ストライクウィッチーズ1995~時を越えた出会い~
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第十七話 高度30,000mの戦い①
前書き
またしても少し間隔がいてしまいました。
前篇ですが、どうぞ。
なにげに成層圏を飛行可能な軍用ジェット機って、60年代に実用化されてたんですね。
「沖田、いるか?」
コンコン、と硬質なノックの音とともに聞こえてきたのは、坂本の声だった。
ベッドに寝転んで買い込んだ童話を読んでいた和音は、わざわざ部屋にまで訪れるだなんてどうしたのだろう、と思いながらドアを開けた。
「なにかあったんですか、坂本少佐」
「いや、これから部隊の皆を集めてブリーフィングを行うことにした。なるべく早めに談話室まで降りて来てくれ」
「はぁ、わかりました」
心なしか坂本の表情が強張っているように見えた和音だったが、ひとまず返事をして上着を羽織る。準備といったところで、ブリーフィングであれば体があればそれで十分だろう。登場割からは外れているから、ユニットを履くことにはならないはずだ。
(こんな夜にどうしたんだろうな……)
小走りに階段を駆け下りながら、和音は普段と違う奇妙な緊張を感じていた。
「――よし、全員揃ったようだな」
和音が談話室に降りてきた時には、既に和音以外の全員が席についてブリーフィングの開始を待っていた。おまけにしっかりと制服を着こんでいたので、寝間着の上からジャケットを羽織っただけの和音は、恥ずかしさに小さくなりながら、そっと宮藤達の横に腰掛ける。
「何があったんですか、宮藤さん」
「あのね、急に坂本さんが〝大至急ブリーフィングをする〟って言って、皆を集めたの」
「そうだったのですか……」
ということは、事情を呑み込めていないのはどうやら和音だけではないらしい。
……と思いきや、そんなことはなかったようである。
「午前中に発見した敵ネウロイへの対策ですわ。沖田さんとサーニャさん、それから宮藤さんとリーネさん以外の出撃メンバーが遭遇しましたの」
「新型のネウロイですか?」
「ええ、そうですわ。……ほら、ミーナ中佐がいらっしゃいましたわ」
そっと耳打ちしてくれたペリーヌに小声で礼を言うと、同じタイミングで談話室にミーナが入って来た。その表情は坂本同様、やはりいつもと比べて堅い。わざわざ全員を集めて会議をするということは、それだけの難敵であるということだろう。自然、和音の緊張も高まる。
「先日、我々は敵ネウロイの子機と遭遇。これと交戦した」
ミーナが入ると同時に、坂本が単刀直入に切り出す。
「子機はすべて破壊。が、肝心の親機が見つからなければ敵戦力は排除できない。我々は敵勢力の撃滅を目指して親機を捜索した。そこでだ」
坂本は一旦言葉を切ると、談話室の照明を落とし、ミーナの持ってきた数枚のフィルムを投影機にかけた。天井から垂らされたスクリーンに、撮影された風景が写る。
(何も映っていない……?)
