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ストライクウィッチーズ1995~時を越えた出会い~

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第十話 夜間飛行①

 
前書き
友人が「面白いラノベ貸してやるよ」といって持ってきたのが「とある魔術の禁書目録」だった今日。
さりげな~く、断ったのですが、実は禁書……というか鎌池とかいう作家自体が嫌いだったり。

と、そんなことを考えていたら遂に我が家にも黒光りするGが出現しました。
あいにくと対G兵器の配備が完了してなかったので万全の体勢での迎撃ができなかったのですが、とりあえず目標を駆逐することに成功しました。・・・あれってどっから湧いて出るんだろうなぁ。 

 
「本日は編隊飛行の訓練をしつつ模擬戦を行う! いいな?」
「「「「はい!!」」」」

 雲一つない快晴の空の下、竹刀を片手に滑走路立つ坂本の前に、宮藤とリーネ、それからペリーヌに和音の4人の姿があった。もちろん、午前中の訓練である。

「宮藤はリーネと、沖田はペリーヌとペアを組んでみろ」
「あれ、今回は私とじゃないんですか?」
「前回とは少し編成を変えてみようと思ってな」

 以前、和音が初めてレシプロユニットを履いて飛行訓練を行った際は、宮藤とペアを組んでいた。通常、長機と僚機はほぼ固定の物だが、坂本は和音が十分な飛行技能を持つと判断し、敢えて他の人間と組ませることで経験値を積ませようとしているのだ。

「沖田、以前と同じ紫電改で構わんな?」
「はい、お願いします」

 和音の愛機であるF-15J型は、つい先日研究のためにガランド少将が本国へと持ち帰っている。機体を渡すことに不安がないではなかったが、ガランドならば信頼できると和音は考えていた。そのため、現在和音が扱えるユニットは基地で余っていた『紫電改』となっている。

「よし、ではペリーヌと沖田から順に発進して上空で待機しろ!」
「「「「了解!」」」」

 今回の訓練は飛行訓練だけでなく模擬戦も含んでいる。よって。4人ともペイント弾の装填された訓練用の模擬銃を手に抱えている。二機編隊を組んでの模擬戦、というワケである。

「では、訓練開始ッ!!」

 坂本の威勢のいい掛け声が、今日も滑走路に響き渡る――






「あらあら、今日も元気にやってるわね」
「む、ミーナか。わざわざ見に来るなんて珍しいな」
「トルゥーデこそ、ずいぶん熱心に訓練を見ていると思うのだけれど?」
「なっ……!!」

 談話室の窓の外。季節の花が咲く開放的なテラスに居たのは、ミーナとバルクホルンの二人だった。二人の視線の先には、雲をひいて飛ぶ和音らの姿がある。

「わ、私はただ……そう! 上官として! 上官として常に部下の行状に気を配ってだな……!」
「はいはい。顔が真っ赤よ? トゥルーデ」
「ぐぬぬ……」

 知らず夢中になっていたことを諭されて顔を真っ赤にするバルクホルン。なんだかんだ言いながら、宮藤をはじめとする年少組の事を常に気にかけていることはすでに周りにバレバレであり、知らぬは本人ばかりなり、である。

「そ、そういうミーナは何をしに来たんだ?」

 咳払いを一つして話を逸らすバルクホルン。そんな彼女に苦笑しながら、ミーナは答えを返す。

「ええ、沖田さんも含めた搭乗割を考えていたのだけれど……」
「なんだ、沖田も飛ばせるのか? 確かに飛行技術は高いが、いきなり実戦に入れられるかは別問題だぞ?」
「分かっているわ。それについては組む相手を含めて美緒と相談中よ。問題は別の事なの」
「……? どういうことだ、ミーナ」

 訝しげな顔つきになったバルクホルンがミーナに訊く。

「ここのところ、不自然にネウロイの襲撃が少ないわ。監視網にもまるでかかっていない。何かある気がしない?」
「たしかに、言われてみればそうかもしれないな」

 奇妙な話だが、ネウロイの襲撃にはある一定のパターンがある。
 これが個体差によるものなのか、それともネウロイ全体の修正なのかは研究者の間でも意見が分かれているが、戦場ではこれらの周期を計算することでネウロイの襲撃予測を立てている。がしかし、ここのところロマーニャでは不自然に襲撃が少ないのである。無論、敵が来ないのはいいことなのだが、不気味なまでの静けさに一抹の不安が残る。

