ファルスタッフ
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第一幕その九
第一幕その九
「恋のルールは一番弱い人が一番強い人に勝つ」
「うん」
「そうだけれど。どうなのかしら」
「僕はいつも弓矢を持っているけれど」
「弓矢を?」
「弓は唇で」
彼は言う。
「矢はキスさ」
「それなのね」
「そうだよ。だからまた」
「さっきしたからいいじゃない」
くすりと笑ってフェントンをかわす。
「キスはまた今度ね」
「またなの」
「そういうこと。また後で」
「そんな。折角二人になったのに」
フェントンはナンネッタの態度がつれないと思って悲しい顔になる。しかしこれはナンネッタの駆け引きだったのだ。
「恋は時として離れるのも楽しいものよ。だから」
「だから今はってことかい?」
「そういうこと。また誰か来たわ」
「今度は君のお父さんだよ」
「見つかったわまずいわね。それじゃあまた」
「今度ね」
「ええ、また今度」
こう言葉を交えさせて別れる。ナンネッタが左手に消えると右手からフォードがカイウス達と共に姿を現わす。フェントンもこっそりと彼等の中に入る。そのうえで話にも加わる。
「それでだ」
「ええ」
フォードがバルドルフォに問うていた。
「ファルスタッフ卿はどちらに。確か」
「ガーター亭ですよ」
「そうだったね。あそこも随分と評判が悪くなったものだ」
「それも全てはファルスタッフ卿のおかげか」
「あの方あってのガーター亭です」
ピストラも言う。
「おかげ様で」
「それでだ」
「はい」
「私をあの人に紹介して下さい」
ここで二人に頼み込む。
「宜しいでしょうか」
「貴方をですか」
「ただし変名で」
こう言い加える。
「それで御願いします」
「わかりました、それではそういうことで」
「誓いましょう」
フォードと二人が誓い合うとそこにカイウスとフェントンも加わる。何時の間にか左手に女房達も来ている。彼女達もあれこれと言い合っている。
「捕まえて糸車よりも回してやって」
「ウィンクでぐにゃぐにゃになったとことをとっちめてやって」
「冷や汗で川を作らせて」
「街の笑いものにしてやりましょう」
アリーチェもメグもナンネッタもクイックリーも誓い合う。男達も誓い合いながら銘々に言い合う。
「真実は薬の味がします。しかし良薬は口に苦し」
「旦那様はお酒がお好きなのでそれで釣って。詐欺師はこれでお陀仏だ」
「今の苦労は仕込み。後で笑おう」
「夫婦の危機を作ろうとするあの旦那様を懲らしめて。そうすればフォードさん、貴方は助かります」
「向こうでは御婦人方が話し合いか。本当に色々あるけれど僕はナンネッタを」
カイウスもピストラもフォードもバルドルフォもフェントンも口々に言い合っている。九人が九人で。それぞれあれやこれやと言い合うのだった。
また男達が消えて女達だけになって。アリーチェが音頭を取る。
「ぐずぐずしてはいられませんわ」
「そうですね」
「それでは」
メグとクイックリーがそれに頷く。
「ではクイックリーさん」
「何時それをしますか?」
「明日御願いできます」
アリーチェはにこりと笑いながらクイックリーに言う。
「明日。それで」
「わかりました。では明日」
「そういうことで。では皆さん」
「はい」
三人が楽しげな笑顔でアリーチェを囲む。アリーチェはその三人にまた告げる。
「明日。御願いしますね」
「畏まりました。それでは」
「そのように」
こう言い合ってようやく分かれる。楽しい舞台の準備は整ったのだった。
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