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ファルスタッフ

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第二幕その四


第二幕その四

「本当に角が伸びるようだ。妻は私の名誉も家もベッドも汚そうとしている。私は騙されからかわれ恥をかけようとしている。私は世間の笑いものだ)
「お楽しみに」
(結婚は地獄だ、女は悪魔だ。だが)
 隠れてファルスタッフを見据える。向こうは有頂天なので気付かない。
(見ていろ。必ず一泡吹かせてやるからな)
「では行きますか」
 何時の間にか身なりを整えていたファルスタッフがフォードに声をかける。新しい胴着を着て帽子とステッキも持っている。意外と似合っている。
「あの方のところに」
「では途中まで」
「はい、ご一緒に」
「二人仲良く途中まで」
「ええ」
 こう言葉を交えさせながら表面上は仲良くファルスタッフについて行く。しかしその内面は怒りと嫉妬と復讐の念で燃え上がりどうにもならなくなっていたのだった。
 フォードの屋敷。木造の大きな屋敷だ。後ろに庭が見える大きな窓が中央にあり左右に階段がある。大広間には暖炉と気作りの椅子が幾つもあり上に花瓶を置いた円卓が中央に置かれている。それがまるでアーサー王の円卓のように見える。アリーチェはその円卓の前で女房達と話していた。皆笑顔だが何故かナンネッタだけ元気がない。
「これで準備万端整いましたわね」
「ええ」
 クイックリーがアリーチェに笑顔で応える。
「いよいよですわね」
「パーティーは間も無くですわね」
 メグも楽しそうに言う。
「首尾よくいきましたわよ」
「有り難う、奥様」
 アリーチェはその笑みでクイックリーに礼を述べる。
「罠にかかった鯨がどうなるか」
「見物ですわね」
「全くですわ。もうすぐで罠にかかったとも知らずやって来て」
 そのクイックリーに応えて言う。
「報いを受けるのですわ」
「それは何時なの?」
「二時から三時の間よ」
 クイックリーはナンネッタの質問に答えた。
「その間に来るように言っておいたわ」
「じゃあ本当にもうすぐじゃない」
 時計を見る。もう二時に近い。
「洗濯籠も用意したし。これで」
「それはそうとナンネッタ」
 アリーチェはここで娘の様子がおかしいのに気付いた。何故か彼女だけが笑顔ではないのだ。沈んだ顔をしていたのである。口数も少ない。
「どうしたの?元気がないけれど」
「お話してもいい?」
「ええ」
 その沈んだ娘の言葉に応える。
「いいなさい。母親は娘の話を聞くものよ」
「じゃあ。いいのね?」
「勿論よ。だから」
 娘に対して優しい声をかけて言うように促す。
「言って御覧なさい」
「実はお父様が」
「あの人が」
 おずおずと告白しだした娘の言葉を聞く。メグとクイックリーもアリーチェを挟んで彼女の話を聞く。
「私をカイウスさんと結婚させようとしているのよ」
「えっ、それはまた」
「随分と酷い」
「あまりと言えばあまり」
 アリーチェだけでなく二人も思わず声をあげる。
「あんな人とよくもまあ」
「何を考えているんでしょ」
「お母様もそう思うわよね」
「勿論よ」
 娘の言葉に対して全面的に頷いてみせる。
「当然でしょ、そんなことは」
「やっぱり。石にでも打たれた方がましよ」
「キャベツの芯を弾にした鉄砲で撃たれるようなものよ」
 アリーチェの表現もかなりのものだ。母親は娘に対して断言してきた。
「安心しなさい、そんなことはさせないから」
「ええ、そうよ」
「ナンネッタちゃん、安心して」
 メグとクイックリーも参戦する。
「私も協力するわ」
「そんなことはさせないからね」
「そう。じゃあ御願いするわ」
 三人の心強い味方を得てナンネッタの顔が一気に晴れやかになった。さながら長い雨の後の太陽だ。
 
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