私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?
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第9話 眠れる森の美少女だそうですよ?
前書き
第9話を更新します。
次の更新は、
8月6日 『蒼き夢の果てに』第68話。
タイトルは、『再び夢の世界へ』です。
その次の更新は、
8月10日 『ヴァレンタインから一週間』第26話
タイトルは、『わたしも一緒に』です。
「わたしの名前はリューヴェルト。コミュニティ翼使竜のリーダーを務めて居ます」
濃い緑の香りを鼻腔に感じながら、自らの身体の下敷きとなった下草の絨毯からゆっくりと上体を起こし、リューヴェルトはそう話し掛けた。
少し不安に思いながらの動作だったが、大丈夫。身体の各部位へのダメージを感じる事は一切なし。上空から蟲の毒に犯された上体で落下した割には、身体は通常と変わらない形で動く。
おそらく、この場に居る少女たちが何らかの回復魔法を行使してくれたのでしょう。
「あたしは、この死の森の直ぐ南に有る白い光って言う零細コミュニティのリーダーで美月。よろしくね、リューヴェルトさん」
そんなリューヴェルトの挨拶に、金髪碧眼。長い豊かな髪の毛を頭のやや上部で二か所のシニオン。つまり、判り易く言うとお団子状にしてから、緩やかに下方、自らの腰の辺りにまで流した少女。白い光のリーダーの美月が答えて来た。
死の森と呼ばれる森に、少しそぐわない明るい雰囲気で……。
そう。ここは森の奥に進む道の真ん中。所謂、けもの道と呼ばれる場所。
身体の状態を確認した後に立ち上がるリューヴェルトが、改めてそう確認する。
仄暗い森の中に有ってリューヴェルトの立つ周囲のみ、何故か陽光が差し込み、彼自身がスポットライトを当てられたかのように周囲から浮かび上がって居る状態。
足元に目を転ずると、其処には巨大な樹木の根が目立つが、それでも下草に覆われる事の少ない、土の露出した地面が存在した。
上方に目を転ずると、リューヴェルトの上方の葉がかなり乱れ、枝が折れた状態。この隙間より差し込む春の陽光が、彼を暗い森の中で目立つ存在へと化している原因。そして、この折れた枝や、乱れた葉。更に、つい先ほどまでリューヴェルトが倒れ込んでいた場所から、光り差さない方向へと鬱蒼と生い茂る緑の下草たちが、上空から墜落した際の衝撃を和らげてくれたのは間違いない。
そう。此のけもの道を一歩でも外れると、其処は深い下草に覆われた人間の侵入を拒む自然の領域。今、リューヴェルトが立つ地点こそが、動物と植物の世界の境界線上と言うべき地点。
いや。むしろ、人の手が入る事の無くなったこの森で、このようなけもの道が残されている事の方が奇妙と言える程の、歩きやすい道と言うべきであろうか。
「それで、リューヴェルトさんは、何で、こんなトコロに居るのかな?」
☆★☆★☆
「ふ~ん、またギアスロールが降って来たんだ」
前日の黄泉比良坂内での出来事を思い出しながら、美月が少しうんざりとした雰囲気でそう答えた。
肩に何か大きな荷物の入った袋を背負い、下草は存在していないとは言え、歩き辛いはずの樹木の根が目立つけもの道を危なげない足取りで、森の奥に向かって進みながら。
「また、と言う事は、以前にも、同じようなギフトゲームを行った事が有ると言う事なのですか?」
そしてこちらは、つい一時間前までは蟲の毒に犯され、意識を失い生死の境界線上を彷徨って居たとは思えないような、しっかりとした足取りで同じように森の奥に進むリューヴェルト。
おそらく、彼自身の魔力の素質が高く、そして、美月たちの治療が早かった事により、消耗した魔力が少なかった事が幸いしたのでしょう。
尚、美月の抱える荷物を持つ事を申し出たリューヴェルトでしたが、それは美月に因ってやんわりと断られて仕舞って居ました。
何でも、この荷物は彼女に取ってかなり大切な宝物で有り、他人に預ける事など絶対に出来ない物だと言う理由で。
「昨日は、そのギフトゲームに巻き込まれて、黄泉の国の入り口にまで連れて行かれたからなぁ」
美月の足元を、その身体に相応しい足取りで進む白猫……。美月によりタマと紹介された猫が、彼女独特のイントネーションを持つ口調でそう答えた。
確かに猫が人語を解したり、話したりするような異常事態が目の前で進展しているのだが、これも、この箱庭世界ではそう不思議な事ではないので、驚くには値しない出来事。
まして、神仙と関係が深い世界で有る以上、黄泉の国などがギフトゲームに関わって来たとしても、可能性としては有り得る、……と理解して置いた方が良い。
そう、納得するリューヴェルト。少なくとも、自らがこの箱庭世界にやって来た現象自体に神が関係している以上、それ以外に何が起きたとしても不思議ではない。
「それでは、みなさんもこのギフトゲームの参加者と言う事なのですか」
それに、昨日、黄泉の国の入り口で行われたギフトゲームに参加したのなら、次の日に死の森と呼ばれる危険な森で開かれるゲームに参加させられたとしても不思議ではない。そうリューヴェルトは考えていた。
「一応、そのギアスロールなら、この森に入ったトコロで受け取ったんだけどねぇ」
