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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第一章 土くれのフーケ
  第十一話 エミヤシロウという男

 翌朝……。
 トリステイン魔法学院では、昨夜からの蜂の巣をつついた騒ぎが続いていた。
 何せ、秘宝の「破壊の杖」が盗まれたのだ。
 それも、巨大なゴーレムが壁を破壊するといった大胆な方法で。
 今、宝物庫の前には、学園の教師が集まり、壁に空いた大きな穴を見て口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。
 彼らの視線の先にある壁には、『土くれ』のフーケの犯行声明が刻まれている。

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 それを見た教師たちは、オスマン氏が来る前に責任の所在を明らかにするため、昨晩の当直であるミセス・シュヴルーズを問い詰め始めた。

「ミセス・シュヴルーズ! 昨晩の当直は確かあなただったはずっ! それがこんな事になるとは、まさか、当直をサボっていた訳ではないでしょうね!」

 殺気立った教師たちに詰め寄られたミセス・シュヴルーズは震え上がった。
 なにせまさか魔法学院を襲う盗賊がいるなどとは夢にも思わなかったため、昨晩の当直はサボって、自室で寝ていたのだ。
 言い訳できようはずもなく、一体これからどうなるのか不安に襲われたミセス・シュヴルーズはボロボロと泣き出してしまう。

「も、申し訳ありません」
「泣いたって、お宝は戻っては来ないのですぞ! それともあなた、“破戒の杖”の弁償ができるのですかな!」
「わたくし、家を建てたばかりで……」

 ミセス・シュヴルーズは、よよよと床に崩れ落ちた。弱った獲物に止めを刺さんとばかりに、周囲を取り囲む教師たちがにじり寄ろうとしたその時、オスマン氏が姿を現した。

「これこれ。女性を苛めるものではない」

 ミセス・シュヴルーズを問い詰めていた教師が、振り返ってオスマン氏に訴える。

「しかしですな! オールド・オスマン! ミセス・シュヴルーズは当直なのに、自室で寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」

 オスマン氏は長い口ひげをしごきながら、口から唾を飛ばして興奮するその教師を見つめた。

「フゥ、いいかねミスタ……キョニュー?」
「誰が巨乳ですか!」
「いや、すまんすまん、ミスタ……ビニュー?」
「一言も合ってねぇっ!」
「ふむ、では。貧乳だったかの?」
「明らかに違うだろっ! 何ですか!? いくらなんでもあり得ねぇだろっ! わ・た・し・は、ギトーです!」
「すまん、かみまじた」
「あり得ねぇだろオぉぉがっ! そんな噛み間違いっ!」

 頭を抱え唸りながら身を捩るギトーを横目に、オスマン氏は教師陣を見渡した。

「皆に聞くが、この中に、まともに当直をしたことのある教師は何人おられるのかな?」

 なっ、流しやがったこいつ―――ッ?!

 唸りながら身を捩っているギトーを華麗にスルーしながらオスマン氏は話しを続ける。

「ほとんどおらんじゃろう。もし、責任があるとするのなら我々全員じゃ。この中の誰もが、まさか、この魔法学院が賊に襲われるなどと夢にも思わずにおったじゃろう。しかし、それは間違いじゃったみたいじゃの」

 オスマン氏は、壁に空いた穴を見つめた。

「このとおり、賊は大胆にも忍び込み、“破壊の杖”を奪っていきおった。つまり、我々は油断していたのじゃ。責任があるとするなら、わしら全員にあると言わねばなるまい」

 ミセス・シュヴルーズは、感激してオスマン氏に抱きついた。

「おお、オールド・オスマン、あなたの慈悲のお心に感謝いたします! わたくはあなたをこれから父と呼ぶことにいたします!」

 オスマン氏はそんなシュヴルーズの尻を撫でた。 

「ええのじゃ。ええのよ。ミセス……」 
「わたくしのお尻でよかったら! そりゃもう! いくらでも! はい!」
「むふふ……たまには熟女も良いかものお」
「だれが熟女ですかっ!」
「ごっふっ!」

 オスマン氏がシュヴルーズの尻を撫でながらつぶやいた言葉に、いきなり激高したシュヴルーズはオスマン氏にボディブローを打ち込んだ。

 えっ? ええっ―――っッ?!

「ぐ、ぐふ、い、いや……鳩尾はしゃ、洒落にならんぞ……」
「オールド・オスマンっ! わたくしはまだまだ若いですっ!」  

 ええ―――!?