「特に警戒すべきは夜間ね。私たちの行動は大きく制限されてしまうもの。そこで、サーニャさんとエイラさんに夜間哨戒の頻度を上げてもらっているのだけれど……」
「なるほど、それにも限界があると言う事か。どうりで登場割に悩んでいるわけだ」

 夜間哨戒とは、文字通り夜間に飛行して基地周辺の警戒を行う事を言う。暗闇の中を少人数で、しかも長時間飛行する夜間哨戒は、通常のウィッチではなく、専門的な技能や訓練を積んだウィッチが担当することになる。が、如何せん数が少ないので負担が重くなりがちだ。

「それでね、私は沖田さんを夜間哨戒に参加させてみようと思うの」
「本気か? まだレシプロユニットだって数えるほどしか触っていないんだぞ? 確かに直接戦闘の機会は少ないかもしれないが、夜間哨戒は危険すぎる」

 いきなりの夜間哨戒を危険視するバルクホルンに、ミーナは手を振って言った。

「ところがそうでもないらしいの」
「どういう事だ?」
「沖田さんの固有魔法――〝魔眼〟は、遠距離視と夜間視の複合型。聞いたところだと、速成ではあるものの夜間飛行の訓練も受けたそうよ」

 感知系魔法の一種に区分される「魔眼」の能力も、個々人によって大きく隔たりがある。
 例えば坂本美緒の場合、遠距離の対象を見ることは勿論、ネウロイ内部のコアを視認するなど、透視能力じみた側面も持ち合わせる。
 対して和音の場合は、時に〝鷹の眼〟とも評される精度を誇る遠距離視と、夜間でも物体を視認可能な夜間視の能力の複合型だ。
 つまり、能力的な面で言えば、和音には夜間飛行が可能なのである。

「それに、彼女の空戦技術は美緒のお墨付きよ。どう?」

 折しも模擬戦は中盤に差し掛かり、今まさに和音がリーネを撃墜したところであった。
 普段は対装甲ライフルによる狙撃役に徹しているところを、敢えて機銃で戦うというハンデを負っていたにしろ、空戦でリーネを撃墜してみせたのだ。なかなかどうして侮れないものである。

「そうか……少佐がそう言うのなら間違いはないだろうが、いつから出す気でいるんだ?」

 そう言ったバルクホルンのなにげない問いに、ミーナはにっこりと微笑んで言った。

「――さっそく、今夜にでも」






「うぅ、和音ちゃんもう少し優しくしてくれればいいのに……」
「も、申し訳ありませんでしたリーネさん。一応、ペンキはシャワーでとれましたし……」
「あはは……リーネちゃん全身真っ黄色になってたもんね」
「芳佳ちゃん!!」

 夕食後、仲良く食器を洗いながら午前中の訓練を振り返る三人。
 結局、リーネが撃墜されたところで勝敗の判定が下り、訓練はそこでお開きとなった。
 和音によって容赦なくペイント弾を浴びせられたリーネは、全身べったりとペンキだらけになっており、シャワーでそれを落とすのに苦労したほどである。その後軽く仮眠をとって夕食となり、あとは消灯時間まで自由である。

「沖田さんの空戦技術もなかなかのものですわね」
「ホントですか、ペリーヌさん!!」
「え? ええ、少なくとも、貴女の空戦技術についてはそれなりに評価していましてよ?」
「やったあ!!」

 一人テーブルで紅茶を飲みつつ読書をしているのはペリーヌだ。珍しいことに、最近ではこの4人が一緒に居ることが非常に多い。皿洗いを手伝う気は更々ないようだが、3人はちっともそんなことを気にしていない。

「――沖田、いるか?」
「あ、坂本少佐」

 そこへやって来たのは坂本だった。戦闘隊長らしく、きっちりと海軍の士官服を着こんでいる。

「ちょうどよかった。お前に少し話があってな。済まないが司令室の方まで来てくれ」
「わかりました」

 チラリ、と厨房の方を振り返ると、リーネと宮藤が〝行っておいで〟と合図をしてくれる。和音は小さく頭を下げてからエプロンを外すと、手を拭いてから司令室へと足を向けた。

(こんな夜に何だろう……まさか、ジェットストライカーに不具合が出たとか?)

