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ファルスタッフ

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第三幕その四


第三幕その四

「どうしたものか」
「何か?」
「いえ、何も」
(しかしだ)
 誤魔化しながら心の中で呟く。
(上手くやれば両得だな。わしの腕の見せ所か)
「さて」
 ここまで考えたうえであらためてアリーチェに顔を向けてきた。
「奥様」
「はい」 
 向かい合ったところで。後ろからそのメグの声がした。
「悪魔よ!」
「悪魔!?」
 ファルスタッフが悪魔と聞いて顔を顰めさせると丁度彼女が逃げる場面が見える。慌てて森の向こうへ走り去っていく。そして彼女も。
「悪魔!?大変だわ」
「奥様、どちらへ」
 アリーチェも逃げ去った。気付いた時にはファルスタッフは一人になっていた。彼は一人になると呆然としてまた呟くのだった。
「まさか悪魔がわしを地獄に落としたりはしないだろうな」
「森の精、小さな妖精」
 ここでナンネッタが物陰から言う。
「空気の精、木の精、水の精」
「な、何だ!?」
 ファルスタッフは突然少女の声が聞こえてきてギョッとした顔で辺りを見回す。
「今度は何だ!?」
「夜も深くなりました。さあ出るのです、静かな闇の中に」
「妖精か、これはいけない」
 ファルスタッフは妖精とわかりすばやく身を伏せた。そうして顔を隠したのだった。
「あれを見たら命がないぞ」
 この時はこう思われていたのだ。案外迷信深い彼はそれを信じたのである。
 彼が身を伏せ顔を隠すと。そこにアリーチェが子供達を数人連れてやって来た。皆それぞれ妖精に扮して実に可愛らしいものである。
「あれよ」
「あの男よ」
 反対側からナンネッタも出て来た。彼女も子供達を連れている。彼等は隠れているつもりのファルスタッフの側に来た。そうして口々に言い出す。
「私の言う通りにね」
「わかったよ」
「わかりました」
 子供達は二人の言葉に頷く。そのうえで踊り出す。ファルスタッフの周りで
「季節風のそよぎの上を走りなさい。有明の月の光が木々の間を選らす中を軽やかに」
「軽やかに」
 子供達は踊りながらナンネッタの言葉を繰り返す。
「魔法が歌と踊りを結び付けてくれます」
「森は眠り香りと闇とが息づいている」
 子供達も言う。
「そして闇の中には水底の緑の隠れ家の様に光が輝いている」
「月明かりの中を花から花へと彷徨うのが私達」
 ナンネッタはまた言う。
「花はその心の中に幸せを隠しているわ」
「心の中に幸せを」
「百合やスミレの花で内緒の言葉を書きましょう。花は妖精たちの暗号」
「妖精達の暗号」
 様々な格好の子供達があちこちから出て舞う。バルドルフォは怪しい赤いケープと頭巾の魔法使いでピストラはパンに扮している。カイウスは仮面をした修道僧、フェントンは仮面をしたそれだ。フォードは緑の妖精の王様だ。女房達は打ち合わせ通りの格好でそれぞれ出て来たのだった。
「むっ、待って下さい皆さん」
「どうされました?」
 バルドルフォがわざとファルスタッフにつまづいて一同に声をかける。皆演技で彼に顔を向ける。
「何かいますぞ」
「一体何が」
「随分大きいですわね」
 クイックリーがファルスタッフの巨体を箒の柄の先でこづきながら言う。
「男ですわ」
「人間の!?」
「はい、けれど」
「角があるぞ」
 フォードが言う。
「林檎みたいに丸く」
「船みたいに大きい」
 ピストラとバルドルフォの言葉だ。
 
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