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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Mission9 アリアドネ
  (8) マクスバード/エレン港 ⑤~シャウルーザ越溝橋 ①

 
前書き
 死なないで ふたりとも大好きなのに 

 
「また貴様か」

 クロノスがアルヴィンを睥睨した。

 直後、ユティが大ジャンプしてクロノスに斬りかかった。ユティはクオーター骸殻に変身している。アルヴィンには指一本触れさせないと威嚇する。

「ほら、ボサッとしなさんな。ずらかるぜ」

 ユティがクロノスと切り結ぶ隙に、アルヴィンはユリウスの腕を掴んだ。ユリウスは何とか立ち上がり、アルヴィンに付いて走り出した。後ろから、フリウリ・スピアを大きく薙いでクロノスを振り払ったユティが追走した。

 時歪の因子(タイムファクター)化で痛む体を押して、アルヴィンの手を借りながらコンテナの間を逃げ回る。
 無論、クロノスが相手では時間稼ぎにもならないと分かっている。されど、クラウンエージェント・ユリウスはこの粘り強さを以てこそ、今日まで大精霊クロノスを退けてきたのだ。




 時空を司る大精霊といっても、視界は人間と同じ眼球頼り。全員が戦場のプロだったことが幸いした。クロノスの目を出し抜き、彼らはシャウルーザ越溝橋へ逃げ込むことに成功した。

 普段ならば観光客で賑わうシャウルーザだが、今日はテロ厳戒令のおかげで人通りは少ない。
 兵士に見咎められる前に、彼らは無人の露店の一つに火事場泥棒よろしく駆け込んだ。カウンターの陰で3人分の荒い呼吸が響く。

「アルフレド、どうして俺を助けたんだ」

 ユリウスは真っ先に口を開いた。

「ワタシも聞きたい。解散、って言ったのに」
「『いつも』ならね。長い話が終わったら一旦解散なんだけど、ユティ、残るっつったろ。一人で残るってのはその後で別の誰かと落ち合いますって言ってるも同然だ。俺も昔よくやった。張ってみりゃビンゴと来た」
「……クロノスがココで出たのも聞いてた話と違うのに、アルフレドがユリウスを守ってくれるなんて……」

 それなりに深い付き合いのユリウスだから分かる少女の当惑。この展開は彼女にとって、そして歴史にとっても既定事項ではなかったのだ。

「んで、ご両人、何で隠れて会ってたんだ? 俺は答えたぞ。そっちも洗いざらい吐け」
「……ゴメンナサイ」
「謝るのは後でいいから」
「怒らないの?」
「後で怒るに決まってんだろ。そりゃ俺も昔はおたくらの百倍えげつない生き方してきたけどさ、今は分かるんだよ、それやられる側の気持ちってヤツ。『俺』から教わらなかったのか?」

 こうなっては隠す意味もない。ユリウスはユティを向き、「話してやれ」と告げた。彼と同じ色の目は当惑をありありと返したが、ユティは言われた通り、洗いざらい今日までの出来事を話した。
 ――スカリボルグ号からのユリウスとの共謀関係。ユリウスの分史探索からルドガーの援助まで全てが、父親の言いつけで世界を創り直す計画上のものだった。

(今ならあれもこれもそれも、全部納得がいく。この子にとっては全部「大好きなとーさまのため」だったんだ。未来の俺、娘をファザコンに育てすぎだ)

 内容はほぼ同じだが、ユリウスも列車テロからの行動を語った。疲れと痛みが押してヤケになっていた。
 やがて。

 ぶっはああああ~~~~。

 全てを聞き終えたアルヴィンは片手で顔を覆って、大きな大きな溜息を吐いた。かと思いきや、アルヴィンは猛然と立ち上がって。

「おたくら似た者同士過ぎ! 父娘して裏で暗躍しまくりやがって。おたくらは傭兵時代の俺か!? 思考パターンが理解できすぎて、哀しい通り越して情けねえわ!」

「ア、アルフレド?」
「アルこわい」

 ユティはちゃっかりユリウスの背中に隠れている。

「まずユティ。最初から懐さらせとは言わねえ。初めて会った頃に言われたって信じたのはジュードくらいだろうからな。でも会ってから何ヶ月も経って、そこそこの協力関係ではあったろ俺ら。手伝ってください事情は聞かないでほしいの、でも通用したんだぞ。知られて困るなら言わなくていい。言わなくていいから何かさせてほしかった。あいつら絶対思ってるぞ」
「そう、かしら。そう、なのかしら」
「仲間が苦しんでる時にそばにいられなかったなんて、とか、エリーゼとかレイア辺りは気に病むぞ。――次、ユリウス」

 目が据わっている。これはユティでなくても怖い。

「あんたは分かるよ。指名手配中だし? 人生経験考えると人に頼るの苦手そうだし。むしろバリバリ自分とルドガー以外信用できねーって思ってんだろうから、こっちと仲良しこよしは無理があるのは俺でも分かるよ。だから個人的に一言だけ言わせてくれ」

 アルヴィンはストレートにユリウスと目を合わせた。

「あんたが死んだら俺とバランが傷つく」
「! お前……」
「あんたはルドガーの兄貴だし、バランの友達って少ねえし。……一応、俺とも幼なじみだし」

 幼い頃はバランも加えていつも3人でいた。けれど3人は幼くしてバラバラになった。アルヴィンは遭難して行方不明、元から貴族でなかったバランも遠ざかった。幼なじみという肩書にそぐわないほど、彼らの共有した時間は短い。それなのに彼は体を張ってユリウスを助けた。

