剣の丘に花は咲く
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第九章 双月の舞踏会
第二話 桃りんご狩り
前書き
第二話 桃りんご採り
副題 掴め奇跡の果実ッ! 巨大なる魅惑の実ッ!?
月が未だ空に浮かぶ、夜が明けきらない森の中、朝靄で白く煙る森を駆ける二つの影があった。
四足で駆ける獣でも出せない速度で走るその影は、遮るものがない空を翔ける鳥のように森を駆け抜けている。
まるで生い茂る木々がないかのように、走る速度を落とすどころか、更に上げる二つの影。
影―――その正体は士郎とセイバーが走る姿であった。
まるで森の中を駆ける士郎とセイバーが、青と赤の線を描いていく。
森の中を漂う朝霧を切り裂くように走る士郎たちは、森の中ぽっかりと広場のように開けた場所に出ると下生えを抉りながら立ち止まった。
前を走っていた士郎は、背後に立つセイバーに向かって漂う朝霧を纏うようにゆっくりと振り返る。
士郎の前に立つセイバーの右手には、既に抜き放っていたデュランダルが朝露に濡れていた。
互いに向かい合う士郎とセイバー。
互いに手に持った剣を構え、二人は十メートルの間合いを挟み睨み合う。
士郎が握るは白と黒の夫婦剣―――干将莫耶。
セイバーが構えるは十字架に似た長剣―――デュランダル。
「―――さて、やるとするか」
「ええ、全力でお願いします」
示し合わせたかのように、同時に腰を落とす士郎とセイバー。
互いの身体が深く沈み、地を踏む足が下生えを深く沈める。
「負けても言い訳はなしだぞ」
「それはこちらのセリフです」
互いの顔に不敵な笑みを浮かべ。
大地を蹴る。
爆発音と共に抉れた下生えが空高く舞い上がり。
白く煙る森の中。
青と赤の光が駆け。
―――オオオオオオォォォォァアァアッ!!―――
―――ッッアアアアァァッ!!―――
森の中に破壊音が響き渡った。
……尋問会へと様変わりした朝食会は、目を覚ました子供たちの教育上にすこぶる悪いということで中途半端なところで中止となった。その後も事あるごとにルイズたちからセイバーやティファニアとの関係を問い詰められる士郎だったが、その度に半死半生になりながらも切り抜けていく。何度となく行われる命懸けの交渉劇。日が落ちる頃には、何とか完全な納得はしてもらえなかったが、士郎の説得? が通じたのか、拷問混じりの尋問はされなくなった。
だが、だからと言って士郎の受難が終わったという理由ではなかった。落ち着きを取り戻した(ように見えた)ルイズたちが次に行動に移したのは学園への帰還であった。学園に帰ること自体は、元々士郎も戻るつもりであり、特に反対という訳ではないが。
問題は時間であった。
家の外はずいぶん前に日が落ちきり、今や空には煌々と輝く双つの月の姿。
流石に夜も遅いということで、士郎は反対したのだが、ルイズたちは強固に今すぐ出ると言い出す始末。
夜の森は危ないと士郎は説得するのだが、セイバーとの関係を怪しむルイズやシエスタはそれでも強固に帰ることを主張。色々と経験豊富なロングビルとキュルケはどちらでもいいと表面上は落ち着きを見せてはいたが、その目はルイズたちと同じように出来れば直ぐに帰りたいと主張していた。経験豊富故か、セイバーとティファニアの危険性を敏感に感じていたのだろう。特にティファニアの攻撃力は、一緒に暮らしていたロングビルには痛い程理解しており。キュルケは似たような武器を持っているためか、その危険性を特に深く理解していたのだ。そのため、出来るだけ早くこの場から離れようとしていたのだが、その主張は第三者からの言葉によって止められることになった。
その第三者とは、トリステイン王国の女王陛下から直々に士郎の捜索を命じられたアニエスであった。
「目的の士郎はここにいるわけだから、そんなに急いで帰る必要はないだろう」とのアニエスの何の打算も裏もないその正論は、打算も裏もありまくりなルイズたちの主張を打ち砕き。結局血のにじむような(士郎だけ)の話し合いの結果、学園への帰還は二日後となった。
