エターナルトラベラー
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第八十九話
さて、セイバーとアーチャー、ついでに士郎と凛にご退場願ったアインツベルンの居城。
エントランスはもはや修復が困難なほどぐちゃぐちゃに破壊されている。
それをリズとセラに片付けを頼んだ後、イリヤとの約束通り夕飯をあつらえ、魔力が回復してきた所で現状確認だ。
壊されたエントランスに赴き、ある程度片付けられたそこでもったいないけれどカートリッジをロード。スサノオを行使する。
まず骨格が現れ、それが肉付くように女性の姿を形作り、その上に甲冑が現れた。
「それが本来のスサノオなのね。さっきのアレとは全然違うわ」
と、階段に腰掛けてみていたイリヤがそう感想を述べた。
瓢箪を振り、中から液体が飛び散るように一振りの剣が現れる。現れたそれを二、三回振っておかしな所が無いかを確かめてみたが、特に不具合も無い。
「どう?」
「特に問題は無いかな」
「本当に?」
「ああ」
と答えた俺にイリヤは「変なの~」と呟いていた。
さて、案件についてだが、何がきっかけであんな事になったのか。思い当たる節はイリヤを狙ったあの矢か。
あの矢を防ぎきれなければイリヤは死んでいた。それに反応するようにスサノオを変質させて現れた巨漢の男。…おそらく本来のバーサーカー。
そして俺をこの世界に招き寄せた張本人であろう。
魔力ももったいないのでこれ以上スサノオを維持する事はせずに消失させた。
「それを使っているとわたしの魔力を根こそぎ奪い取っていくのだけれど。それほどまでにそれの消費は大きいの?」
「カートリッジ無しだと俺の魔力は多い方だとしても溜めておいた魔力を3分で使い切るが自信がある。スサノオの維持だけでそれだ。他の大威力技との併用が普通だったけど今の俺じゃどちらかしか使えないだろうね」
「それじゃスサノオの全力戦闘は出来ないって事?」
「いや、カートリッジの予備はまだ有る。これが切れたらそれこそ戦えなくなるだろうけれど、この聖杯戦争中はおそらく大丈夫だろうよ」
「そ。それじゃ次はちゃんと倒してよね」
「了解した、マスター」
とは言え、士郎に対して後ろめたいのかただどういう顔で会いに行けばいいのか分からないのか。イリヤは数日アインツベルンの居城を出る事は無かった。
しかし、城から出なくても敵は向こうからやってくる。聖杯戦争の核を知っているものならばまず聖杯の器であるイリヤを確保しようと思うのは自明の理だろう。
日が沈み、そろそろ聖杯戦争が始まろうと言う時間。アインツベルンの結界を越えて進入してくる者の気配をイリヤが捉えた。
二人の人間がアインツベルンの城目指して居るとの事。
「誰であれ人の城に無断で入ってきたらそれなりのおもてなしはしてあげないとね。リン達みたいな事は二度としないわ」
と静かに宣言するイリヤ。
ドーンと城門をぶっ壊してその誰か達は城の中へと入ってきた。
エントランスの階段の上からやってきた侵入者を見下ろして優雅にイリヤが挨拶する。
「こんばんわ。招待した覚えは無いのだけれど、侵入者にもそれなりのおもてなしをさせていただくわ」
とスカートをつまんで軽く会釈して言い放ったイリヤのその態度が癪に障ったのか、眼下の金髪の男の背後が揺らめいたかと思うと、そこから何かが撃ち出され、飛んできた。
寸での所で俺はイリヤを抱きかかえ、床を蹴るとエントランスの下まで飛び降りた。
「黙れ人形風情が。王の前で上段に構えるなど無礼にもほどがあるわっ」
慇懃無礼な態度で殺気を飛ばし攻撃してきた彼は間違いなくサーヴァントだろう。
