真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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崑崙の章
第12話 「……案内してもらおうか」
前書き
3回書き直した挙句、大幅に削ることに……2話ぐらい話をはしょることにしてまとめました。
原因は、只だらだらと日常を書き過ぎたためです。それだとホントだれるだけですので……
―― 盾二 side 巴郡 ――
「じゃ、じゃあ、頼む」
「あ、ああ……すごい量だな。もしかして寝ていないのか?」
「徹夜で書いたからな……ああ、それとこれがカレーのレシピと香辛料の効能だ。ゆっくり確認してくれ」
「おお、すまんな……しかし、馬まで用意してくれるとは思わなかった。いいのか?」
「『お土産』を早く届けてほしいのもあるけど、書簡の量が量だからな……紙とはいえ、これだけあると大変だろ?」
「そうだな、助かる……じゃあな、北郷。次に遭う時は、お前の兄貴も一緒にいたいものだ」
「ああ。だが無理はしないでいいぞ。お前なら、必ず目覚めさせてくれると信じているからな」
「……ああ。ではな!」
「ああ! またな!」
―― 魏延 side ――
なんだ、あの男は!
なんだ、あの男は!!
なんだ、あの男は!!!
ワタシは夕餉の席で歯噛みする。
あの天の御遣いだとかいう胡散臭い男。
ワタシの師である桔梗様を呼び捨てにして、昨日はとんでもない料理を食わせた男!
むかつく!
むかつきまくる!
むかついていて、いてもたってもいられない!
あの男は今、自室で食事も取らずに寝入っているらしい。
せっかく桔梗様が、酒宴を開いて下さっておるというのに!
なんという礼儀知らず!
なんという、厚顔む……む? こうがんむ……じ?
あー……えーと…………と、ともかく、だ!
あのような男はすぐにでも追い出すべきだ、うん!
「いやあ、盾二が寝てくれて助かったわい……これでお主と酒が飲めるというもの」
「あら……わたくしは別にいいのですのよ? 何なら今から起こしてきても……」
「こ、これ! ここには璃々もいるのじゃ、さすがにやめい!」
「うふふ……桔梗ったら、魏延さんに自分の醜態を見せたくないからでしょう?」
「~~~っ、そ、そうは言うがな。さすがにこの場であの醜態はまずいじゃろが」
「……そうね。やっぱりやめておきましょうか」
「うむ。というわけで……おーい、焔耶ぁ!」
あ、桔梗様が呼んでいる!
何をお話になっているかはわからなかったけど、ワタシは飛び跳ねるようにお傍に行く。
「ハイ! 何でしょうか、桔梗様!」
「すまんが、追加の酒と肴を頼む。わしは、今日は紫苑と飲み明かすでの」
「はい! わかりました!」
桔梗様は、すこぶる機嫌がいいらしい……
うん、やはりあの男がいないからだな。
そうだ、そうにちがいない!
そう決めた!
「それが済んだら璃々の世話をしてやってくれ。よいかの、紫苑」
「もちろんですわ……お願いしていいかしら、魏延さん」
「は、はい! もちろんです!」
この黄忠様という方も、古くからの桔梗様のご親友らしい。
ワタシが桔梗様に拾われる前からの中だそうだ。
実にうらやましい……桔梗様、ワタシにもご相伴させてほしいなぁ……
「ほれ、なにしとる。さっさと酒を持ってこんか」
「は、はい! すぐに!」
ワタシは急いで厨房へと走り出す。
は! そうだ! 急いで持ってこなければ!
「こらぁ! 埃をたてて走るやつがあるかぁ!」
「あらあら……」
急いで持ってこなければっ!
―― 厳顔 side ――
「まったく、あやつは……」
「ふふふ……あいかわらずのようですわね」
「困ったもんじゃよ。性根はまっすぐなのじゃが、如何せん力の加減を知らん。まったく……」
「あらあら。でも、そこがかわいいのでしょう?」
「…………まあのう。否定はしないでおくわい」
わしは誤魔化すように、ぐいっと盃を空けた。
くすくすと笑う紫苑が、わしの盃に酒を注いでくれる。
武人・黄忠の酌か。
ふふふ……悪くない。
「それにしても……華佗さんが、急に出立されるなんてなにかあったのかしら?」
「わしも詳しくは聞いておらん。ただ、昨夜遅くに盾二から紙と書簡を大量に注文されたんじゃが……どうやら、なんらかの指示が盾二から出された可能性があるの」
「あら……わたくしたちにも内緒で? 随分と……」
紫苑が、少し拗ねたような表情を見せる。
ふむ……後に続く言葉は『水臭い』かの?
