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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第九章 双月の舞踏会
  第一話 朝食会

 
前書き
 ……セイバーがお腹一杯の姿が……想像出来ない。 

 
 
 …………さて―――俺は何故こんなことになっているんだ?



「さて、詳しい事情を聞かせてもらいましょうか」

 伏せていた顔を上げ、ぐるりと周りを見渡す士郎。
 雲一つなく晴れ渡った空から降り注ぐ日の光が、窓から差し込み柔らかな暖かさが居間に広がっている。
 そこには、七人の人の姿があった。
 七人はそれぞれグルーブに分かれているかのように居間の中、右に三人、左に四人と二つに大きく分かれている。
 士郎から見て右に、ティファニアとアニエス、そしてセイバーが。
 左にはルイズとシエスタ、キュルケとロングビルが立ってこちらを見下ろしている。
 そして二つに分かれた彼女たちの中心に俺―――衛宮士郎が正座で座っている。
 助けを求めるように、目の前に立つセイバーの後ろにいる六人の顔を順に見回すが、全員目が合う前に顔を背けてしまう。
 
「―――シロウ」

 ビクリと肩を震わせ恐る恐ると顔を前に戻すと、そこにはニッコリと笑うセイバーの顔が。

「あ、いや、別に何でもないぞ。ただ、な、セイバー……何故俺はここで正座をさせられているんだ?」
「分からないんですか?」

 顎に白い指先を当て、こてりと小首を傾げるセイバー。
 その姿だけならば、とても可愛らしく思わず微笑んでしまいそうになるが、細めた目の奥に鈍く輝く冷たく硬い光りがそれを許さない。
 そろそろ限界に近づいて来た足の感覚(痺れ)が全身に回ったかのように、一瞬士郎の身体がビクリと震えた。

「あ、その、だな……あ~……もしかして昨日の晩御飯が気に入ら―――すみません」
「…………はぁ」

 話の途中で突然頭を下げる(土下座)士郎。
 額を勢いよく床にぶつけて頭を下げる士郎を見下ろすセイバーは、小さく溜め息をつくと後ろに立つルイズに振り向いた。

「確かルイズ、でしたか」
「な、何よ」

 セイバーから話しかけられたルイズは、一瞬床から飛び上がるとどもりながらも強気に返事を返す。

「シロウからあなたのことは聞いていますが、まだ知らないことも多い。なので昨日の夜の件も含めて詳しく事情を聞きたいのですが」
「き、昨日の件って、な、何のことよ」
(とぼ)けても無駄です。昨日の森の中での戦闘は、私とそこにいるアニエスが一部始終見ていました」
「え、見てって……あなたあそこにいたの?」
「ええ。そしてあの後気絶するように眠ったあなたたちを運んだのも私たちです」
「えっ!?」

 ルイズの視線がセイバーから士郎に移動する。
 士郎が黙って頷くと、バツの悪そうな顔を浮かべたルイズがもごもごと口を動かした。

「そ、そう。わ、悪かったわねそれは。で、でも、だからって教えられるようなことじゃ……」

 ルイズの視線が部屋の隅で俯いて固まっているティファニアに向けられる。
 ティファニアはビクリと身体を震わせると、家の中にも関わらず頭に被った大きな帽子の端をギュッと握り締め身体を小さく縮こませた。

「テファ。すみませんが少し席を外してもらっても構いませんか?」
「え、あ、うん。それは構わないけど……でも」

 戸惑うティファニアの視線がチラリと正座する士郎に向けられる。
 士郎が目で『行かないでくれ』と懇願するが、

「安心して下さい。命は保証します」
「あ、安心できないよ」

 笑いかけてくるセイバーに、ティファニアは頬をヒクつかせる。助けを求める視線を向ける士郎と、細めた目から鋭い光りを輝かせるセイバーを交互に見比べたティファニアは、覚悟を決めたようにキッと顔を上げる。
 そしてセイバーに顔を向けると、

