エターナルトラベラー
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第九十一話
残りのサーヴァントは3騎。聖杯戦争も大詰めを迎えた今日この頃。
今日は昼間から車を走らせて冬木の住宅街へとやってきていた。
武家屋敷風の塀の前に駐車すると、後部座席のイリヤを降ろす。
「ふーん、ここがキリツグが住んでいた家か…魔術的な守りはほとんど無いわ。侵入者に対する警報くらいかしら」
と呟いたイリヤは少し感慨深げに門をくぐる。
鍵はどう言う訳か開いていた。
一歩その家に踏み入れた瞬間、疾風のように現れた完全武装のセイバー。
「イリヤスフィールにチャンピオン…今ここで決着を付けようというのですか」
「えー?真昼間から聖杯戦争はやらないんだよ」
「では何をしに来たと言うのです」
「それは…」
と、その時。後ろから駆けつける士郎と凛の姿があった。
「っ…セイバーっ!」
「シロウ、下がって」
「一体誰よ、こんな真昼間からっ」
シロウは心配そうな声を上げ、凛は悪態を付いている。
「なんだ、イリヤか」
「なんだじゃないでしょっ!良い、今は聖杯戦争中なの。敵のマスターがサーヴァントを引き連れてやってきたのよ」
「そうかもしれないけど。イリヤにその気は無いみたいだぞ」
「へ?」
士郎に諭されて再び此方へと注視する凛とセイバー。
そこにはけしかけるつもりが無いのか、ほわんとただ立っているイリヤの姿があった。
「今日は何の用なんだ?イリヤ」
「そうね。特に用があった訳じゃないけど、シロウとデートする約束があったから、今日行こうと思って」
「まてイリヤ、それは聖杯戦争が終わった後の話だろう」
「そうだったかしら?忘れちゃったわ。でもそうだったとしても聖杯戦争が終了するまでシロウが生きているって保障も無いのだから、対価は今のうちに貰っておかないとね」
「なっ…」
なるほど。
約束は確かに聖杯戦争後だった。しかし、聖杯戦闘は基本が殺し合いだ。だったら確かに支払いが出来なくなる事も十分に考えられる。
「良いじゃない。二人でデートして来れば」
「リン、良いのですか?」
「あの子に敵意は無いみたいだし、良い?分かっていると思うけれど、チャンピオンが居るのにマスターが対面している状況ではすでに私たちに勝ち目は無いの」
「それはリンの所為でしょう」
「うっ…まぁ確かにもう少し注意深く行動するべきだったわ…反省」
セイバーに言われて凛がシュンとうなだれるが、直ぐに復活したようだ。
「まぁ、こんな真昼間から事を荒立てるようなマスターはもう居ないでしょう。ランサーとそのマスターは聖杯戦争のルールを良く分かっている奴みたいだし、人の大勢居る所は安全だと思うわ」
「ですが…」
「ともかく、士郎も魔術師の端くれなら等価交換の約束はちゃんと履行しなさい。これは師としての命令」
「遠坂……わかったよ。でも急に言われてもデートのプランなんて立てられないぞ、俺」
「そんなのは別にいいよ。シロウが連れてってくれる所ならどこでも」
と、イリヤ。
「そうか?なら安心か。あんまり期待しすぎないでくれ。俺だって誰かとデートした事が有るというわけじゃないんだから」
「そうなんだ。シロウは女の子の扱いは上手だと思っていたのだけど」
「ずぶの素人だ」
「そっか。じゃあお互い初めて同士だね」
「ああ。お手柔らかにたのむ」
そんな感じで二人のデートは決まったようだ。
簡単な準備を済ませるとイリヤと士郎は出発するようだ。
「チャンピオンはここに残ってて」
「なっ!?それではイリヤを守れない」
食って掛かる俺。当然霊体化してついていくつもりだったのだ。
「だめ、これは命令よ。イヤなら令呪を使うわ」
「くっ…しかしなぜだイリヤ」
「多分これが最善だと思うから」
何が最善なのかは問い詰めても答えてくれない。まぁ、令呪で呼べばイリヤの側へと瞬間移動は出来るだろうから、ランサーに会ったら絶対に呼ぶ事と念を押すとしぶしぶと引き下がった。