なにやら華佗に嫉妬しておるようなそぶりじゃな。
「ふふふ……紫苑、気付いておるか? 今のお主、まるで恋する少女のようじゃぞ?」
「あ、あら?」
ふふふ。
紫苑の顔が一瞬にして赤くなりおった。
どうやら自分の現在の状況を客観視して、とたんに恥ずかしくなったようじゃな。
「お主も随分変わったものよ……劉表殿のところで山賊や江賊を震え上がらせた武人・黄忠とは思えぬわい」
「そ、そうかしら……そういえば不思議ね。盾二様とは、まだ出会ってから一月も経たないというのに……」
そういえばそうじゃったのぅ。
やつの凄さもよくわかっているのじゃが……なんというか、あやつの人懐っこさに触れていると、旧来の知人のような感覚を覚えてしまう。
それに……
コホン。
思わず顔が赤くなるわい。
やはり、あの夜のことを思い出すとな……
見れば紫苑も、顔を赤くしたまま手で顔を扇いでおる。
酒量などまだまだのはずなのにのう。
「考えることは一緒か……」
「……そうかしらね」
お互い、顔を見合わせて苦笑する。
まったく……わしらのような年上を少女に戻しおって。
やつは天然のたらしじゃな。
「こほん……まあ、華佗さんのことは急でしたけど、彼の意思ならば仕方ありませんわね。いずれまた会えるでしょうし」
「そうじゃの。調べてみると、やつの五斗米道とやらは、この周辺でも活動しておるそうじゃ。まあ医者の集団など、わしはまったく興味がなかったが……あれほどの力があるならば、少し考えを改めたほうがいいかも知れんな」
「医者でなく、医師とおっしゃっていましたね、盾二様は。医術というものがあれほどとは……わたくしも軽視していたかもしれませんわね。占いなどに傾倒する洛陽のことを笑えませんわ」
洛陽か……たしかにのう。
洛陽は、この国一番の都ではあるが、こと医というものは大陸全土で基本的に軽視されておる。
おまけに最近では、人が病になれば占いや祈祷によって回復させる、というのが洛陽で流行っておるとのこと。
まったく……占いなどで人が元気になったり死んだりするとはどういう理屈じゃ。
「荒唐無稽な話だと思っていたが……この国、最大の都がそのような状況とすれば、黄巾が乱を起こすのも無理ないことかもしれん。占いなどで国の行く末まで委ねるなど、正気の沙汰ではないわ」
「それに関しては、確かにそうかもしれないわね……不確かな占いなどに、政を任せた故の今の状況なのだから」
「それに関しては? お主、占いなどに見るべき点があるというのか?」
占いなど、ただの似非師の戯言じゃろうに。
まさか紫苑ほどの人物が、占いなどを信じておるとは……
「あら? 桔梗は信じていないの?」
「当然じゃろう。占いと占師などに国政を壟断されたおかげで、今のこの国の荒れようじゃぞ? あんなもの……」
「でも、盾二様を予言したのも、管輅という占師よ?」
「む……」
「そのお蔭で、わたくしも桔梗も助かったのですから、少しは信じてもいいかもしれない、と思っただけよ」
「むむむ……」
た、確かに盾二はそうかもしれんがのう……………………はっ!?
い、いや!
わしは占いなど信じん!
盾二は、現れるべきして現れたのじゃ!
そこに占いなどというものは関係ない!
