後宮からの逃走
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第二幕その一
第二幕その一
第二幕 バッカス万歳
宮殿の庭は緑の大きな葉を持つ南洋の植物で満ちていた。噴水はあるが像はなくその辺りは寂しかったが見事な大理石であった。夜のこの庭は満月に飾られその植物が照らし出され植物とそこにある花や実のかぐわしい香りに満ちていた。今そこに一人の小柄で可愛らしい少女がいた。
黒い髪に黒い目であだっぽい顔をしている。鼻は少し低めだがそれがかえって大きいその黒い目と合っている。肌は少し浅黒くそれもまた可愛さを演出していた。小柄で均整の取れた、胸がやや大きいその身体をアラビアの女の服で覆っている。白いゆったりとした服に赤い先の尖った靴と上着である。被っている布からはうっすらと透明のヴェールがある。
その彼女が一人庭で満月を見上げていた。その黄金色の優しい光を放つ満月を見つつ一人呟くのであった。
「優しくでお口が上手くて親切で」
まずはこう言う。
「そして面白い人にはうぶな女の子はころりとやられるもの」
真理である。これが男女逆でもまあ同じだ。
「けれど威張っていたり口やかましかったり五月蝿かったりすればあっという間に恋も操もおさらば。女の子はそういうものが大嫌いだから」
「ふん、それはイタリア人だな」
そこにオスミンが来た。見れば昼よりもかなりさっぱりしている。身体から石鹸の香りさえしている。どうやら風呂に入っていたらしい。
「それもいいが男はやはり逞しさだ」
彼は言うのであった。
「それと清潔さだ。わしみたいにな」
「あら、あんたが言っても説得力ないけれど」
じろりとオスミンを見ての言葉だった。
「あんたみたいな乱暴者には」
「まず言っておくぞ」
オスミンはその少女に対して言い返した。
「ブロンデ」
「何だい?」
「御前は奴隷だ」
このことを告げるのであった。
「そこはわかっているのか」
「それで?」
それを聞いても平気な顔である。
「それがどうかしたのかしら」
「奴隷ならばわしの言うことを聞け」
こう言うのである。
「イスラム教に改宗しろ」
「嫌な話よ」
「むうっ、口の減らない女だ」
「それであんたの奥さんにでもなれっていうの?」
「命令だ。奴隷に対するな」
「ムスリムになるのはあくまでアッラーの御意志ではなかったのかしら」
建前ではそうなっている。イスラム教の布教はまずその者の信仰を税金を納めることで認めるが同時にイスラム教に改宗した時の様々な特典を提示するのだ。当然そこには信仰を認める税金は存在しない。それを見て皆忽ちのうちに改宗するというわけだ。だからこそ瞬く間に巨大な勢力となったのである。ただしその改宗はあくまでアッラーの御意志により導かれるということになっている。ブロンデもそれを言っているのだ。
「違って!?」
「おのれ・・・・・・」
こう言われてはオスミンも弱かった。
「口の減らない女だ」
「そう簡単にはなびかないわよ」
その気の強さを存分に見せるブロンデだった。
「覚悟しておきなさい」
「まあいい。今は消えてやる」
「とっとと寝なさい」
「だがな」
忌々しげにブロンデを見つつ言い捨ててきた。
「あのペドリロは近寄らせるなよ」
「そんな言葉聞けないね」
「何っ!?」
「あんたの指図は受けないってことよ」
そこを強調するブロンデであった。
「何があってもね。甘く見ない方がいいわよ」
「まだ言うのか、この女は」
「欧州の女は安くはないのよ」
その誇りを見せるブロンデであった。
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