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アマガミフェイト・ZERO

作者:天海サキ
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十一日目 十二月一日(木)前編

 もうすぐ放課後。
(なんだかとんでもない事になっちゃったなぁ)
 先週の土曜から早四日。夕月と飛羽から一通りの説明を受け、純一は自分の置かれた状況を解ったつもりではいた。
(セイバーが言っていたとおり、しばらくは互いに牽制し合うから動きは無い、か)
 クラスメイトに良く似た、女騎士の事を思う。純一が戦いに関しては素人以下だと知るや否や、態度を翻したセイバー。彼女は、自分の名前を純一には告げなかった。

サーヴァントは皆、宝具と呼ばれる必殺武器を持つ。宝具とは、比類なき攻撃力を持つ、サーヴァントの正体である英雄の象徴が具現化した武器や技である。だがそれゆえに、サーヴァントの正体から宝具が何たるかを推測する事が可能だ。もちろん逆もまたしかり。宝具を使うという事は、自分の正体を明かすという事でもある。英雄とは、神話や伝説に語られる勇者。正体が解れば、残された故事から弱点を見つける事が出来る。聖杯戦争とは、情報戦でもあるのだ。
セイバーの不安はそこにあった。戦いそのものに今まで縁が無かった純一に、致命的な弱点になりかねない自分の本当の名前を教える事に、不安があったのだ。
(そりゃ、戦いなんて無縁だったけどさぁ。言い方があるよなぁ)
 純一の脳裏に、セイバーにがみがみ言われた時の事が蘇る。
(セイバーは今頃どうしているのかな)
彼女は、この学校に何か厭わしく感じるものがあるらしく、中に入ろうとしなかった。むろん、彼女はサーヴァントであり、マスターを守り、他のサーヴァントを倒すのが使命だ。学校内が安全な事を確認した上での判断であり、今は学校周辺で索敵をしているに決まっている。
(緊急時は、この印に祈れば飛んでくる、か)
 純一は自分の右手に現れた、刺青のような紋様を見た。令呪と呼ばれるその紋様は、三度だけサーヴァントに、いかなる命令をも遂行させる強制力を保証している。令呪はまた、限界を超える力も秘めている。令呪を持ってサーヴァントに命ずれば、自分の側まで瞬間移動させる事も出来るらしい。

 ホームルームが終わり、放課後になった。いつものようにクラスメイトが、野に放たれた獣のように、自由気ままに教室を出て行く。教室の前列に座っている絢辻司が、手際良く荷物をまとめ、今日はすぐに席を立って教室を出て行った。てきぱきとしている絢辻の姿は、山の中で凛と咲く野花のように美しい。
(絢辻さんは、今日は実行委員室で仕事かな)
 純一は、廊下に出る絢辻を目で追っている自分に気が付いた。
(……セイバーのせいだよなぁ)
 セイバーと瓜二つの少女、絢辻司。〝二年A組の天使″という綽名そのままに、優しく面倒見の良い少女。意識するなという方が無理というものだ。何せ、セイバーとは同じ屋根の下で暮らしているのだ。それに性格の違いも大きかった。
(どうして性格が全然違うのかなぁ。セイバーも絢辻さんを見習って欲しいよ)
 教室でいつまでもぐずぐずしている訳にも行かず、鞄を持って純一も廊下に出た。下駄箱に向かう途中、何人か友人に声をかけれたが全て断った。
(すまない、セイバーが怖いんだ)
 断る度、心の中で謝罪した。もちろん口に出してセイバーに聞かれたら、何をされるか解ったものではなかったが、そう思わずにはいられなかった。

