戦国異伝
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第百三十一話 二人の律儀者その六
「それが落ちていたので直しておりました」
「それで遅れたか。しかし川なら泳いで渡れよう」
「我等はいいのですが」
「民か」
「はい、彼等のことを考えまして」
それでだというのだ。
「橋を直しておりました」
「それで遅れたか」
「左様です。申し訳ありません」
「そうか、わかった」
信長は遅参の理由を聞いて納得した、そのうえで家康に対してその微笑みでこんなことを言ったのである。
「御主らしいわ」
「それがしらしいですか」
「律儀じゃのう、遅参の理由も話すとはな」
誤魔化してもよかったがあえてそうしたところがというのだ。
「それが御主らしいわ」
「それがしは律儀でありますか」
「しかも民達の為に橋を架けたではないか」
このことも評価しての言葉だった。
「それもあれか」
「はい、民には若し今ある橋や堤が壊れれば何時如何なる時でもすぐに直すことを約束しましたので」
「約束だからか」
「約束は守るものです」
絶対に、というのだ。
「ですから」
「民に対しても律儀じゃな」
「約束は守らねばなりませんので」
民達に対してもだというのだ。
「そう考えていますので」
「そうじゃな、わしもかくあらねばな」
「信長殿も律儀だと思いますが」
「ははは、そうした言葉ははじめて聞いたわ」
「そうなのですか」
「わしは律儀ではない」
少なくとも自分でそのつもりはない、信長は自分を律儀者とは思っていないのだ。少なくとも家康や長政と比べて。
「約束を必ず守るかというとな」
「そうではありませんか」
「御主程ではない」
とてもだというのだ。
「見習わねばな」
「いや、それがしを見守るなどとは」
家康もそう言われれば謙遜する、そしてだった。
その謙遜と共にこう言ったのである。
「あまりそうしたことは」
「駄目か」
「恥ずかしいので」
「何と、見習われるのは恥ずかしいですか」
「そうです、どうも」
実際に顔を赤らめさせて返す。
「家臣達に言われてもそうですが」
「殿、そうしてはにかまれるのは」
「我等も心から思っていることなので」
黄色の具足の者達が言って来る。
「恥ずかしく思われては我等も困ります」
「我等は殿の家臣ですから」
「しかしわしはそれ程立派な者ではないぞ」
やはり自分ではこう言う家康だった、それも気恥かしそうに。
「それでもよいのか」
「はい、我等は殿の臣です」
「ですから」
「相変わらずよい家臣達じゃな」
今度は温かい目でいう信長だった。
「果報じゃな」
「有り難うございます」
「今度も頼りにさせてもらう」
信長はこうも言った。
「徳川の力をな」
「それで宜しいでしょうか」
ここで酒井が信長に言って来た、言わずと知れた徳川の家臣の中でも随一の者である。
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