「うそ…あなたはだれ?わたしの知らないサーヴァントなんて…どういう事よ…」
イリヤは自身が聖杯の受け皿だ。今回の聖杯戦争で顕現したサーヴァントの統べては彼女には関わりとして感じられのかも知れない。しかし、目の前のサーヴァントはイリヤのあずかり知らぬ存在だと言う事だろう。
「アーチャー、こんな森の中までわざわざ来たんだけどさ、さっさと目的の物を回収して戻ろうよ。ここは寒くてかなわない」
ワカメのような髪がウニョウニョしている少年が大きな態度で言ってのける。
お前らが扉をぶち壊して入ってきたのが原因なのだが…
「ふむ、そうだな。こんな所は直ぐに立ち去るに限る。おいそこの人形。おとなしく我についてくるが良い。これは王の決定である」
「何いってんのー?あなたなんかについて行く訳無いじゃない。あなた頭おかしいんじゃない?」
余りにも自分勝手な物言いに、イリヤの態度も余り変わらないとは思うのだが、イリヤはきっぱりと断った。
「貴様…人形の癖に王の決定に逆らうのか?どうせ必要なのは聖杯の器だけだ、外装が傷つこうが構わん。人形、我に歯向かった事を後悔する事になるぞ」
「ふん。あなたなんかがチャンピオンに敵うわけ無いじゃない。やっちゃいなさいチャンピオン」
やっちゃいなさいと言われても…
「雑種が、王に逆らうか?面白い、我が財をその目に焼き付けて死ぬがいいっ」
アーチャーの背後に金色の円が浮かび上がるとそこから武器の類が鎌首をもたげるように此方へと向いていた。
金色のアーチャー。
こいつの情報も持っている。あの話の通りだと古代ウルクの王ギルガメッシュだろう。宝具は生前集めた自身の宝をその蔵から撃ち出す殲滅兵器。
撃ち出されるそれは原点の宝具であり、内包された神秘は桁違い。
物量で攻める相手にイリヤを守りながらでは戦う事は一人では難しい。
ならばどうするか?
『私の助けは必要?』
と心の内から語られる声に耳を傾ける。
『必要だ。わるい、力を貸してくれ』
『アオの頼みだもの、当然よ』
頼もしい言葉だ。
俺は十字に印を組むと魔力を練り上げる。
「影分身の術」
ボワンと現れたのは俺の影…ではなく、影分身を利用して現れたソラだ。
アーチャーから数多くの武器が弓兵隊に放たれる矢の如く降り注ぐ。
「アンリミテッド・デクショナリー」
それをソラは右手を振りすると現れた大きな本。その中央に付随していた口が大きく開くと、放たれた武器を弾くのではなく何処に通じるかも分からない空間へと食わせていった。
『ロードカートリッジ』
ルナがカートリッジをロードして魔力を回復させる。
影分身で半分になっている魔力では心もとないのだろう。実際、ギルガメッシュの攻撃は苛烈さを増し、それはもう散弾銃のように撃ち続けている。
「雑種がっ!我が財を食らうと言うかっ!その行ない万死に値する」
と言いつつやめれば良いのに彼は撃ち出すのをやめない。無限に撃ち出される矢と無限に食らいつくす本はどちらが強いのか。
その隙に俺はイリヤを連れてエントランスを上がり退避し、射線上からそれるように身を隠した。
「二人同時に出れたのね、チャンピオン」
抱き上げてイリヤの身を守るために駆けたと言うのに彼女の言葉は冷ややかだ。
「あはは…まぁね」
「また違う人みたいだけど…そんな事より、分裂できるなら他の時もしなさいよっ!」
「とは言っても、これがそううまくはいかない」
「どういう事?」
「単純に分けたら分けた分だけ魔力が減る。今の俺は二分の一の魔力しか持ってない。俺達の強さは魔力にも依存している。その状態で分裂を繰り返せばどうなる?」
「剣を振る事も儘なら無い?」
「そう言う事」
