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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百五十七話 強制捜査



帝国暦 489年 6月 6日  オーディン   新無憂宮  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



新無憂宮の南苑にある一室に五人の男が集まった。帝国軍三長官と国務尚書リヒテンラーデ侯、司法尚書ルーゲ伯爵だ。テーブルを挟んで軍人と文官に分かれてそれぞれ椅子に座っている。表情は皆一様に厳しい。早朝から爺様連中が厳めしい顔をしていると気が滅入るな。

「ルビンスキーが卿に接触してきたか」
「はい、小官の独断でルビンスキーを受け入れました。事後承諾になりますがお許しください」
「いや、それはやむを得ぬことだ。気にしてはおらぬ」
リヒテンラーデ侯の言葉に他の三人が頷いた。

「しかし補佐官とは……、喰えぬ」
「まことに」
「ルビンスキーは適当な所で始末する事だ、まあ向こうも用心しているとは思うが……」
「はい、そのように努めます」

怖い爺様達だよな。始末を命じるリヒテンラーデ侯もだがそれを当然と受け止めている三人。まあ俺もそれを受け入れているのだから彼らを非難は出来ない。余り嬉しい事じゃないな。段々自分が普通じゃなくなってくるような感じがする。

軍務尚書が俺に視線を向けてきた。
「ようやく地球教とフェザーンの関係が立証されたわけだな、ヴァレンシュタイン」
「はい、但し物証は有りません」
「うむ」
軍務尚書が渋い表情で頷いた。他の三人も顔を顰めている。地球教の厄介な所だ、なかなか尻尾を出さない。

「九日の予定だった強制捜査ですが前倒ししようと考えています。午前中に準備を整え午後から行う……」
「……」
皆が俺を見た。
「ルビンスキーがこちらに付いた以上急ぐべきかと思います。地球教が彼の裏切りに気付くかもしれません」

「司令長官の言う通りでしょう。地球教がルビンスキーを何処まで信用しているか疑問です。或いは疑われているという思いが有ってこちらに寝返ったのかもしれません」
ルーゲ伯が俺の危惧を代弁してくれた。

「それとルビンスキーはこちらがアルフレート・ヴェンデルを、地球教を疑っている事を感づいていました」
「では地球教も感づいているかな?」
シュタインホフが首を傾げた。

「可能性はゼロとは言えません。こちらが訝しんでいるとは思っているでしょうが……、正体を掴んでいるとは思っていない、確証を得られない、そんなところかもしれません」
俺の言葉に皆が頷いた。

「しかし可能なのか、時間が無いが」
今度はエーレンベルクが問い掛けてきた。
「九日の強制捜査を前倒しするだけです。既に小官とルーゲ伯が憲兵隊、広域捜査局には可能か否かを打診しました」

ルーゲ伯、フェルナー、アンスバッハ、夜中の二時半に起こされて吃驚していたな。もっとも話の内容にはもっと吃驚だった。フェルナーとアンスバッハの二人が憲兵隊のボイムラーに確認をとり可能だと回答が有ったのは三時半だ。可哀想にユスティーナは俺が寝室に戻るまで寝ずに待っていた。爺様連中には朝の六時に連絡を入れてこの会議の招集を行ったが年寄りは朝が早い、皆起きていたな。

「可能なのだな」
俺とルーゲ伯がリヒテンラーデ侯の問いに頷くと侯がエーレンベルク、シュタインホフに視線を向ける、二人が頷いた。それを見て侯が“良いだろう”と許可を出した。

「暫くの間、不自由かもしれませんが身辺の警備を厳重にしてください」
「分かっている、だがそれは誰よりも卿に言える事であろう。地球教は卿を標的にしているとルーゲ伯からも聞いている」
「十分に注意します、シュタインホフ元帥。しかし向こうも追い詰められれば手当たり次第という事も有り得ます、注意が必要かと」
「うむ」
爺様連中が顔を見合わせてウンザリした様な表情を見せた。相手はキチガイだからな、いざとなれば手当たり次第だろう。厄介な連中だ。

「それと遠征の準備を始めたいと思います。早ければ半年後にはフェザーンで騒乱が発生します。機を逃さずに一気にフェザーン、イゼルローンに攻め込むべきでしょう」
リヒテンラーデ侯が皆の顔を見た。それに応えて皆が頷く、決まりだな。
「良いだろう、それで他には何か有るか」
リヒテンラーデ侯の言葉に答える人間は居なかった……。