 ユリウスの疑問を察したのか、アルヴィンは、とん、とユリウスの胸を叩いた。

「まあ何だ。うだうだ言ったけど、結局人間、ココで動いて、ココに動かされてんだよ。ユティがあんたを心配してずっとそばにいたのと同じ」

 ――例えばユティが未来を変えたとして、「現在」に居るユリウスには変化など分からない。今日までの様々な出来事は例えユティがおらずとも成るように成った結果だとしか思えない。ユースティア・レイシィが居たからこそ「成った」モノを言えといわれれば――

(この子はただそこにいただけだ。俺のそばに。ルドガーの横に。それだけが、それこそが変化だ。俺たちはバラバラになって独りのはずだった。でもこの子は、ルドガーが仲間に囲まれるまでフォローし続けた。俺が呼べばいつでも現れて、他愛ない話をしながら探索に協力してくれた。俺たちを決して独りにさせなかった)

 誠意を示す。愛情を示す。身を案じる。心を労わる。無言で「あなたがスキです」と言い続けながら寄り添った。ただ形式的な行為を差し出すよりずっと効果があるやり方だ。

 「心を込めて」そばにいた。それこそがユティの最大の行いだ。

「あんたなら分かるんじゃないか。あんた、意外と良識派みたいだからさ」
「……ひどい誤解だ」
「いやいや絶対そうだって。マジな外道は、弟が詐欺まがいの仕事させられてたら、けしかけた男Aを殺るくらいはするぜ? 俺が言うんだから間違いない」

 アルヴィンの得意げな顔を見て、ユリウスは思わず噴き出しかけた。自慢することではない。

「ああ――お前に比べたら、俺なんてまだまだなんだろうな」

 独りだと思っていた。世界でユリウス一人だけがこんな重荷を背負わされているのだと。それこそ馬鹿げた話だ。
 自分には、弟だけではなかった。


「ユースティア。聞いていいか」
「さっきの続き?」
「続きってのは?」
「ユリウスは、ワタシが正史に来た動機が疑わしい。動機の内容がルドガーのためじゃなかったから。さっき追及された。クロノスが出て中座したけれど」
「疑った理由がそれ!? 気にすべきとこもっとあるでしょーが!」
「諦めて、アルフレド。これがなきゃユリウスじゃない」
「おたくは一番諦めなくていい立場の子!」
「……お前たちは俺をどんな目で見ていたんだ」
「「ブラコン」」
「自覚していても人から言われると効くなあ……」

 がっくりと項垂れたユリウス・ウィル・クルスニク(28)。

「バランおじさまから習った。スキと思いたくない人は相手をズタズタにする。キライと思いたくない人は相手を大事にする。ヒトの感情って、自覚したくないと思えば思うほど反転するの」

 彼女の「バラン」を思い出しているのか、目を伏せてユティは語る。

「ルドガーはユリウスにコンプレックスがあった。でも同時にユリウスがスキだから、そんなモノは自分の中にはないんだって思いたかった。ワタシが手を加えなかったら、ルドガー、ユリウスを守るためにアルフレドたちを殺してた。それはダメだから。ならユリウスだけキライで、みんなをスキになれば、そのケースは回避できる」
「――じゃあおたくの本当の目的は、ルドガーとジュードたちの殺し合いの阻止?」

 ユティは首を横に振った。

「ワタシが殺してほしくないのは――」


 足元に3人を囲むように闇色の陣が浮かんだ。 
 

 
後書き
 わがふるさとが日本一暑い土地をマークしました。うだります。でも足首から下は氷です。皆さんも熱中症と冷え性にご注意ください。木崎です。

 冒頭はクロノス初対面のアルヴィンを意識しました。「何様だよ、お前」のシーンのアルヴィンがイケメンすぎて生き辛。

 世間じゃルドコン・兄バカ認識のユリウスさんですが、作者は実は彼って常識人なのでは? と感じました。常識人というか、「普通の人」でしょうか。理由は色々あるのですが、一番は分史ニ・アケリアでのシーンです。彼は分史ミラがレイアを攻撃した時真っ先に庇いました。「主人公」のルドガーではなく、ユリウスがです。このシーンの意味は大きいのではないでしょうか?
 そんな人がアルの「境遇」を不憫に思わないわけがない。感情移入しないわけがない(>_<)
 結局ユリウスとアルヴィンどっちの境遇が酷いかと考えると、作者はアルヴィンな気がしました。ユリウスは分史世界を壊して帰ってもルドガーがいます。でもアルヴィンは、戦場から帰ってもお母さんはいません。いえ、いるんですが答えないお母さんです。加えて、少なくともユリウスは「クラン社」「エージェント」の立場に守られていましたが、アルヴィンは自力で傭兵やって生きるしかありませんでした。
 これらの要素から、ユリウスが自分を助けたアル、そして今日まで尽くした娘に感謝しないわけがないと信じ、こういう展開に踏み切りました。アルヴィンの「意外と良識派」にはユリウスのそういう性格への理解を、応えるユリウスの「ひどい誤解だ」には彼の自嘲と皮肉を深く深く込めました。
 ブラコン指摘に意外と傷ついたのもそういうわけです(笑)。

 血塗れの兄弟EDが示唆されました。限りなく正解に近づいたのですが、残念、オリ主の分史と兄弟EDには決定的な「差」があるのです。読者の皆様はすでにお気づきかもしれませんね。 
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