とは言え、その足りなくなった魔力をカートリッジで補っているのだが、やはり二人以上に分裂するのは危険だろう。
戦いはギルガメッシュの攻撃をソラが受けていると言う構図のままこう着していた。
「おのれおのれおのれっ!」
余りにも自分の攻撃が効かない為か、癇癪を起こし始めるギルガメッシュ。
ギルガメッシュの背後の空間に波紋が広がり、その虚空に手を突っ込み一本の剣とは言えない形をした一振りの剣を取り出した。
「やばいな…あれは流石にソラでも吸い切れないかもしれない」
ギルガメッシュの持つ宝の中で秘宝中の秘宝。
対界宝具である『天地乖離する開闢の星』エヌマ・エリシュはその名の通り世界を切裂く宝具だ。
それ故、ソラのアンリミテッドディクショナリーが吸い込んだ先がどうなっているか俺達には分からないのだが、それが一つの世界なら、もしかしたら切裂かれてしまうかもしれない。
ギルガメッシュの投擲は今放たれているもののみで、その最後の射が終わるよりも速くギルガメッシュは右手に持ったエヌマ・エリシュに魔力を溜めている。
このタイミングなら撃ちだされた宝具がソラに着弾した後ではソラはあれの発動を邪魔できまい。
『アオっ!』
念話が俺に届く。
『分かっているっ!』
ソラの短い言葉に彼女がどうしたいのかを感じ取り、すぐさま応える。
ギルガメッシュは既に振りかぶり、真名の開放と共にその脅威を開放しようとしていた。
もう本当に時間は無い。
ソラが体勢を傾け、右手のルナを振り上げ、一歩前に足を踏み出したその瞬間、ソラの姿は消えていた。
「エヌマ…エリ…なにぃ!?」
振り上げたエヌマ・エリシュを振り下ろそうとした、正にその瞬間。ソラの体はギルガメッシュの至近に現れたかと思うと、振り上げたルナを振り下ろし、ギルガメッシュの右手ごと切り落とした。
どうしてソラが転移魔法陣も使わずに瞬間移動が出来たのか。
理由は俺がクロックマスターでソラの因果に介入し、駆けたと言う行動でギルガメッシュに接敵したと言う過程をすっ飛ばして結びつけたからだ。
他者の因果を操るのは自分や現象よりも大量に魔力を消費する為に、あまりやらないのだが、それでも決まればこう言った瞬間移動まがいの事も可能なのだ。
まぁ、事前に打ち合わせが無ければ難しいが、逆に言えば打ち合わせが出来れば割と容易に行える。そして瞬間移動したソラはギルガメッシュの宝具の解放前にその右手を切り落としたのだ。
が、しかし。不完全とは言え、発動しかかっていたその宝具は高まった魔力を発散させるべく、荒れ狂い、垂直方向へ半円を描くように飛ばされた軌道を沿うように発射され、アインツベルンの居城を横半分に切裂くように吹き飛ばした。
「きゃっ!」
閃光に目が眩みそうになるイリヤをその光と衝撃から守るように抱きしめ、耐える。
カランカランと言う音を立てて転がったエヌマ・エリシュをソラは拾い上げ、直ぐに再び現したアンリミテッドディショナリーに食わせ、その存在を消した。
「おのれっ!我が至宝、エアをよくもっ!」
ギルガメッシュは腕を切られたショックよりも自分の財を掠め取られた事に激怒しその痛みすら感じないほどのアドレナリンの分泌量凄まじいような鬼の形相で背後の空間から矢継ぎ早にまた刀剣の類を撃ち出している。
「おのれっおのれっおのれっおのれっおのれっっ!」
もはやそれしか語呂が無いのかと言う感想が浮かぶほどの連呼し、ソラを打ち倒そうとしているが、ソラのアンリミテッドディクショナリーを抜けない。
ギルガメッシュが武人であったなら、剣を振るうと言う選択肢があったなら、ソラのアンリミテッドディクショナリーを抜くのは容易だったかもしれない。