会議終了後ルーゲ伯と話し憲兵隊と広域捜査局にはルーゲ伯から連絡をする事になった。命令系統は一本化した方が良いし俺が広域捜査局に連絡するとヴェンデルが気付くかもしれん。用心するに越したことは無い。ルーゲ伯も俺の考えに同意してくれた。結構頼りになる爺さんだ。俺の親父とは親しかったようだがどんな関係だったのだか……、気になるところだな。

宇宙艦隊司令部に戻るとキスリングから連絡が欲しいとメッセージが有った。多分フェザーンの件だろう。丁度良い、こちらも連絡しようと思っていたところだ。だがその前にあの男をここに呼ぶ必要が有る。ヴァレリーに頼んでから会議室に行きキスリングを呼び出した。

『エーリッヒ、待っていたぞ』
「そうか、ギュンター、ボイムラー准将から話は聞いたか?」
『ああ、聞いた。ルビンスキーが寝返ったか、予想外だな』
「狂信者揃いの地球教とルビンスキーでは合わないさ、決裂は当然だろう。まあこっちに寝返るのはちょっと想像はしていなかったが」

付け入る隙が有ると見たのかな、だとすると随分と甘く見られたものだが……。始末するのは難しいかもしれん。取り敢えず受け入れて監視下に置くか……。その上で病死させる。悪性の脳腫瘍だったな、手術ミスは良くあることだ、珍しくも無い。医療ミスを訴える人間は居ないだろう。

『それで、フェザーンだがどうする』
「その件で私も卿と話さなければならないと思っていた。先ずルビンスキーだが彼は味方だ、行方を詮索するのは止めよう」
『良いのか、それで』
訝しそうな表情だ。キスリングはルビンスキーを危険だと判断している。何処かで始末したい、そう思っているのだろう。可哀想な奴だな、ルビンスキー。皆がお前を殺したがっている。俺もだ。

「フェザーンで騒動を起こさせるのが先だ。ここで詮索するとこちらを警戒して動きが遅くなる恐れがある。詮索するのは騒動が起こってからでいい」
『なるほど、先ずは騒動か、……油断させる事にもなるな』
「そうだ、彼を排除するのはその後だ」
キスリングが頷いている。そして表情を改めた。

『こっちも報告する事が有る。ランズベルク伯の事だ』
「何か分かったか」
『後援者が分かった。アルバート・ベネディクト、フェザーンの商人だが極めて評判の悪い男だ』
アルバート・ベネディクト? 原作には出てこないな、何者だ? こいつがルビンスキーと絡んでいるのかな?

『ラートブルフ男爵に聞いたのだが内乱が起きる前は貴族と組んでかなりあくどく稼いでいたらしい。貴族の没落は結構痛手だっただろうな』
「その男はランズベルク伯と組んでいたのか?」
悪徳商人とへぼ詩人? どうもイメージが湧かない、それともランズベルク伯は上手く操られていたのか……。

『いや、二人が出会ったのは内乱後だ、内乱前に繋がりはない。この件についてはランズベルク伯の旧家臣に確認したから間違いはないだろう』
「……」
『アルバート・ベネディクトについて調べたんだが前フェザーン自治領主、アドリアン・ルビンスキーと密接に繋がっていたという噂が有った。念のためボルテック弁務官に確認したよ』
「……それで」
スクリーンに映るキスリングが笑みを浮かべた、冷笑の類だ。

『アルバート・ベネディクトは確かにルビンスキーと繋がっていた。正確に言えばフェザーン自治領主府とだ。彼はフェザーンの裏の仕事を手伝っていたらしい』
「裏の仕事?」
キスリングが頷いた。

『破壊工作とか暗殺、或いは表に出せない交渉だ。彼はフェザーンの非合法な活動の部分を請け負っていたんだ。時には貴族と組んで非合法な事もしていたようだな。それ自体、貴族の弱みを握る事になる』
「……ボルテック弁務官がそう答えたのか?」
『渋々ね、あまり表には出せない事だからな』
「なるほど」

なるほどな、フェザーンの闇の部分を請け負う男か、そういう男が居てもおかしくはないだろうな。原作だとルビンスキーの傍で協力しているのはドミニクぐらいしか出てこない。しかも信頼関係が有るとはお世辞にも言えない状態だ。妙だとは思っていたが……。

フェザーンからの仕事を通じて貴族達の弱みを握りあくどく儲けてきたか、海千山千の喰えない男だろうな。ランズベルク伯が用心深くなるわけだ。当然だが俺の事は面白くは思っていない筈だ。金蔓の貴族を潰されたんだ、帝国に対しても良い感情は持っていないに違いない。