 だとしたら大変だな、と不安になりながら、和音は司令室へと急いだのだった。





 ――ロマーニャ基地 司令室

「夜間哨戒、でありますか?」

 おっかなびっくりで司令室へとやって来た和音を待っていたのは、坂本とミーナ。それから見慣れない北欧系とおぼしき二人のウィッチだった。そこでミーナから言い渡されたのが、「この二人と一緒に夜間哨戒をして頂戴」ということだったのである。

「そう。ここのところ不自然にネウロイの襲撃が少ないわ。警戒は念入りにしておいた方がいいし、特に夜間は隙を突かれる可能性が高いわ。沖田さんは、夜間視が使えるのでしょう?」
「ええ、まあ。ですがその、いきなり夜間哨戒というのは……」

 和音にも、ミーナの言わんとしていることは分かる。
 奇襲を受けやすい夜間、使える人間がいるのなら使いたい、ということだろう。
 だがしかし、いきなり飛べといわれて飛べるほど夜間哨戒は簡単ではないのだ。

「安心しろ、沖田。何もお前一人で飛ぶわけではないんだ」
「……?」

 不安がる和音を、坂本が安心させるように言い含める。

「そうか、お前たちは初対面だったな。……二人とも、自己紹介しろ」

 坂本に促されて進み出たのは、やはりというべきか、北欧系の見慣れないウィッチ二人だった。雪のように白い、というのはまさにこの二人のためにあるような表現かもしれないと和音は思った。

「エイラ・イルマタル・ユーティライネン。スオムス空軍中尉。一応、サーニャと一緒に夜間哨戒を担当してるんダ。あ、でも昼間の作戦にもちゃんと参加してるからナ。よろしく頼むゾ」

 妙に抑揚のない独特の口調で挨拶したのが、北欧はスオムスが誇るスーパー・エース、エイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉だ。未来予知という稀有な固有魔法を持ち、おかげで実戦における被弾が皆無という驚異的な戦績の持ち主である。

「……えっと、サーニャ・V・リドビャグです。階級は、エイラと同じ中尉で、オラーシャの出身です。よろしくお願いします」

 そしてもう一人。隣に立つエイラよりも頭一つ分小柄なウィッチが、オラーシャ出身のナイトウィッチ、サーニャ・V・リドビャグだ。本名はもう少し長いのだが、発音が難しいために部隊内では愛称で通していたりする。

「お、沖田和音です。よろしくお願いします」

 慌てて頭を下げる和音。初対面である、と言う事もそうだが、和音は驚きに息を呑んでいた。

(これが〝あの〟ユーティライネン少佐とリドビャグ中佐なんだ……)

 この時代の人間は当然誰も知らないが、この二人のコンビは世界的に有名であり、こと夜間戦闘と被弾率の低さにおいては並ぶものがなかったといわれている。和音の時代ではすでに退役した二人だが、サーニャは世界的なピアニストとして今も精力的に活動し、何度か扶桑へも訪れているのであった。

「沖田、お前は二人の援護をしてくれ。飛行中の判断はエイラとサーニャに従う事。いいな?」
「は、はい!」
「よし、ではさっそく哨戒に出てもらう。三人とも、頼んだぞ」





「こ、こんなに夜の空が暗いなんて……」
「なんダ、お前、ひょっとして怖いのカ?」

 ユニットを装備して滑走路に立った和音は、夜の空が思っていた以上に暗く、不気味であることに少なからず恐怖を感じていた。昼間はあんなに煌びやかだったアドリア海も、今は黒々とうねる大きな怪物のようにさえ見える。

「……沖田さん。手、繋ごうか?」
「り、リドビャグ中尉!?」

 誘導灯の明かりだけが頼りの滑走路で、サーニャがそう言って手を差し出す。
 無口なタイプだと思っていた和音は、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

「まったく、しょうがないナー。ほら、手繋いでやるから行くゾ」
「え!? ちょ、うわ! 待って、待ってください中尉――――っ!!」

 妙に不機嫌な顔つきになったエイラが、和音の手をひいて滑走路を奔ってゆく。あわててエンジンに灯を入れてついてゆく和音。一瞬、奇妙な浮遊感を覚えたと思った時にはもう、和音は二人に引っ張られるようにして離陸を完了させていた。

(び、びっくりした……)