仲の良い姉弟のような二人が坂を下っていくのを見送る。
「中に戻りましょう、セイバー。チャンピオンもどう?お茶くらい出すわ」
「リン、良いのですか?」
「良いんじゃない?イリヤもチャンピオンも此方に対してこれっぽっちも敵意なんて感じないのはセイバー、あなたが一番分かっているでしょう」
「ええ…まぁ」
しぶしぶと頷くセイバー。
「まぁ待機を命じられてすることも無い。お茶で時間を潰しているか」
相手のマスターとサーヴァントからも敵意が無くなったので、奇妙だがお茶に呼ばれることにした。
衛宮邸の屋敷は平屋の一軒立ての脇に廊下が繋がるように離れが立っている。
通されたのは畳張りの居間。
座布団に座ると正面にセイバーが構える。少しすると凛が茶器を持って現れた。
香るのはそこそこの値段であろう紅茶の香りだ。
カチャリと俺の前にカップを置く。
「ごめんなさい。この家は紅茶に合うお茶請けのストックは無いのよね」
無いのなら日本茶にでもすればよい物を、英霊が西洋の者だと思っている彼女の失態か。
一口飲むと、確かに何か甘いものが欲しくなる。
「ソル」
『プットアウト』
ソルから現れたのは小袋ほどの包みだ。それを取り、家主代理の凛へと渡す。
「悪いが、これを出してくれないか?」
「いいけれど。これは?」
「ただのクッキーだ」
何だろう。微妙な顔をされた。
一度厨房に引くと、凛はお皿にクッキーを盛り付けて帰ってきた。
「いただいても良いのかしら?」
「紅茶をご馳走になっているのはこっちだしね」
「それじゃ遠慮なく」
毒を混ぜているとは考えないのだろうな。どうやら彼女は以前俺が彼女を操ったと言う事に気がついているようだった。ならば警戒しても無駄と開き直っているのだろう。
「あ、美味しい…」
「ふむ。確かに美味だ。これは何処の銘柄ですか?」
「いや、俺が作った。そんな上等な物は使っていないただのクッキーだよ」
「なっ…」
あ、凛もセイバーも変な顔でフリーズしている。
「まぁ英霊とは言え、生前は人間として生活していたのだから料理くらい出来る英霊が居ても当然か…」
と、言いつつも二枚目に手を伸ばす凛。
「うぅ…うまいわ。…はぁ、またこれであなたが何処の英雄か、全く分からなくなったわ。幾人もに分裂し、剣技巧みな上に、お菓子作りの上手な英雄なんて聞いた事が無い」
そりゃそうだ。
「そもそも、俺は英霊になった覚えも無い。俺の正体を考える事ほどに無駄な事は無いだろうさ」
「え?じゃああなたはただの人間霊だと言うの?それだけの戦闘能力を有しておいて?まったく説得力がないわね」
「この世界の常識を俺に押し付けられても困る」
あ、しまった。つい必要ない言葉を返してしまった。
「この世界の常識…もしかしてそう言う事?」
その問いには俺は答えない。
「リン、何か分かったのですか?」
「あー…言っても良いかしら?」
凛が俺に断りを入れる。
「さて、あなたの想像の話を止める気は無いよ」
「そう…それじゃ」
と言葉を続ける凛。
「考えられる可能性としては平行世界からの召喚と言う事かしら。これならば確かにあなたの正体は考えるだけ無駄。だって、この世界には足跡一つないのだから」
「は?」
「平行世界の証明は我が大師、キシュア・ゼルレッチが証明しているから不思議な事は無い。もし、この世界から遠い所…それこそ神代の時代以前から大きく分かたれた世界が有ったとしたら?それは私達では想像も出来ない世界になっているかもしれない。世界はそれこそ数える事すらバカらしくなるほど有るのだし、一般人が等しく英霊以上の力を持っているなんて世界があると言う可能性を否定は出来ないのよ」
「なっ!?」
余りにも突飛な見解にセイバーが口ごもる。
「どうやってそんな世界の魂を英霊として引っ張ってきたのかは分からないけれど、イリヤスフィールは凄い者を呼び寄せたみたいね。それも複数人も…」