『ベネディクトは現自治領主マルティン・ペイワードとは繋がっている形跡は見えない』
「……」
『偶然かな』
「……」
『こっちがベネディクトの事を調べるのと同時にルビンスキーが卿に連絡してきた』
「偶然とは思えないな」

多分今も二人は繋がっているのだろう。地球教が疑われている形跡が有る、そしてベネディクトの存在を察知されそこから自分の関与が明るみになるとルビンスキーは思ったのだろう。そして俺が地球教に疑いを持っている事も察知した。次第に自分が包囲されていくと思ったわけだ。だから身動きが出来なくなる前に寝返りを決断した……。俺がその事を言うとキスリングは“そんなところかもしれないな”と頷いた。

「アルバート・ベネディクトを見張ってくれ」
『分かった』
或いはルビンスキーはベネディクトとランズベルク伯の二人を騒乱を利用して始末するつもりなのかもしれない。その時は状況次第ではこちらで押さえる事だ。ルビンスキーに引導を渡す道具になるだろう。

キスリングとの電話を終わらせて会議室を出るとヴァレリーに応接室に行ってくれと言われた。どうやら俺がキスリングと話している間にあの男が来たらしい。大分慌てて来たようだな、もしかすると俺に対して苦手意識が有るのかもしれない。

応接室ではシャフト技術大将が俺を待っていた。
「待たせてしまったようですね、シャフト大将」
「いえ、そんな事は有りません。小官も今来たばかりです」
口調が硬いな、昔脅しすぎたかな。

「来てもらったのは大将にお願いが有っての事です」
「と言いますと」
そんなに警戒しなくていい。ルビンスキーが失踪して以来、シャフトに対してフェザーンからの接触は無いとキスリングから報告を受けているんだ。今回だって悪い話じゃない。

「ガイエスブルク要塞にワープと通常航行用のエンジンを取り付けて欲しいのです」
「ガイエスブルク要塞に、……あれを実行するのですか? ……ではイゼルローン回廊に?」
「ええ、そう考えています」
シャフトが唸り声をあげた。イゼルローン要塞攻略、その意味するところが何か、当然だが想像は付く。興奮しているのだろう。

「分かりました、直ちに作業にかかりましょう。それで何時までに終わらせれば宜しいでしょうか」
「そうですね、十月の上旬までには仕上げて欲しいと思います」
シャフトがまた唸った。

「十月ですか、では取り付け作業には四カ月頂けるという事ですな」
「その後運用試験に一ヶ月、最終調整期間として一ヶ月」
「なるほど」
全部で半年だ。ルビンスキーのフェザーン騒乱が何時始まるか分からないが十分に間に合うだろう。

「運用試験はシュトックハウゼン提督が行うことになると思います。その時の運用結果を元に最終調整を行う。宜しいですね?」
「承知しました」
「何か質問は有りますか?」
「いえ、特には」
「では、お願いします」

シャフトは飛び跳ねるようにして部屋を出て行った。興奮しているんだろうな、今度こそ昇進、そんな思いが有るのかもしれない。まあ同盟軍の帝国領侵攻の時はフェザーンの目を晦ますために昇進はさせられなかったからな。今度はその分も評価してやらないと。二階級昇進は無理だが勲章ぐらいは出してやるべきだろう。技術将校で勲章なら喜んでくれるはずだ。



その日の午後、広域捜査局、憲兵隊は協力してオーディンの地球教団支部に強制捜査を行った。地球教団は激しく抵抗、銃火器で広域捜査局、憲兵隊を攻撃した。広域捜査局、憲兵隊が射殺した信者は百名を超えた。負傷した後死亡した信徒、自殺した信徒を入れれば死者は百五十名を超える。逮捕された信者は六十名を超えた。

教団支部長のゴドウィン大主教は捕縛される前に服毒自殺をした。彼から情報を得る事は出来なかったが押収した書類の中から地球教徒がバラ園で、キュンメル男爵邸で俺を暗殺しようとしたことが判明した。強制捜査に先立ち広域捜査局第六課ではアルフレート・ヴェンデルを逮捕しようとしたがヴェンデルは激しく抵抗、最後はヴェンデルも服毒自殺した。ヴェンデルが使用した毒はゴドウィン大主教が自殺に使った毒と同一のものだった。

銀河帝国はその日の内に地球教とその信徒を帝国の公敵と宣言、地球討伐の決定が下された。地球討伐指揮官はアウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将が任命された……。



 
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