一見すると、ただ海と山が写っているだけだ。強いて言うならば画質がやや粗いところだが、これは機材の調子の問題だろう。この写真が一体どうしたというのか。
「これはロマーニャ空軍の偵察機が撮影した写真だ。一見すると何も映っていないように見えるが――」
やおら坂本は指示棒を伸ばすと、スクリーンのある一点を指す。
「――これだ」
坂本が指示したのは、ノイズとも影ともつかない黒い「線」だった。
スクリーン中央を、地表から雲を突き抜けるように伸びているそれは、どう見てもノイズにしか見えない。しかし、坂本もミーナも大真面目だ。
「まさか、その黒い線が敵ネウロイなのですか?」
「その通りだ。偵察隊および我々ウィッチ部隊も目視で確認している。この黒い棒状に見るのが、交戦した子機ネウロイの親機とみて間違いはないだろう」
おもわず席を立って発言した和音だったが、対する坂本ははっきりとこれがネウロイであると断言した。
「さらに厄介なのが、こいつのコアの位置だ。写真でもわかる通り、こいつは地表から一直線に雲を突き抜けるタワー状のネウロイだ。で、こいつのコアの位置だが……ここだ」
コン、と坂本がスクリーンの一点を叩く。
指示したそこは、なんと黒い線のように見える長大なネウロイの頂点であった。さすがの和音もこれには閉口するしかない。人知を超えた存在であるネウロイだが、よもやここまで奇天烈なタイプが攻めてこようとは……
「見てのとおり、ネウロイの頂点部分にコアが存在する。わたしも直接魔眼で確かめたから間違いはない。これを破壊しない限りネウロイを撃破することはできないわけだが、位置以上にコアのある高度が問題になってくる。……ミーナ、例の物を」
そういうと、坂本は一歩下がってミーナのために場所を開けた。するとミーナは何やら大きな掛図のようなものを抱えて前に進み出、いったん談話室の照明をつけた。
「美緒の言ったとおり、問題なのはコアのある高度よ。観測班と美緒の魔眼による情報を総合すると、敵ネウロイのコアが存在するのは高度30,000m以上。つまり、成層圏にコアが存在する計算になるわ」
ミーナからもたらされた情報に談話室が大きくどよめく。
それはそうだろう。高度30,000mに位置するネウロイのコアなど、大戦史上でも初の遭遇ではないだろうか? さらに、それを撃破できるかどうかという話になると――
「で、ですが! わたくし達のレシプロストライカーでは、限界高度もせいぜい10,000m前後ですわ。その3倍――成層圏にコアがあるネウロイなど、いったいどうやって迎撃するんですの!?」
ペリーヌが動揺するのももっともだといえる。
現在、世界各国で実用化されているレシプロストライカーだが、その性能には当然限界がある。速度・武装・航続距離・上昇限度……etc 今回大きな障壁となってくるのは高度だが、現行のレシプロユニットではおおそよ10,000m前後が限界点だ。
爆撃機や高高度偵察機など、高高度を飛行することのみを追求した機体を限界まで底上げしたとしても、やはり12,000mあたりで限界が見えてくる。成層圏はおろか、高度20,000mでさえ夢のまた夢なのだ。
対処方法云々以前に、そもそも迎撃しようがないのである。
「おいおい、そんな高度なんかどうやって迎撃すんだよ……これじゃあお手上げじゃないか」
「シャーリーでもできないの?」
「さすがのカールスラントもそんな怪物に対処できるようなユニットはないな……」
「どうするつもりなの、ミーナ?」
まったく想定外の強敵の出現に、集まった一同は軒並み頭を抱える。
敵自体は見えているというのに、こちらからはどうあがいても手出しできないのだ。地団太を踏みたくなるのも分かる。
「そんなことはないわ、ハルトマン中尉。我々はここロマーニャ防衛を担う精鋭部隊よ。そう簡単にロマーニャへネウロイの進軍を許すつもりはないわ」
毅然とした表情で言い切るミーナ。だがしかし、今度ばかりはそれが実現するのかどうか。
何しろ相手は高度30,000m上空、人類の限界をはるか越えたところに陣取っているのだから。