「ぐ、ぐぐっ。っっぅ……そ、それで、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

 オスマン氏はおなかを押さえながら尋ねた。

「この三人です」

 コルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控えていた三人を指差した。
 ルイズにキュルケ、そしてタバサの三人である。士郎もそばにいたが、使い魔なので数には入っていない。

「ふむ……君たちか」

 オスマン氏は鋭い目で士郎を見つめた。士郎は、その視線に対して、肩をすくめてみせた。
 
「詳しく説明したまえ」
 
 ルイズが進み出て、見たままを述べた。

「えっと、丁度この辺りを、その……さ、散歩していたんですが、その時大きなゴーレムが現われて、ここの壁を壊したんです。そして……たぶん、フーケだと思いますが、この宝物庫の中から“破壊の杖”を盗み出した後、フーケはゴーレムの肩に乗りました。その後、ゴーレムは城壁を超えて歩きだして、最後には崩れて、土になりました」
「それで?」
「慌てて追いかけましたが……フーケと思われる人物は、影も形もありませんでした」
「ふむ、手がかり無しというわけか……」
 
 それからオスマン氏は、打たれた腹を撫でながら、そこでハタと気付いた様子でコルベールに尋ねた。

「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその……朝から姿が見えませんで」
 
 コルベールの応えを聞き、オスマン氏は眉根を寄せた。
 
「そうか……変えることは、できなんじゃったか……」
「どうしましたか? オールド・オスマン?」

 急に気落ちした様になったオスマン氏に不思議そうに尋ねると、オスマン氏は軽く顔を振り何時も通りの様子を見せる。

「いや……なんでもない。それより、ミス・ロングビルはこの非常時にどこに行ったのじゃろうかの?」
「ええ、確かに。何時もなら真っ先に来ている筈なんですが」

 二人して腕を組みロングビルの所在について考えていると、噂をすれば影との言葉通り、ミス・ロングビルが現われた。

「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか? 大変なんですよ! 事件です!」

 息せき切って現れたロングビルに向かって、興奮した調子のコルベールがまくし立てる。しかし、ミス・ロングビルは胸に手を当て呼吸を落ち着かせると、落ち着き払った態度でオスマン氏に告げた。
 ―――目の前のコルベールを無視して。

「申し訳ありません。朝から急いで調査をしておりましたので」
「調査?」 
「そうですわ。今朝起きたら大騒ぎじゃありませんか。聞けば、宝物庫から“破壊の杖”が盗まれたと。壁にフーケのサインがありましたので、これは今、国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業だと直ぐにわかりましたので、すぐに調査を行っておりました」

 丁寧に今まで何をしていたか説明をするロングビル。その時、話を聞くオスマン氏とルイズたちの背後に控えていた士郎の鋭い視線がロングビルに向けられる。 

「ふむ、何時もながら仕事が早いの。ミス・ロングビル」

 一人無視される形になっていたコルベールが、気を取り直した風に慌てた調子で調査結果について問いただす。

「それで? 結果はどうでした? 何かわかりましたか?」  
「はい。フーケの居所がわかりました」
「な、なんですと?」
 
 コルベールが、素っ頓狂な声をあげた。
 
「どうしてわかったのじゃ?」
「はい。近所の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。おそらく、そのローブを被った男がフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと」

 それを聞いたルイズが叫んだ。

「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」

 オスマン氏は視線を下に向けると、数瞬考え込んだ様子を見せた後、ミス・ロングビルに尋ねた。

「ふむ……それで、そこは近いのかね?」
「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか」

 それを聞いたオスマン氏と士郎は、同時に微かにため息を吐いた。
 一気に事件解決の糸口が見えたことに、コルベールは興奮した様子で叫んだ。
 
「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」

 コルベールの言葉に、オスマン氏は慌てて首を振ると目をむき、年寄りとは思えぬ怒鳴り声を上げた。

「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! それに、身に振りかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれた! これは魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」
 
 フンッ、と荒く鼻を鳴らしたオスマン氏の姿に、ロングビルは周りに気付かれない程度に小さく微笑を浮かべた。まるで、この答えを待っていたかのように。
 それを横目で見たオスマン氏は咳払いをすると、有志を募った。