しかし、彼はアーチャー。彼は数多くの宝具の所有者かもしれないが、その使い手ではなかった。
故に戦いは射撃に特化する。その結果、ソラを傷つけることが叶わない。
「おのれっおのれっおのれっおのれっおのれっっ!」
ギルガメッシュの敵意はソラに向き、その他への警戒は怠っている。
仕掛けるなら今だ。
イリヤを離すと、そっと彼女から距離を取る。
「え?チャンピオン?」
どうしたのと言いたげな彼女の視線には応えずにカートリッジをロードする。
「ソル、カートリッジロード」
『ロードカートリッジ』
ガシュと薬きょうが排出し、体に魔力が充填される。
「スサノオっ」
今回は出てくれるなよと祈りながら最小のサイズでスサノオを顕現させる。
肋骨が俺の回を覆い、まるで蝶のさなぎの様。そこから右手のみを顕現させると瓢箪を振るい、そこから酒が飛び散るようにしぶきを上げて現れる十拳剣の刀身。
俺は二階の廊下から乗り出すようにエントランスを見下ろせるように落下防止の柵に足を掛け身を投げ出すと、力いっぱい柵を蹴った。
柵を蹴った俺の身は空中を浮遊する事も無く、クロックマスターで過程を省略し、一階に現れたと思った瞬間にはすでに背後からギルガメッシュをその刀で刺し貫いていた。
「なっ!?なにっ!?」
まさかの展開についていけず、何を言ってよいか分からないギルガメッシュを俺は酔夢の世界へと引きずり込む。
「ば、馬鹿なっ!この我が雑種如きに負けるだと!?ば、馬鹿なっ…」
とギルガメッシュは末期のセリフを叫びながらギルガメッシュは酒刈太刀に封印されていった。
「なっなんだよっ!そんなっ…あのクソ神父、話が違うじゃないかっ!」
突如うろたえの声を上げるのはギルガメッシュに付いて来ていたマスターと思われる少年だ。
ちらりとその少年に視線をやれば、がたがた震えながら後ずさり、逃げるチャンスを窺っているようだ。
殺しに来た奴を逃がしてやるほど優しいつもりは無いが、これほどまでに圧倒的な弱者を踏みにじるのは気分が悪い。
さて、どうするかと思案しながらソルを握ると、エントランスの二階から躍り出る影がある。
「まっ待ってくれっ!」
ガツンと音を立てて着地し、体勢を直すと、ギルガメッシュのマスターである少年の前に立ちふさがるそれは衛宮士郎だった。
「もう戦いは終わっただろう!?サーヴァントはあんた達が倒したんだ、こいつは魔術師では無いし、戦う力を持っていないんだ、だからっ」
士郎が後ろに少年を庇い、そう言い放った。
だから見逃せ、と?
コツコツと歩きながらソラもこちらに歩を進め、成り行きを見守っている。サーヴァントを連れていないとは言え、令呪が有るのなら瞬間移動による奇襲もあるかもしれない。
アインツベルンの城に他に二人の侵入者が居る事は円を広げた俺には分かっていた。しかし、そこのサーヴァントの気配はなかったためにギルガメッシュに集中していたのだ。
殺しに来ておいて負けたら見逃せと言うのは掛け金を踏み倒すようなものだ。殺しに来た時点で自分の命をベットしているはずだろう?
と思わなくも無い。が、黙ってイリヤの指示を仰ぐ。
コツンコツンと階段を下りてエントランスへと降り立つイリヤ。
「あら、お兄ちゃん。こんな夜更けに訪れてくれるなんて嬉しいわ。今日はセイバーは一緒じゃないのね」
「あ、…ああ。その事も有って少しイリヤと話をしようと思って来たんだ」
「ふーん。まぁお兄ちゃんのお話は聞いてあげても良いんだけど、そこを退いてくれる?後ろの彼を殺せないわ」
と、童女が歌うように軽々と後ろの少年を殺すと言ってのけたイリヤ。
「女の子が簡単に殺すとか言っちゃダメだ…いや、女だからダメって訳じゃなく、普通は人を殺しちゃいけないんだぞ」
