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東方攻勢録

作者:ユーミー
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第一部
  第一話

 
前書き
この小説は、前作(東方守勢録)から続いています。

守勢録を見ていない方は、そちらからご覧になるのをオススメいたします。
 

 
幻想郷は窮地に立たされていた。

突如現れた大勢の外来人により、彼女達は予想以上の苦戦をしいられていた。ある者は戦いにやぶれ、ある者は人質をとられしかたなく協力し、ある者はそれに抗い続けた。

幻想郷を絶望が埋め尽くそうとした時、スキマ妖怪『八雲紫』の手によって一人の少年が姿を現した。


少年の名は『里中俊司』


少年は彼女達の敵と同じである外来人だった。だが、そいつらとはちがう。幻想郷のことを知った少年は、自ら手を貸すことを望んだのだ。

それから、絶望で埋め尽くされようとしていた幻想郷に希望の光が現れていた。少年の知識は彼女たちを救い、また、彼女達の知識が少年を救った。

だが、ある出来事から少年の心に復讐の念が生まれてしまった。

少年は復讐を遂げるべく日々努力した。それは外来人とは思えない成長を見せながら。その努力の成果もあってか、少年は復讐を遂げることに成功した。だが、それが少年を落とし穴につき落して行ったのだ。

復讐を遂げた瞬間、少年は復讐相手に殺されてしまった。何も抗うことができず、あっというまに。

少年の死はさらなる絶望を生んだ。彼女達にとっての希望の光となった少年の死は、予想外の士気の低下につながってしまった。

これからどうなってしまうのか……。彼女達にのこされたのは、絶望と不安だけだった。














(あれからどれくらいたったんだろう……)


少年の視界が暗転してから数分が立とうとしていた。戦闘の感覚もまだ残っている。ほとんど生きていたときと変わっていなかった。

だが、体は動こうとはしない。ただ残っていたのは、正常になった自分の思考だけ。瞼でさえ動こうとはしなかった。

自分が死んだからだってことは分かっている。でも、それならなぜ意識が残っている?なぜ考える余裕がある?少年の脳内には疑問しか残らなかった。


(……後悔ばっかりだな……俺の人生)


振り返った人生は、思い出の中に眠る後悔の念だった。幼馴染を救えなかったこと、妹を残して死んでしまうこと。そして……妖夢に本当のことを伝えることなく死んでしまうこと。

それぞれが、少年の心を苦しめていった。


(きっと来世は悲惨なんだろうな)


思考までもがネガティブになっていく。そんな少年に何が待っているかなんて、この時は分かりもしなかった。


(……?)


急に体中を温かい何かが少年を包み込んでくる。きっとその時が来たんだと、軽く身構えていた。


(さて……なにが……待ってるのかな……)


少年はそのまま温かい物体に身を任せ、ゆっくりと意識を手放して行く。

まだ終わりたくないという願いも捨てて……






















「ん……あ……れ?」


目を覚ますと、少年は空を見つめていた。最後に見た景色とは全く違う。すべてを支えてくれそうな空だった。体もいつも通りで、痛みを感じることなく動いていた。

そっと視界に自分の手を持っていく。なんの変哲もない、いつもの手だった。


「なにが……おきて……」

「お! 目覚めたかい?」

「!?」


少年が体を起こすと、そこには二十代くらいの女性が立っていた。


「あははっ。そんな驚いた顔しなくてもいいじゃないか」

「あっ……いえ……すいません」

「いいよ謝らなくて。えっと……里中俊司君でいいね?」

「あ、はい。小野塚小町さん」


俊司がそう言うと、小町は笑いながら「ああそうさ」と返事をした。


「さて、外来人の君なら、私がここで何をしているかわかるよね?」

「はい。俺の魂を運んでるってことですよね。小野塚さん」

「小町でいいよ」


どう言って、小町は笑っていた。


「あ……はい」

「まあ、魂を運んでるのは運んでるんだけどね。でも気にならないかい?」

「何がですか?」

「なんであたいがあんたを運んでるかってことだよ。私の仕事は、主に幻想郷の住人を対象にしてるのに、外来人であるあんたを運んでるんだからさ」

「あ……」


確かに、外の世界でも小町の仕事内容は幻想郷の死者の担当だと聞いたことがあった。

なら、なぜ外来人である俊司の魂を運んでいるのか。なにか例外があってのことだろうが、俊司に分かるわけがなかった。


「すいません……わからないですね」

「まあそうだろうね。ほら、そこ見てみ?」

「え……!?」


背後を振り向いた俊司は、ただただ唖然としていた。

見覚えのある服装・髪型・顔。それに腹部に突き刺さったナイフ。周りには生々しく血で濡れている。

どこからどう見ても俊司自身だった。


「俺の……体?」

「正確的に言うと死体だね」

「死体……でもなんで小町さんが俺の死体なんかを……?」

「映姫様から直々に言われたのさ。まあ理由は分からないんだけどね」


小町はそう言って笑っていた。

映姫様とは、おそらく小町の上司にあたる地獄の閻魔様『四季映姫』のことだろう。だが、なぜ彼女が俊司の死体を持ってくるように命じたのか、まったくと言って見当がつかなかった。


