ストライクウィッチーズ1995~時を越えた出会い~
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第十三話 芋の皮むき
前書き
高知に行って、それから今度は北海道・・・
夏の墓参りが遠いは勘弁ですね。旅費も時間もあっという間に消し飛んでいく。
ようやく着任した艦これも碌々進んでいなかったり。
更新遅れて大変申し訳ないですm(__)m
――ロマーニャ基地 司令室
「はぁ……あまり、良い空気ではなかったわね……」
「夕食の席でのことか、ミーナ」
「ええ。まさか沖田さんがあそこまで強硬に主張するとは思わなかったわ……それに、トゥルーデも」
夕食後。既に皆が自室に戻った時間に、マグカップを片手に溜息をついていたのは、膨大な書類に目を通して判を押すミーナだった。窓の傍には坂本が控え、ミーナの書類を手伝っている。しかし、今夜に限っては二人の仕事のペースも遅く、時折溜息が混じる。
問題は他でもない。
夕食の席で、沖田がバルクホルンに対して執拗に試験の中止を迫った事だ。
――〝いいですか、まだ技術的にも未完成な試作機で無茶なテストを続ければ、大尉は飛べなくなってしまうかもしれないんですよ!? それでもいいんですか!?〟
いつもは温厚かつ真面目な和音が語気を荒げたことに驚いたのも一瞬、戦況を覆すほどの可能性を秘めた実験機の試験を中止するべきだなどという前代未聞の進言に、ミーナはもとより、坂本も目を丸くしたのだった。
「我々の中では唯一、ジェットストライカーが主流となった時代の生まれだからな……もう少し詳しく話を聞いてやるべきだったのかもしれん」
腕組みをして言う坂本だったが、それに異を唱える声があった。
「――いや、そんなことはない。あの機体は今後も試験を続行すべきだ」
「バルクホルン……聞いていたのか」
司令室の扉の前で、腰に手を当てて立っていたのはバルクホルンだった。
察するに話を聞いていたらしい。
「ねぇトゥルーデ。貴女が優秀なウィッチであることは誰もが知っているわ。でも、私たちにとってジェットストライカーは未知の産物よ。沖田さんの言葉にも耳を傾けるべきじゃないかしら?」
コトン、とカップを机に置いてミーナが言う。部隊を預かる人間として、無視できるような話ではない。
しかし、バルクホルンの反応は頑なだった。
「アイツは技術的に未熟だといっていたが、そんなことはない。大体、未来の産物と比較して十分な技術水準にあるものを持って来いというのが土台不可能な話だろう。沖田のストライカーだって、おそらくは我々の時代から続いてきた研究の成果のはずだ。違うか、ミーナ?」
「それは……確かにそういう面は否定できないけれど……」
実際、バルクホルンの言い分にも一理ある。
あらゆる物事は結局のところ積み重ねであり、ジェットストライカーもその例外ではない。F-15にしたところで、各国が長年積み重ねてきた研究や試験の果てに生み出されたものであることは否定できないし、それと比較して技術レベルが低いのはむしろ当然であるのだ。
「そもそも、試験機に問題はつきものだ。どんな問題があり、どんな長所があるのか。それを調べるのが実機テストだろう? だったら私があの機体をテストすることに何も問題はない」
きっぱりと言い切ると、バルクホルンは黙ってカップのコーヒーを飲みほし、そのまま司令室を出ていった。去り際に「おやすみ」と言う事は忘れていなかったが、やはりその横顔はどこか硬く、焦っているようでもあった。
「……ともかく、試験それ自体は続行しましょう。ただし、問題が発覚した場合は使用を即時中止し、本国に返還しましょう」
「ああ、それが妥当だろう」
大きく溜息をついたミーナがそう言って締めくくると、坂本とミーナも自室に引き上げていく。
しかし、ほんの十数時間後に、彼女たちは自分の判断を大きく後悔することになるのだった――
――ロマーニャ基地 滑走路