「えー?でもお爺様が聖杯戦争はサーヴァントもマスターも殺すのがルールだって。あ、シロウは特別に生かしておいてあげるね。だけど、シロウは特別だとしても、そいつは殺すわ」
「ひっ…」
冷徹な顔で宣言されて少年は嗚咽を洩らす。
「そこに隠れているリンも出てきたらどうなの?アーチャーも居ないみたいだけど、サーヴァントも無しで攻め込んでくるなんてよっぽどの自信家なのねトオサカの家って」
隠れて潜んでいたのがバレて隠れている必要性を感じなくなったのだろう。凛は二階の物陰から此方が見下ろせる位置から姿を現し、重力軽減の魔術を掛けたあと、フワリとエントランスへと降り立った。
「あら、バレバレって訳ね」
と、ツカツカ歩きながら自然とそうは思わせないように歩き衛宮士郎と合流する。
バレてしまった手前、バラバラでいるよりは士郎の側の方がイリヤの士郎に対する好感から生き残れる可能性が高いと思ったのだろう。
「衛宮くん、世の中は普通等価交換なのよ。相手に何かして欲しかったら自分が出来るものを提供しなければいけないのが普通なの。誰かの為にと無償で動く貴方の方が異常なの。いい?それは理解しなさい」
「え?…うっ?」
凛が突然話の主導権を握ろうと加わってきた。まずは士郎にダメ出しし、現状を理解させようと言う事だろう。
「士郎はそこにいる間桐くんを逃がしたいそうよ。その為にイリヤスフィール、あなたは何を士郎がすれば間桐くんを逃がしてくれるのかしら?」
「そうね…シロウがわたしのサーヴァントになるって言うなら考えてあげてもいいわ」
「待て、イリヤ。それは以前断ったはずだ。他の事にしてくれないか?」
「えー、他の事って言われても、すぐになんか思いつかないわ」
話がまとまりそうに無い。
それを感じ取った凛が勝手に条件を提示する。
「そうね…一日、士郎を貸してあげるから、二人でデートしてきなさい。士郎、それくらいならあなたにも出来るわよね?」
「デート?…うん、面白そう。でも、ちゃんとレディのエスコートが出来るのかしらシロウは」
「なっ…」
既に纏りかけているような二人の会話に戸惑いを隠せない衛宮士郎。
「大丈夫よ、女の子の扱いは巧いもの。後輩をいつの間にかたぶらかして朝夕のご飯を作りに来させるくらいよ、女の扱いには長けてるはずよ」
「遠坂っ!誤解を招くような事を言うな。桜は手伝いをしに来ているだけであってそれ以上では無いんだからなっ!」
「そう?でも客観的に見るならそう見えるのよ。まあいいわ。士郎、それくらいで間桐くんを見逃してくれるかもしれないのよ?」
それを棒に振るつもり?と暗に言っている凛。
「うっ…分かった。イリヤ、聖杯戦争が終わったら一緒にデートに行こう。それで慎二の事は見逃してくれ」
「うーん、そうね。別にいいかな、デートってした事無いからシロウ、しっかりエスコートするのよ」
「ああ、任せてくれ。しっかり計画を立てさせてもらう」
戸惑っていたわりには決まってしまえば動じないようだ。
と言う会話をしている内に慎二と言われた少年はわき目も振らず駆け出すとアインツベルンの森へと消えた。
「逃げ足だけは速いわねあいつ」
と凛がため息をついて呆れている。
「それで?お兄ちゃんとリンは何の用事で此処にきたのかしら?もしかしてただのドロボーさん?だったら今度は逃さないわ」
「そんな訳あるかっ!」
「そんな訳無いでしょっ!」
あ、ハモった。
「今日はイリヤの力を貸して欲しくてお願いに来たんだ」
「お願い?」
「ああ。セイバーを助ける為に力を貸して欲しい」
一本目だと思っていたが、アーチャーを逃がした事で二本目になっていたのだろうか?