 無事離陸できたことに安堵する和音。見る見るうちに基地の明かりが遠のいてゆく。

「雲の上に出ましょう。エイラ、沖田さんをお願い」
「しょうがないなー。ちゃんとついて来いヨ」
「は、はい!」

 エイラに手を引かれながら高度を上げる和音。雲の上まで出ないことにはどうにもならないのだ。

「ほら、雲を抜けるゾ」
「あ……」

 じっとりと湿った塊を突き抜ける。一瞬、息が詰まるような閉塞感を覚えたあと、恐る恐る和音は目を開いた。すると――

「わぁ……綺麗……」

 遥か和音の眼下に広がる、一面銀灰色の雲の海。静かに注ぐ月明かりに照らされたそれは、まるで一幅の絵画の如き幻想の美を醸し出していた。和音は、離陸の時にあれだけ怖気づいたことも忘れ、目の前に広がる夜の美しさに目を奪われていた。

「よっと……もう平気カ?」
「あ、ユーティライネン中尉」

 おもむろに期待を寄せてきたのはエイラだった。夜間飛行にも慣れた様子で、その挙動には淀みがない。

「わたしのことはエイラ、でいいゾ。スオムスじゃイッル、って呼ばれてたんだけど、こっちじゃみんなそうなんだよナ」

 器用に背面飛行を披露しながら言うエイラ。和音は水平に飛行するのがやっとである。
 そこにサーニャがそっと近づいてきて、歪ながらも編隊を組む格好になった。

「わたしも、サーニャって呼んでもらえると嬉しいかな、沖田さん」
「えっと……じゃあ、エイラさんとサーニャさん……でいいですか?」

 コクリ、と頷いて見せるサーニャ。
 と、横からエイラがグイッと顔を寄せてくる。

「なあなあ、坂本少佐から聞いたんだけどサ、お前本当に未来から来たのカ?」
「ダメよエイラ。あんまり聞いちゃダメってミーナ隊長にも言われたでしょう?」
「だ、だって……! やっぱり気になるじゃないカ!!」

 ムスッとふくれっ面をするエイラ。その表情を見て、和音はこの二人にも自分の事情が伝わっていることを知った。ミーナからあまり触れないようにと注意を受けていた、と言う事は、それとなく今までも気を遣っていてくれたのだろう。

「ごめんなさい、沖田さん。辛い事だったら、話さなくていいから……」
「いえ、そんなことはないですよ、サーニャさん」
「そうなの?」

 申し訳なさそうに言うサーニャに、和音は苦笑しながら応じてみせる。
 思えば、異世界と言っても過言ではない過去の時代へとやって来てしまった和音だが、不思議と辛いとか苦しいとか感じたことはなかったのだ。

「エイラさんの言っていることは本当です。私は、今から50年後の扶桑で生まれましたから」

 銀色の絨毯の上を滑るように飛びながら、和音はエイラとサーニャに対して語り掛ける。

「50年後かぁ……わたしもサーニャもきっとお婆ちゃんだよナ」
「その頃のわたし達ってどうなってるんだろうね」

 ようやく和音の飛行が安定してくる。緊張がほぐれたせいだろうか?
 サーニャの魔導針にも反応はなく、哨戒は順調だといえそうだった。

「なあなあ、50年後のわたし達ってどうなってるんダ?」
「気になりますか?」
「当たり前だロ!! ちょっとでいいから教えてくれヨ~」
「エイラ、そういう事言わないの」
「え~……」

 こんなやり取りを以前もしたなぁ、と思い返しながら、和音はしばし黙考する。
 あまり未来の事を伝えてしまうのはよくないのかもしれないが、逆に伝えることによって明日を生きる希望になるかもしれない。そう思えば、未来の事を教えるのだって悪いことばかりではないはずだ。

「そうですね……私の知っている範囲でならいいですよ」
「本当カ!?」
「いいの? 沖田さん」
「はい。夜間哨戒の退屈凌ぎに、ちょっとした小話程度の物ですが」

 そう言うと、和音はコホンと咳払いを一つしてから語りだす。

「まずは……そうですね、サーニャさんから」
「わたし? なんか、ちょっと恥ずかしいかな……」

 頬を赤らめるサーニャ。〝百合〟の通り名に相応しいほどの可憐なウィッチだ。
 写真集が飛ぶように売れたというのも納得だな、と和音は思った。

「ええっとですね、サーニャさんは退役後、ピアニストとして世界各国で演奏会をされていました。なんどか扶桑にもいらっしゃって……あ、私も小さい頃サーニャさんのコンサートに行きましたよ」
「そ、そうなの?」
「サーニャのピアノは世界一だからナ!! やっぱりサーニャは凄いんダ!」