「では、Me262 V1の試験を開始する。バルクホルン、準備はいいか?」
「問題ない。さっそく始めてくれ、少佐」
日も高く昇った午前。陽光に煌めく海を臨む滑走路には、Me262を装備したバルクホルンの姿があった。傍らには整備班が控え、坂本とミーナもその場に待機している。
今回の試験は高速性能、および運動性能の試験だった。
装備可能重量や上昇限界については先日のテストで結果が出ており、今回はそこに上記二点のデータを加えようということになっているのだった。
「トゥルーデ、あなた本当にそんなに持って飛べるの? 負担が掛かるんじゃ……」
「心配ない。このストライカーは素晴らしいからな。記録を頼むぞ、ミーナ」
心配げに声をかけるミーナに笑って返すと、バルクホルンは発進準備に入る。
「ゲルトルート・バルクホルン、出るぞ!!」
勇ましい掛け声とともに、魔道エンジンが唸りをあげ、凄まじい風を巻き起こす。
やがて十分な魔法力を得たユニットが滑走路を滑り出し、勢いよく上昇に転じる。
《離陸に成功。各部異常なし。これよりテストに入る》
「こちらミーナ。通信状態も良好ね。まずは運動性能からにしましょう」
《了解した。記録を頼むぞ。高度5,000まで上昇してから開始する》
雲をひいて上昇したバルクホルンは、そのまま緩やかに旋回しつつ、機体を左右に振り、時に水平旋転を決めて見せる。
「ほう……あれだけの速度でこの運動性能か。零戦のお株を奪われたな」
感嘆の息を洩らす坂本。テストのために敢えて設置された発煙筒が、バルクホルンの描く軌道をはっきりと宙に刻んでいる。
「テストは順調ね……これなら問題はないのかしら?」
「そのようだ。魔法力の消耗に留意すれば、十分実用に耐えるのかもしれん」
良好なテスト結果に唸る二人。運動性を見せつけたMe262は、いよいよ要となる高速性能試験へと移ろうとしていた。まだ誰一人として越えた事の無い音速の壁――
それを越えられるのか否か。
機速における優位は空戦における優位に直結する。ジェットという未知の産物が果たしてどこまで限界を越えられるのか。皆が固唾をのんで見守る中、いよいよMe262はその身に秘めた力を解放しようとしているのだった。
――和音の自室
「バルクホルン大尉……大丈夫かな……」
登場割から外れ、基地待機となった和音は、何をするでもなく自室で時間を潰していた。炊事洗濯はリーネと宮藤の領分で、書類仕事などは到底手伝えない。ユニットの整備にしたところで時代の違いから知識も技術も十分でなく、おまけに今日はMe262の試験で基地は持ちきりだ。何もすることなどない。
「はぁ……暇だな……」
ゴロリとベッドに横になる。窓からは宙に軌跡を描いて飛ぶバルクホルンの姿がはっきりと見えた。今しも曲芸飛行のような軌道を終えたバルクホルンは、一度大きく旋回するとさらに上昇し、地面と水平の姿勢のまま直進し出す。
「900km/h越えればこの時代ならいい方なんだっけ?」
確かそうだったはず、と胡乱な頭で記憶を辿る和音。
もっとも、900km/h程度なら和音のF-15をはじめ、たいていのジェットストライカーは出せてしまう。無論、個々の性能や運用方針は様々ではあるが。
大気を裂いてぐんぐんと加速し始めるMe262を、知らず魔眼を使って追いかける和音。凄まじい排気音を轟かせて飛ぶそれは、「天使に後押しされる」というよりも「鬼神が追い立てている」ようにも見える。
「まだ機種転換の訓練だって十分じゃないはずなのに……凄いなぁ……」
まだ碌に運用ノウハウもない時代である。にもかかわらず、バルクホルンはしっかりとMe262を御していた。その飛行には和音も素直に感心し、そして安心した。
できればこのまま何事もなく終わってほしい――
切実にそう思った和音の祈りは、しかし聞き届けられることはなかった。
ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ――――――………………!!!!!!