「床は汚さないでね」

 どこまで本気か分からないことを口にしたティファニアは悲しげに目を伏せながら、絶望の表情を浮かべる士郎から逃げるように居間から逃げ出す。
 バタンと大きく音を立てて閉まった扉の音が、居間の中から消え去ると、セイバーが唖然と口を開けたルイズに話しかけた。

「さて、それでは詳しい話しを聞かせてもらいましょうか」
「く、詳しい話しって……そもそもあなたは誰なのよ?」

 じりっと後退しながらルイズがセイバーに指を突きつける。

「そう言えば自己紹介がまだでしたね。少し性急すぎましたか。私はアルトリア・ペンドラゴン。シロウの、そう……古い……知り合いです」
「知り合い? ふ~ん……知り合いねぇ……」

 口の中で転がすように、『知り合い』という言葉を何度もブツブツと呟くルイズ。半目でジロリとセイバーを睨み付けると、次に士郎を見下ろした。正座を続ける士郎に視線が集中する。
 向けられる視線は四つ。
 ルイズとシエスタ、キュルケとロングビルの計四つであった。
 士郎は視線に押されるように、肩を縮こませ小さくなっていく。

「どんな知り合い何だか」
「私とシロウがどんな関係かは今はそれこそ関係ありません。先程も言った通り、私はある程度あなたたちの事情は知っていますが、それもある程度までです、全てではありません。昨日はアニエスに止められたので、聞くことが出来ませんでしたが、今は流石に邪魔は―――」
「……死にたくないからな」

 セイバーの視線が向けられると、アニエスは背を預けた壁に後頭部を当て嘆息した。

「……いくらシロウの古い知り合いだからって、教えられないことはあるわよ」
「どうしても、ですか」

 ジロリと鋭い視線がルイズに突き刺さる。
 ごくりと喉を鳴らし、一歩下がるルイズの後ろから溜め息混じりの声が上がる。

「と言うかあんたは何が聞きたいんだい?」

 ルイズが後ろを振り向くと、そこには腕を組んで壁に寄りかかったロングビルがいた。

「さっきから聞いてたけど、何をそんなに知りたいのか言ってくれなきゃ教えられることか教えられないことか分からないからね?」

 ロングビルの問いに、セイバーはルイズたちを一人一人見回すと最後に士郎を見下ろした。

「そうですね。それではまず―――」

 士郎の前で仁王立ちするセイバーが冷徹な視線をルイズたちに向ける。
 圧力を感じる程の強さを持つ視線を受け、ルイズたちの顔が険しく歪む。
 何を聞く気だと構えるルイズたちに、セイバーはゆっくりと口を開くと。



 ……ぐぅ~~……。



「―――今日の朝食は?」
「「「「「知るかッ!!」」」」」
 
 








「っんぐんぐ……はぐはぐ……んっん……っもぐっ……っっ……」

 セイバーの一言から、士郎の公開処け……尋も……話し合い? から急遽朝食に変更となった。この人数では居間では狭過ぎるとのことから、朝食を取る場所は庭にと移動することになった。
 痺れる足を引きずるように居間を後にした士郎は、これ以上セイバーの機嫌を損ねないよう急いで料理を始めた。
 ティファニアが家の中から全員が座れる程の大きな一枚の布を取り出し家の前に広げていると、家の扉から士郎が現れた。広げた両腕に片腕に三皿ずつ、士郎は合計六皿の大皿を両腕に乗せたいた。士郎が持った大皿の上には、文字通り山盛りの料理があった。
 朝日に照らされ輝く下生えの上に広げられた布の真ん中には、当然のように堂々と正座をしているセイバーが瞑想するかのように目を伏せている。
 士郎はセイバーの前を中心に、手に持った大皿を広げていく。
 気を効かせたシエスタが家の中から持ってきた小皿を全員に配ると、広げられた料理を囲むように全員が布の上に座り。
 青空から降り注ぐ暖かな日の光を浴び、早朝の爽やかな緑の香りを感じながらの……朝食会が始まった。