「では、捜査隊を編成する。我と思う者は杖を掲げよ」

 しかし、オスマン氏の言葉に誰も杖を掲げない。困ったように、互いの顔を見合すだけだ。
 
「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」

 オスマン氏が声を上げる中、ずっと俯いていたルイズだったが、不意に顔を上げるとすっと杖を顔の前に掲げた。

「ミス・ヴァリエール?!」

 シュヴルーズが驚いた声をあげた。

「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」
「ならどうして誰も揚げないんですか!」
 
 ルイズはきっと唇を強く結んで言い放つ。唇を軽くへの字に曲げ、真剣な目をしたルイズは凛々しく、美しかった。
 それまで黙って事態の推移を見ていた士郎は、ルイズのその様子を眩しげに眼を細めて見た後声を上げた。

「ルイズが行くというなら、俺も行かなければな」
「シロウ」
 
 士郎の言葉を聞き、ルイズの嬉しげな声を上げる。
 見つめ合う二人の様子を見たキュルケが、負けじと勢いよく杖を掲げた。
 それを見たコルベールがシュヴルーズと同じく驚いた声をあげた。

「ツェルプストー! 君は生徒じゃないか!」

 キュルケは興奮した様子で言った。

「ふんっ! ヴァリエールには負けられませんわ!」
 
 キュルケが杖を掲げるのを見たタバサも、ゆっくりとした動作で杖を掲げた。

「タバサ。あんたはいいのよ。関係ないんだから」

 キュルケがそう言うと、タバサは短く答えた。

「心配」

 キュルケは感動した面持ちで、タバサを見つめた。ルイズも嬉しげな表情でお礼を言った。

「ありがとう、ミス・タバサ」
「タバサでいい」
「えっ、ええ! ありがとう! タバサ!」

 そんな三人の様子を微笑ましげに見ていたオスマン氏が、口元に笑みを浮かべた。
 そのまま横目で士郎をチラリと見たオスマン氏は、視線に気付いた士郎が微かに頷いたのを確認し口を開く。

「そうか。では、頼むとしようかの」
「なっ! オールド・オスマン! わたしは反対です! 生徒たちをそんな危険にさらすわけには―――」
「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」
「い、いえ……、わたしは体調がすぐれませんので……」
「彼女たちは、フーケを見ているしの。それに、戦力なら十分じゃ。なにせミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いておるしの」

 オスマン氏の言葉に、どよめきと共に教師たちの視線が一斉にタバサに向けられる。同時に十数人の視線を受けながらも、タバサは返事もせずに、ボケっとした様子で突っ立っていた。

「本当なの? タバサ」

 オスマン氏の言葉に、教師たちだけでなく、キュルケも驚いていた。
 王室から与えられる爵位としては、最下級の『シュヴァリエ』の称号であるが、タバサの年でそれを与えられるというのが驚きである。領地を買えば手に入る男爵や子爵の爵位とは違い、純粋に業績に対して与えられる爵位……実力の称号なのだ。
 宝物庫の中がざわめく中、オスマン氏はキュルケを見つめた。

「それにミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力と聞いているしの?」

 オスマン氏の紹介に、キュルケは得意げに髪をかきあげた。
 キュルケの次は自分の番だと、ルイズが自分の可愛らしい胸を張ったみせる。得意げに背を伸ばすルイズの姿に、オスマン氏は困ったような顔をした後士郎を見た。
 そして、こほん、と一つ咳をする。

「ふむ、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、しかもその使い魔は―――」
 
 そこまで言うと、オスマン氏は意地の悪い顔をして、士郎を見て続きを言った。

「―――平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったなど。その実力は確かなもの」
 
 オスマン氏の言葉に、士郎は苦笑いをしながら肩をすくめた。
 そして、教師たちがすっかり黙ってしまった中、オスマン氏は威厳のある声で言った。
 
「この者たちに勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ!」

 誰も微動だにしないのを確認したオスマン氏は、士郎を含む四人に向き直った。

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する!」
  
 ルイズとキュルケは競い合うように勢いよく、タバサはいつもどうりに冷静に、『杖にかけて!』と唱和した。そして、スカートの裾をつまみ、恭しく礼をした。
 それを見た士郎は、眩しげにその光景を見た後、鋭く光らせた眼で、同じように眩しげにその光景を見ているロングビルを一瞥した。

「それでは馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」
「はい。オールド・オスマン」
「彼女たちを手伝ってくれ」

