オテロ
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第三幕その九
第三幕その九
「勇気をか」
「そうです。船は夜明けに出港です」
それをまずロデリーゴに言う。
「夜明けだな」
「そう、夜明けからカッシオが司令官」
これが前提となる。しかし前提は前提なのだ。
「ですが何か不祥事が彼に降りかかればオテロはこのキプロスに残ります」
「暫く留任ということだな」
「ですから」
「ですから」
「狩りの用意を」
心の奥底に毒を潜ませるような言葉だった。
「宜しいですね」
「わかった。それでは」
そして彼はイヤーゴの、悪魔の毒を今飲んだ。薬と思い。
「そうしよう」
「お手伝いしますので」
親友の仮面だった。
「その時はどうか」
「すまないな」
「もういい」
オテロは遂に周囲にも感情を爆発させた。暗い声だった。
「もういいのだ」
「!?何が一体」
周囲の誰もがまたオテロの様子に顔を怯えさせる。
「どうしたんだ、本当に」
「あれ程立派な方が。何があったのか」
「行ってくれ!」
周囲に対して叫んだ。
「何処なりとも。もう!」
「そうだな」
ロドヴィーゴが完全にオテロに呆れてしまい周囲に告げた。
「もう。今はな」
「オテロ様」
デズデモーナがそれでも夫を気遣って駆け寄る。しかしオテロはそんな彼女を突き飛ばす。そのうえでまたしても叫ぶのだった。もうそれは悲鳴だった。
「去れ!わしの前から!」
「よし、完全に終わった」
イヤーゴは取り乱すオテロの有様を見てほくそ笑む。
「毒が完全に回ったな」
「わしだけは自分から逃れることができない。血だ!」
オテロの取り乱した言葉が続く。
「卑しい思い!それがわしを苦しませる!」
「恐ろしいことだ」
ロドヴィーゴは首を横に振るばかりだった。オテロの有様を。
「もう去ろう。今の彼は」
「そうですね」
「少なくとも今は」
皆ロドヴィーゴのその言葉に従うのだった。悲しい顔で。
「去りましょう」
「もう」
「抱き合った二人を見るのか」
デズデモーナもロドヴィーゴとエミーリアに護られてその場を後にする。カッシオもロデリーゴも。残っているのはオテロとイヤーゴだけだった。オテロは取り乱し続けておりイヤーゴは悪魔の顔で彼を見ているのだった。それは嘲笑する悪魔の顔だった。邪悪な悪魔そのものだった。
「ハンカチだ」
オテロは言う。
「ハンカチ!どうすればいいんだ!ああ!」
遂に昏倒して仰向けに倒れこんだ。もう己の心の乱れに耐えられなくなったのだ。城の外から聞こえるヴェネツィアとオテロを讃える言葉ももう耳には入らない。イヤーゴはその仰向けに倒れ込んでしまったオテロを見下ろして笑う。やはり嘲笑する邪悪な悪魔の素顔で。
「誰が妨げることができよう。俺がこいつの額をこの踵で踏み潰すことを」
先の尖った靴を見ながら哂う。悪魔の笑いで倒れ伏すオテロを見下ろし続けていた。
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