「ロマーニャ軍から寄せられた情報によると、この大型ネウロイは毎時およそ10kmという極めて緩やかなペースで移動中だそうよ。なので、すぐさま攻勢を仕掛けてくるようなことはないわ。あるとすれば、今日のように子機を飛ばしてくる程度ね」
そういうと、ミーナは抱えてきた掛図を広げ、壁にフックに引っ掛けて吊るす。
そこに書かれていたのは、何やら複雑な図形――もとい、設計図のような物だった。
「我々はウィッチーズだ。ウィッチに不可能はない。しかし、今回の敵はさすがに想定をはるかに超えた強敵だ、なにしろ従来型のレシプロストライカーでは迎撃それ自体が不可能なのだからな」
「そのため、今回の迎撃作戦において、我々は2つの作戦を用意しています。そのうちの1つがここにある図面なのだけれど……沖田さん」
「は、はい!!」
唐突に名を呼ばれた和音は、思わず弾かれたように居住まいを正した。
「2つあるうちのもう1つの作戦というのは、実は貴女に直接ネウロイを攻撃してもらうことなの」
「わ、わたしがですか!?」
仰天する和音に、坂本とミーナは大まじめにうなずいた。
「レシプロストライカーで太刀打ちできないならば、沖田のジェットストライカーならば可能ではないかと考えたんだが……どうだ?」
なるほど、レシプロがダメならジェットで、という発想はたしかに自然な流れだったかもしれない。現在からみて遥か半世紀後の技術の産物ならば、あるいはこの状況を打破し得るのではないか――
二人の目には、そんな淡い期待が滲んで見えた。
しかし――
「……たしかに、わたしのF-15なら、高度30,000mへの到達も決して夢ではありませんし、事実到達した記録も存在します」
「だったら――!!」
「ですが!!」
勢い込む坂本を制して、和音は穏やかに続けた。
「それはあくまで性能試験での話です。武装や、不要な電装系、塗装に至るまでを排除し、徹底的に軽量化させた状態での記録です。わたしのF-15が高度30,000mで戦闘行動が行えるかどうかは、まず間違いなく不可能ではないかと……」
たしかに、〝F-15が高度30,000mに到達した記録〟は実在する。
しかし、だからといってF-15が高度30,000mで戦闘行動を行えるのかというと、話はそう単純ではない。武装を持った状態で飛ぶだけでも相応の魔法力を消耗する上に、極限状況下におけるウィッチの生命維持にも魔法力は動員される。
加えて、敵ネウロイの攻撃からも身を守らねばならず、仮にそれらの条件をクリアしたとしても、確実に相手を撃破できる保証はどこにもないのだ。
「そうか……」
目に見えて落胆する坂本。声にこそ出さないが、ミーナも反応も同様だった。
「……ありがとう、沖田少尉。ならば、別のプランで作戦を遂行するだけよ。この図面に書かれているのが、今作戦においての我々の切り札よ」
ミーナの言葉に、皆の注目が一斉に掛図へと移った。
「なんだこれは?」
「あたしも見たことない設計図だな……」
揃って首を捻るバルクホルンとシャーリーに対し、ミーナは言った。
「これは魔道式ロケットエンジンよ。従来のレシプロストライカーよりも優れた推力を有するわ」
「では、これを使って直接ネウロイへ攻撃を掛けるんですの?」
「いや、そんな単純な話ではないはずだ。第一、ロケットエンジン一基で成層圏まで到達できるとは思えん」
腕組みをしたバルクホルンが言うと、ミーナも頷いた。
「その通りよ。作戦の概要は、まず非ロケットエンジン装備組による第一次打ち上げ隊が高度10,000mまで攻撃隊を輸送。その後、第一次打ち上げ隊は離脱。それと同時にロケットエンジン装備組、つまり第二次打ち上げ隊が攻撃隊を高度20,000mまで運び、離脱。そこから先は、攻撃隊のみでネウロイへ接近、コアへの攻撃を敢行後、速やかに戦闘空域を離脱。地上へ帰還する計画よ」
「……多段打ち上げ方式というわけか。これは想像以上に困難な作戦だぞ、ミーナ」
「わかってるわ、トゥルーデ。でも今のわたし達にはこれぐらいしか対抗手段がないの」
溜息をつきながら言うミーナ。だがしかし、彼女の言う通り対抗手段が乏しいことも事実だ。