 ミス・ロングビルは頭を下げた。

「もとよりそのつもりですわ」

 オスマン氏は、ロングビルと共に、馬車に向かう三人の後をついていく士郎に歩み寄り、小声で囁いた。

「ミス・ロングビルの事、頼みますぞ……」
 
 どこか悲しげに、そう呟くオスマン氏に、士郎は微かに笑いながら答えた。

「ああ、任された」





 四人はロングビルを案内役に、屋根なしの荷車のような馬車に乗って、のどかな田舎道を進んでいた。
 御者は士郎がやろうとしたが、ロングビルがそれを断って御者をしている。
 キュルケが黙々と手綱を握るロングビルの背中に話しかけた。

「ミス・ロングビルは手綱の扱いが上手なんですわね」
「ええ、オールド・オスマンの秘書をする前は色々とやっておりましたから」

 その言葉を聞くと、キュルケは疑問の声を上げた。

「えっ? だって、貴方、貴族なんでしょう?」
 
 それにロングビルはにっこりと笑って言った。

「わたくしは貴族の名をなくした者ですから」
 
 それを聞きキュルケはきょとんとした。

「あれ? でも貴方はオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」
「ええ、でも、オールド・オスマンは貴族や平民だということにあまり拘らないお方ですから」
「もし、差し支えなければ、事情をお聞かせ願いたいわ」

 ロングビルはそれに優しい微笑みを浮かべた。それは言いたくないのだろう。
 
「いいじゃないの。教えてくださいな」

 キュルケは興味津々といった顔で、御者台に座ったロングビルににじり寄ったが、ロングビルの隣に座っていた士郎にその頭を押さえられた。

「やめとけ。人の過去を根堀り葉掘り聞くのはな」

 キュルケは一瞬不満そうな顔をしたが、次の瞬間には何を思いつたのか、意地の悪い顔をした。
 その顔を見た士郎は、殆んど条件反射的に嫌な予感を感じた。

「なら、代わりにシロウの過去を聞きたいわね。前から興味があったのよ。ルイズに呼ばれる前の貴方が何をしていたかが」

 キュルケの要求に、士郎は困惑の表情を浮かべる。

「俺の過去など、聞いてて面白いものでもなんでもないぞ」

 苦い顔で言う士郎に、キュルケは普段見せない優しい顔で笑いかけた。

「好きな人の話なら、つまらない話なんてないわよ」

 士郎はため息を吐き、周囲に助けを求めたが、ルイズは興味ありませんっといった顔をしながらも、その目を好奇心に輝かせて耳をそばだてていた。タバサは本から顔を上げずにいるが、その耳をそばだてていた。ロングビルは、矛先が変わったことを喜びながらも、こちらも他と同様興味津々にこちらを見ている。
 逃げ場のない周りの様子に士郎はため息を吐くと、憎らしいほどに澄み渡った青空を仰ぎみると、語り始めた。



「まあ、そうだな……。俺には夢があるんだが、それを叶えるために世界中を廻っていた」
「「どんな夢?」」

 ルイズとキュルケの疑問の声に士郎は簡潔に答えた。

「正義の味方」
「「正義の味方?」」

 ルイズとキュルケは呆れたような顔をした。タバサは読んでいた本を強く握りしめ、ロングビルは一瞬浮かんだ悲しげな表情を隠すように顔を伏せた。
 ルイズたちの返答に苦笑いをした士郎は、それでもまじめに答えた。

「まあ、そんな事を聞けば普通はそうだよな。だが、俺は本当に『正義の味方』になりたい。助けを求める人、死に瀕している人……その全てを救える『正義の味方』にな」

 その真剣な言葉に、からかおうと思っていたキュルケも何も言えず、馬車の中に静寂が広がった。
 しかし、意外な人の言葉でその静寂は破られる。

「―――無理」

 いつの間にか本から顔を上げたタバサが、何時もの無表情ながらにして、真剣な雰囲気を漂わせながら口にした。

「全てを救うなんて無理」

 いつもならぬタバサの態度に、キュルケとルイズは驚いた。
 士郎はタバサの返事に小さく目を見張ると、タバサの言葉に頷く。

「―――ああ、確かにそうだな。そう全てを救うなんて出来るはずがない……十人の人を救うため、一人を見捨てた。百人の人を救うため十人を無視した……全ての人を救うことなんて出来なかった……」
 