「くっ…だが、戦闘は戦ってみなければ分かりません」
「そうね。今のセイバーなら善戦できるかもしれない。まぁ頑張りましょう」
敵のサーヴァントを前に言う言葉ではないね。
「いずれ私と雌雄を決する時がくるでしょう。それが聖杯を前にした最後の戦いであればと思います」
「別に俺は聖杯は要らないのだけれどね」
「なっ!?ならばどうしてあなたはイリヤスフィールの呼びかけに答えたのです」
「それは俺にも分からない」
おそらく何かがあったはずなのだが…
とりあえず、それ以上は魔術的な話は無く、テレビを見ながらイリヤが帰って来るのを待った。
時間はまだ夕暮れには早い時間だった。
急に霊ラインを通してマスターの危機を感じたかと思うと、行き成りイリヤとの繋がりがあやふやになる。
行き成り立ち上がった俺にセイバーと凛が警戒し、問い掛けてきた。
「どうしたの?…いえ、サーヴァントが焦る事は一つね。イリヤスフィールに何か有ったのね?」
それに答えてよいか逡巡するが、今の態度でバレバレだろう。だが、今はそれどころじゃない。
『ロードカートリッジ』
ガシュッと薬きょうが排出され魔力が充填される。
庭へと移動すると俺は大規模なサーチの術式を立ち上げ、大量のサーチャーを放つ。
「令呪による呼び出しは無いのですか!?」
「セイバー、呼び出されたのならチャンピオンは直ぐに飛んで行っているはずでしょう。それでなくてもマスターの位置は霊ラインを通して何となく感じるものだから、こちらからも向かえるはず。なのに一向に出て行こうとしないと言う事は…」
「イリヤとの繋がりが曖昧になっている」
そう、答える。
「なっ!シロウは無事なのか!?」
「落ち着きなさいセイバー」
「リン、これが落ち着いて居られる訳が無い。直ぐにでも探しに行かないと」
「だから落ち着きなさいって。それはもうチャンピオンがやっているわ」
はっとセイバーをようやく俺が何をしているのかに思い至ったようだ。
「見たことも無い魔術だけど、大規模な探索の術式でしょうね。チャンピオン、まずは新都の方を探してみて。デートと言うのならそちらに行った可能性の方が高いわ」
言われずとも分かっている。
『ロードカートリッジ』
またも魔力の充填。そのペースは明らかに速い。
それも仕方が無い。戦闘を行わなければ一週間は現界を続けられる単独行動Aを持っていようが、大規模魔術に分類されているこのワイドエリアサーチは消費がバカ高い。それなのに今の俺はイリヤからの魔力供給までもが曖昧になってしまい消費が莫大になっていることだろう。
「士郎は居たな。新都へと繋がる橋の近くの公園だ…」
「シロウは無事なのですか?」
セイバーが真剣な表情で問う。
「外傷は見当たらない。気絶させられているだけだろう」
「イリヤスフィールは?」
凛がそう問い掛けた。
「見当たらない…」
「そう…セイバー、すぐに士郎を連れてきて。少しでも情報が欲しいわ」
「では凛も一緒に」
「私の足ではあなたの足手まといにしかならないもの」
「チャンピオンの前に一人では置いておけません」
「いいから行くっ!」
凛に激昂され逡巡するセイバー。
「いや、いい。俺が士郎を転送した方が早い」
「なっ!こんな大規模魔術を使ってなお転移魔術まで…あなた…」
魔力は大丈夫なの?と言いたげだ。
「問題は無い」
『ロードカートリッジ』
サーチャーで位置を特定しているので遠距離から転移魔法を行使。彼をこの屋敷へと転移させる。
「シロウっ!大丈夫ですか」
そう駆け寄るセイバーに彼の事は任せて俺はイリヤの捜索を続ける。
ぐっとセイバーは士郎に当身を食らわせて気付けをすると、若干のうめき声を上げた後士郎は気がついたようだ。
「よかった士郎。無事ですね」
「セイ…バー…ここ…は?」
「ここはあなたの屋敷です」
意識がまだ霞むのか、返答もしっかりしないが、それも一瞬。すぐに血相を変えたように叫ぶ。
