戦国異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第百三十三話 小豆袋その十
「延暦寺は大丈夫か」
「延暦寺ですか」
「あの寺ですか」
「あの寺は何もせぬであろうな」
「今のところは何も聞いていませんが」
「特に」
二人は重盛に言われても特に思うことなく返すだけだった。
「何かと都で強訴してきた寺ですが」
「当家とは何もありませぬし」
「あくまで今のところはですが」
「大人しいものです」
「それはわしもわかっておるがな。しかしじゃ」
重盛は延暦寺のこれまでのことを知っていた、それで言うのだ。
「急に僧兵を横から送って来るということもな」
「有り得ることではありますね」
「あの寺のこれまでのことを考えますと」
「だからふと思ったのじゃがな」
彼等から見て南南西の方、延暦寺の報を見ての言葉だ。
「あの寺が何をしてくるかとな」
「横から攻められては危ういですな、確かに」
「今は特に」
大津と野々村も重盛の今の話を聞き眉を顰めさせて横を見る、一目散に逃げている彼等は都の方だけを見て横は見ていない。
それを見てだ、重盛はこう言った。
「万が一じゃ、ここはじゃ」
「横ですか」
「横に気を払いますか」
「そうした方がよいな」
都を目指すその中でもだというのだ。
「そうすべきじゃな」
「ではこのことすぐに他の方々にも伝えましょう」
「早速」
二人も頷いた、そしてだった。
織田家の軍勢は退くその中でも彼等から見て右手に気を払う様になった、左手は琵琶湖なのでそちらは気にしていなかった。
村井はその湖を見ながら原田に言う、無論彼等も駆ける様にして進みながらだ。
「浅井殿は一万数千の兵を全て出されておるそうじゃからな」
「では船で来るだけの兵はですな」
「まずないわ」
浅井家にそこまでの余裕はないというのだ。
「陸路から来るわ」
「そうですな、朝倉の軍勢と共に」
「合わせて三万数千、猿に止められるか」
「どうでしょうか、あ奴は馬も槍も刀も下手ですが」
そうした武芸は不得手だ、だがそれでもだった。
「あれで粘りがありますからな」
「采配自体は悪くない」
「ですな、特に攻めよりも」
「守りがよい」
彼はこちらの方を得手としていた、それもだ。
「何かと策を使うし兵を速く動かせもする」
「采配はよいですな」
「兵法書も読んだことはあまりない筈じゃが」
「将になってからです」
羽柴がそうした書を読む様になったのはそれからだ、それまでは字も碌に、今も怪しいところのある彼が書を読める筈もなかった。
つまり付け焼刃である、だがそれでもなのだ。
「しかし悪くはないですな」
「最初から人を使うコツはわかっておる感じじゃな」
「コツですか」
「うむ、コツじゃ」
村井は羽柴の兵法はそれだと言う。
「あの者は人の動かし方をわかっておるわ」
「そういえば政の時でも」
「そうじゃな、その方が退きにはよいやもな」
後詰、それを務めるにはというのだ。
「かえって兵が動いてな」
「敵を止めますか」
「後詰は三千じゃ」
兵達も命を捨てるつもりのない者達だけが残っている、そうした意味でも命知らずの者達ばかりということである。
「その三千で朝倉と浅井の合わせて三万を防ぎ逃げるか」
「少し見ものではありますな」
「それで猿がどういった者かもわかる」
そこまの戦だというのだ、羽柴にとってこの退きは。
ページ上へ戻る