八条学園怪異譚
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三十六話 美術館にその十五
「そう決めつけられたものがな」
「あのナチスの」
聖花はその話を聞いて言った。
「あれですか」
「それもある、無論ナチスの芸術作品もあるしソ連のプロレタリアアートもある」
そうしたものもだというのだ。
「とにかく様々な芸術がある」
「それでその退廃芸術もですか」
「ナチスやソ連も」
「どれも否定せずにな」
置かれているというのだ。
「芸術は芸術だ、否定しては何もならないというのがこの学園の考えだからだ」
「ううん、ナチスっていうとどうしても」
「ソ連にしても」
二人は今現在の多くの日本人の考えから日下部に言う。
「どうしても駄目だって思いますけれど」
「それじゃあ駄目なんですね」
「その方がな。さて」
場が変わった、周りが歴史や歌舞伎から浮かぶ岩や不条理で歪な世界になった。
歪んだ時計に空がそのまま顔になった人、蟻に影の中で遊ぶ子供達。魚と人が混ざったものもある。
まさにシュールリアリズムの世界だ、その中にいてだった。
日下部は二人に対して一枚の絵を指し示して話した。
「この絵だ」
「扉ですね」
「また不思議な扉ですね」
「この扉の絵がだ」
これがだというのだ、見れば開いた扉の先にまた開いた扉がありまたその先に開いた扉がある、それが果てまで続いている。
その絵を指し示してだ、こう二人に言うのだ。
「泉の候補地だ」
「ううん、何か如何にもですね」
「泉でありそうな絵ですね」
「そうだな、この絵が若しかするとだ」
「若しかするんですね」
「泉なんですね」
「その可能性がある」
断定はしなかった、何しろ二人はこれまで結構な数の候補地を歩いてきているがどれも、だったからである。
「では今から触れてみるか」
「絵を傷つけない様にして」
「それで、ですね」
「絵は傷つけてはならない」
このことは強調して二人に言う。
「しかしだ」
「触れたらひょっとしたら」
「中に入られて」
その無数の扉の中にだというのだ。
「それからですね」
「どうなるかですね」
「そうだ、わかる」
その時にこそだというのだ。
「ではいいな」
「わかりました、じゃあ今から」
「触ってみます」
二人も日下部の言葉に頷いてそのうえでだった。
絵のところに来てそっと触ってみた、その結果。
「ここもですね」
「違いました」
「この絵普通の絵です」
「確かに面白い絵ですけれど」
「そうか」
扉はどれもダークブラウンの西洋のものだ、だがその扉達もだというのだ。
「違ったか」
「じゃあ次ですね」
「次の候補地に行きますね」
「今度は鉄道博物館だったな」
学園の中にはそうした場所もある、そこに行くのかというのだ。
「そこに行くな」
「はい、そう考えています」
「今度は」
「あの場所にも面白い妖怪がいる」
「口裂け女さんですか?」
「あの人ですか?」
「また違う、テケテケだ」
この妖怪がいるというのだ。
「名前は聞いていると思うがな」
「あっ、あの下半身がないっていう」
「腕だけで歩く妖怪ですね」
「その娘がいる、では次はな」
鉄道博物館に行けというのだ。
「口裂け女や花子さんと共に行くといい。私より彼女達の方があの娘と仲がいいからな」
「それはどうしてですか?」
聖花は日下部に何故口裂け女達とテケテケが仲がいいのかを尋ねた。
「同じ妖怪だからですか?」
「どの娘も都市伝説系の妖怪だからだ」
それが理由だというのだ。
「それでだ」
「そういうことですか」
「今度はそこだな、ではな」
「はい、じゃあ行って来ます」
「今度は鉄道博物館に」
二人も日下部の言葉に頷く、そしてだった。
話が一段落済んだところで周りを見る、今も歪んだ時計が浮かび逆さになった子供達が赤い雲を弾いて遊んでいる。
そうした現実に有り得ない世界を見てだ、こう日下部に言うのだ。
「何かここはかなり」
「他の場所と比べても違いますね」
「それがシュールリアリズムの世界だ」
日下部もその絵から出た世界を見ながら二人に答える。
「ゆっくりと楽しむといい」
「幻想ですね、本当に」
「これも」
二人は絵の世界を観ながらその世界に身体を置いていた、そのうえで今はその中に漂う様にしていた、その心も。
第三十七話 完
2013・5・16
ページ上へ戻る