アイーダ
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第一幕その六
第一幕その六
「戦うのだ。そして勝利を」
「エジプトに勝利と栄光を」
「その手に」
彼等は勝利を願っている。そのまま歓喜の声に包まれてファラオの前での話は終わった。しかしアイーダは一人になると悲嘆にくれて言うのだった。
「勝って下さい。何という残酷な言葉」
何かから顔を背けて言った。
「お父様に勝って下さい、私の為に武器を手にしてここに来ようとしているお父様の為に。どうして私は祈れないの?いつも私のことを案じてくれたお父様を」
そのことを忘れることはない。何故忘れられようか。アモナスロはアイーダにとっては心優しい父であり続けた。今もそれがはっきりと心の中にある。
「あの方が勝利しらならばエジプトの者達の歓喜の声の中あの方は戻って来られる。けれどその身体はエチオピアの者達の血で染まり後ろにはお父様が鎖につながれて・・・・・・ああ!」
気が狂いそうになる。どうしてそう思えるのか。ラダメスと父王の間で今その心は散々になろうとしていた。
「お許し下さい、この愚かな娘を」
エチオピアの神々に対して叫ぶ。
「お父様の下に。けれどそれでは」
ラダメスから離れなくてはならない。それはできなかった。
「あの方のお側に永遠に。けれど・・・・・・私はどうしたらいいの」
答えが見えない。光さえも。何も見えなくなってきていた。
「お父様かあの方か。どちらも離れられない。こうなってしまった私はどうすればいいの?いっそ」
不吉なものを心に抱いた。
「死んでしまいたい私の祈りが冒涜となり涙が罪となるというのなら」
涙が落ちる。しかしそれは罪の涙だと。自分で思うのだった。
「希望もなく不吉な恐ろしい愛が私を離さない。神々よ、こんな私をお許し下さい」
一人嘆くしかなかった。救いのない嘆きの中を。彼女は今それから逃れられなくなっていた。自分でどうすればよいかわからなくなっていたのだった。
ラーの神殿。今ここにラダメスがいた。神秘に満ちた光が上から刺し込め長い柱廊が左右に何処までも続いている。システラーだけでなく人の身体に様々な動物の顔を持つエジプトの神々の像が並んでいる。何段もの厳かな高台の上に祭壇が設けられている。黄金色に輝くそこには祭具が置かれ香煙が立ちのぼっていた。
ラダメスだけではなかった。神官達もいる。イシスの大神官であるランフィスもそこにいて勝利を願っていた。
「さあ勇者よ」
祭壇に美しく着飾った乙女が現われた。ラーの巫女長である。
「私からそなたに告げましょう」
下に控えるラダメスに対して告げる。
「勝利を。そして」
「加護を」
神官達も告げてきた。
「その為に祈ろう、そなたの勝利を」
「我がエジプトを守る神々、全てを司る尊き方々」
巫女長の詠唱は続く。まるでそれ自体が神々の言葉であるかのように。
「今こそエジプトに御加護を」
「宇宙と永遠の愛の神秘を今ここに」
神官達もそれに続く。
「我等の加護を」
巫女長は服を一枚脱いだ。そこから舞を舞いはじめた。
まるで神が舞い降りたかのような美しい舞であった。それが終わってからまたラダメスに告げる。彼女の左右に炎の篝火が現われた。
「さあ、勇者ラダメスよ」
澄んだ美しい声が響き渡る。
「今こそ行くのです」
「エジプトの為に」
神官達がまた言った。
「勇者よ」
ランフィスが彼に言う。
「神々の信頼を得たそなたにエジプトの運命は委ねられている。わかるな」
「はい」
ラダメスはその言葉に頷く。
「その神により鍛えられた聖なる剣で敵の霹靂、死となるのだ」
「そうだ」
他の神官達もそれに続く。様々な神の神官達が集っている。まるでエジプトの神々を代理するかのように。
「神よ、この勇者に御加護を」
「そして敵を滅ぼして下さい」
「それでは今より」
ラダメスは彼等に応えて自らも誓う。
「エジプトの勝利と栄光を」
「ファラオの為に」
「神々の為に」
「エジプトの為に」
神官達も言う。彼等は今エジプトの勝利を誓い合う。ラダメスがエジプトの勇者達を率いてテーベに向かったのはそれからすぐのことだった。アムネリスは晴れやかな顔で、アイーダは沈んだ顔で彼を見送るのであった。
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