「……で」
「はぐはぐ、もぐもぐ……んっんっん~……んぐ」
「あんたは何時まで食べてるのよ」

 ルイズがぽっこりと膨らんだお腹を撫でながら、未だにもぐもぐと口を動かすセイバーにジト目を向けた。
 士郎の用意した料理は明らかにここにいる人数―――八人にしては多すぎる量であり。下手すればその倍の人数がいても大丈夫な程の量はあるように見えた。
 その証拠に士郎が用意した六皿の大皿はその半分も減ってはいない。
 セイバーを除く全員が、膨れたお腹に手を置いて未だ食事を続ける食いしん坊(セイバー)を呆れた目で見つめている。
 
「んく……何を言っているのですか? まだ料理は残っているではありませんか。食べ物がまだ残っているのに、食事を止めるわけがありません」
「え? その、でも、流石にこの量を一人では……」
「―――問題ありません」
「そ、そう……」

 チラリと未だ山を形成する料理を見下ろすルイズを、セイバーは口に箸を咥えながら威嚇するように睨み付ける。
 餌を取り上げられるのを警戒する猫のような姿に、ルイズは助けを求めるように士郎に視線を向ける。静かに首を横に振る士郎の姿に、ルイズは溜め息を吐くとごろりと寝転がった。

「食事をとった後に直ぐ寝ると太―――」
「っ!?」

 ぼそっと士郎が呟き羽起きるルイズ。

「っ、しょ、しょうがないじゃないっ! まだ全然疲れが取れてないんだもん……」

 ぷくりと頬を膨らませたルイズが、いじけるようにそっぽを向く。

「ならシロウが教えてよ。この人って誰な……の、よ……うそ」

 士郎から顔を逸らし、セイバーに指を突きつけたルイズの顔が驚愕に歪む。
 視線の先には山盛りの料理を切り崩すセイバーの姿……ではなかった。

「料理が……なくなってる」
「信じられない」
「どんな胃袋をしてんだい」
「何で体型が変わってないのよ」
「……ああ、また食料の備蓄が……」

 綺麗になった六枚の大皿を前に、口元をナプキンをフキフキと拭いているセイバーの姿を、ルイズたちは各々驚きの目で見つめている。
 驚いていないのは、たった二人。
 頭を抱え、泣きそうな顔をしているティファニアと、

「セイバー……どうだ?」

 恐る恐ると問いかける士郎だった。
 
「……まあ、腹八分目と言いますし」
「「「「腹八分目ぇっ!!?」」」」

 目を見開き悲鳴じみた声を上げるルイズたちを尻目に、士郎とセイバーは話しを続けている。

「それで、少しは機嫌を直してくれたか?」
「……元々機嫌は悪くありません」
「そ、そうか」

 すまし顔のセイバーだったが、傍から見れば、明らかに機嫌は悪い。
 腰の引けた姿を見せる士郎の姿に、セイバーは小さく溜め息を吐くと、ジロリと隅で固まるルイズたちを睨めつけた。