「警報!? ネウロイ!?」
けたたましく鳴り響いたサイレンの音に跳ね起きる和音。
最も来て欲しくないタイミングで、最も相対したくない存在と出会ってしまう。
慌ててジャケットを着こんだ和音はドア蹴破るようにして廊下に飛び出すと、格納庫へと駆けて行った。
「敵襲だと? よりにもよってこんなタイミングで!!」
鳴り響いたサイレンの音は当然滑走路に居た坂本らにも聞こえていた。
ネウロイの出撃予報から外れた日に組んだテストだったが、やはり敵は現れた。しかも不味いことにバルクホルンは基地から遠く離れてしまっている。最悪、呼び戻す途中で追いつかれかねない。
「こちらミーナ。トゥルーデ、聞こえる? 敵ネウロイが出現したわ。テストは中止、すぐに基地に戻って!!」
通信機に向かって吼えるミーナに届いたのは、やや憔悴したバルクホルンの声だった。
《いや……それは間に合わない。こちらも目視で確認した。かなり足の速い相手だ。基地からの迎撃では間に合わない。ここで……わたしが、時間を稼ぐ。だからその間に――》
「トゥルーデ!? 聞こえているのなら応答して!! バルクホルン大尉!!」
《…………………………》
不明瞭なノイズだけを残して沈黙してしまった通信を悲愴な面持ちで見やるミーナ。しかし、すぐさま指揮官としての自分を取り戻すと、素早く判断を下し命令を発する。
「整備班は格納庫に戻ってユニットの発進支援!! イェーガー大尉!!」
「任せとけって、隊長」
「私たちの中で一番早いのは貴女よ。すぐにバルクホルン大尉の救援とネウロイの迎撃に向かて。こちからも増援を送るわ」
「了解!!」
部隊で最速を誇るシャーリーは、ミーナの命令を受けると同時にユニットへ足を通し、目にも止まらぬ速さで滑走路を駆け抜けていった。
つづく増援もただちに武器とユニットの準備を終え、宮藤とリーネ、ペリーヌの三人が出撃してゆく。
「坂本少佐! ミーナ隊長!」
そこへ駈け込んで来たのは和音だった。今しも出撃しようとしていた三人すら振り向かせるほどの剣幕で整備兵を怒鳴りつけると、有無を言わさず安置されていたF-15Jを引っ張りだす。出撃しようとしていることは明らかだった。
「もう今からじゃレシプロストライカーの速度では追いつけません。追いつけるとしたらシャーリーさんか、あとはわたしだけです!!」
飛びつくようにユニットに脚を通し、半ば強引にエンジンを起動させる。ガランド少将によるメンテナンスが功を奏したか、心なしかエンジンの調子も良いようだった。
「バルクホルン大尉の救援にはわたしが行きます。宮藤さんたちは別働隊を警戒してください!!」
それだけを言い捨てると、和音は返事を待たずして滑走路を爆走する。凄まじい轟音と白煙が滑走路を包み込み、そしてあっという間に離陸していった。
(バルクホルン大尉……無事でいてください……!!)
「くぅ……!! バカな……このわたしが追いつけないなどと……!!」
単騎でネウロイの足止めを買って出たバルクホルンは、すでに満身創痍だった。
カールスラントが世界に誇るエースは、しかし今や肩で息をするのが精いっぱいだ。矢のような速さで飛ぶネウロイを落とすことはおろか、抱えた50mmカノン砲を支えることすら覚束ない。エースとしての本能が辛うじて空戦を成り立たせているものの、その劣勢は誰の目にも明らかだった。
「聞こえるか、ミーナ!! 501基地、聞こえているのなら応答してくれ……!!」
《…………………………》
必死に呼びかける無線から応答はなく、ただ耳障りなノイズが洩れるだけ。もどかしさにインカムを投げ捨てる。
――果てして、この通信の不調がネウロイの仕業であると看破できる人間がこの時代に何人いただろうか? 高速で飛翔するネウロイがふりまく雪のような小片――〝チャフ〟と呼ばれているそれが、通信を妨害している原因だった。
「はぁ、はぁ、これは……マズいな……」
口が渇き、視界が揺れる。明らかに魔法力を消耗しすぎていた。
和音の忠告を聞き入れなかったことを今になって後悔するバルクホルンだったが、既に後の祭りというものだった。この絶好の隙をネウロイが逃す筈もなく――
「――させるかァ!!」
瞬間、耳に馴染んだ機関銃の発砲音が響き渡り、目前まで迫っていたネウロイが反転して距離をとった。全身の力を振り絞るようにして振り向くと、そこには憎らしくも頼もしい、部隊の戦友の姿があった。
