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水に挿した花 

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第四章

「今日はこれで」
「戻るのね」
「はい、そうさせてもらいます」
 こう言って自分で服を着てだった。
 街、自分の場所に帰っていく。私は彼を呼び止めようとすることは出来た。
 けれどそれはしなかった、ただ服を着る彼にこう言っただけだ。
「あの絵をまた描いてね」
「わかりました」
 こう言っただけだった、あの花の絵だけを。
 この日彼は朝食も食べないで帰った、それから暫く会わずこうしたことが何度か続いてそして。
 絵が完成した頃に彼は私の前から消えた、むしろ私の方から彼のところに行かなくなった。
 私は夜にバルコニーでテーブルの上に置いた花瓶の中のピンクのシュウメイギク、ピンクのその花を見ていた。
 赤いグラスの中のワインは片手にある、白い三日月の灯りの中でそれを見ながら今日も傍にいてくれている執事に言った。
「いいものね、この花は」
「シュウメイギクですね」
「この花の花言葉はね」
「どういったものでしょうか」
「色褪せていく恋よ」
 それだと。私は執事に話した。
「それなのよ」
「失恋の花言葉ですか」
「そう、それよ」
 それだと、私は話した。
「寂しい花言葉よね」
「そうですね、確かに」
「けれどね」
 それでもだと。私は花を観てワインを手にしてこうも言った。
「私はこの花が好きよ」
「それはどうしてでしょうか」
「綺麗だからよ、それにこの別れは人には必ずあるものね」
「確かに。それは」
「あるわね、絶対に」
「そしてその別れをですか」
「好きではないわ」
 別れ自体は、それはだった。
「けれどそれでも受け入れているのよ」
「そうなのですか」
「それもまた人生だから」
 別れ、それもまたということは自分でもわかっている。わかっているからこそだ。
「受け入れているわ」
「左様ですか」
「いつも別れているけれど」
 彼だけではなかった、これは。 
 これまで、夫も含めて私は別れてきた。それは確かに辛いけれど。
 何処か切ない甘さも感じてきている、一人よがりの感傷かも知れないけれどそれを味わうことが出来るからだった。
 私はいいとしていた、そしてだった。
 私はワインを一口飲んだ、それから言った。
「甘いわね」
「そのワインは辛口ですが」
「ふふふ、また別よ」 
 別れのその甘さのことだ。
「別の甘さよ」
「そうですか」
「この甘さに浸れるからよ」
 ショウモンギクが好きなのだ、観ながらの言葉だ。
「好きなのよ」
「そうなのですか」
「それでだけれど」
 ワインを再び飲んで言った。
「ロマールはいるかしら」
「はい、今入浴中です」
「ではその後でね」
 部屋に来る様に告げた。
「そうしてね」
「では」
 今の相手を読んだ、その相手も今は共に夜を過ごせる、けれどやがては。
 私はその時にまたこの切ない甘さを感じることについて考えながら左手で髪をかきあげた、そのうえでグラスを置きそのうえで立ち上がりバルコニーから部屋に入った、振り返ると三日月の白い光が夜の闇の中に浮かび上がるピンク色の花を照らし続けていた。


水に挿した花   完


                      2013・5・3 
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