守るべき人々が背後にいる以上、たとえどれほど困難な道であろうとも、成し遂げなくてはならないのだ。
「概要は以上だ。次に、攻撃隊の選抜と、各員の役割分担を行いたい」
掛図を仕舞うミーナを手伝いながら坂本が言うと、真っ先にバルクホルンが手を挙げた。
「攻撃隊にはわたしが参加しよう。この作戦は生半可な難度ではない。経験の豊富なわたしが行くべきだ」
「いいえ、貴方は打ち上げ隊に回ってもらうわ、トゥルーデ」
「なに? どういう事なんだミーナ」
気色ばむバルクホルンに向けてミーナは諭すように言った。
「たしかに、経験豊富なウィッチを攻撃隊に当てる方法もあるわ。でも、今回の作戦に必要なのは、広範囲かつ遠距離に対して強力な火力を持ち、かつ敵ネウロイのコアをきわめて精密に探知し狙い打てる人間なの」
「……ということは、まさか!?」
目を見開いたのはバルクホルンだけではなかった。こういう言い方をされれば、501の部隊員であれば誰だって気がつくだろう。ミーナが誰を指名しているのかを。
「その通りよ。攻撃隊にはサーニャさんに入ってもらいます」
「わ、わたしが攻撃を担当するのですか……?」
「そうよ。今回の作戦では、サーニャさんの索敵能力と攻撃力が必要不可欠だわ」
「加えて、地上との交信の問題もある。お前の固有魔法でもなければ、満足な通信はできないだろうからな。地上へ帰還する際にもサーニャの魔導針が必要だ」
どうやらこの件については既にミーナと坂本の間である程度人選が決まっているらしい。
打ち上げ班についても、確認の意見を聞きつつ手際よく役割を振り分けていった。
「沖田、お前は第二次打ち上げ隊だ。ユニットは紫電改を使え。いいな?」
「はい。了解しました、坂本少佐」
どうやらF-15の出番はなさそうだと和音がホッと胸をなでおろした時、バンッ っと机を叩く音が聞こえてきた。何事かと振り返ると、そこには烈火の如く怒るエイラの姿があった。
「なんでダヨ!! サーニャが行くならわたしだってついていくゾ!!」
「無理よ。だって貴女、実戦でシールドを使ったことがないのでしょう?」
「だったら練習すればいいじゃないカ!」
「この作戦には針の先ほどの狂いも許されないの。これは命令よ、ユーティライネン中尉」
「だ、だって……!!」
揉めていたのはエイラとミーナだった。
攻撃隊のサーニャを守るべく、楯となるべきウィッチが必要だと告げられた時、真っ先に立候補したのはエイラだった。しかし、未来予知によってこれまで攻撃を回避することに傾倒し、実戦でのシールド展開に不安があることを指摘され、ミーナに打ち上げ班に回されたのだ。
「攻撃隊にはサーニャさんと、シールド能力に定評のある宮藤さんに入ってもらいます。いいわね、宮藤さん?」
「あ、はい! 頑張ります!!」
確かに宮藤のシールドは他に類を見ないほど堅固なものだ。ミーナの采配にも不自然な点は見当たらない。しかし、理解と納得は別物と見え、エイラはこの采配に大層不満があるようだった。
「では、以上の割り振りで作戦に臨んでもらう。作戦の実行は明後日の早朝だ。攻撃隊の宮藤、サーニャ両名は、魔法力温存のため登場割から外す。もちろん夜間哨戒もなしだ。沖田、サーニャの代わりを頼めるか?」
「了解です。任せてください」
「その意気だ。では、これでブリーフィングを終了する。夜遅くに呼び出して済まなかったな。作戦までは各自訓練も最小限にし、十分に英気を養ってくれ。以上だ」
坂本がそう言って締めくくると、三々五々、それぞれの部屋に戻っていく。
今夜の夜間哨戒はなくていいと告げられた和音もまた、部屋に戻って就寝する気でいた。
……なのだが。
(エイラさん、大丈夫かな……)
談話室を去る間際、そっと肩越しに振り返ると、そこにはすっかり落ち込んで意気消沈しているエイラの姿があった。未来予知による絶対無敵の回避能力。その才能が仇になるなど、いったい誰が想像しただろう。
あまりの落ち込み様に声をかけることすら躊躇われた和音は、一抹の不安を残したまま、談話室をあとにしたのだった。
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