 火が出るほど顔を真っ赤にして黙ってしまうサーニャ。耳の先っぽまで赤くなっているが、使い魔であるネコの尻尾はものすごい勢いで左右に揺れている。嬉しさ半分、恥ずかしさ半分、といったところだろうか。

「それでそれで、サーニャのピアノはどうだったんダ?」
「サーニャさんにピアノですか? それはもう素晴らしかったですよ! チケットがあっという間に売り切れちゃって……」
「だ、ダメ……! それ以上は、恥ずかしいから、お願い……///」
「わぁ! 大丈夫かサーニャ!?」

 見れば、顔を真っ赤にした上にユニットの回転数さえ不規則になっていたサーニャが、目をウルウルさせながらこちらを見つめていた。

「沖田ァ!! サーニャが泣いちゃったじゃないカ!! 責任とれ!!」
「え、ええっ!? いやその、なんというか、本当に申し訳ありませんです、はい……」

 なぜか怒り出すエイラ。話題を振って来たのが自分であることなどまるっきり頭にない。

「ダメだ!! 少佐が言ってたゾ。扶桑では悪いことをしたときに、〝ハラキリ〟って儀式をやって反省するんだって」
「は、ハラキリ!?」
「そうだゾ。こうやってお腹をカタナで切って、主人に対してお詫びを言ってから、死ぬ」

(それはつまり〝切腹〟しろということでしょうかエイラさん……)

 坂本少佐もなんでそんなことを教えてるんですか~! と頭を抱える和音。
 切腹なんぞとうの昔に消えた風習で、第一そんなことでは命が幾つあっても足りやしない。

「……沖田、さん」
「な、なんですかサーニャさん」

 相も変わらず顔を赤くしたままのサーニャが、和音の袖を引っ張る。
 おもわず声が裏返ってしまった和音だが、不意に聞こえてきた奇妙な音声に気がついた。

「うん……? これは……ひょっとしてラジオですか!?」
「あーッ!! なんだよ、サーニャ! 二人だけの秘密じゃなかったのかよぅ……」

 和音が驚いていると、横を飛んでいたエイラが大声を上げた。
 どうやら、これは〝二人だけのナイショのお楽しみ〟だったらしい。

「……ごめんね、エイラ。でも、お礼がしたかったから」
「ま、まあ、サーニャがそう言うならいいんだけどサ……ありがたく聞けよナ、沖田!」
「すごいですサーニャさん! こんなにもクリアに電波が拾えるなんて!」

 耳に着けたインカムから、世界各国の電波が飛び込んでくる。
 ナイトウィッチの専門技能『魔導針』と、サーニャの固有魔法である〝全方位広域探査〟のなせる業だ。電波の送受信を可能にするこの固有魔法は、時にレーダーとして、また時にはラジオとして夜を飛ぶ彼女らの支えになっているのだ。

「夜は、空が静かになるから。いろんな国の電波が入ってくるのよ」

 そう言って、サーニャは色々な国の電波に波長を合わせてくれる。

『みなさん今晩は。今夜の放送は特別にゲストをお呼びしております。ご紹介しましょう――』
『では、明日のお天気です。ロマーニャ北東は晴れのち曇り。お出かけの際は傘を忘れずに……』

 ロマーニャや欧州各国のラジオ電波だ。
 天気予報からトークまで、種々様々な番組が流れている。と、その中に、聞き覚えのある単語が聞こえてきた。――間違いない、これは扶桑語だ。

(これって……)

『みなさんこんばんは。ラジオ東京です。今宵はいかがお過ごしでしょうか? 今夜も午前零時までの30分を――』

(扶桑だ! 扶桑の電波がロマーニャまで!!)

 信じられないといった表情で和音はサーニャを見やる。
 今はまだ1940年代である。通信技術も和音の時代に比べればまだまだ未熟だ。だというのに、遥か東の果てから確かに電波が届いている。人の息遣いがそこにある。
 そのことに、和音は深く感動した。

「夜を飛ぶナイトウィッチの間で流行っているの。扶桑からの電波だって届くのよ」
「そうなんですか……」

 いま、世界中の人々がこのラジオを聴いているのだろう。和音たちのすぐ下で、この空の下で生きている人々が、確かにそこに居るのだ。和音はラジオによって世界とつながったように感じ、はじめてそれを守るウィッチの使命の重さを実感した。

「これが、私たちの護ろうとしている人たちの息遣いなんだ……」

 和音にも、和音の使命があった。すなわち、扶桑の空を守る事だ。
 しかし、今の和音にはそれを果たす事ができない。

(でも、いつかはきっと……!!)