「そうだ、イリヤがっ!…イリヤはどこだっ!」
「それはこっちが聞きたいわね衛宮くん。気絶させられていたようだけど、一体何が有ったの?」
そう冷静に凛が士郎に問い掛けた。
「それは…」
話を聞けば、デートの終わりごろに橋の袂の公園へと寄ったらしい。
そこで他愛の無い話をしていた所、ランサーが行き成り士郎の背後に現れ、槍を突きつけたらしい。
冬の公園、時間も夕方になれば人の通りはほとんど無かったという。
彼の目的はイリヤの誘拐…いや、聖杯の確保だったのだろう。
士郎を人質に取られたイリヤは士郎の命と引き換えに自らランサーへと降った。
後は後ろから衝撃が走り気を失ったから分からないと士郎は言う。
疑問なのはどうしてイリヤが自ら降ったという情報と、何故俺を呼ばないのかと言う事だ。
意識があれば俺を呼べる。令呪があれば何処からでも駆けつけられるというのに…
そのイリヤはまだ見つからない。
新都をくまなく探したが見つからず、すでに何処かへと連れ去られてしまったようだ。
七発。カートリッジを消費した所で見つからない事を受け入れた。
彼女を攫ったのなら何かアクションが有るはずだ。
それに賭けるしかもう方法は無かった。
それと、おそらくだが、イリヤの居るであろう場所にも見当が付く。
円蔵山。ここが今回の聖杯戦争の終着の場所だ。
聖杯を降臨させるにはもってこいの霊地なのだろう。
「どう?イリヤスフィールの居所は分かったのかしら?」
凛が作業を止めた俺に問い掛けた。
「いいや、見つからなかった」
「なっ…それじゃどうするんだよっ!手がかり無しじゃ探しようがない…」
俺の言葉で勝手に憤っている士郎。
「そう…何か手がかりになりそうな物は無いの?」
「何処にもイリヤの気配がしないと言うことが分かった事は収穫だ」
「それの何処が収穫だよっ」
凛の質問に答えると士郎が吠えた。
「この冬木の街で俺の力が及ばない地域が幾つか有る。何処にも感じられないと言う事は、逆に言えばその何処かに居ると言う事だ」
冬木を出ていない限りだが、それでもこの時期に聖杯の器を攫ったのだから近くに潜んでいるはずだ。
「そう。それでその場所は何処なの?」
「一番近くで可能性が高いのは円蔵山の柳洞寺だろう。あそこはどうにも俺達の力を弾く仕掛けがあるらしく探れて居ない。他にもあるが、あそこは飛びっきりの霊地なのだろう?だったら聖杯降臨の為にその場所を押さえるはずだ」
「まって、確かにあの場所は堕ちた霊脈だとセイバーから聞いたし、確かに聖杯降臨の儀式は行える。でも、それとイリヤスフィールを攫った事に関係が見当たらないのだけれど」
これは言っていいものなのか少し考える。とは言え、イリヤの救出、これがおそらくこの聖杯戦争の最後の戦いになるだろうと直感が告げている。
カンピオーネになって以降、こう言った直感は鋭くなっているために自分でも軽視できないのだ。
ならば、彼らの協力が必要だろう。
「イリヤは聖杯の器そのものだ。彼女の内に聖杯は有り、彼女が居なければ聖杯は顕現しない」
「なっ!?」
これに驚いたのは士郎とセイバー。凛に至ってはなるほどと頷いている。
「聖杯の器を作るのはアインツベルンですもの。敵のマスターに渡さない為には形あるそれを人の中に隠したのも頷ける」
魔術師が何を考えているのかなんて俺にはわからないが、事実はイリヤ自身が聖杯であると言う事だけだ。
「まって、それじゃ私達が聖杯を手にするためにはまずイリヤスフィールの確保…救出が先決と言う事ね」
「なるほど。これでイリヤスフィールの救出の理由が出来ました」
命令を待つセイバー。
攫われたイリヤを何処かで心配しているのだろうが、今回は明快な理由が出来た。イリヤを助け出す事が聖杯を手にすると言う事なのだから。
「そうね。そう言えばチャンピオン、あなたは余裕そうにしているけれど、マスターからの魔力供給なしでどれくらい現界出来るの?」