「そうですか」

「悪いね。さて、もうしばしの船旅だ。まあ、ゆっくりしときな」

「船旅……? あ…‥‥」


これだけ長い間話をしていたにもかかわらず、俊司は今初めてここが船の上であることに気がついた。よく見ると、小町も舵を取るようなしぐさをしている。

その瞬間、俊司はなぜか表情を青ざめていた。


「……あの」

「ん? なんだい?」

「賃金……もってないんですけど……」


死神に船の代金を渡さないと、三途の川に落とされる。それは小町であっても同じであるはずだ。それに俊司はこの世界のお金を持ってはいない。

だが、不安そうにする俊司を見ながら小町は笑っていた。


「あははっ。大丈夫大丈夫! お金は映姫様が支払ってくれるからさ!」

「えっ……なんでですか?」

「それがねぇ……それすらも理由を聞かされてないのさ。死人の賃金を閻魔が払うなんて前代未聞なのにねぇ」

「……そうなんですか」

「ま、それはそれだからね。さてと、お前さんにいろいろ聞きたいことがあるんだ。退屈させないでくれよ?」


そう言って、小町は笑みを浮かべていた。











地獄にて


「四季映姫」

「はい」


映姫と呼ばれた少女は、ある男に呼び止められていた。


「今日の裁判だが、急に入れ替えを行ったと聞いたが?」

「はい。早急に裁かなければいけないものがいたもので」

「だが……」

「もう決定しましたから。では、時間ですので」


それだけを言い残すと、映姫は男に一礼したのちその場を後にした。


「まったく……何を考えてるかはだいたいわかるが……そんなに急ぐことなのか?」


男は去っていく少女を見ながら、軽く愚痴をこぼしていた。











そのころ彼岸では、


「はい到着! なかなか面白い話だったよ。外の話も聞けたし!」

「それはよかったです」


川岸で、小町と俊司は話をしていた。


「さて、しばらく経ったら裁判が始まるから、それまでゆっくりしときなよ」

「ありがとうございます……あの、一つ質問いいですか?」

「ん? なんだい?」

「幻想郷のことです。あんなことになってるのに、どうして助けに行こうとしないんですか?」


俊司がそう問いただすと、小町は急に険しい顔になった。


「あたいだってなんとかしたいさ。でも、ここに来る人はいつ何時増えるかわからない。だからここを離れることもできないんだよ」

「……」


幻想郷でおきているのは戦争そのものだ。小町の言うとおり、いつ誰がどこで死んでしまってもおかしくはない。

ましてや、それが多人数となってしまったら、明らかに人手不足となってしまう。それを回避するためには、仕方ないとしか言いようがなかっただろう。


「すいません変なこと言って」

「いいって。普通はそう思うさっと」


小町はそう言って笑みを返すと、船に乗せていた俊司の死体を持ちあげた。


「じゃ、あたいはこれで」

「あ、はい。あの……どこに持っていくんですか?」

「映姫様に言われたところだけど……まあ、何するかは分からないんだけどさ」

「そうですか……すいません。ありがとうございました」

「いい判決が下されるといいね。じゃあ!」


そう言い残すと、小町はその場から居なくなっていた。

なにも聞こえなくなり、そよ風がすぅっと駆け抜けていく。そのなかで、俊司は一人表情を濁していた。


「妖夢……」


俊司の頭の中には、生き別れとなってしまった少女が映っていた。

思い出すたびに俊司の心は締め付けられる。だが、思い出さなくてもさびしくなってくる。心が不安定になっているのか、俊司はなぜか泣きそうになっていた。


「……ごめん」


ふと三途の川の向こう側をみた俊司は、無意識にそう呟いていた。彼女に向けての言葉だったのか、あるいはみんなに向けての言葉だったのか、それは俊司自身にもわからなかった。

ゆっくりと息を吐くと、俊司は重い足をゆっくりと動かし始める。できるだけ何も考えず、ただただその時が来るまで、ひたすら足を動かしていた。









その数十分後、死人里中俊司の裁判が開始された。
 
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