「バルクホルン!! はやく、こっちに来い!! コイツらはわたしが引きつける。お前はさっさと離脱しろ!!」
「あ、ああ……すまない……くっ……!!」
マーリンエンジンの性能にモノを言わせたシャーリーは、間一髪救援に間に合った。機速を落とすことなくネウロイに肉薄するシャーリーは、愛銃のM1918を雨のように浴びせかける。振り切ろうとするネウロイを逃がすことなく、シャーリーは粘り強く追撃をかけてネウロイをバルクホルンから引き離していった。
「すまない、リベリアン……」
「いいから!! ここは私に任せてさっさと――――なにっ!?」
武装を投棄し、バルクホルンが離脱に転じようとした、まさにその時だった。
突然ネウロイが変形し、凄まじい加速をもって反撃の転じてきたのである。
「コイツ……強いぞ……!!」
シャーリーのP-51と互角に張り合って見せるネウロイなどそうはいない。ましてや変形能力を持つタイプなど未だ観測されたことはなかった。間違いなく、敵の新型ネウロイである。
ここを突破させるわけにはいかない――シャーリーが猛然と追撃をかけ、背後から必殺の銃撃を見舞おうとトリガーを引き絞る。
「……って、弾詰まりかよ!!」
カチン、カチン、と頼りない感触を返す愛銃は、ここにきて最悪の故障を迎えてしまった。生産性と耐久性を重視するあまり武装を失ったウィッチなど、もはや空飛ぶ的も同然だ。目ざとくもそれを認めたネウロイがゆっくりと反転し、為す術の無くなった二人のウィッチに狙いを定めた。
「チッ……!! こうなったら……こうしてやるっ!!」
「な、なにをする気だリベリアン!!」
「しっかり掴まってろよ!!」
もはや敗北は避けられぬと悟ったシャーリーの行動は早かった。即座に負けを認めると、いまだ十分に機速を稼げていないバルクホルンを抱きかかえ、ありったけの魔法力をエンジンに注ぎ込む。戦えないと分かったのならば、あとは逃げるしかない。シャーリーはそう判断した。
しかし悲しいかな、いかにP-51が優秀といえども、ウィッチを二人も抱え、うち一人はもはやただの錘でしかなくなったジェットストライカーを履いている。到底逃げ切れるはずがなかった。
「は、はなせ!! わたしの事はいい。お前だけなら助かるだろう!!」
「うるさい!! 黙ってわたしに抱えられてろってんだ!!」
「このままでは二人とも死ぬぞ!!」
「お前を――仲間を見捨てて逃げるなんてできるか!!」
容赦なく飛んでくるネウロイのビームを必死に躱し続けながら、シャーリーは渾身の力を振り絞って基地を目指す。辿り着かなくてもいい。このまま基地に近づけば、きっと援軍が来てくれる。それだけを頼りに、決して後ろを見ることもなく飛び続ける。
しかし、現実はどこまでも冷酷だった。
一瞬奇妙な振動がユニットを震わせ、次の瞬間、シャーリーの右足のユニットがオイルを噴いて停止した。エンジンのオーバーヒート。空戦で決して犯してはいけない致命的なミス。
普段の倍以上の重量を抱え、普段の倍以上の出力を出せばどうなるか――
完全に焼けついたエンジンが奇妙な空回りをして死に、シャーリーの右足から抜け落ちてゆく。
「あ――――」
これは終わったな……
不思議と冷静に、シャーリーは自分の状況を判断できた。ユニットもなく、武器もなく、魔法力すらも限界に近づいて。もはや的以外の何物でもない。今の状態ならば、撃ち落とすことなど赤子を縊るよりも容易いだろう。
「ちくしょおおおおおおお!!」
知らずバルクホルンの体を固く抱きしめながら、シャーリーは吼えた。残るすべての魔法力をつぎ込み、片肺での離脱を試みる。たとえ二度と機体が使えなくなってもいい。今はただ、生き残る事しか考えられなかった。
「――イーグルⅡ FOX1」
視界の端をなにかが凄まじい速さで駆け抜けていった――
そう思った時にはもう、背後に迫ったネウロイは凄まじい爆炎と共に木端微塵に吹き飛ばされていた。
「す、すげぇ……」
まるで槍のように標的へ疾駆し、一撃で粉砕せしめるその威力。
こんな事ができるのは、501部隊でも一人しかいない。
「沖田!!」
「シャーリーさん、バルクホルン大尉、ご無事ですか!?」
F-15で駆けつけた和音は、よろよろと辛うじて飛行を続けるシャーリーに駆け寄る。間一髪、和音が二人の体を抱き留めた瞬間、片方だけ残っていたP-51も煙をぶすぶすと吐いて海へ落ちていった。バルクホルンのMe262に至っては執拗な攻撃に晒されあちこちが損傷してしまっている。到底、自力での飛行は不可能だった。