「ふぅん、で、朝からそんなにぼろぼろなのは、アルトと修行をしていたから―――と」
今、士郎の目の前には腰に両手を当てたルイズが額に血管を浮かべながら笑みを浮かべている。
笑いながら怒るという、士郎に関わった女性が知らないうちに手に入れ磨き上げるようになるスキルのレベルを、ルイズは順調に上げているようだ。ニコニコと擬音が付きそうなほどの笑みを浮かべたルイズが、じりっと士郎ににじり寄る。
激しくこの場から逃げ出したい欲求に駆られる士郎だったが、俺は何も悪いことはしていないはずだと思い直しグッとその場に踏み留まると、毅然とした口調で答えた。
「あ、ああ。何か悪かったか?」
―――微かに震えていたが。
「別に悪くはないけど……ただ、朝起きたらシロウがいなくて怖かったのよ……」
「―――ルイズ」
悲しげな色に染まる瞳をそっと伏せるルイズの様子に、士郎は思わず手を伸ばし。
「わたしたちが寝ている間にシロウを連れ出すなんて、やっぱり妥協するんじゃなかったわね。そうよ、今晩こそ一緒の部屋で―――」
「―――勘弁してくれ」
力なく垂れ下がった。
学園への帰還が二日後と決まり、昨夜の騒動はそこで終了となった―――訳ではなかった。学園への帰還が二日後と決まると、今度は新たな問題が発生した。その問題とは、士郎は何処で寝るかと言うことであった。今まで士郎は、空いていた部屋の一室を借りていたのだが、急に四人もの成人女性が現れたことから部屋の数が足りなくなったのだ。
具体的には一部屋。
そこで問題になったのが、士郎は何処で寝るかという問題であった。
ルイズ、シエスタ、キュルケ、ロングビル、セイバーは互いに自分が一緒に寝ると主張。
巻き込まれる事を恐れたアニエスは、沈む船から逃げ出す鼠もかくやという動きで一目散にその場から逃走。
ティファニアも同じく「子供たちが……」等と呟きながら早々にその場から離脱した。
残されたルイズたちは互いに一歩も譲らず、あわや流血沙汰になりかけたが、結局誰も士郎と一緒に寝ないと言うことで決着がつくことになった。
勿論士郎の意思など聞かれもせずに。
一言も発言することさえ許されなかった士郎は、強制的に一人外で寝ることを決められると、ただ一言「なんでさ」と呟くと粛々とその結果に従いその日の夜は外で一晩過ごすことになった。
色々なことで言い争いを始める(主に士郎が原因で)ルイズたちであったが、実のところ、セイバーとの関係はそれ程悪いとは言えなかった。
「喧嘩する程仲が良い」と言う訳ではないが、昨夜の争いが甲を制したのか、ルイズたちとセイバーの関係は良好と言っても良い。ルイズたちはセイバーの事をティファニアが呼ぶようにアルトと呼び。セイバーもルイズたちのことをそれぞれ名前で呼ぶようになった。
それはそれとして、実は昨日からルイズが少しことである。離れていた分だけ傍にいたいのか、昨日からずっとルイズは士郎の近くにいるようになったのだが、同じく執着も強くなったようで、セイバーとの朝稽古を知ると今朝のように理不尽な怒りを見せるようになった。最初士郎は、時間が経てば落ち着くだろうと考えていたのだが、結果それは甘い考えであったと判明することになる。
セイバーとの朝稽古に怒りを露わにしたルイズは、それからと言うもののまるで小判鮫のように士郎に張り付くようになったのだ。
そして今、士郎はそんなルイズをカルガモの子供のように後ろに引き連れ、昨日セイバーを宥める為に使用した食料を少しでも取り戻すため、ティファニアと共に森の中食料集めに従事していた。
三人はそれぞれ背中に大きな籠を背負っており。特に士郎が背負う籠は、小柄なルイズなら三人は詰め込めることが出来そうな程の大きさであった。
「これが桃りんごか、見た目はりんごだが、桃のように柔らかいとは何とも不思議な感じがするな」
「丁度これが熟れ頃で良かったわ。これだけあれば、昨日のアルトが食べた分を何とか取り戻すことが出来そう」