「それで、居間での話の続きですが」
「っな、何よ?」
「詳しい事情を聞かせてもらいましょうか」
「……何が聞きたいのよ」

 セイバーの視線に圧力を感じたように、ルイズが座ったまま、じりっと後ろに下がる。
 警戒も露わなルイズ。
 セイバーは口を開くと、

「そう、ですね……まずは……その、そう、し、シロウとの関係を……」

 頬を微かに赤く染め、先ほどとは違った歯切れの悪い口調で話し始めた。

「え? シロウとの関係? って何であなたにそんなことを教えなくちゃいけないのよ」

 予想外の事を言われたため、一瞬ポカンとするルイズだったが、直ぐに何かに気付いたように険しい顔でセイバーを睨みつけた。

「っ、そ、それは、私はシロウの、その、古い知り合いですから、その……気になるんです」

 ぷいっとそっぽを向くセイバー。
 明後日の方向を向くセイバーの頬が、赤く染まっていることに気付かない者は、(士郎を除き)気付かない者はいなかった。
 
「ふ~ん……古い知り合いだから……ねぇ……」
「っな、何ですかっ! 何か言いたいことでもあるんですかっ!!」
「「「「別にぃ」」」」

 真っ赤な顔で立ち上がるセイバーに、含み笑いが混じる四つの視線が突き刺さる。
 
「くっ。そ、それでっ! あなたたちはシロウの何なんですかっ!!」
「シロウからある程度は聞いてるんでしょ。シロウは何て?」
「……命の恩人で、世話になっていると……」
「命の恩人で―――」
「「「―――世話になっているねぇ」」」

 その場にいる全員の視線が一斉に士郎に向けられる。

「な、なんだ? 嘘は言っていない筈だが」
「確かに嘘()言ってないわね」

 ニンマリと歪ませた唇に細い指先を当てたキュルケの何かを含んだ言葉に、士郎の全身から一気に嫌な汗が吹き出た。
 責めるような視線を受ける士郎は、脂汗で濡れる顔に苦笑いを浮かべながら必死に頭を働かせる。しかし、どれだけ頭を回しても、ここまで責めるような視線を向けられる理由が浮かばない。
 どんどんと顔の歪みが深くなる様子に、士郎に向けられる視線が弱まる。

「ま、シロウの言っていることは間違いじゃないわね。もちろん、それだけじゃないけど」
「まあね」

 キュルケに視線を向けられたルイズは、得意気にニヤリとした笑顔をセイバーに向けた。

「っく」

 悔しげにセイバーが歯噛みする。

「それだけじゃないとは、一体どういうこ―――」
「はいはい、もう少し落ち着きましょう。はい、アルトお茶ですよ。皆さんもどうぞ」

 声に苛立ちが混じりだしたセイバーの機先を制するように、横手にティファニアがお茶を持った手を差し出した。
 食事が一段落したことから、ティファニアは一旦家の中に戻り全員分のお茶を持ってきたのだ。
 お盆に乗せたお茶が入ったカップをそれぞれ全員に配り終えたティファニアは、セイバーの隣に座ると、膝に上に乗せた自分の分のお茶が入ったカップを両手で持ち上げ。

「―――それで、お話は終わったの?」

 セイバーの顔を覗き込んだ。

「まだです。……身内の話しのようなものですので、ティファニアは家の中に戻っていてください。子供たちもそろそろ目を覚ます頃ですし」
「う~ん……そうしたいのはやまやまなんだけど……実はわたしも聞きたいことが」

 小首を傾げながら、振り返るティファニア。

「? どうしました?」

 セイバーの問いに答えることなく、

「それで、わたしも事情を聞いてもいい―――」

 ティファニアは目を少し細めロングビルへと話しかけた。

「―――マチルダ姉さん?」





「「「「マチルダ―――」」」」

 その場にいる者の視線が一斉にロングビルへ向かい。 

「「「「姉さん?」」」」

 困惑の声を上げた。





「えっと……どういことミス・ロングビル(・・・・・)?」 

 困惑を浮かべたルイズがロングビルに問いかける。

 動揺。
 戸惑い。
 疑問。
 
 様々な視線を向けられたロングビルは、小さく溜め息を吐くと困ったように額に手を当てた。

「ま、そうなるわよね。久しぶり、テファ。元気してた?」
「え、あ、うん。みんな元気だけど……でも。本当にどうしたの? 手紙ではいい仕事につけたって書いてあったけど。この人たちの護衛か何かがその仕事なの? 危険な仕事はしないって言ってたのに」

 悪戯が見つかった子供が浮かべるような、誤魔化すような笑みを浮かべるロングビルに、ティファニアが腰に手を当て声を上げた。

「あ~……違う違う。実はね、この子たちが通ってる魔法学園の学園長の秘書をやってるんだよ」
「えっうそっ! 学園長の秘書っ! すごいすごい! あれ? でも、ならどうして教えてくれなかったの? ずっとどんな仕事してるか聞いても教えてくれなくて心配してたのに」
「うっ、ま、その……」

