明日、私は殺される。
「……私の人生が舞台の一部だというのなら、なんてつまらない。なんて酷い筋書きなの?」
だれも知らない、誰も歌わない。どんな悲劇だろうと誰も悲しまない。音楽やスポットライトというものは、ここにはない。
「私は何の罪を犯したというの? どんな罪で閉じ込められているというの? ……こんな、孤独な牢獄の中に」
真っ暗な闇の中、少女は言葉を紡ぎ続けた。
「神よ……私の存在、それは罪だというのですか? ああ……そもそも。私がこの世に生を受けたこと自体、罪だというの?」
この世に神が存在したというなら、こんな私は存在しない。初めから。
「これは罰だというのですか?」
少女は力なくその場にうなだれた。
「明日、私は……殺される」
――……らしい。
――
目の前は絶望で真っ暗だった。ただ、夢の中にいるときだけは仄かに明るいような、明るかったような。そんな儚いあたたかさに包まれる時が、少女にとって唯一の安息だった。
夢の中ではいつも自分が主人公でいられた。自在に夢を見ることができた。
夢の中では、少女は自分の舞台を演じることができた。
「ああ神よ、全知全能の偉大なる神よ。あなたは私を見殺しになさるというのですか?」薄い桃色の、長い髪の少女は嘆いた。少女がその場に座り込み俯いていると、くるぶしほどまである長い髪は、何度も折り返し地を這っていた。主人公はいつも少女、ただ一人のみだった。
しかし今日はいつもと違った。届かぬ祈りを捧げる少女の背後から、ほどなくして男の声がした。
「この世に神などは存在しない。何を嘆く必要がある?」
少女は突然の声に驚き顔を上げた。この部屋は外からは誰も入れないはずなのだ。
「……あなたは、誰?」そのまま男の姿を見ず、恐る恐る少女は問う。
「それは、お前が一番よく知っているはずだ。俺は、お前の願望や、潜在意識の表れなのだから」返ってくる男の声。
少女はその、普通なら理解できないような言葉を受け入れた。男の声を疑う事など考える余裕はなかった。
「あなたは私の祈りだというのね。あなたはこの生き地獄からの私の救世主?」――少女は笑っていた。その笑顔はひどく無機質だった。
「あぁ……あなたは私をお迎えになった死の神様? それとも、私をここから連れ出してくださる、聖なる騎士≪ホーリーナイト≫さま?」
男は、少女の前に躍り出た。黒のシルクハット、黒マントの後姿が見えた。
「お前が望むというのなら、私はそのどちらにもなるだろう。なぜなら俺は、お前の願望なのだから」
「では私の救世主さま。あなたはどのようなお顔をしていらっしゃるのですか?」
好奇心からか、少女は男に興味を示す。「憐れみ? それとも慈しみ? ――私にどのような表情を向けて下さるのですか?」
顔も見えない相手に心を惹かれでもしたのだろうか。しばらく返事のない男の背中へ、想いを投げかけ続ける。
「もしあなたが死神であるなら、私はこのまま死んでもいいわ。その方が今の状況を簡単に理解できます。……でももし、あなたが私の騎士となって連れ出してくれたとしても、何を希望に生きましょう?」――何もなければ、その道を選んだとしても、屍と同じ。
「私の救世主さま。これからの希望は、あなたのお傍にいることで得られるのでしょう。生きがいを感じ、あなたが私の騎士≪ナイト≫であることを望むのでしょう」
少女は返事のない、そこに動じない男の方へと手を伸ばした。「私の騎士≪ホーリーナイト≫さま、こちらを向いては頂けませんか?」
しばらくの沈黙ののち、男は一歩前へ出る。先ほどとは違い、丁寧な語り口。
「貴女がお望みというならば、私は貴女を振り返ろう。貴女の手を取り、この場から連れ出し、あなたの騎士となろう」そして――
~この物語の、時代や世界観のモデルは19世紀ヨーロッパのような、洋風なイメージ。
筆者によって創られる、ファンタジーの世界へどうぞ~
-第二幕へ-