「と言うか、これ全部採るつもりなの?」
目の前にある桃りんごが生っている木々をぐるりと見回したルイズがポツリと呟く。
ルイズの前には、丸々と育った熟れた桃りんごが数え切れないほど生った木々の姿があった。一つの木に、少なくとも数十はあるだろう桃りんごの姿に、背中に背負った籠の肩掛けがズルリと滑る。ここまで歩いてきた疲労からくるものではない汗を額に滲ませたルイズが、恐る恐るとティファニアに顔を向ける。
「勿論よっ! そうじゃないと食料の備蓄がもう足りないんですっ! まだ小さかったり青かったり、逆に熟れ過ぎだったりするのはそのままにしておくけど、基本全部採るつもりです。桃りんごはちゃんと手を加えれば日持ちするんですよ。マチルダ姉さんが生活費をくれましたから、次に商人さんが来るまで何とか持つと……多分……きっと……出来れば……あれ? 無理かな?」
頭に被った大きな帽子ごと頭を抱えたティファニアが、段々と小さくなっていく姿を見た士郎は土下座をする勢いで頭を下げた。
「セイバーが迷惑を掛けて本当に済まない」
「え、あ、そ、そんなっ! 気にしなくていいですよ! 色々とアルトには助けてもらっていますし……仕事の量と食べる量の釣り合いが取れてない気がしますけど……」
最後のぼそりと小さな声で呟いた言葉が耳に入った士郎は、下げた頭をますます下げると、膝を曲げて額を地に付けて土下座をする。
「本っ当にすまないっ!」
「そ、そんなっ止めて下さいっ! 大丈夫ですから! 分かってますから、アルトに悪気があるわけじゃないってことぐらい……でも、それだから注意もしにくくて……」
「ははは……」と肩を落としながら笑うティファニアの姿に、ルイズが桃りんごよりも柔らかそうな自分の頬に指を当てると首を傾げてみせる。
「アルトの食べる量が多いっていうなら、出す料理の量を少なくしたらいいじゃない」
何でそんなに悩んでるのよと気楽な様子でルイズが話しかけると、ティファニアはゆっくりと幽鬼のように顔を上げ首を左右に振った。
「……それが出来ないの……」
「で、出来ない?」
震える声で泣き出す直前の濡れたような声を漏らすティファニア。
予想外の反応に反射的に問うルイズに対し、
「怖いの……」
「怖い?」
これもまた、予想外の答えが返ってきた。
首を傾げるルイズに対し、怪談を話すようにティファニアはぽつりぽつりと語りだす。
「そう、怖いのよ……お腹が空かせたアルトは……。実はね、シロウさんたちが来る少し前に、同じように食料の備蓄が底を尽きかけたことがあったのよ。……あの時のアルトはずっとピリピリしてて、とっても怖くて……でも……だからって、まさかあんなことになるなんて……」
思い出したくないとでも言うように、顔を両手で覆うティファニア。その身体は恐怖からか、微かに震えている。
恐怖に身を震わせているティファニアの姿を見るルイズの喉がゴクリと鳴り、恐怖が伝染したかのように背筋に悪寒が走った。
「あ、あんなことって?」
震える声で問いかけると、ティファニアは顔を覆った手の指の隙間から乾いた笑みをルイズに向けた。
「……その時の食料が尽きかけた理由なんだけど……何時も食料を持ってきてくれる商人さんが利用する道にオーク鬼が出るようになったからなの。それをたまたまこの村に立ち寄った旅人から聞いたアルトが『オーク鬼とは何ですか?』って聞いたきたのよ。……わたし……特に考えもせず『豚を二足歩行させた感じよ』って言ったの……そしたらアルト……あっと言う間に荷台を引きながら村を飛び出していってね……その時は商人が来ないことを知って、森の中に食料を獲りに行ったんだと思ったんだけど……」
「ど、どうしたのよ?」
「……まさか」
両手で顔を覆ったティファニアに浮かぶ乾いた笑みが、その時のことを思い出したのかピタリと凍りついたように固まった。同じく表情を固まらせたルイズが続きを促すと、ルイズの背後で話しを聞いていた士郎は、何となく続きを予想出来たのか頭痛を堪えるかのように頭に手を当て天を仰いだ。