 きらきらと輝く純粋な目で問いかけてくるティファニアから逃げるように、ロングビルは苦虫を噛み潰したような顔を明後日の方向に向けた。

「で、いい加減教えてくれるかしら?」

 が、その先には苛立ちを全く隠そうとしないルイズの姿が。
 退路を絶たれたロングビルが、視線をうろうろと彷徨わせている間にも追求は続く。

「最近手紙を送ってくれないし、ずっと心配していたのよ」
「ねぇ、ミス・ロングビル。その子と知り合いみたいだけど、結局どういう関係なのよ」

 が、しかしぽつりとティファニアが呟いた一言によってその流れが変わることになる。
 
「さっきからロングビルって呼ばれてるけど……姉さん何時から名前変えたの? あっ! もしかして結っ……あはは……」
「―――なに笑ってるんだい?」
「ね、姉さん目が怖い」

 ティファニアの不容易すぎる発言により、風向きが変わり。

「この方がテファの姉ですか。話に聞いた通りの……いえ、それ以上の人ですね」

 同じくポツリと呟かれたセイバーの余計な一言によって、変わった風向きは更に強くなる。

「テファ?」
「だ、だから目が怖いよ姉さん」
「テファが言っていた姉がまさかロングビルのことだったとは……驚いたな」

 そして更に、ロングビルに迫られ怯えるティファニアをぼんやりと人ごとのように眺めていた士郎が、何気なく呟いた一言が―――。

「―――そう言えばシロウ。あなたもロングビルのことマチルダって言ってたわね。と言うかテファて何? テファって? 呼び捨て? この子と随分仲がいいのね?」

 新たな別の風を創りだした。

「あ~……ルイズ、目が怖いぞ」
「どういうことですかシロウさん?」
「シエスタ……目が笑ってないぞ」
「あはは……シロウさんソンナコトナイデスヨ?」
「ホントオカシナシロウ」
「あ、はは……す、すまない。そうだな、そんなことないよな」
「「でシロウ。この二人の金髪の子との関係は? どうしてロングビルのことをマチルダって呼んでるの?」」
「やっぱり目が笑ってないっ!!」
「「さあ、答えなさいっ! シロ―――」」

 ―――パンッ―――

 段々と収集がつかなくなり、混沌を極めようとする場に手を叩く乾いた音が響いた。

「はいはいそこまで。これじゃ全然話が進まないじゃないの。まずはそうね」

 手を叩いたのはキュルケであった。
 キュルケはパンパンと手を叩きながら布の真ん中まで歩いていくと、ロングビルに指を突きつけた。

「ロングビル、それともマチルダかしら? ま、あたしはどっちでも構わないけど、まずはあなたから聞かせてもらえる? そこの子からどうしてマチルダ姉さんって呼ばれているのかとかをね」

 キュルケに指を突きつけられたロングビルは、ぐるりと周りを見渡すと目を伏せ、

「ま、いい機会か」

 と、小さく呟いた。

「まあ、薄々気付いているだろうけど、ロングビルってのは偽名でね。マチルダ・オブ・サウスゴータってのが本当の名前だよ」
「サウスゴーダ……あれ、もしかして」

 キュルケの視線を受けたロングビルが頷く。

「ご想像の通り。わたしの父親が元々この辺りの太守だったんだよ」
「じゃ、この子は? 髪の色とか違うけど、マチルダ姉さんって呼んでるってことは腹違いの妹とかなの?」

 キュルケが指差した先には、皆の視線を受けビクッと身体を震わせ縮こまるティファニアの姿が。

「妹みたいなものだけど、本当の妹ってわけじゃないよ。この子は……わたしの父親が仕えていた主の娘さ」
「へぇ、そうなんだ。そんな子がこんな孤児院みたいな村にいるってことは―――」