 士郎の悲しげな様子に、ルイズたちは顔を伏せたが、タバサだけは真っ直ぐと士郎を見つめていた。

「それでも、あなたは『正義の味方』を目指す?」

 タバサの視線を感じながら、士郎は青空を仰ぎみると、何かを思い出すように目を細める。

「『約束』……だからな」
「「「「『約束?』」」」」

 ルイズたちの疑問の声に、士郎は過去を思い出すように目を閉じた。

義父親(おやじ)との『約束』でな。義父親(おやじ)が死ぬ前に『正義の味方』になれなかったと後悔するように言うのを聞いてな……つい、代わりに俺が『正義の味方』になると、義父親(おやじ)に『約束』をした」
「それが『正義の味方』を目指すのをやめない理由?」

 士郎はタバサの言葉に頷いた。

「ああそうだ。だがまあ、それも理由の一つでしかないが。まあ、結構大きな理由だな。俺にとって、義父親(おやじ)は『正義の味方』みたいなものだったからな。だからか、義父親(おやじ)があんなことを言うのが許せなく……。だから、そんな『約束』をしたんだろうな」
「今も全てを救う『正義の味方』を目指してる?」

 タバサのどこか悲しげな声に、士郎は自嘲気味に笑った。

「まあ……な」
「そう……」
 
 辛そうに士郎を見たタバサは、逃げるように視線を手元の本に移した。
 ルイズとキュルケが、士郎に何か言おうと口を開こうとしたが、それはロングビルの声に遮られた。

「ここから先は、馬車ではいけません」

 馬車をとめながら言うロングビルに、ルイズたちが周囲を見渡すと、いつの間にか馬車は、深い森の中におり、馬車の前には、人が歩ける程度の小道が続いていた。
 ロングビルの言葉に、ルイズは少々不満げな顔をするも、全員が馬車から降りた。

「なんか暗くて怖いわ……いやだ……」

 キュルケが士郎の腕に手を回すと、ルイズは、負けじともう一方の士郎の腕に手をまわした。
 
「何してんのよ! 士郎の邪魔になるでしょ! 離れなさい!」
「何言ってんのよ! あんただってしてんじゃない!」
「わたしは主だからいいのよ!」
「何その理屈! 意味分かんない!」
「うるさいわね! 良いから離れなさい!」

 士郎は両腕を拘束し、大音量で言い争う2人を苦笑いしながら見た後、助けを求めるようにタバサとロングビルを見たが、2人は士郎たちを置いて先に進んでいた。それを見た士郎は、空を覆う森の木の枝を仰ぎながらため息を吐いた。

「なんでさ」

 言い争う2人はさらに激しさを増していく、士郎はそんな2人を引きずるようにして、ロングビルたちのあとを追って行った。

 フーケを捕まえるよりも、二人をとめる方が難しいんじゃないか?

 静かなはずの森の中、静寂を盛大に破壊しているルイズとキュルケを引きずりながら、士郎は真剣にそう思ったのだった。

 



 一行が森の中を暫らく進むと、突然開けた場所に出た。森の中の空き地といった風情である。大体、魔法学院の中庭ぐらいの広さだろうか、その真ん中に話にあった通りの廃屋があった。
 元は木こり小屋だったのだろうか。朽ち果てた炭焼き用らしき窯と、壁板が外れた物置が隣に並んでいた。
 五人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。

「わたくしの聞いた情報ですと、あの中にいるという話です」
 
 ロングビルが廃屋を指差して言った。
 どう見ても人が住んでいるとは到底思えず、また、そんな気配も感じられない。
 ルイズたちがどうするかを相談しようとすると、士郎が声をあげた。
 
「俺が様子を見てくる、皆はここで待っていてくれ」

 その言葉に皆が頷くと、士郎は素早く廃屋に近づいていく。
 士郎が廃屋の窓から中を確認すると、案の定誰もいなかった。
 小屋の中は、一部屋しかないようだった。部屋の真ん中に埃の積もったテーブルと、転がった椅子が見えた。崩れた暖炉も見える。テーブルの上には、酒瓶が転がっていた。
 それを確認した士郎は、小屋の中に入った。

