エリートなマホウツカイ
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混成魔法使い
前書き
ネギまって魔法の設定細かすぎだろ……
エリートとは何だろうか。
苦節十七年、前世を含めれば三十四年。同年代よりも遥かに老成していると言える精神で考える。
今日の陰陽師の名家に生まれ直し、神童の名を欲しいままにして紆余曲折を経て麻帆良学園高等部二年C組の『魔法生徒』として魔帆良学園に所属している樫束出流は考える。
陰陽師としての実力は言わずもかな、魔法使いとしても大魔法を行使することが出来るだけの実力がある。さらに幼少期から独自に体を鍛え上げ、魔法使いの三次元機動戦にも対応できる自信がある。転生者である強みを活かし独自の術式体系を創りもした。
正にエリートと言っても良いだろう。
学園でも最も『立派な魔法使い』に近い者と噂をされているだけある。
それでも樫束出流は考える。果たしてそうなのか、と。
彼の知るこの世界──魔法先生ネギま!──の、あのパワーインフレも甚だしいこの魔境とも言える世界で、果たして自分はエリートと言えるのだろうか。
否、断じて否である。
原作となる漫画に出るとしてもちょっと強い脇役止まりだろう、それでは駄目なのだ。
────常に余裕を持って優雅たれ。
この世界に二度目の生を受けた、その時に自らに課した絶対の不文律。
何故それにしたのかは覚えていない。どこぞのうっかりな魔術師を思い起こさせるが、十七年も前の記憶。殆ど覚えていないに等しい。
しかし確かにこの胸に刻み込んだ。それがエリートであることの第一条件であると。ならば、エリートである自分はそれを実行すると言うことになるのだろう──
「君は──!」
「……無駄たと言っているだろうネギ・スプリングフィールド」
遠くで、声が聞こえる。
両者の繰り出す魔法のぶつかる音が辺りに響く。英雄の息子であるネギ・スプリングフィールド、そして正体不明の少年。
樫束の見たところ、どんなに才能があろうと今は英雄の息子は勝てないだろう。出来て時間稼ぎで、
──今はそれで充分。
京都、関西呪術協会──西の総本山──の池。かつて樫束がここを抜ける前に封印式を構築した、とある"鬼神"を封じた場所。
宙に浮かぶ満月が水面に映り、波紋がそれを揺らすその様は風情の一言に尽きるだろう。
だが無粋にも目の前にいるのは二面の白き四腕の巨人。
──飛騨の大鬼神"リョウメンスクナ"
かつて封印されていたそれを、長に頼まれより強固に封印したのは樫束だ。
だがその鬼神は現状、目の前にいる。封印の解かれた状態で。
それを為したのは目の前の、
「なんや、覚悟はできたんかいな? ────出流ぅ」
「まさか。いつも通り俺は優雅に邁進するだけさ。────そこに敗北などと言う字は存在しない」
幼少から世話になった姉とも言える人物であった。
◇◇◇◇◇
「──ロウ・アルベルタント・ロウト・スペルピア」
始動キー。腰を落とし触媒である指環を嵌めた右手を引き、照準を合わせるように左手を白き鬼神の方に翳す。
「火の精霊1001柱集い来りて……」
訳あって従者がいない現状。一人でどうにかする他無い。
掛け値無しの全力。生半可な攻撃は目の前の鬼神には通じない。
故の1001矢、いくら初級魔法とは言えこの規模ならば最早大魔法だ。
しかし目の前の鬼神は大魔法の一つや二つで倒れてくれる様な甘い存在ではない。
その点では両者の見解は一致している。
その余裕からか目の前の鬼神を操る女──天ヶ崎千草──は動きすらしない。
「──ならその余裕ごと消え去るがいい!!」
その言葉に返ってきたのは、笑み。
絶対的な勝利の確信。
しかしそれはこちらも同じ、余裕を見せてくれると言うのならばそのまま何も出来ずに終わって貰うだけ。
「"魔法の射手 連弾・火の1001矢"」
文字通り1001もの数の火の矢が鬼神に炸裂する。赤い閃光が様々な線を描いて突き進む光景は一種の壮観ですらあった。
それを尻目に地を強く蹴り、上空へと飛ぶ。風を切る感覚を肌に感じながら上昇する。
炸裂した魔法の射手の煙が鬼神、そして天ヶ崎千草を覆い隠しているのを見据え次の呪文を畳み掛ける。
「ロウ・アルベルタント・ロウト・スピリトゥス」
鬼神が腕を一振り。それだけで煙幕は晴れ、辺りが暴風に晒される。
予想通り傷一つ無い鬼神の肩に居座る天ヶ崎は嘲笑と共にこちらを見やる。
「無駄や。やるだけ無駄と言っとるんや」
無視。
脳内で次に繰り出す大魔法の術式を紡ぐ。
「契約に従い、我に従え、炎の覇王。」
開いた右手の平に炎が渦巻く。
「来たれ、浄化の炎、燃え盛る大剣。」
炎は勢いを増し、形は球を成す。
「ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄。罪ありし者を死の塵に。」
ここに来て漸く天ヶ崎の顔が驚愕に歪む。おおよそ呪文の長さから何を放とうとしているのかを悟ったのだろう。
その様子に若干の喜悦を覚えながら右手を振り絞る。
今更ながらに天ヶ崎の動かす鬼神が腕をのばす。
──だが遅い。
圧倒的に、致命的に。遅い。
右の掌に集まりゆく焔を確かに感じながら、古典ギリシア語で編まれた己が唯一放てる最強の呪文を構える。
「"燃える天空……!!"」
右腕を振り下ろし、超高温の炎が周囲の空間ごとリョウメンスクナを飲み込んだ。
『燃える天空』
氷系最強に当たる、彼の真祖の吸血鬼の得意とする『こおるせかい』と対となる火系最強の広範囲焚焼殲滅魔法。
一重に彼がこの大魔法を行使できるのも『こおるせかい』と違い、熱力学第二の法則に逆らうものでは無いため難易度が低いからだ。
あくまで『こおるせかい』と比べて、だが。
伊達にエリートを名乗るだけの技量が彼にはある。
短い時間で編まれたそれは確かにその猛威を奮い、容易く池の水を蒸発させ。周囲で戦いを繰り広げていた幼き戦闘者達の肌を焼いていく。
「凄い…………あれだけの大呪文を一瞬で……」
「あっつ……! 何よこれー!」
「…………」
英雄の息子はその異常とも言える展開速度に畏敬を。
この場に不釣り合いなハリセンを片手に持つ少女は悪態を。
そして白髪の少年が無言の警戒を送ったことを樫束出流は知らない。
ここで自身の運命が決した事を。
そして彼の物語の結末が決まったのも、ここだ。
「はぁ…………はぁ……はぁ…………」
魔力のごっそり抜け落ちる倦怠感を胸に呼吸を整える。
やりきった自信はある。全く見映えのしない戦闘……否、戦闘とも呼べぬそれは確かに目の前の鬼神を屠った筈。
中空に未だ残る火の粉を夜空と共に見る。このまま月見といければ良いのだが、
ウヴォォォォオオオオオオオンン!!!
轟音が耳をつんざく。辺りに舞っていた桜の花弁が散るのを名残惜しく見ながら、今一度現実を直視する。
「──だからゆうたろ? 無駄や、て」
禍々しく三日月に弧をえがく口。
何処までもどんよりと濁った瞳。
その全てが彼女が悪だと言わずとも語っている。
破壊的な迫力が。
破滅的な強さが。
破綻的な美しさが、そこにあった。
天ヶ崎千草が、そこにいた。
その悪の王に従うかの様に佇む鬼神を見て樫束は納得した。
「貴様片手を捨てて……!!」
「安いもんや、こんなの」
それに、と詰まらなそうな顔で天ヶ崎は続け。傍らに浮かぶ今は眠っている西の総本山が長の娘──近衛木乃香に手を翳し。
次の瞬間とてつもない量の魔力の奔流が起き、鬼神の喪われた腕が再生していった。
「ほら、お嬢様の魔力があればこんなもん」
簡単には言うがそれを操作するのは天ヶ崎、自身である。
そこらの二流三流の術師ではまず、無理だろう。そういう点では、この天ヶ崎千草と言う女は確かに一流なのであった。
「で、や。どうするんや? 頼みの西洋魔法も役立たず、接近戦なんて論外。どないするんや? ────それだけやないやろ神童。だとしたらウチのことナメすぎや。出し惜しみなんてしないで、さっさ本気出さないと。」
言葉をきって。にいい、と顔に笑みを浮かべて、
「────踏み潰すで、小物ぉ……!」
口から出たのは。
圧倒的な誇り。
絶対的な自身への信頼。
疑うことの無い実力。
それら全てが奇跡的に噛み合って生まれた、完全な強者の言葉であった。
「ふ、ははは──はははははははははははは!!いぃぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃぁぁぁあ!!!」
嘲笑。
高らかに響く笑い声が京都の夜を支配した。
身を捩り、まるでこらえる様子もなく吐き出された笑い声は目の前の女へのありったけの侮蔑と嘲笑の塊であった。
しかし、それを受けても天ヶ崎の顔に浮かぶのは笑み。
「ひ、ひ……小物…………だってー。こ、この俺が、ははっ!」
所々笑い声が漏れながらも言い切り、辺りに魔力が立ち込める。
「────這いつくばる用意はできてるんだなァ!!」
戦いが始まった。
◇◇◇◇◇
これから語るのはとある三人の物語だ。
物語の都合上特定の一人に焦点をあてることが多いが、どうか三人の物語だと言うことを忘れないで貰いたい。
何処までも自己で完結せしめてみせた男。
取り返しのつかない間違いを犯しながらも、それを償おうとする男。
そして、
決して自身を曲げなかった強く、優しい少女。
の三人だ、これを忘れないでほしい。
では語ろうじゃあないか──
何処までも運命に抗って見せた少年少女の話を。
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