「……まあ、ユニット以外は無事だな。コイツはすっかり気を失っちまってるけどさ」
「宮藤さんに診てもらいましょう。基地まではわたしが送ります」
「了解。それじゃ頼むよ」
「はい。しっかり掴まっていてください」
すっかり満身創痍となった二人を抱えると、和音はそのまま基地へ帰投していった。
――ロマーニャ基地 医務室
「ん……ここ、は……?」
目が覚めた時、バルクホルンは自分の体がいやに重いことに気がついた。
全身が鉛のように重く、指先一つまともに動かせない。正直、瞼を開けるのさえ億劫だった。
「あ、バルクホルンさん。よかったぁ……」
「気がついたのね、トゥルーデ」
「心配したんだぞ、バルクホルン」
ぼんやりとした視界の中で、見慣れた顔が幾つも自分を覗き込んでいるのが見えた。
そこではじめて、バルクホルンは自分が医務室に寝かされ、部隊の皆が自分の周りを心配そうに取り囲んでいることに気がついた。
「なんだお前たち……そんな顔をして、一体何があったんだ……?」
「トゥルーデ、覚えてないの?」
心配そうに顔を覗き込みながらエーリカが言う。付き合いの長い戦友の言葉にバルクホルンはしばし黙考し、未だ醒めきらない頭の中から記憶を引きずり出す。
「トゥルーデ、あのジェットストライカーで出撃して気絶したんだよ」
「そうだ……わたしは、あのストライカーの試験の途中でネウロイと交戦して、それから、それから……?」
そこから先を、バルクホルンは覚えていない。当然だ。魔法力切れで気絶し、今の今まで眠っていたのだから、記憶などある筈もない。
「――それから、わたしがお前のところに救援に駆けつけて、二人そろって危うく死にかけたってわけさ」
「リベリアン……」
医務室の入り口にもたれていたシャーリーがそう言ってこれまでの経緯を説明する。
一瞬信じられないといった風な表情をしたバルクホルンだったが、大方の事情を呑み込んだのだろう。大きく溜息をついてそのっまベッドに体を預けた。
「すまない……助けられてしまったようだな」
「礼ならわたしじゃなくて沖田に言えよ。わたしたち二人をここまで運んできたのも、ネウロイを倒したのもアイツだ」
「そうか……」
首から上だけを動かして医務室を見渡してみるが、和音の姿はない。
一体どこにいるのだろうかとバルクホルンが訝しんだ時、にわかに廊下の方が騒がしくなった。
「………………?」
荒々しい足音が医務室の前で止まり、ややあってから乱暴にドアが開けられた。
「……ご無事で何よりです、バルクホルン大尉」
「あ、ああ……どうやら、助けられてしまったようだな、少尉」
思えば、きちんと忠告を聞いていればこんなことにはならなかったのだ。その自覚がるだけに、バルクホルンは和音の顔をまともに見る事ができなかった。しかし、そんな事情に構うことなく、固い表情のまま和音はツカツカとベッドの脇まで歩み寄り――
――パシィン!!
「――ッ痛!!」
容赦なくバルクホルンの頬をひっぱたいた。
唖然とする一同に構うことなく、何事かを言いかけたバルクホルンの頬をもう一度張り飛ばす。
「なにをしてるんですか!! バルクホルン大尉!!」
「………………」
「もう少しで……もう少しで死んじゃうところだったんですよ!? わかってるんですか!!」
普段の様子からは信じられないほどの剣幕に、さすがのミーナや坂本も割り込む隙を見つけられない。当の本人であるバルクホルンでさえ、幼子のように項垂れる事しかできないでいた。
「シャーリーさんがすぐに駆けつけてくれたからよかったものの、あんなにボロボロになるまで戦って……」
「すまない……少尉の忠告を聞くべきだったな……わたしの判断ミスだ」
「そんな事を言ってるんじゃありません!!」
バンッ!! とサイドテーブルを叩いて和音は言う。
「どうして自分を大事にしないんですか!? ミーナ隊長やハルトマン中尉だって、大尉の大切な仲間であり家族でしょう!? ユニットなんかいくらでも替えは利きます。でも大尉の代わりはいないんですよ!?」
その言葉に、バルクホルンはハッとして顔を上げ、ミーナたちの方を仰ぎ見た。
「沖田さんの言う通りよ、トゥルーデ。ユニットよりも貴女の方がずっと大事。私たちは家族でしょう?」