「ふふふ……冗談よ。占いはあくまで占い。神格化するほどのものではないわ。それぐらいわたくしとてわかっているわよ」
そう言って、澄ました顔でくい、と盃を飲み干す紫苑。
こやつめ……
「お主まで神秘主義に浸るのは勘弁してほしいものじゃて。ただでさえ、この周囲は……んぐ」
わしは、つい口走りそうになる言葉を、慌てて飲み込む。
いかんいかん……わしが下手に論客ぶっては、聞き耳を立てるものに怪しまれる。
「どうしたの、桔梗?」
「いや、なんでもない……ささ、飲むとしよう」
この巴郡では、どこにやつらの目や耳があるか知れたものではない。
特に紫苑には、あまり知ってほしくはないのじゃ。
できれば早いうちに州牧となられた劉焉殿に紹介して、それなりの地位についてもらおうと思っておる。
もし、この巴郡の秘密を知れば……きっと紫苑ならば、勝ち目のない戦いを起こそうとするはずじゃ。
それは友人を死地に追いやるも同じこと。
(わしは馬鹿でなくてはならん。焔耶を……そして紫苑を守る為にも、のぅ)
わしは一人寂しく笑う。
そして盃を傾けると、厨房から出てきた追加の酒と肴を持ってくる馬鹿が見えた。
―― 盾二 side 巴郡市場 ――
ふう……結局、起きたのは明け方になってしまった。
ずいぶんと寝入ってしまったことになる。
さすがに一日で三十以上の書簡を作成するのは、骨が折れた。
だが、その苦労の甲斐はあるだろう。
華佗に託した『お土産』の数々。
あれがあれば、俺が計画した漢中改造計画は、さらに発展する。
まあ、それを調整する朱里と雛里には申し訳ないのだが……
(……やっぱちゃんとしたお土産も持って帰って、機嫌とったほうがいいかなぁ?)
迷惑かけ通しだしなぁ……
そういやアーカムにいた頃、女性研究員と半ば強引に付き合わされた時に一刀に言われたっけ。
『女って奴は、物という形あるもの贈らないと、どんな気持ちも受け取ったことにしないもんだ』と。
あいつ、童貞の癖にやたらとしたり顔で言うから、『なに言ってんだこいつ』ってよく思ったもんだ。
けど、こと女性受けはあいつのほうがよかったんだよな……鈍感だから自覚なくて付き合うことなかったけど。
……まあ、俺もそうだったんだが。
俺の場合は、襲われたからなあ……
(酒飲んで記憶失って、気がついたらベッドの上で……ああ、いまだにあの夜のことが思いだせん。俺は本当に童貞失ったのだろうか?)
なにしろ、目が覚めたら猛烈に迫られて……泡喰らった俺が訊ねると。
『なによ。貴方が昨日の夜、思いっきり濃厚なキスして誘ったんじゃない』
……いや、ほんと。
まったく……ほんとにまったく覚えがないんだが……
はっ!? いかんいかん!
つまらないことを思い出してしまった。
とにかく、今は情報収集……っと。
俺は、市場を散策しながら物珍しい商品を見て回る。
一昨日は、ほとんどスパイスと食料品を駆け足で回っただけだったが、今まで見た街でも最大の品揃えだった。
今回は、食料品の他にも、衣類、家具、日用品、武器防具など様々な商品を見て回っている。
ぱっと見ただけでも、西洋からの流れを汲む品や、インド……今は身毒だったか。そことの交易品のようなものも見受けられる。
かと思えば、大陸北部の特産である麦や東の海辺の乾物なども置いてある。
乾物……この時代にもあったのか?
(気にしちゃだめだな……)
なにしろ『じゃがいも』すらあるのだからな。
一昨日は探さなかったが、探せばトウモロコシもあるかもしれない。
あれも新大陸原産だ。
(……そう考えれば、この市場は確かに妙だな)
確かに一刀が創った世界だ。
そういった史実崩壊というか、こと食べ物における歴史解釈はまったく通用しないようになっている。
だが……考えてみれば、北平や宛では流通していなかったことが謎だ。
通常、これだけの市場だ。
たとえ洛陽にその存在が隠されているとしても、商人間における流通のラインに、まったくそうした品物が流れていないことは、ある意味おかしい。
商人であれば、儲けを得るために新商品を流布して広めないことには儲けが出ないからだ。
であるのに北平や宛ならともかく、ここから徒歩でも五~六日の白帝城ですら、市場にジャガイモやスパイスの存在はなかった。
まあ、唐辛子はあったわけだが……紫苑に聞いたところ、唐辛子自体は北方でも普通に流通しているらしい。
もちろん麻婆も、だそうだ。
俺は気付かなかったのだが、なあ……
(意図的に食べ物のオーバーテクノロジーが、取捨選択されて広められている可能性がある……その意図とはなんだ?)
