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星の輝き

作者:霊亀
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第3局

「ヒカル、ここなの?」
「ああ。そこの銀行の手前を右に曲がると棋院なんだ。そこが子ども囲碁大会の会場。んで、この辺で塔矢と会ったんだよな。」
 
 日曜日、ヒカル達は地下鉄で子ども囲碁大会の会場近くまで来ていた。
―会場には行かないのですか?
「塔矢と会った細かい時間まで覚えてないんだよ。それに、いまさら横から口挟むわけにも行かないだろ。」
「ふふっ、前はいっぱい怒られたんだっけ?」
―ヒカルは前からおっちょこちょいなんですねー。
「うるさいなー、もう。でも、あかり、大会には出なくてほんとによかったのか?今のお前ならいいところまでいけるのに。」
二人にからかわれて照れくさくなったヒカルは、あわてて話題を変えた。
「いいのいいの。私はヒカルと碁を打つのが楽しいの。ヒカルに毎日指導してもらってるんだもん、たまには恩返ししないと、ね。」
 
 昔の計画では、まだこの時期は外部との接触は控えることになっていた。塔矢との出会いは遅れてしまうが、それは仕方ないとあきらめていた。
 だが、あかりの弟子入りと成長という、以前には起きなかった要素が生まれたことで、新しい計画が生まれた。上手くいけば、先日の碁会所に続き、二度目の接触となる。それは、今後の動きが読めなくなることにもつながるが、それでも、塔矢アキラとこの時期に接触しておくことは将来にプラスとなると考えたのだ。
―そうですよ、ヒカル。私のことを考えてくれるのは嬉しいのですが、塔矢アキラとの出会いはあなたにとっても大切なものであるはず。ヒカルだけに負担を押し付けるのは、私もあかりもつらいのですよ。
「そうよ、三人で一緒にガンバロって約束したでしょ。」
「…そうだったな、二人とも、ありがとな。」
ヒカルはそう言って、あかりの頭をなでた。ヒカルのほうが背が低いため、周りから見ると少しおかしな光景なのだが、本人達はまるで気にしていなかった。あかりも嬉しそうに微笑んでいた。

「藤崎…、藤崎あかり、進藤ヒカル!」
 いつのまにか、息を切らした塔矢アキラが横に立っていた。ヒカルは横のあかりにチラッと目線を送る。それに気づいたあかりは軽くうなずいた。作戦開始だ。
「塔矢じゃないか、どうしたんだ。」
「こ、こんにちは、塔矢くん、この前はありがとうね。」
―あかり、おちついて、大丈夫ですからね!はい、ひっひっふー、ひっひっふーですよ!
明らかに緊張している佐為の声に、あかりも落ち着いてきた。
「囲碁大会には出なかったんだ?」
「き、君達は…?」
「オレ達?オレ達はちょっとこっちのほうに用事があったんで、ついでに少し覗いてみようかって話をしてたところ。」
「子ども大会って、ちょっと面白そうだもんね。」
「…面白そう?ちょっと君達、手を見せてくれないか。」
アキラはそういうと、二人の右手を順番に掴み、指先を眺めた。
二人の指先を真剣に眺める塔矢は、三人が視線を交し合っていることにまったく気がつかなかった。
―この二人の人差し指のツメは明らかに磨り減っている…。特に進藤のほうは間違いない。毎日のように碁石に触れている手だ。
「…もういいだろ、なんだよ。」
ヒカルはそう言いながら手を引いた。
「…君達はプロになるの?」
「プロって囲碁のプロ?」
あかりがかわいく首をかしげると、アキラは真剣な表情でうなずいた。
「だははははっ!オレ達がプロォ!?マジで言ってんの!?囲碁のプロなんて考えたことねーよ!とーや、おまえ案外おもしろいキャラだなー。」
―容赦ないですねーヒカル…
―確かこんな感じだったと思うんだよなあ…
「塔矢くんは、プロになるつもりなの?」
「なるよ。」
あかりの問いに、アキラはまっすぐうなずいた。
「フーン…、囲碁のプロってもうかるの?大会とかで優勝すると賞金もらえるんだよな。」
「タイトル戦の賞金なら、名人戦が二千八百万、棋聖戦が三千三百万で…」
「おいおい、タイトル戦っていくつあるんだよ。全部勝ったりするといくらもらえるんだ。」
「全部で八冠、賞金総額は一億二千万くらいさ。」
アキラの言葉に、改めて驚くあかり。

―さて、ここからが正念場だな。
と、内心気合を入れるヒカルだった。
「んー、ならちょっとプロになって、ちょこちょこっとタイトルのひとつふたつ取るのも悪くないなぁ。」
ヒカルのその言葉を聞いて、アキラの表情が硬くなった。
「…ちょっとプロになって、ちょこちょこっとタイトルのひとつふたつ取る…?その言葉、プロの人すべてを侮辱する言葉だぞ!」
―うわー、聞いてたとおり本気で怒っちゃいましたねー。
―だ、大丈夫かな…、塔矢くん怖いよー。
目を真ん丸くして驚く佐為と、ちょっと涙目になりつつあるあかりだった。
「…キミが碁打ちのハズがない!碁を打ってきたものがそんな暴言吐くものか。」
―いや、以前のオレは碁打ちじゃなかったからなー、うん。
―ああ、もうっ。
内心あっけらかんとしているヒカルに頭を抱える佐為だった。
「ちょっとプロになる?棋士の高みを知っているのか!?忍耐・努力・辛酸・苦渋…。果ては絶望まで乗り越えて、なおその高みに届かなかったものさえいるんだぞ!。」
「父の傍らでそんな棋士たちを見てきた。それを君は…。」
「ボクもそれを覚悟で努力してきた。小さいころから毎日毎日何時間も碁を打ってきた。どんなに苦しくても碁を打ってきたんだ。」

―悔しい、悔しい。なぜボクはこんなやつのことを気にしていたんだろう。あのときの指摘も偶然だ。あの時は初心者と侮り、ボクが油断していたんだ。

「今から1局打たないか。」
―――来た!!!
「ボクはプロになる。いずれなる。君が苦もなくプロになりあっさりタイトルを取るというのなら、こんなところでボクに負けては話になるまい。逃げるなよ、今から打とう!。」
アキラの言葉を聞いて、ヒカルはニヤッと笑った。
「じゃあ、まずはこいつと打ってからだな。あかりはオレの弟子だ。弟子のあかりを倒したら打ってやるよ。」
そう言いながら、隣で緊張しているあかりの肩を軽くたたいた。
「君の弟子か…、分かった。碁会所へ行こう。」
―そう、ボクとて…。ボクとて神の一手を極めようという志に生きるのならば、こんなところで負けるわけにはいかない。藤崎あかりは確かに初心者ではない。侮れない。ただ、間違いなくボクのほうが強い。彼女を弟子だという進藤ヒカルにだって、ボクは負けるわけにはいかない。
 歩き出したアキラの後を、三人はついていく。ヒカルと佐為は上手くいったと喜ぶが、あかりは不安げだった。アキラがそばにいる今は声を出せない。だから、ヒカルはそっとあかりの手を握った。あかりを力づけるように。ヒカルの心遣いが嬉しくて、あかりはヒカルに感謝の視線を送る。そんな二人を、佐為はニコニコと眺めていた。
 
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