そう凛が問いかけて来た。
「単独行動Aを持っているから、戦闘をしないのであれば一週間は現界できるだろう。…しかし、戦闘となれば話は別だ」
「そうね。あなたってすごく燃費が悪そうだものね」
確認を終えると作戦会議。
凛と士郎が付いていく、来るなで多少もめたが、ある意味エゴの塊である士郎は譲らず。結局皆で円蔵山へと向かう事になった。
作戦はサーヴァントである俺とセイバーは正面からしか入れないと言う場所なので山門を潜り中へ、途中ランサーの妨害があるだろうが、二対一で素早く倒す、もしくは一人で相手をしてもう一人は先行してイリヤを救出する。士郎と凛は山道以外のわき道から柳洞寺へと入り、隙あらばイリヤを救助するというプランだ。
ロールスロイスを飛ばして円蔵山へと向かう。
山道の前の路上に赤い槍を構えた蒼い槍兵を見て取って車を降りた。
「此処は通すなと言うマスターからの言いつけでな。今日は本気で行かせて貰うぜ」
二対一なのに威勢の良い事を言うランサー。
ランサーが居るという時点でここにイリヤが居ると決定したようのものだろう。
「チャンピオン、此処は私にお任せください。あなたはイリヤスフィールを」
「分かった」
「おいおい、俺は誰も通さねぇって言ってんだぜ」
とは言え、俺は今回は余裕は無い。此処での戦闘はセイバーに任せる。
「通れるものなら通ってみろっ!」
吠えるランサーだが、俺は一歩踏み出すとすでに山道を登っていた。クロックマスターで過程を省略させたのだ。
「なっ!?消えただとっ!?」
山道の下で階段を上る俺を見てその紅い魔槍を投げようとするランサーに向かってセイバーが仕掛ける。
「あなたの相手は私だっランサー」
「ちっ…」
キィンキィンという剣戟の音が遠ざかってく。目の前にはいつか来た山門が見えてくる。
その山門を越えるとそこには待ち構えていたかのように現れた金色の鎧を着たサーヴァントが居た。
「待ちかねたぞ雑種。お前に切られたこの腕を直すのには少し苦労したが…その苦労もお前の苦痛に歪む表情が慰めてくれるだろう」
唯我独尊を貫くこのサーヴァントは俺が封印したはずのギルガメッシュだった。
何故?と思う。
確かにスサノオで封印したはずだ。だが、俺自身は封印の有無を確かめる術は無い。アノ瞬間、令呪を使いギルガメッシュを転移させていたとしたら、確かに目の前にギルガメッシュが居る事にはなんの不都合もないか。
「屈辱のお返しは高くつくぞ、雑種っ」
ギルガメッシュの背後から現れる無数の刀剣。
左手に持ったソルを握り締める。
『ロードカートリッジ』
薬きょうが排出され魔力が充填される。
それを使って四肢を強化し、ソルを構えた。
手前のギルガメッシュは卓越した剣技の持ち主ではないだろう。それはあの宝具の山を振るわない事で証明されている。
彼の強みはその宝具の乱射にある。物量と高威力攻撃でもって相手を殲滅するタイプなのだ。
逆に剣の打ち合いでは他の英霊に一歩劣るし、ギルガメッシュ自身も好まないようだ。
ならば付け込むならばそこだろう。
すぐさま二発目のカートリッジをロードする。
「シルバーアーム・ザ・リッパー」
鋼鉄の神すら切裂く輝く腕を行使する。それは右手に持ったソルの刀身を覆い、彼女に全てを断ち斬る権能をもたらせる。
パチンと指を鳴らすと、それが合図であったようで、背後の無数の刀剣が撃ち出される。
撃ちだされたそれは夜空に振る流星のように輝き、地面へと向かって走り、俺へとその刃を向けた。
全力戦闘はこれで最後だろうが、もしかしたら聖杯を破壊する事も考えなくてはならず、カートリッジは最低でも6本は残したい。
既に二本消費している。此処で使えるのはあと6本と言う所だろう。
撃ちだされたギルガメッシュの攻撃を俺はバックステップで距離を取り、それでも狙って撃ち出されるそれをソルで弾き飛ばす。
着地して踏み出すと、それを原因に結果を操り、過程を省略する。