唐辛子はよくて、じゃがいもやスパイスがダメな理由……そんなものがあるのだろうか?
そこにこそ俺の違和感の謎があるように思える。
そしてその謎こそ……この街の謎なのではないかと思ったのだ。
ただ、いくつかの仮説は立てられても、立証がないことには意味がない。
できればそれを扱う商人に、もう一度話を聞きたいのだが……
そう思って一昨日スパイスを買った場所に来たのだが、そこにはすでに別の屋台が立てられていた。
あの商人は、この市場から既に立ち去ったらしい。
おまけに他の店でスパイスを売っている所に聞くと、自分達が何を扱っているのか、どこから仕入れているかもわからないという。
最初ははぐらかしているのかと思ったら、本当に知らないようだ。
ただ、自分達は雇われて商品を売っているに過ぎない、と……
挙句の果てには、別口でカマを掛けて警備兵の情報を漏らした商人すら、既に市場のどこにもいなかった。
周囲の屋台の人間はそのことを聞くと、皆口を噤んでしまう。
……やはり、俺の行動は監視されているらしい。
(華佗に急いで出発してもらって正解かもしれないな……危なかった)
これほど迅速に対応してくる相手となると、油断は出来ない。
だが、それでもこの街の謎は探る必要がある。
歴史に逸脱した商品を扱う街……恐らくはろくでもない裏事情が出てくるに違いないのだ。
そしてそれは、おそらく桔梗に深く関係している可能性がある。
(……やっぱり俺って、お節介かもしれないな)
頼まれてもいないのに首を突っ込みたがる体質……一刀といい、俺といい、ホントいい性格していると自分でも思ってしまう。
まあ、ジャック先輩に言わせれば、スプリガンは俺達や大槻、そして御神苗先輩共々そういう性格の寄せ集めだということなのだが。
……自分だけ常識人とか言うジャック先輩だって、よく人の厄介ごとに首突っ込んで来るんだがな。
と、もう遭うこともないだろう先輩の顔を思い浮かべて苦笑する。
その時、俺は油断していたのかもしれない。
不意に背後に人に立たれる気配を感じたことに、ギクリと身を竦ませた。
(しまった!)
普段ならありえない失態だ。
油断していないつもりではあったが、一瞬の気の緩みだった。
俺は思わずナイフに手をやろうとして、自分の腰にオリハルコンナイフがないことを思い出す。
ここは街の中なのだ。
下手に武装すると周囲に不審を招くと思い、今はAMスーツのみの状態だった。
内心で悔やみつつも、平静を繕いながら溜息をついた。
「……何か用かな? いきなり後ろに立たれると、正直気分悪いんだが?」
「北郷、盾二様、でございますね?」
俺の言葉に無機質な声が囁く様に紡がれる。
俺の名前を知っている……?