 ティファニアが悲しげに目を伏せる様子を見て、キュルケは続く言葉を飲み込んだ。
 ロングビルは一瞬だけ悲しげな顔を浮かべたが、直ぐにいつもどおりの不敵な笑みを口元に浮かべると、後ろに手を突き身体を反り晴れ渡った空を見上げた。

「まあ、ご想像の通りだね。色々とあって、わたしとこの子の二人でここで生活するようになったのさ。とは言え元々貴族の娘。生活するにも勝手が分からず苦労したよ。森の中には食べ物とか色々あるけど、どうしてもそれだけじゃ足りなくて必要なものが出てくるわけよ。とは言え使えば金はなくなるもの。外に稼ぎに出るようになるのも遅くはなかったね。稼ぐとなると人に名前を名乗る必要があるだろ、そんな時、貴族だった頃の名前を言えるわけもなく、自然と偽名を使うようになったのさ」

 長々と喋り乾いた喉を、手に持ったコップを傾け熱いお茶で潤すと、ウエストウッド村に建っているこじんまりとした小さな家に視線を向けた。

「ま、それで森から出ては色々と稼いで必要なものを買っては戻るということを繰り返してたんだけど……そのうち余計なものまで拾ってくるようになっちまってね」
「余計なものって姉さんっ!」

 ロングビルの言葉に、ティファニアは顔を上げ批難の声を上げた。
 白い顔を赤く染めて怒るティファニアに手を上げたロングビルは、苦笑いを浮かべながら謝罪する。

「ごめんごめん。余計なものじゃないよ。言葉の綾さ、冗談だよ。そんなに怒らないでおくれよ」
「余計なものって何のことよ?」

 ルイズが腕を組んで小首を傾げる。
 ロングビルは、サウスゴーダ村にある家を一つ一つ見回すと、目を細め小さな笑みを浮かべた。

「孤児さ。昨日の夜シロウが言ってただろ。ここは子供しかいない村だって。キュルケが言った孤児院みたいな村ってのは間違いじゃないんだよ。わたしたちがこの森に住むようになった頃からアルビオンは大分きな臭くなり始めてね。小競り合いがあちこちで始まって孤児が何人も出始めたんだよ。教会とかが保護してたみたいだけど、数が多くてね。あぶれる子が何人もいたのさ。そういう子を外に稼ぎに出ては拾ってくるようになったのさ」
「優しいんですね」    
「よしとくれ。そういうんじゃないさ。ただの気まぐれだよ」

 シエスタの笑顔から逃げるように、ロングビルは手を振りながら顔を背けた。
 
「随分と多い気まぐれだな」
「まさに気まぐれ、ですね」

 ウエストウッド村と呼ばれるこの子供だけの村にどれだけの数の子供がいるか知っている士郎とセイバーが、口元に笑みをたたえながらロングビルに笑いかける。
 微笑まし気に笑いかけられるロングビルは、顔を真っ赤にすると、自分に向けられる笑みを消すように両手を左右にぶんぶんと勢いよく振り出した。

「何だい何だいっ!! 何か言いたいことでもあるのかいっ!」
「ね、姉さん落ち着いて。大丈夫。みんな分かってるから」

 立ち上がろうとするロングビルの肩を押さえたティファニアが、励ますように声を掛けるが、明らかに逆効果であった。
 ますます顔を真っ赤にしたロングビルが、とうとう顔を両手で隠して縮こまってしまった。
 亀のように丸くなったロングビルを、ティファニアが必死に励ましているが、励ませば励ますほど亀は強固に甲羅に閉じこもってしまう。
 すっかり甲羅に閉じこもってしまった(ロングビル)を士郎が苦笑いを浮かべながら見つめていると、いつの間にやら近くに寄ってきたルイズが、亀になったロングビルを見ながらポツリと呟いた。