「日が落ちる頃にアルトは帰ってきたわ……ずるずると……巨大な物体を高く積み上げた荷台を引きながら」
「巨大な物体? ……その荷台には何が乗っていたの?」
ゴクリとルイズの喉が鳴る。
もしかしたらという考えと、いやいやまさかと言う思いがせめぎ合うルイズの全身から嫌な汗が吹き出た。
「荷台に乗っていたのは……十体のオーク鬼だったわ。あの華奢な身体でオーク鬼を十体載せた荷台を引いて戻ってきたアルトが、わたしに向かって言うのよ。満面の笑顔で―――『今日は焼肉ですね』って」
「……はは……」
その時の恐怖を思い出したのか、ガタガタと震える身体を抱きしめながら、ティファニアは涙で滲む目で強ばった顔の口の端から空気が抜けるような笑いをするルイズを見る。
「断れる訳ないですよ。でも、流石にそんなものを子供たちに食べさせる事なんか出来ないから。食べたのはアルトだけだっただけど……」
「まさかあれを食べたなんて……信じられない」
「流石はセイバー……と言っていいのやら……」
確かに見た目は豚を二足歩行させたようにも見えなくもないが、だからといって、食べる気が起きる気がするかどうかと問われれば、誰もが間髪入れず『無理』だと言うだろう。
過去色々とゲテモノを食したことがある(強制的に)士郎であっても、流石に食べる気にはなれない。
あまりのことに頭を抱えていると、サラサラと絹糸が揺れるような音が士郎の耳に入る。音に誘われるように士郎が顔を上げると、そこには恐怖に顔を強ばらせたティファニアが首を横に降っていた。
「……でも、一番恐ろしかったのは、一体約百四十リーブルはあるオーク鬼が十体いても……一ヶ月ももたなかったことでした」
「バラしても二トンはあると思うんだが……昔から思っていたが、一体どんな胃袋をしているんだ?」
「……ありえないでしょ」
「一人でもくもくと焼いては食べるを繰り返していたアルトを見ていると、食料の備蓄がなくなったら、自分も食べられてしまうじゃないかなんて馬鹿な考えが浮かんできて……あはは……そんなことあるわけないんですけどね」
「あはは」と冗談っぽく笑うティファニアだが、その目に宿る恐怖は真に迫っていた。
ルイズは圧倒されて何も言えず固まっている。
気が付くと、士郎は笑うティファニアの頭の上に手を伸ばしていた。頭の上に置いた手でぽんぽんと優しく叩くと、顔を上げたティファニア小さく頷いて見せ、二人は共に苦労を分かち合ったものだけが浮かべられる独特の笑みを口元に浮かべた。
力なく頷き合った二人は、それから黙って粛々と背中に背負った籠の中に桃りんごを入れていく。ティファニアが語った本当にあった怖い話を聞いたルイズも、青い顔をしながら黙って士郎から渡された桃りんごを背中に背負った籠の中に入れるという作業を続けている。
桃りんご狩りを始めて一時間程経つと、背中に背負った籠の中も一杯になり始めた。
士郎がもうそろそろ止めるとしようかと、腰を伸ばしながら何気なく周りを見回し、
「ッッ!!?」
巨大な桃りんごが揺れる姿を目にした。
「んしょっ! んっ! ぅう! んっうっ!」
妙に艶がある掛け声を上げながらぴょんこぴょんこと飛び跳ねているティファニアの姿が士郎の視界一杯に映った。まるでズーム機能があるかのように、飛び跳ねるティファニアの身体の一部が士郎の視界一杯に広がる。
「っく、ぅあ、ぅんっ」
必死に腕を上に伸ばして、何度も地を蹴り飛び跳ねているティファニアの視線の先には、ジャンプしてぎりぎり届くか届かないかの高さに生る大きく熟れ頃の桃りんごの姿があった。
ぷるぷると必死に伸ばした指先を震わせながら、何度もティファニアがジャンプする度に、もう一つ(二つ?)の熟れ頃の桃りんごが盛大に揺れている。
「あんっ、もうっ、なん、で、あと、もう、すこ、し、いけ、そう、っ、なん、で、だめ、なのっ?」
空を仰ぎ飛び跳ねるティファニアの顔の下で今日(歴代)一番の大きさを誇る桃りんごが揺れる度に、士郎の顔がその揺れに同期するように上下する。
「っく、あと、もう……少しっ!」