「そうだけど、あんたは?」
「私どもは、貴方がお探しの方から貴方をご招待するよう命を受けたものです」
その言葉は目の前にいる商人風の男から発せられた。
……こいつもか。
どうやら相当の使い手に囲まれたらしい。
わたくし、ども、ね……俺の周囲の何人がそいつらのなのか。
目だけで左右を見ると、人の流れを遮らない程度に俺の左右にも立ち止まる男が立っている。
周囲の屋台を物色している風体だが……その目だけが、こちらを捕らえて離さない。
(相当な達人だな……一対一ならともかく、四人相手じゃどうなるかわからん)
恐らくは暗殺専門……単純な力はともかく、四人がかりでこられたら勝てるかどうか。
AMスーツがあるとしても、周囲の人を人質にとられたり、毒などで無差別な攻撃をされたらとんでもないことになる。
「招待、ねえ……ずいぶんと不躾だけど。ちゃんとお茶ぐらい出るのかな?」
「なんならお食事でも……ご一緒していただけますか?」
否定しても連れて行く癖に……とは思うが、まあしょうがないな。
虎穴にいらずんば……ってやつだ。
「……案内してもらおうか」
―― other side ――
「こちらでお待ちください」
四人の男は、盾二を広い邸宅へと案内すると、長い廊下を歩いてゆく。
しばらく歩くと、豪華な造りの扉を四人がかりで引き開く。
その部屋の内装は、盾二を驚かせるものだった。
中の内装は豪華の限りを尽くした造りとなっており、宮廷内のような調度品がそこかしこに飾られていたのである。
「どこのホテルだ、ここは……」
思わず呟く盾二が中に入ると、その質問に答えることもなく、再度四人がかりで扉が閉められる。
締め切られた扉を見て溜息をついた盾二は、調度品の品定めをするように飾ってある陶器の瓶のようなものに近づいて、じっと目を凝らした。
「うーむ……どっかで見た気もするが、よくわかんないな。考古学に詳しい御神苗先輩ならわかったかもしれないけど……」
盾二が得意とするのは政治・経済・農学書。
およそ実用的と思える分野にこそ興味があった。
後は一刀に付き合わされた漫画やアニメの知識である。
民俗学や考古学、歴史考察などについては、主に一刀のほうが得意とする分野だった。
だからこそ、盾二にとって歴史は仕事に必要なものとして覚えている以上のことは知らないのである。
後漢時代のことは知っていても、三国志演義などの文芸書には殆ど興味がなかったのはその為だった。
「そういや昔、一刀が何かのアニメで壷がどうとか……こう、チーンと鳴らして」
そう言って指で弾こうとする瞬間。
「ふぁふぁふぁ……あまり行儀が良いとは思えぬな」
ふいに部屋の中から声がする。
ギシッと身を固めた盾二が、すぐさまその場を離れて部屋の中央へと移動して構える。
(……どういうことだ!? 今のはまったく気配がしなかった!)
先程の四人とも違う。
彼らには気配そのものはあった。
周囲を探りながらその声の主を探る。
相手はすぐ傍にいた。
部屋の中にある円卓のテーブル、その席に一人太った男が座っていたのである。
(……まったく気配がなかった? 朧並だというのか!?)
ここまで盾二が気配を感じない相手は、後にも先にも仙人を目指す朧一人だった。
元々、精神感応適正がずば抜けて高い盾二は、周囲の気配を察知する術を身に付けている。
それゆえに後の先という防御を重視しつつも、カウンターの一撃という戦法を得意とする所以でもあった。
大抵の相手には互角以上に戦える自身のある盾二だったが、その唯一苦手とする相手もいる。
それは、後の先を仕掛けるにおいて、最も重要である『気配を察知する』こと自体ができない相手だった。
それは陰形の達人か、気配が希薄な存在か、それとも――
「……何者だ」
頬を流れ落ちる冷や汗を拭いもせず、盾二が呟く。
その様子にも微動だにしない男が、目の前にいた。
「儂か? 儂はこの街を統べる者じゃよ」
そういう男の姿は、老人にも、壮年にも見える。
男なのか、女なのかもあやふやな姿。
その太った姿に禿げ上がった頭部だけが年齢を感じさせる部分だった。
「…………統べる者、ねえ。この巴郡の太守である厳顔を差し置いて、か?」
「ふぁふぁふぁ……太守が街を統べるなどありはしない。いつでもころころと代わる職務など、統べる者とは言わぬ……そうではないかな? 天の御遣いよ」
微動だにしないその姿は、まるでなにかの置物を連想させるほどだった。
その男はテーブルに肘をつき、口元を隠すように手を組んでいる。
視線すら盾二に向けているようには思えない。
(コイツ……)
