戦国異伝
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第百三十一話 二人の律儀者その十一
「逃げるとしても近江の西のみ」
「袋の鼠のまま戦う場合もその兵達を送って踏み潰すのみ」
「そうすればよいからな」
「では近江の西に置こう」
「そして時が来れば」
まさにその時にだというのだ。
「仕掛けるとするか」
「それは間も無くじゃ」
「もう種は撒いた」
「芽が出るだけよ」
「さて、これはあの男も読めまい」
闇の中で一人が楽しそうに言う。
「流石にな」
「まさか妹婿が裏切るとはな」
「浅井が後ろから来るなぞ」
「流石に読めない」
「読める筈がないわ」
こう楽しげに話すのだった、そしてだった。
「浅井長政は裏切りたくはないがな」
「裏切りたくなくとも裏切らせることは出来る」
「そうじゃな、それをするのが我等よ」
「我等の術よ」
他の者達も楽しげに言うのだった。
「我等のその策にかからぬ者はおらぬ」
「織田信長がかからずとも他の者がかかれば同じよ」
「我等の策はそこにこそ醍醐味がある」
「後ろから心から信じておるものに攻めさせる」
「戦国では常にそうさせておるが」
「織田信長も然り」
「あ奴もこれには適うまい」
哄笑が闇の中で響く、そしてだった。
その哄笑の中で一人がこうも言った。
「万が一じゃ」
「織田信長が生き延びればか」
「その時はか」
「うむ、どうする」
その万が一の時の話もするのだった。
「流石に今回はいけるだろうが」
「確かにあの男、悪運が強い」
「やはり万が一ということがあるな」
「その時はか」
「次の策の用意をしておくか」
こう周りに言ったのである。
「そうするか」
「うむ、それがよいであろうな」
「朝倉と浅井でまだ生き残ってもな」
「次はそれ以上のものを用意しておこう」
「では何処じゃ」
「本願寺がよい」
中央から声がした。
「あの寺じゃ」
「あの寺ですか」
「あの寺が備えですか」
「本願寺の顕如もまた傑物よ」
それは信長に匹敵するまでだ、それを見抜いてのことだった。
「蛟龍と土龍を争わせるのじゃ」
「二匹の龍をですか」
「そうさせてですか」
「そうすればよい」
これがその中央の男の考えだった。
「それでどうじゃ」
「そうですな」
一人が応える。
「よいかと」
「そう思うであろう、既にあの寺にも我等の一族を入れておるしな」
「何とか怪しまれずに入られております」
「無事に」
闇の中から応える声がしてきた。
「ただ、顕如は浅井久政の様にはいきませぬが」
「それはどうされますか」
「顕如には仕掛けぬ」
彼にはというのだ。
「あの者は織田信長と同じじゃ、我等の策も通じぬ」
「ですな、あの者にはです」
「我等の策も術も通じませぬ」
「では別の者ですか」
「別の者を動かしますか」
「織田家には人が多いが本願寺は織田家程はおらぬ」
家臣の話になる、本願寺の場合は僧達である。顕如の側近には当然ながら本願寺の高位の僧達が集まっている。
「織田家はきら星の如くじゃがな」
「そのあまりおらぬ僧達に仕掛けてます」
「あの者達に」
「幹にもな、そして根と葉の端じゃ」
今度は本願寺を大樹に見立てた話だった。
「大樹は端が動いても大きく揺れた様に感じるものよ」
「ではそこにもですな」
「我等を」
「そうせよ、よいな」
こうも命じるのだった。
「若し浅井、朝倉でしくじっても次の用意をしておくのじゃ」
「本願寺、あの寺に」
「では手配を」
彼等は闇の中から仕掛けていた、だがそれには誰も気付いてはいない。まつろわぬ者達の蠢きは闇の中だけのことであった。
第百三十一話 完
2013・4・1
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