「あ、テファ、それは俺が―――」
指先をピンッと伸ばし、ぷるぷると身体を震わせながら爪先立ちするティファニアの姿を見て、ハッと意識を取り戻した士郎が、自分が代わりに採ろうと近付いた瞬間、
「えいっ! あっ、やった……あれ?」
「テファっ!」
爪先立ちの状態からジャンプしたティファニアの指先が桃りんごを掴み取った。
苦労の末桃りんごを手にしたティファニアの顔に喜色が浮かんだが、それは着地に失敗したことで驚きに変わる。
着地に失敗し、ゆっくりと地面に向かって倒れ込み始めるティファニアに向かって近づく士郎。
士郎とティファニアの距離は微妙に遠く。士郎の足であっても間に合うかどうかはギリギリの距離であった。
ティファニアを支えようと伸ばされる士郎の両腕。
「あ、れ?」
「……あ……やば」
地面に転がる硬い感触を覚悟し目を閉じたティファニアだったが、何時まで経っても訪れない硬く冷たい感触に戸惑いながらも、代わりに胸に感じる何やら力強い感触を確かめるためゆっくりと瞼を開くと。
「あ~……その」
「え? あ……あえ?」
そこには必死に伸ばされた士郎の両腕が、まるで図ったかのようにティファニアの巨大な桃りんごをしっかりと掴んでいる姿が。
自分の胸を掴む腕に沿って顔を上げたティファニアの目と、誤魔化すように苦笑いを浮かべる士郎の目が重なり。
「今日一番の大物だ……な?」
「ははっ」と爽やかに笑いコテリと小首を傾げる士郎。
「っき―――」
大きく口を開いたティファニアの顔がタコのように一瞬で赤く染まり、
「……きゅう」
瞳の焦点が揺れたかと思うと、ガクリと膝を崩し士郎に向かって倒れ込んだ。
「お、おいっ」
「……ひ……あう」
手に感じる重みが増えたことで、ティファニアが気絶したことに気付いた士郎は、胸を掴んでいた手を離すと倒れかかってきた身体を抱きとめた。
「お、おい大丈夫か? しっかりしろ、大丈夫だ傷は浅いぞっ!?」
突然のことで混乱する士郎が意味不明な事を抱きとめたティファニアに向け訴えていたが、
―――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ―――
「っ!!?」
背筋が粟立つ感覚に恐る恐ると振り返ると、そこに……
「る、いず?」
修羅がいた。
―――オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド―――
律儀に桃りんごが入った籠を地面に置いて身軽になった身体で、ルイズは杖を空に掲げて何やら呪文を唱えている。
釣り上がった血走った瞳と血のように濡れた紅に染まった口内。
その顔はまさに修羅。
―――べオーズス・ユル・スヴュルエル・カノ・オシェラ―――
長々と呪文を詠唱しながら、ゆらゆらと身体を揺らし迫るルイズ。
『虚無』の威力は詠唱の時間に比例すると言うが、それなら先程から延々と呪文を唱えているルイズがこれから放つだろう魔法の威力の強さは……。
士郎はふっと悟りを開いた高僧のような笑みを浮かべると、気絶したティファニアをそっと地面に寝かせくるりとルイズに背中を向け、
「先に帰るっ!」
駆け出した。
が、走り出した足は直ぐに止まることになった。
原因は士郎の前に立ち塞がる。
「……何時の間に」
ロングビルたちの姿。
「なにテファを置いて逃げようとしているんだい? 全く薄情な男だねぇ」
「桃りんご狩りねぇ……一体どんな桃りんごを採りに来たんだか?」
「大きな桃りんごを掴めて良かったですねシロウさんっ」
「っく……いや、その……だな」
じりっと後ろに下がる士郎の背筋に、再度ゾクリと寒気が走る。
ゆっくりと背後を振り返る士郎の目に、杖を突きつけるルイズの姿が。
呪文は間もなく唱え終える。
そう判断した士郎は咄嗟にルイズから距離を取ろうと被弾覚悟で立ち塞がるロングビルたちに向かって駆け出そうとしたが、
「ッッ!!?」
その先に、
「ほう、自分から来るとは覚悟を決めましたか」
デュランダルを鞘から引き抜いたセイバーの姿があった。