盾二は、その男の違和感の正体に、覚えがあった。
「確かにそうかもしれないな……だが、人が住む街は”人が”治めるものだと思うがね、俺は」
「………………」
男は答えず、ただ沈黙した。
盾二は、構えを崩さずに目を細めた。
鋭い眼光だけが、男を見据える。
「俺はこれでもそれなりの遣い手でね。職業上、いろんな相手と戦うことになった。ライカンスロープ、思念体、超古代の狂戦士……は、バーチャルだったがね……そんな相手の中には、人形遣い、なんてのもいたのさ」
「………………」
「そいつは死体を防腐処理してサイコキネシスと魔術を併用させて、さも自分のように振舞わせていた。俺は先輩のリバースバベルの体験談と、自分の違和感からそいつの正体を見破って倒したんだが……」
盾二のAMスーツが、バンッと膨れ上がる。
その手には、サイコバーストの前兆ともいえる淡い光が宿っていた。
「お前の気配のなさは、さっきの達人とはまったく違う。完全無機質ゆえに俺が探れないもの――つまりは人形だ」
「…………ほう」
「隠れてないで出てこいよ。正直言うぜ。俺は、そういう輩が嫌いなんだよ。特に死んでまでいいように操られる……死体を冒涜する人形師はだいっ嫌いなんだ。でてこないならこの屋敷を消滅させるぞ」
盾二の手が灼熱の赤色へと変わっていく。
盾二の精神感応を全開にしたサイコエネルギーは、AMスーツの精神感応金属『オリハルコン』により、一千度を超える灼熱のエネルギーへと変換されて放出される。
そのエネルギーは、現在はAMスーツのパワーフィールドに包まれてはいるが、ひとたびその手から放たれれば、その炎は現実の物理エネルギーへと変換されて大爆発を起こす。
それは上位技である『マグナ』ではないものの、この屋敷を炎で包むには十分な力を持っていた。
「ふぁふぁふぁふぁふぁふぁ……」
「………………」
「ふぁふぁふぁふぁふぁふぁははははははははハハハハハハハハ!」
太った男から発せられる声が、段々と若く張りのある男の声へと変換されていく。
完全に声質が変わると同時に、目の前の男はくたっとテーブルへと倒れこんだ。
『ハハハハハ! すばらしい! 実に素晴らしいですよ、北郷盾二君!』
若々しい男の声が、部屋中に響きわたる。
と同時に、盾二はテーブルの横に気配の揺らぎを感じて、手の中のサイコバーストを掲げて照準を定めた。
だが、その声がそれに『待った』をかける。
『おっと……勘違いしないでくださいよ。私は敵として貴方の前に姿を出すのではないのですから。出来ればその物騒なモノはしまってください』
飄々とした男の声が、若干上擦るように盾二には聞こえた。
盾二は、気配の揺らぎを見据えたまましばらく逡巡する。
だが、このままでは姿を現さないであろうという考えに至り、小さく舌打ちをすると無言のままサイコエネルギーを霧散させた。
その様子に声の主が、ようやく安堵の溜息を漏らす。
『やれやれ……危うく焼き殺されるところでした。いくら私でも、別の外史のテクノロジーである純サイコエネルギーなんて喰らったどうなるかわかりませんからね……』
「!? お前……」
盾二が驚くと同時に、気配の揺らぎは実体となってその場に姿を現した。
その姿は、若い青年のそれであり、青い髪をさらっと流した涼しげな顔。
そしてその顔には、知的な雰囲気をかもし出す眼鏡が掛けられていた。
「お久しぶり……は、違いますね。初めましてでしょうか。”貴方”には」
「…………もう一度聞く。何者だ」
盾二の険しい目に、くすりと笑いながらも、静かに頭を垂れる青年。
その姿に警戒を解くどころか、逆にいつでも行動を起こせる様に用心する盾二。
それほどに、この青年は盾二にとって異質だった。
「私の名前は于吉……管理者の一人ですよ」
于吉と名乗る青年は、その穏やかな顔に似合わぬ冷徹な目で、盾二を見据える。
その冷たくもねっとりした視線を受け、盾二は思わぬ展開になったことを居もしない神に呪うのだった。
後書き
やっと出せました、変態紳士。
実は、2話分はしょってますので、お早い登場です。(文字数もまた多めです)
だって、強引に進めないとほんとに30話いきそうなんで……
まあ原因は焔耶さんなんですがね。
馬鹿は書きやすくて困る……ごほん! ですので、そのやり取りは蜀成立後に持ち越しということにしました。
さあ、いきなり出てきた無印恋姫の敵キャラ。
彼の真意はどこにあるんでしょうか?
できれば腐展開がいい……なんて思う人はいます?(笑)
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