「御神流・射抜」
御神流の中で最長の射程を持つ突き技は、俺の能力も加味されて一瞬でギルガメッシュの眼前へと現れる必殺の一撃へと昇華していた。
「なっ!?」
戸惑いの声を上げるギルガメッシュ。
勝負は実力が拮抗していても、戦い方の違う相手との交戦はほんの一瞬だった。
両者とも防御し辛い必殺技の撃ち合いなのだ。一撃決めた方が勝つのは自明の理だろう。
果たして俺の握ったソルはギルガメッシュを貫き、その権能によってギルガメッシュは切裂かれた。
これが卓越した戦闘技術を持ち合わせた武人であったなら、きっと一瞬で目の前に現れようと反応して見せ、俺の攻撃を防いだだろう。
此処に来てギルガメッシュの敗因は近接戦闘の嗜みが至高の域では無かった事か。結果、今度こそギルガメッシュは滅ぼされ、霞となって消えていった。
イリヤのもつ聖杯へと吸収されるのだろうが、周りを漂うこの濃厚な負の魔力は既に聖杯降臨が始まっている。ここに来ては封印も意味を成さなかっただろう。
俺は素早く地面を蹴ると、柳洞寺の裏手へと周り、イリヤを助けるべく駆けた。
裏手に回って見えて物は、黒幕である言峰綺礼と戦う士郎と凛。それと聖杯として起動し、汚泥を排出し続けるイリヤの姿だ。
「くっ…やはりこうなってしまったか」
こうならないように頑張ってきたのだが、起動してしまってはサーヴァントであり霊体である俺ではイリヤに近づけない。
イリヤから溢れる汚泥に触れた瞬間、剥き出しの魂は闇に食われ、正気を失ってしまうだろう。そして永遠に囚われてしまうかもしれない。
それは死よりもなお恐ろしい物に思えた。
汚泥はイリヤの心臓から流れている。彼女を助ける為に彼女に触れると言う事はその汚泥を浴びると言う事だ。
その事実に俺の足は止る。どうしてもイリヤを助けには行けなかった。
ならば先ず言峰を倒した後に生身の凛と士郎にイリヤを助けてもらえばよいのだろう。
問題はイリヤがあの汚泥にどれくらい耐えられるかと言うところだが…
まず言峰を倒す。それが最善であろうと一端イリヤの救出を諦めた俺の内から凶暴に猛る声が響き渡る。
『■■■■■■■■■■------っ』
それは俺の持つ魔力の殆どを吸い上げると、俺の身の内より抜け出して実体化した。
実体化したそれはいつかの大男。バーサーカーだ。
実体化した彼はドスンドスンと音が聞こえるような踏み出しで汚泥の中に進み、その汚泥に汚染されながらもなお凄まじい精神力で克服し汚泥の中を進む。
「■■■■■■■------っ」
イリヤを助ける。その一心のみを支えとして汚泥を書き進んだ彼はついにイリヤを救出し、彼女を俺目掛けて投げてよこした。
「わっととと…」
彼女の覆っていた汚泥に肌が焼けるが、少量のそれは俺の対魔力の前に散っていく。これほど少なくても俺の魂を傷付けられている。あの汚泥を直にあびたバーサーカーがどうなるかは分かりきった事だろう。
彼の元々浅黒かったその肌はいまは何ものをも汚す黒に変色している。
「バーサーカーっ!…あなたがわたしを助けてくれたの?」
意識を取り戻したイリヤが目の前の巨漢に声を掛けた。
しかし、それに答える声を彼は持っていない。狂化のクラスの縛りでまともな会話は望めなかった。
しかし、彼の目が、彼の意思を物語っているようだった。
自分ごとこの聖杯で出来た孔を破壊しろ、と。
そしてイリヤを頼む、とも。
「なっ…これが聖杯ですか」
それぞれ言峰とランサーを打ち倒したのか、凛と士郎がセイバーを連れて汚泥の側までやってきた。
「セイバー…」
セイバーが求めていた物の実態がこんな物であった事に士郎はなんと言っていいか分からない。
「そうみたいね…これがこの冬木の聖杯の中身。聖杯は汚染されていたようね。…ねえ、セイバー。わたしはこれをこの世に解き放つ事はこの地をあずかるセカンドオーナーとして…ううん、一人の人間として許さない。あなたがアレを望むとしても令呪をつかってアレを破壊させるわ」