このまま飛び出せば確実に斬られる。
士郎は地を蹴ろうとした足を無理矢理押さえ込む。
何とか飛び出すのは防げたが、ピンチなのは変わらない。
前門の虎と後門の狼。
立ち止まった士郎がだらだらと脂汗が流れる顔で、迫る虎と狼を交互に見返す。
士郎の脳裏にこれまでの人生が刹那の内に流れる。
―――人……それを走馬灯と呼ぶ。
ここで一つ話をしよう。
死の間際に見ると言われる走馬灯は、一説には迫る死の危険を回避するため、脳が過去に経験したことからその方法を探す際に流れるというものであるという。
そして今、走馬灯が流れきった士郎の目に、迫る脅威の姿が映り。
「―――ふむ」
腕を組み、不敵な笑みを浮かべた士郎は小さく頷くと、晴れ渡る蒼い澄み渡った空を見上げふっと優しく微笑んだ。
雲一つない青い空の下、ウエストウッドの森の中では様々な音が響いていた。
風に揺れる枝葉の音色。
心地よい小鳥たちの歌声。
涼やかに流れる川の音。
木々が微塵に砕ける音と魂消る悲鳴。
……今日もウエストウッドの森は賑やかであった。
もうもうと立ち上る土煙の発生源に転がるそれは、何やらぴくぴくと動いていた。
所々黒く焦げているそれには、何やら手足のようなものがついている。
どうやらそれは、人間のようだ。
白い髪を泥と焦げで斑に染めたそれは、仰向けに地面に寝転がりながら焦点が合っていない眼で未だ土煙で煙る空を見上げている。
壊れた人形のように地面に転がる士郎の周りには、四人の少女の姿があった。
身体から煙を上げている士郎を見下ろしながら、四人の少女はぶつくさと文句を口にしていた。
「やっぱりシロウから目を離しちゃ駄目だね」
「はっはっ、はっ……っもうっ! そんなに大きな胸がいいの! っくの、くのっ!」
「こらこら蹴らない蹴らない。でもまさかとは思ったけど、こんな早朝からそんなことするなんて……あたしに言ってくれれば喜んで受け入れるっていうのに」
「全くその通りです。こちらは何時でも歓迎だって言うのに」
「嫌な予感が当たりました。いくら魅力的だとは言え、桃りんご狩りと称してテファのむ、む、胸を揉みしだくとはっ!」
「「「「アリエナイワ~、ホントアリエナイワ~」」」」
顔を真っ赤にしたセイバーが鼻息荒く怒りを露わにしている周りで、士郎を囲むルイズたちは腕を組み顔を横に振っていると、背後から土を踏む音が響いた。
「え、あ、な、何が起きたの?」
煙る中でも涼やかなその声の主は、士郎から桃りんご狩りと称して胸を揉みしだかれていた被害者であるティファニアであった。
ルイズたちは被害者たるティファニアにも、この変態にお仕置きをさせようと振り返ると、
「「「は?」」」
「っ!? ちょ、テファッ!?」
「ティファニアッ!? 駄目ですっ!?」
「え? な、何? どうしたの?」
振り返ったルイズとキュルケ、そしてシエスタは、目と口を全力で開いた間抜けな顔を晒し。
ロングビルは首と両手を激しく振って何やら訴え。
セイバーは厳しい声でティファニアを制した。
ルイズたちの反応に驚いたティファニアが足を止め、おどおどと怯え始めた。
ルイズたちは顔を険しくすると、じりっと後ろに下がる。
状況が全く分からないティファニアが、不安に揺れる目をロングビルたちに向けると、そこには必死に頭を指差すセイバーとロングビルの姿が。
ティファニアは最初その行動の意味が分からず小首を傾げたが、警戒するような目で自分を見るルイズたちの姿に、ハッと何かを思い至り頭に手をやる。
「あ……帽子が」
頭に伸ばした手に、あるはずの感覚がない。
あるはずの感覚……帽子の感触が。
どうやらルイズの魔法による爆発で発生した爆風によって、帽子が吹き飛んでしまったようだった。
つまり、
「あなた……まさか」
隠していたものが露わになっているということで……そう、
「―――エルフ」
エルフの証たる……長い耳の姿が。
後書き
魅惑の実……グラム一体いくらするんだが……。
感想ご指摘お待ちしております。
ページ上へ戻る