季節の変わり目
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墓参りが終わって
秀策のお墓に手を合わせ、目を閉じると、周囲からいろんな音が聞こえてくる。山から流れてくる涼しい風がヒカルの体を横切った。鳥や虫の心地よい声に、ヒカルの頭は、さっきよぎったことなど消えて、澄み切っていた。
「・・・・・・」
前はこうしてやれなかったよな。虎次郎、佐為を連れてきたぞ。お前が知ってる佐為とはちょっと違うけど、わかるだろ?もう一度、この世に戻ってきたんだ。
長い間目を閉じて虎次郎に話しかけていたせいで、ヒカルの体がふとよろけた。「わ」と足を踏ん張り、反射的に横を見ると、佐為も目を閉じ、真剣な表情で手を合わせていた。ヒカルはそれに少し心が温かくなり、心の中でもう一度虎次郎に話しかける。
また、来るからな。
記念館を後にしてから、数時間経つ。緑に囲まれたホテルにチェックインして、三階の安い二人部屋を取った。佐為のお年玉がいくら残っているからと言って、東京から広島までの旅行はかなり高い。エレベーターで三階まで上がり、部屋に入ると、意外と広いことが分かった。荷物を床に置いて、ヒカルは勢いよくベッドに横たわる。
「あー、歩いたー」
佐為も横のベッドに仰向けになり、腕をいっぱいに広げた。そして傍にあるカーテンを引いて窓の外を眺める。夕暮れも終わりに近づき、向こうの空にほんの少し赤みが差しているだけだった。夜へと移行する空には、幾つか星が散っていて、段々と青白く染まる空に映えていく。ホテルの周りに建物はなく、芝や木々が夕暮れの光を受けて儚げに広がっている。
「ヒカル、シャワー入ってきたらどうです?」
「お前入れよ」
そう言われて佐為はベッドから起き上がった。のろのろとドアのほうに歩いて、棚から簡易式の浴衣を取り、バスルームに入る。ヒカルは天井をじっと見上げて、今日の出来事を思い返していた。新幹線で因島に来て、秀策記念館に行って・・・。河合さんと来たときとはまた違った心持ちで来たから、見るもの全てが変わって見えた。
「明日行く場所とか確認しとくか」
ベッドをおりて、部屋の反対にあるデスクの下に置いておいた鞄を引きずりだす。ごそごそ中を漁ると、広島に着いてから手に入れた観光パンフレットが出てきた。それは鞄の中でぐしゃぐしゃになってしまっていて、ヒカルはしわを伸ばし、表紙を撫でた。ベッドに戻って腰をおろし、明日行く場所や交通手段を確認し始める。明日は宝泉寺や糸崎八幡宮を訪れようと思う。河合さんと前行った所ばかりだが、秀策が目的なのだからどうしてもそうなってしまう。
がちゃ。
三十分ほど経って、バスルームの扉が開く音がする。
「ヒカル、ごめんなさい。髪を乾かすのに時間がかかってしまって」
そう言葉にする佐為は、手前のベッドでパンフレットを放り出して、瞼をつむっているヒカルを目にした。
「ヒカル?眠ってしまったんですか?」
ベッド脇に移動して、ヒカルの頬をぺちぺち叩く。そうすると重たそうな瞼をゆっくりと開けて、ヒカルが目を擦る。
「・・・佐為?」
「ごめんなさい。待ちましたよね」
疲れ切ってしまったのだろう。困ったような笑みを浮かべる佐為に、ヒカルは頭を振った。そして次の瞬間ヒカルは佐為の姿にショックを受ける。
「・・・お前、何それ」
ヒカルの記憶の中の佐為は平安貴族の衣装を着て、扇子を持っている、いかにも昔の人だ。今佐為が着ているのは平安貴族の衣装でもなんでもないが、和服という点では同じだった。ヒカルは上半身を起こして、横に居る佐為を上から下まで眺めた。白を基調とした綿の浴衣は、足の部分に行くにつれて段々と紫が深くなっている。型は違うが、雰囲気が本当にそっくりだ。
「何か?」
固まっているヒカルに首をひねる。袖を広げて自分の姿を確認したが、何もおかしい所は見当たらない。
「・・・いや、何でもない」
ヒカルは佐為から目を逸らし、寝間着を取りに向かった。
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