リンがはっきりとアレを破壊すると決めた。
「いいえ、リン。アレは私が求めていた物ではない。アレは破壊すべき物だ。聖杯はまた次のチャンスがあるでしょう。リン、令呪を。いくら私でも令呪のバックアップ無しにはアレは破壊できない」
「チャンピオンもお願い。あのままではバーサーカーが望まぬ破壊をもたらしてしまう。その前に彼を座に戻してあげて」
イリヤに懇願された俺はそれに頷く。
『ロードカートリッジ』
ガシュガシュガシュガシュと残ったカートリッジをフルロード。
『ディバインバスター』
ありったけの魔力を込めた上にヒュンヒュンと辺りの魔力も食らい尽くしていく。
突き出した左手の先に銀色の輝きがあらわれる。
セイバーを見れば、彼女の持つ宝具、エクスカリバーがその姿を見せ、振り上げた剣が辺りの魔力を吸っている。それは黄金の輝きだ。
俺もセイバーもどうやらチャージは済んだらしい。あとは真名の開放と共に撃ち出すだけだ。
「ディバイーン」
「エクス…」
「バスターーーーっ!」
「カリバーーーーーっ!」
銀と金の閃光がバーサーカーを飲み込み、後ろの孔を跡形も無く吹き飛ばした。
その輝きは朝日が昇らぬ前に一瞬冬木市を明るく染めたほどだった。
二騎のサーヴァントの必殺技を受け、この世界に出現した聖杯は完膚なきまでに破壊され、こうして聖杯戦争は幕を閉じる。
聖杯を得られなかったセイバーは次の戦場に向かい、俺もカートリッジと体内魔力の全てを使い切ったために現界はそろそろ難しい。
単独行動Aのお陰かまだ現界できているが、それも時間の問題だろう。
「いっちゃうの?チャンピオン…」
「ああ。
イリヤを守る。それが俺に課せられた呪いだったからね。最後はちょっとミスしたけど、イリヤを守り、聖杯戦争を終えた。もうここに留まる理由も無いだろう」
「まだ不十分よ。わたしはまだあなたに守ってもらわないと生きていけない。知ってる?魔術師の世界は結構黒いのよ。このままだと聖杯であったわたしは何処かの研究所に連れて行かれるかもしれないわ。アインツベルンが守ってくれるなんてのも期待できない。あそこは暗くて寒い所だもの。そこに住んでいる人たちの心も凍っているわ」
映画だけじゃ分からない世界の情勢の話か。そう言われれば確かにそうなのかもしれない。利己的な考えで聖杯戦争なんて物をやってのける魔術師達だ。聖杯の器であったイリヤの存在は目の前にぶら下がったにんじんだろうし、アインツベルンでもそれは同じ。このままでは彼女に明るい未来は無い。
強い力を…それこそ魔術師など一蹴できる奴が彼女を庇護しなければ彼女の安全は保障されない。だが…
「ねぇ、チャンピオン。わたしと契約して。後数年わたしを守ってくれるだけでいいの。それ以上はどうせ…」
どうせ、何だろう?何が言いたいんだ?
「どうしても俺達が必要?」
「うん…どうしても必要だわ」
数年など今までの生きた時間に比べればほんの一瞬。
俺は自身の内に居る彼女達に問いかける。
どうする?と。
すると満場一致で「是」と返って来た。
ならば少しくらいの寄り道は良いだろう。彼女が自立できるその日まで彼女の側に居てあげるくらいなら。
「君が俺を必要としなくなる時までは君の側で守ってやろう」
「…ありがとう、チャンピオン」
差し出した俺の手をイリヤは握り、霊ラインが繋がる。
そして新しい契約がなされ、もう少し俺はこの世界に留まる事になったのだった。
後書き
とりあえず今回でstay night編は終了です。とは言ってもまだしばらくFate編は続くのですが…聖杯戦争のサーヴァントは自分たちが何もしなくても勝手にぶつかって倒れていくものですよね。全てを主人公が倒すなんて事はなかなか難しいでしょう。そう言うわけで、後半は勝手に消えていった感じですね。
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