いや、決め付けはマズイだろう。未来は千差万別。これからどうなっていくのかは俺達の選択次第なのだから。
とりあえず、その内容を聞くことにしたイリヤは、比較的無事だった城の奥の方にある部屋に二人を案内する。
「あなた達は二人ともチャンピオンのサーヴァントね」
「さてね」
その道中に確認するように凛が問いかけるが、正直に答える義務は無い。
俺はソラと連れ立ってイリヤを守りながら移動した。
セラとリズが慌しくエヌマ・エリシュの衝撃によって散乱した調度品を片付け、比較的まともな一室に二人を案内する。一応…本当に一応の体裁を繕ってはいたが、先ほどの衝撃のものすごさから、この城での生活は不可能なまでに破壊されてしまっていた。
「何もおもてなしできないのは心苦しいのだけれど、先ほどのサーヴァントの所為だからしょうがない事よね」
そうイリヤが家主の礼をつくす。
「サーヴァント…サーヴァントは全部で7騎であるはず。私達は全てのサーヴァントを確認したわ。そこのチャンピオンが分裂するタイプだから断言は出来ないのかもしれないけど、チャンピオン達はどこか同じ雰囲気があるわね。アイツはそう言う雰囲気じゃなかった。全くのイレギュラーサーヴァントって事ね。…でもそれもあなた達に倒されたのだから特に問題は無いのでしょうけれど」
問題は何であの慎二が新しいサーヴァントを使役していたのかと言う事の方なのだろう。凛の思考が埋没しそうになったが、今は何をしに来たのかが先決だろうよ。
「それで?セイバーを助けて欲しいってどういう事?お兄ちゃん」
「あ、ああ。それはだな…」
と、それから士郎が語った内容を要約するとこうだ。
まず目的はセイバーの救出だと言う。
もちろんこれに手を貸す必要性を感じないが、キャスターのサーヴァントに連れ去られたらしい。それで重要に成るのがどうやってサーヴァントを連れ去ったのかと言う事だ。
そこで凛がカードを切ってくる。キャスターの真名と宝具の能力。そして、キャスターはセイバー、アーチャーを従えていると言う状況。
この二枚のカードをうまく使い、イリヤと協力出来ないかと持ち掛けたのだ。
「どう思う?チャンピオン」
と、イリヤはソラではなく俺に問い掛けたようだ。
「イリヤの好きにすると良い。が、そうだな…」
と言って俺は凛へと問いかける。
「目的はセイバーの救出だけか?アーチャーは?それとキャスターの討伐はどうする?」
「そうよ。あなた達にはおそらく障害になるアーチャーの排除をお願いするわ。キャスターの排除とセイバーの救出は私達がやる」
「倒してしまっても?」
「ええ、構わないわ…」
本当はどう思っているのかは分からないが、此処を間違う事はしないと言う凛はやはり魔術師なのだろう。
「依頼はセイバー奪還の為の障害であるアーチャーの排除。対価はキャスターの情報と運が良ければその排除と言う事で良いかしら」
「それで良いわ、リン」
と、魔術師二人が約定を交わす。
確かにサーヴァントを奪取されてしまうと言うこの聖杯戦争ではシステム的最強では無いかと思われる宝具の情報なのだから、それでトントンと言う事にしたのだろう。
あの映画ではキャスターを倒した後、裏切ったアーチャーと士郎がこの城で戦う事になる。
ギルガメッシュを倒す為には士郎のレベルアップも必要なのだろうが、既にギルガメッシュは倒している。彼のレベルアップは必要ないかもしれない。
極論、俺はイリヤが生き残り、平和に暮らせると言うのならその他がどうなっても構わない。ただ、聖杯が汚染されていた場合、生み出される地獄は止めざるを得ないだろう。イリヤを中心に生贄のような彼女を救うと言う命題は綱渡りの繰り返しで、選択肢を間違えればまず彼女の命は助からないだろう。
ギルガメッシュを封印した事に関しては、イリヤの管轄外の英霊だった為か、そこまで不審に思われていないが、彼女の内に倒したサーヴァントの魂が帰らないと言う事は俺への疑念になる。
後一回だけだ。きっと後一回しか酒刈太刀で誤魔化せまい。
彼女の体を維持するためには4騎を越えるサーヴァントは倒せない。すでに2騎、これから討伐に行く予定のキャスターで3騎、アーチャーが俺か士郎に倒される展開になって4騎、もうこれ以上の脱落はさせれない。
聖杯戦争もそろそろ終盤に差し掛かる頃だろう。キャスターの討伐以降は俺達の情報を越え、めまぐるしく終着へと向かうはずだ。
どうなるものか…不安は尽きない。
後書き
ギルガメッシュは絶対にZEROの方が強いですよね…撃ち出した宝具の軌道を途中で変更するとか…ああいう使い方で攻めていけば士郎になんて絶対に負けなかっただろうに…今回もソラの鉄壁を攻略できたはずなのに…
慢心王は慢心さえなければ…しかし、やはり彼は慢心王でないとですしね。
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