「―――そして、フーケでもあると」

 繋がりのない言葉であったが、その意味が分からない者はその場にはいなかった。

「ミス・ロングビル……いえ、ミス・マチルダがあのフーケなんですか?」
 
 ルイズと同じく何時の間にか隣に座っていたシエスタからの含みを持った視線を受けた士郎が、逃げるように顔をずらすが、

「観念して話したら。もう、みんな気付いているわよ」

 逃げた先には同じく含みを持った視線を投げかけるキュルケの姿があった。

「はぁ……まぁ、そういうことだ」
「……そっか」
「あの『土くれのフーケ』がミス・マチルダだったなんて……ん~……あれ? あんまり違和感がない?」
「まっ、あたしは薄々気付いていたけどね」
「あんまり驚いていないみたいだな。マチルダがあの『土くれのフーケ』だということに」

 誰も驚く様子を見せないことに士郎が首を傾げると、ルイズたちは少し甲羅から顔を出してきたロングビルを見つめながら、

「「「別に、気にするようなことじゃないじゃない」でもありませんし」じゃないからね」

 笑いながら囁いた。 
 




「「「で、この二人の金髪の子との関係を詳しく教えてくれる?」」」

「―――っう」

 何故か恐怖を覚える笑みを浮かべるルイズたちから逃げるように後ずさる士郎の背中に、コツンと硬い何かが当たり振り返ると、

「私もこの者たちと、シロウとの関係を詳しく教えてもらってもいいですか?」

 デュランダルが収められた鞘を握るセイバーの姿が。 

「……はぁ―――なんでさ」

 思わず空を仰いだ士郎の視線の先には、涙が出るほど澄み渡った青い空が広がっていた。










「全く……分からない男だな」

 ティファニアの家の軒下に腰を下ろしたアニエスが、ぎゃあぎゃあと騒がしい一団を眺めながらポツリと呟いた。
 ここ最近で飛躍的に危機察知能力を高めたアニエスは、セイバーが食事を終えた辺りで漂いだした不穏な空気を敏感に察し、一人ティファニアの家の軒下に逃げ出していたのだ。
 視線の先では、四人の少女に囲まれた士郎が空を仰いで乾いた笑みを浮かべている。
 その姿に昨夜の獅子奮迅の活躍の面影は欠片も見えない。
 だが、この男が七万の軍勢を打倒する化物じみた力を持っていることは、紛れもない事実だろう。
 少なくとも、アニエスは士郎程強い人間を見たことがない。
 七万の軍勢を打ち倒す男の力。
 昨夜の戦いで、アニエスはその片鱗を見た。
 自分も部下たちから人間離れしているとよく言われるが、この男は文字通り人間離れしている。
 『メイジ殺し』と称えられる自分だが、しかし、開けた場所でメイジと戦えば勝つことは不可能に近い。
 魔法を放たれるよりも先に銃弾を叩き込める自信はあるが、人間を一撃で絶命させられる程の力が銃にはない。止めを指す前にメイジの魔法が自分を襲うだろう。
 複数の剣士を相手にするのも同じだ。
 負けるつもりはないが、囲まれればやがて力尽き殺られるだろう。
 だが、この男はそれをものともしない。
 メイジの力を、数の力を簡単に覆す。
 
 アニエスの目がすっと細まる。

「エミヤシロウ」

 ポツリと男の名を呟く。
 誰が信じられるだろうか。
 今目の前で少女たちに迫られ小さくなっている男がメイジを圧倒する力を持ち、七万の軍勢さえ打倒したと。
 細まった目が、士郎に迫る少女の一人を映す。
   
「アルトリア・ペンドラゴン」 

 アルトリア・ペンドラゴンと名乗った少女。
 衛宮士郎の古い知り合いだという少女。
 七万の軍勢を打ち破った男をも上回る剣士。
 
「まるで……物語に語られる『英雄』のようだ……な」
 
 溢れるように口から漏れた言葉は、誰に聞かれることなく消えていった。
 




 
 
 

 
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