「ミーナの言うとおりだよ。トゥルーデが傷つくところを見たい人間なんていやしないよ」
「そうか……そうだな、私たちは家族だったものな」
深い安堵の息をつくバルクホルン。今の彼女には何より休息が必要だ。
坂本が目くばせすると、無言のまま軽くうなずいてみな部屋を出ていく。
ベッドに横たわる彼女の口から安らかな寝息が聞こえてきたのは、そのすぐ後の事だった。
――ロマーニャ基地 食堂
「本ッッ当に大尉は不器用ですね。いいですか、ここをこうして……ほらできた」
「な、なるほど……くっ、意外と難しいものだな」
隊規違反の罰則として掃除や炊事を言いつけられることは珍しくないが、今回ばかりはどうもそうではないらしい。夕食時の食堂には、それはそれは珍妙な光景が広がっていた。
食堂には山盛りのジャガイモ。
その脇にはナイフを片手にしたバルクホルン。
それを監視する和音。
「な、なぁ少尉。やはりこういうのは宮藤やリーネの方が……」
「――何か仰いましたか、大尉?」
「……いや、なんでもない」
夕食時分まで深く寝入っていたバルクホルンは、当分の飛行停止と、危険行為をとがめる意味もあって軽い罰則が科されていた。
――ジャガイモの皮むきである。
加えてミーナは一計を案じ「、トゥルーデの監視は沖田さんにお願いしましょうね。いい? 今日一日貴女は必ず沖田さんの指示に従う事。いいわね?」などと言ってしまったのだからもうたまらない。
「ほら大尉。まだまだお芋はいっぱいありますからね~」
「頼む、少尉。私が悪かった。だから……手伝ってくれッ!!」
スルスルと綺麗に皮をむいていく和音。
ゴリゴリと実ごと削り落としてゆくバルクホルン。
実に対照的な二人の腕前は、もはや比較する必要すらないだろう。
……つまるところ、バルクホルンは不器用なのだった。
「あっはっは!! 頑張れよ、バルクホルン」
「くっ!! いい気になるなよリベリアン。貴様には喰わせてやらんからな!」
「あるぇ~? そんなこと言っていいんですかぁ? ねぇ、沖田監督官殿?」
わざとらしい口調でシャーリーが沖田を見やると、ニッコリと笑った和音が
「大尉、まだまだ反省が足りないようですね?」
「えぇ……いや、その……だからこれは……」
「そうですね。今日のお夕飯はお芋のコロッケにでもしましょうか。皮、剥いてくださいね?」
二人の様子を爆笑しながら見守るシャーリー。さりげなく手伝ってやっているのは、彼女なりの気遣いと優しさだろう。
結局、P-51は完全に水没。回収は不可能となったため、次の補給の際に本国から同型機を取り寄せることで合意した。
ジェットストライカーに関しては、もはや運用試験どころではなく、危険性の指摘レポート共に本国へ送還される予定である。
「ちゃんと食べて早く元気を回復してもらいますからね、大尉」
「う、うむ。そうだな! 今はまず栄養補給を……」
「ははは!! よかったなバルクホルン。もうひとり妹ができたみたいで」
「――――っ!?!?」
途端、芋を取り落すバルクホルン。
意地の悪い笑みを浮かべている辺り、シャーリーも確信犯である。
「みなさ~ん。ご飯出来ましたよ~」
「今日はお芋料理をいっぱい作ってみました!」
割烹着にエプロン姿の宮藤とリーネが大きなワゴンを押しながらやってくる。
まずは体力回復が最優先と言う事で、今日の夕食はかなり豪華だ。
まあ、材料の芋は今せっせと本人が皮をむいているところなのだが。
「コロッケに、ポテトサラダ、フライドポテトに、蒸かし芋もありますよ」
「お! サンキューな、宮藤」
ひょい、と手を伸ばしてフライドポテトをほおばるシャーリー。本場の人間から見ても出来は上々のようである。
「バルクホルンさんも食べてください。食べないと元気でないですよ?」
「ああ、ありがたく戴こう」
皮むきを中断し、食事に手を伸ばす。
ユニットも体もすっかり傷つき消耗してしまったが、不思議と居心地は悪くなかった。
「どうですか? お口に合いますか?」
「もちろんだ。やはり宮藤は料理がうまいな。わたしも見習わねば……!!」
真心こもる夕食を食べながら、こんなふうな思いができるのなら、今回の事件もそう悪いことばかりではなかったな……そう思ってしまうバルクホルンであった。
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