「わぁ、にぃに、ちゃんと前見てっ」
 えっ、と思った時にはもう身体を止める事は出来なかった。というか向こうは走っていたし。ショートカットの少女が慌て顔で、突っ込んできた。
 不可避の激突。廊下に響き渡る快音。尻もちを付く純一と少女。
「……美也、廊下は走っちゃいけないって知ってるか?」
「にぃにこそ、前ちゃんと見ないと危ないんだよっ」
 あいたた、と言いながらお互いに憎まれ口を叩く。ぶつかった少女は、幸いな事に純一があまりによく知る人物だった。
「にぃにってば、そんなんだから未だに彼女も出来ないんだよっ」
 立ち上がった少女が、ぷんっとふくれっ面をする。ぶつかって来たくせにえらぶるこの少女こそ、純一の最愛の妹、橘美也だ。さっぱりした短髪に、いたずら好きの子供のような顔付き。怒った顔も、子猫がむすっとしているような可愛さがある。少年のような身体付きがまた、彼女の生意気な妹としての可愛さを引き立てている。
「学校では、にぃには止せって言ってるだろ。大体お前、なんで廊下を走ってたんだよ」
「え、えっとそれは、その」
 美也があからさまにうろたえる。
「それにお前、最近僕をあからさまに避けてただろっ。土日だって家に居なかったし、月曜日になってからも、妙に朝や帰りが遅かったり部屋に籠ってたりしてたじゃないかっ」
「……にぃにの馬鹿」
 美也の表情が曇る。捨てられた子猫のような寂しそうな顔で、俯く美也。
 純一には、そんな顔をする理由は思いつかなった。だから、なんて声をかければいいか解らなかった。
「ど、どうしたんだよ」
 何かが弾けたかのように、突然美也が叫んだ。
「にぃにの、えっち、変態、すけべっ」
 そして美也は走り去っていった。茫然とするしかない、純一だった。

「遅かったじゃない」
 校門を出て、そろそろ人がまばらになってきた辺りで、ぞっとするような声がした。だが辺りには誰もいない。
「セイバー、姿を消したまま話しかけるのはよしてくれ。心臓に悪い」
「何よ、急に姿を現したら、余計目立つでしょうが」
「橘くーん、にゃんにゃんこうげきー。にゃんにゃんっ」
 セイバーと話をしていると、後ろから突然二本の腕が伸びてきて、はがいじめにされた。同時に、何とも言えない絶妙に柔らかいものが背中に当たった。
「えぇ、も、森島先輩っ?」
(うぉ、せ、背中の柔らかいものは、も、もしかして)
「変態っ」
 直後、見えない鉄拳が純一の腹を強打した。
「ぐぶはぁっ」
 
 満足した森島はるかは、手を解いて、ふふっと笑った。
「びっくりしたっ?」
「せ、先輩、心臓に悪いです。別の理由で命も危ないです」
「何よ」
 耳元で、セイバーの怒気を帯びた声が聞こえた。肝が、心底冷えた。
(は、ははっ。き、気をつけないとな)
 純一の心情を知ってか知らずか、はるかが、可笑しそうにころころと笑う。女神の笑みは一面の花園のようで、見ている純一の心を温めた。
「それで先輩、今日はどうしたんですか?」
 はるかが、ふふっと笑う。そして何やら凛々しいポーズを取って、芝居がかった仕草をする。
「君に勝負を申し込むわっ」
「そういう事なら受けて立つわ」
 気が付くと、隣に絢辻司が立っていた。
「……セイバー、どうやって制服を用意したんだ」
「言ってなかったかしら、監督役の二人に用意してもらったのよ」
 しれっと絢辻、ではなく制服姿のセイバーが答えた。
「わぉ、こうして見るとほんとそっくりねぇ」
「それで、どこでやるつもりですか」
「人気がないと言ったら、やっぱりあそこよねぇ。さぁ橘君、ゴーゴーゴーよっ」
 またはるかが純一の手を取って走り出す。これから起こるであろう、サーヴァント同士の死闘よりも、女神がまた触れてくれた事を意識してしまう純一だった。

「なるほどね。確かにここなら人気がないわね」
 ポンプ小屋前の空き地。制服姿のセイバーは、純一を下がらせ、はるかと向かい合った。
「やる気まんまんねぇ。いいわ、いいわぁ。じゃあ、ランちゃんお願いね」
「御意」
 はるかの命で、虚空から二本の槍を携えた槍騎士が現れる。相変わらずの美男子だ。槍の内の一本は毒々しい赤色の長槍。もう一本は短い槍で黄金色に輝いている。
 セイバーが魔力で一瞬にして戦闘装束に着替え、美貌の槍騎士に相見える。右手で剣を抜き、左手で円形の盾を構える。セイバーが何かを感じたのか、眉をひそめた。
「チャーム? 笑わせるわね。そんなもので私が倒せると思ったのかしら」
 槍騎士が不敵な笑みを浮かべる。
「これは呪いのようなものでな。自分ではどうしようもないのだ。だが嬉しいぞ、セイバー。不抜けた敵ほどつまらないものは無いからな」
「言ってくれるじゃない」
 ランサーが二本の槍を構え、じりじりとセイバーに近寄っていく。
「いざ尋常に勝負っ」
 二人のサーヴァントが同時に吼え、聖杯戦争第一回戦が始まりを告げた。 
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