「沖田さん? どうしたの?」
「なんダ、腹でも痛くなったのカ?」

 和音はサーニャとエイラに声を掛けられてハッとする。
 軽く頬を叩いて気合を入れ直し、しっかりを前を見つめる。そうだ、今はとにかく目の前の事に集中しなければ……





 飛行開始からおおよそ一時間がたった。
 長時間の飛行を前提とした夜間哨戒では、一般的に航続距離の長いユニットが使用される。それでもなお足りない場合、ユニットに増槽を装備することになる。和音の紫電改も例に漏れず、ユニットの側面に涙滴型の増槽が装備され、航続距離を伸ばしている。

「夜の空は静かですね」
「うん。魔道神にも反応はないし、最近は静かね」
「まー油断してちゃダメなんだけどナ」

 三人はラジオに耳を傾けつつ、雑談に花を咲かせながら星空の下を飛んでいた。
 厳しい任務ではあるが、敵がいない限りは穏やかなものだ。
 しかし、その雰囲気が一変する。

「――っ!! 北東の方向、距離2000……中型のネウロイが一機……」
「どっちに向かってるんダ?」
「まっすぐこっちに向かってくるわ。みんな気をつけて!」

 サーニャの魔導針が敵性反応を捉える。距離2000。足の速いネウロイなら一足飛びに間合い詰めてこられる距離だ。和音は肩に背負った20mm機関銃を持ち直し、安全装置を解除し初弾の装填を確認する。
 同時に、意識を集中して視覚を〝見る〟から〝視る〟に切り替える。目に見えないもう一つの瞼を開けるように意識を向け、和音は夜間視能力を発動させた。塗り潰したような暗闇をも見通す夜間視は、遠距離視と併用することで無類の索敵能力を発揮する。
 反面、魔力の消耗も含めた負担が大きいため、使いどころを選ぶ必要がる。

「待って、これは……雲の中? ……上がってくるわ、上昇して!!」
「ついて来い、沖田!!」
「はい!!」

 サーニャの警告から間を置かずして、茫漠と広がる銀灰色の雲が裂ける。
 その中から現れたのは、まるでエイのような形をしたネウロイだった。平たい体で滑るように飛行し、見る間に距離を詰めてくる。

「私が引きつけるから、沖田は援護、サーニャがとどめを刺してくれ」
「了解です!」
「エイラ、気をつけて」

 三人の中で最も火力が高いのは、9連装のロケット砲――『フリーガーハマー』をもつサーニャだ。中型クラスの相手ならばこの火力を活かさない手はない。
 エイラの指示通り、和音はエイラの二番機に入り、サーニャは距離をとって一撃の機会をうかがう。

「行くぞ!!」

 エイラの号令一下、一斉に銃撃を開始する。
 しかし、ネウロイはそれに気を取られた様子もなく前進し、反撃のビームを放ってくる。

「こ、このッ!!」

 見た目に似合わず機動が素早く、なかなか有効打を与えられない。
 ようやく足を鈍らせたときには、すでに二人とも残弾が半分近くになっていた。

「サーニャ!!」
「あたって!!」

 その隙を見逃さず、サーニャがロケット砲を打ち込む。
 雲の向こうで盛大な爆炎が上がり、それっきりネウロイの反応は消失した。

「やったじゃないかサーニャ!!」
「……ううん。まだ、微かにだけどネウロイの反応が残ってた。逃がしたのかもしれない……」
「ということは、再び戦闘になる可能性も?」

 取り逃がしたネウロイが再び襲ってくる可能性は高い。
 ひょっとすると、今回のネウロイは偵察だったのではないだろうか? しかし、追撃を掛けようにも魔法力と残弾が心もとない。一抹の不安を滲ませつつ、三人は基地へと進路を向けたのだった。
 
 
 

 
後書き
ようやくエイラ&サーニャを登場させることができた・・・
そろそろ話しのストックがなくなりそうでヤヴァイです。 
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