「罠の類もないか……」

 士郎が部屋の中を探索していると、チェストの中からとある“モノ”を見つけた。
 
「ッ!? これは……一体どういう事だ?」
   
 士郎が見つけたのは、過去、士郎も使用した事がある兵器『M七十二ロケットランチャー』であった。
 
 もしや、これが『破壊の杖』なのか? だとしたら、ここに俺たちを連れてきた目的はまさか……。

 士郎が『破壊の杖』を手に持って何やら考えていると、ルイズたちが小屋に入ってきた。

「シロウ、何しているのよ? フーケはいた?」
「っ、ルイズなぜここに来た。待っていろと言ったはずだぞ」
 
 士郎の言葉にばつの悪そうな顔をするも、ルイズは胸を張って応える。
 
「使い魔だけを危険な目に合わせる主じゃないのよっ!」
「いや、そうは言うが……」

 それを聞いて士郎は呆れたような顔になる。しかし、入って来た者の中にロングビルがいないことに気付くと、急に顔色を険しくした。

「え? 何、どうしたのシロウ?」

 急に黙りこんだ士郎を見て、キュルケがルイズの後ろから問いただした。

「ロングビルはどこだ?」
「えっ? ミス・ロングビルは、偵察に行くって、森の中に入っていったけど。それがどうしたの?」

 キュルケの返事を聞くやいなや、士郎は突然声を上げた。

「小屋を出ろっ! 今すぐにっ!」
「えっ? ちょっ、ちょっとシロウ」
「待ちなさいよ、シロウ」
「……」

 突然の命令に口々に文句を言いながらもルイズたちが小屋を出ると、先に小屋を出た士郎がデルフリンガ―を抜き放っているのを見つけた。

「何してるの?」
 
 デルフリンガーを森に向けて構える士郎に、ルイズが訝しげな表情を浮かべながら近づこうとした丁度その時、前触れなく突如森から巨大なゴーレムが姿を現した。

「うそっ!ゴーレムっ!」
「まいったわね、待ち伏せられてた?」
「フーケ」
 
 ルイズたちが口々に何かを言うと、それを合図にしたかのように巨大なゴーレムがこちらに向かって歩きだす。
 士郎がルイズたちに指示を出そうと声を上げようとしたが、それよりも早く、ルイズたちはゴーレムに向かって魔法を放ち始めていた。
 タバサは自分の身長よりも大きな杖を振り、呪文を唱え、巨大な竜巻が舞い上がり、ゴーレムにぶつけたが、ゴーレムはびくともしない。
 キュルケは“ファイヤーボール”をゴーレムに向かって放ったが、炎に包まれようが、ゴーレムは全く意に介さず歩みを止めない。
 ルイズは“ファイヤーボール”の呪文を唱えて、ゴーレムに向かって放ったが、火球は出ずに、ゴーレムのおなか辺りが爆発したぐらいだった。ゴーレムのおなかから、わずかに土がこぼれたぐらいで、ゴーレムは全く気にせず、歩き続けている。
 それを確認したキュルケが叫ぶ。
 
「無理ッ! こんな絶対に無理よっ!」
「退却」

 タバサも同様の提案をする。
 しかし、ただ一人ルイズだけは諦めず、ゴーレムに向かって走り出した。
 それを確認した士郎が、烈風のごとき速さで走りこみ、ルイズの体を抱きかかえた。

