰ともいわれる霊山であるコンカ山。
その山奥にある賢者の石の鉱脈だった。
「やはりそうでしたか……貴方が中原や徐州に根拠を据えるのではなく、荊州や益州などの南を望んだ理由は……」
「……それだけじゃないけどな。元々劉備は蜀を手に入れる定めにある。なら早いほうがいいという理由もあった。地盤を固めて、内政も時間を掛ければ史実よりも強大な蜀が作れるという見込みもあったんだ。その財源とするつもりだったのに……」
賢者の石は、米粒一つで数十kgの金塊が作れる。
そして手がつけられていない発掘現場の埋蔵量を考えれば、大陸すら買える量の莫大な金を手にした事になっただろう。
「……あそこで発掘されるはずの量……実に数百kgという莫大な量の賢者の石がでてきたはずだ。それを全部使ったのか……?」
「全部、とはいいませんが、そのほとんどはつかいましたねぇ。おかげでこの街の商人の純資産を知っていますか? 洛陽の使う国家予算を上回っていますよ」
「……なんてこった」
盾二が頭を抱えるのも無理はない。
彼が朱里や雛里に命じた計画の数々は、彼が持ち帰るであろう膨大な賢者の石の資産力で補填される事を前提としていた。
もちろん、それがなかったとしても達成は出来るようにはできてはいるが、その場合の計画の遅れは数十年単位となるだろう。
絶望――そう呼んでも過言ではない表情で、盾二が項垂れる。
「それは……知らぬ事とはいえ、すみませんでした。正直、貴方の世界からの因子でできていましたので、これ幸いと研究してしまいまして……」
「…………………………」
「あー……えーと…………」
于吉がしどろもどろで項垂れる盾二を慰めようとする。
と――不意に、于吉が思いついた。
「あ……そういえば、あそこならまだ……」
「!?」
于吉の言葉に、がばっと顔を上げる盾二。
「他にも賢者の石がある場所があるのか!? どこだ! どこにある!」
「ちょ、ちょっとまってください、落ち着いて……」
乗り出すように迫る盾二に、顔を赤らめる(?)于吉。
だが、そんな様子にも今の盾二は気付かない。
「あるにはあるのですが……さすがにあそこは、おいそれと教えるわけにはいかないのですよ」
「頼む! このとおりだ! 俺にはどうしても必要なんだ、頼む!」
于吉の言葉に必死に頭を下げる盾二。
だが、于吉は少し迷った挙句、ピンと閃いたように人の悪い笑みを浮かべた。
「そうですね……ほかならぬ貴方です。いいでしょう……お教えしましょう」
「本当か!?」
「ええ……そこならば賢者の石が大量に保管されています。そして……」
コホン、と一呼吸おいて作った笑顔を見せる。
盾二は、必死さの為かそんな表情の于吉に気付かない。
「持っていくのはかまいませんよ。ただ……」
そう言って、冷たく笑う于吉。
「その前に……少し試させてもらいましょうか」
後書き
ようやく物語り上で恋姫蜀ルートの指摘が出来ました。
単純距離で1400kmの『何万という一般人の』行軍が如何に不合理なものか……盾二君でなくとも示されれば「そんなアホな」なレベルです。
そしてそれを起こさない事をこの物語で選択したわけですが……では、歴史的事象はどうなるのか。
それもすでに決まっています。
まあ、大体だれがどうなるかなんて、わかりそうなものですが……
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