「何をやっている! 死ぬ気かっ!」
 
 士郎がルイズに向かって怒鳴ると、ルイズは今まで見たことがない士郎の態度に驚きながらも、目からぼろぼろと涙をこぼしながら訴えた。

「だって……、わたしは貴族だものっ! 魔法が使える者をっ、貴族と呼ぶんじゃないわっ! 敵に後ろを見せない者をっ―――貴族と言うのよっ!!」
 
 鳶色の瞳から涙をぼろぼろと流しながらも、胸を張り訴えるルイズを見て、一瞬呆気に取られた士郎だったが、しかし、すぐに表情を厳しくさせて怒鳴った。

「だがっ、死んだら終わりだっ! 馬鹿がっ!」
 
 すると、ルイズは上げていた顔を伏せ、震える声で言った。
 
「っ……それに、わたしは証明したいの……」
「証明?」

 いきなり顔を伏せたルイズに、訝しげな顔をすると、ルイズは伏せていた顔を勢いよく上げて言った。

「わたしがっ。わたしがシロウの主だって、胸を張って言えるようにっ! シロウの主に相応しいんだってっ! シロウが……」
 
 そこまで言うと、ルイズはその端正な顔をぐしゃぐしゃに歪め、赤く染まった白い頬の上に涙をぼろぼろと流しながらも、士郎を真っ直ぐに見つめ震える声で続きを口にする。
 
「シロウが……シロウがわたしのことを……俺の主だって……胸を張って言えるように……」
「ルイズ……」

 そこまで言うと、ルイズは顔を伏せて、嗚咽を漏らしながら泣き出した。
 そんなルイズを見下ろした士郎は、ルイズの頭に手を置き、優しく撫でながら耳元に囁く。

「十分だ……今のお前の姿だけで、俺は十分に誇れる。お前は最高のマスターだ……」
「ほっ……本当?」
 
 その言葉にルイズはおずおずと顔を上げるのを見て、士郎は優しく笑った。

「ああ、本当だ」

 士郎が頷くのを見たルイズが、胸の内から湧き出てくる感情のまま衝動的に士郎に抱きつこうとしたが、それを防ぐかのように頭上からタバサたちを乗せた風竜が降りてきた。

「はいっ! そこまでっ! 早く乗りなさいっ、逃げるわよっ!」
「乗って!」

 それを聞いた士郎は、どこか不満気な表情を見せるルイズを風竜の上に押し上げた。
 ルイズが風竜の上に乗った事を確認すると、士郎はすぐにタバサに向き直り言った。

「早く行けっ!」
「そんなっ、シロウを置いて行けないわっ!」
「シロウが残るなら、わたしもっ!」

 口々に反論するルイズたちに士郎は言った。

「俺が足止めをしている間に学院から応援を呼べ」
「でもっ!」
 
 それでも、反論するルイズに士郎は笑って言った。

「ルイズ、お前の使い魔は最強だ、俺を信じろ」
「シロウ……」

 士郎の笑いながらも真剣な目を見たルイズは、唇をキュっと締めるとタバサに言った。
 
「タバサっ。学院に向かって」
 
 タバサはルイズの言葉に無言で聞き返すように、ルイズを見つめたが、ルイズが力強く頷くのを確認して、風竜を学院に向けて飛びあらがせた。




 
「相応しい主か……」

 飛び上がって学院に向かって消えていくルイズたちを確認しながら、士郎は先ほどのルイズの言葉を思い出し、口元を微かに笑の形にすると、巨大なゴーレムに向き直った。

「それで……相棒、勝算はあるのかい?」

 それまで全くしゃべらなかったデルフリンガーからの質問に、士郎は平然とした様子で肩を竦ませてみせた。

「まっ、何とかなるだろ」

 そう言うと、ゴーレムに向かって駆け出した。





 ヴァリエールたちは逃げたか……これはどうするかね……。

 森の中、ルイズたちが、風竜の乗って持っていくのを確認したフーケが、これからの事を考えていると。すさまじい音がしたことから、驚いて顔を上げると、そこには信じがたい光景が見えた。



「ハッハーっ! こりゃ驚きだな相棒! お前本当に何者なんだよ!」
「無駄口は叩くな」

 デルフリンガーの驚きの声に淡々と答えた士郎は、デルフリンガ―の柄を握り直すなおす。
 士郎の目の前には、巨大なゴーレムが倒れていた。
 
「いやいや、そう言ってもだな、こりゃ、驚いて声もでるさね、まさか、おいらであの巨大なゴーレムの足を切っちまうなんて」
「来るぞ」

 士郎はデルフリンガ―の声を無視して、切られた足を廻りの土で修復しながら立ち上がるゴーレムに向かって駆け出した。

 ゴーレムの拳がうなりをあげて飛んでくる。拳は途中で鋼鉄の塊に変わっている。
 士郎はそれを剣で受け止めることなく、そらすように剣の腹で滑らすと、逸らされ、地面を叩いた拳に上に飛び上がり、腕を駆け上がったかと思うと、ゴーレムの巨大な頭を切り飛ばした。

「うひょひょー、こりゃすげえ!」

 デルフリンガ―の声を無視して、士郎はゴーレムの拳を巧みによけながら、ゴーレムを何度も切り倒していく。

 あっ……ありえない……。人間にあんなこと。いや、亜人にだって無理だ……いったい、何者なんだいっエミヤシロウっ!

 士郎が十何回目かにゴーレムを切り倒すと、ゴーレムは回復することなく、ただの土くれになってしまった。
 それを確認するも、士郎は油断することなく構えをとかなかったが、数分たっても動かない事を確認すると構えをといた。

「いやーすげえな相棒は! まさか、メイジが魔力切れを起こすまで、ゴーレムを倒し続けるなんざぁ、有り得ねえぜ」
「……」

 構えを解くも、その場から動かない士郎に、デルフリンガ―が声をかけようとすると、森の中からロングビルが現れた。
 ロングビルは士郎に声をかけながら近づいてきた。

「すっ、すごいんですね、ミスタ・シロウは、こんな、巨大な、ゴーレムを、たおす、なんて、」

 息を切らしながら、疲れた調子で近づいてくるロングビルに、士郎は笑いかけることなく、未だ戦闘モードの刃物の如く鋭い視線を向けた。

「ロングビル、今までどこに」
「えっ、ええ。フーケを探しに、森の中を、探していたんですが、ものすごい、音が聞こえて、ここに今さっき、戻って来たんですが」

 ロングビルの言葉に士郎は、口の端を曲げると、ロングビルが先ほどまでいた場所を、顎で指し示す。

「先程まであそこでゴーレムが壊れるごとに呪文を唱えていたの、間違いじゃないか?」
「えっ!」

 驚きの声を上げるロングビルを見て、士郎は決定的な言葉を言った。

「お前がフーケだロングビル」
「なっ、何を」
 
 否定しようとする、ロングビルを遮って士郎は言った。

「おおかた、“破壊の杖”の使い方が分らなかったことから、私たちの誰かにあの『破壊の杖』使わせ、使い方を調べようとしたんだろうが……やり方がまずかったな」
 
 ロングビルは黙っている。それを見て士郎は話を続ける。

「フーケのサインを確認した後で、調査したというが、馬でも四時間はかかるこんな場所で調査、聞き込みを行い、学院に戻ってくるなど不可能だ」

 そこまで言ったあと、士郎は皮肉気に笑って言った。

「それに、私がゴーレムと戦って倒すたび、呪文を唱えて直しているところを確認していたからな」

 そこまで聞くと、ロングビルは何かを諦める様に笑うと、地面に膝をついた。

「最初から、只者ではないなとは思っていたが」
「そうかい……それで、どうするんだい。わたしは、もう魔力がなくてね、歩くことだって一苦労だし、衛兵につきだすかい? それとも、ここでわたしを殺すかい?」

 どこか投げやりに話すロングビルに、士郎は冷徹な視線を向ける。

「ああ、ここで『土くれのフーケ』は殺す」

 士郎の真剣な声に、微かに笑ったフーケは、どこかすっきりとした顔をしていた。

「まあ、あんたに殺されるのなら―――いいか」

 項垂れたフーケを見た士郎は、デルフリンガーを地面に刺した。

「相棒、本当に殺すのかい?」
「ああ」

 デルフリンガーの問いに短く答えた士郎は、何も持っていない状態になると、自分の中の撃鉄を落とす。


投影開始(トレース・オン)

 士郎が何かを唱えた瞬間、何も持っていなかったはずの手に、大きな漆黒の弓を持っていた。
 士郎がその弓を構え、見えない矢を引くような格好をすると、士郎は幻想を形造る呪文を唱える。


投影重装(トレース・フラクタル )

I am the bone of my sword(我が骨子は捻れ狂う )





 士郎の手に歪な矢が現れた瞬間、世界が歪んだ。
 そう真剣に思えてしまうほどの力が、その歪な矢にはあった。
 フーケはその矢が自分に向けられているのを理解した瞬間、自分の死を確信する。
 そんな風に冷静に判断している自分に苦笑したフーケは、残される妹たちのことを思い、小声で謝った。

「―――ティファニア……ごめんよ」

 フーケの脳裏を最後によぎったものは、ウェストウッド村にいる妹たちではなく、何故か、自分に笑いかけてくる、士郎の笑顔であった。

 ああ……やっぱり、わたしは……。

偽・螺旋剣(カラドボルグ)

 フーケが何かに気づいた瞬間、士郎が強大な力を宿した歪な矢を放った。
 その瞬間フーケの意識は無くなり―――その時をもって『土くれのフーケ』は死んだ。





 士郎が放った矢は、ゴーレムの残骸を消し飛ばし、背後の森を突き抜け、その延長線上にあるもの全てを捻り消し―――後に残ったものは、地面に突き刺さった剣と、漆黒の弓を持って佇む男。





 ――――――そして、傷ひとつ無く、地面に横たわる女性の姿だけであった。

 





 
 

 
後書き
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色々と今後のことを考え、次から題名を『ゼロの使い魔~赤き英雄~』から『剣の丘に花は咲く』に変えます。 
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