リューヴェルトの五歩先を進む美月がそう答えた。
但し、その声音には少し……。いや、かなり大きな不安が潜んでいるのをリューヴェルトは感じて居た。
確かに、このけもの道に顕われる事は無かったが、それでも、リューヴェルトがこの森による手荒な歓迎を受けたのは事実。まして、美月たちも、この森の入り口で妖樹たちの歓迎を受けたと言う事は語っていましたから……。
「あの御老人が何を考えて居るか妾にも判りませんが、少なくとも、絶対にクリア出来ない、と言う類のゲームを開催する御方では有りません」
しかし、そんな美月の不安を払拭するような台詞を口にする、このメンバーの中ではリューヴェルトに次ぐ年齢だと思われる黒髪の美女、白娘子と名乗った女性。
その口振りから察するに、彼女は直接、その李伯陽と言う人物を知って居る事は間違いない。
ただ、それならば、
「わたしにはあの蟲をどうにかする手段が有ったと言う事に成るのですが」
リューヴェルトはそう呟いた。
確かに、毒を空気と共に吸い込まされるような状況に陥ったのはウカツで有ったとは思うが、それも、勝利条件の中に存在していた森の生命体を出来るだけ殺す事なく、と言う一文があの危険な状況を作り上げたのは事実。
あの一文が無ければフェザーバリアを解除する事は有り得なかったのだから。
しかし、
「妖樹と蟲は同じように陰気に染まった存在ですが、それぞれを支配する存在が違います」
それまで、静かにリューヴェルトたちの会話を聞き流していた黒髪巫女服姿の少女。ハクが初めて口を開いた。
そして、
「私たちは、森の古老と呼ばれる存在との交渉を行い、森との絆を結び直し、人と共存出来る自然と言う物を取り戻そうとしているのです」
……と伝えて来た。
確かに、人間が関わり過ぎるのも問題が有るが、あまりにも人間を拒絶し過ぎる森、自然と言う物も問題が有る。
現実に、この森のように茂り過ぎた枝葉により陽光が遮られ、林立する樹木により風の侵入すら難しく成り、其処に陽光をあまり必要としない類の下草が蔓延り過ぎると、その森は新しい生命が育つ環境が整わなく成り……。
結局はこの死の森と呼ばれる森と大差ない状況に陥るのは間違いない。
矢張り、健康な森と言うのは、適度な陽光と、適度な風に因って育まれる物であるべき。
そう考えるのならば、現在のこの森は異常。
故に、陰気が滞り妖樹が増えて行く結果と成り、その陰気を吸い込んで妖樹となった植物を取り込んで普通の虫が、リューヴェルトを襲った妖虫と成った可能性も高い。
つまり、森との絆を結び直し、ハクや美月が言うように龍脈を作り直し、陰の気とやらを正常な物。通常の森と同じ物へとする事が出来るのならば、元の森に戻す事が可能かも知れない。
そう納得するリューヴェルト。但し、未だ幾つか疑問点が残って居る。
それならば、
「この方向には何が有るのです?」
次に必要な情報はこれか。そう考え、リューヴェルトが次の質問に移った。
確かに、この森の内部に関する詳しい情報が存在するとも思えないが、それでも流石に、ただ単に森の奥に向かって進んでいるとも思えない。
まして、ここから奥に向かおうとした瞬間に、上空で蟲に襲われた以上、この森の奥に何かが存在して居るのは間違いないと、リューヴェルト自身も漠然と感じて居るのも事実。
しかし、その台詞を発した瞬間に、彼以外の一同の間に微妙な雰囲気が発生する。
そうして、
「一応、妖樹どもが森の奥にウチらを招き入れたがっていたから、それに従って此方に進んでいるだけなんやけどな」
かなり自信のなさげな口調で、一同を代表するかのようにそう答える白猫のタマ。その口調は、先ほどリューヴェルトに対して動くな、と伝えて来た時と比べると全く別人の口調で有る事は間違いない。
しかし、それはもしかすると、
「明確な目的地もなく、森の奥に向かって進んでいると言う事なのですか?」
そう聞き返すリューヴェルト。口調としてはやや呆れた口調。
但し、その偶然に因って自らの生命が救われただけに、あまり、強く問い掛ける事が出来ないのも事実。
まして、ここでこの道を辿って、森の奥に向かって進む事が正しいのかどうかを確認する為に上空に飛び上がるのは、再び蟲に襲われる事と成る可能性が高くなるので……。
しかし、
「大丈夫ですよ」
涼やかなる鈴の音と共に、ハクの自信に満ちた台詞が聞こえて来た。
そして、
「今、私たちは龍脈の流れを逆に辿って進んで居ます。この龍脈に従って進んで行けば、間違いなく北から南へと流れる龍脈の龍穴に辿り着きます」
確かに、美月やハクの目的はこの森の中心に存在する龍穴から四方に伸びる龍脈を使って、陰気に染まった龍脈から、正常な状態の龍脈へと置き換える、と言う目的で行動していると言っていた。
それならば、現在、進んでいる道に沿って龍脈が存在しているのならば、ハクの言うように、遠からず龍穴に到着する可能性は高い。
其処を起点として、其処から四方に伸びる龍脈を辿り、東西南北の龍穴を利用して龍脈の調整を行えば、目的の通り、正常な龍脈へと置き換える事は可能か。
まして其処に至る前。龍脈の調整と言う、かなりの難易度を持つ作業を行う前に彼女らは森の古老と呼ばれる存在との交渉を行う事により、この企ての助力を得ようとしているようなので、本当にそのような存在が居るのならばこのギフトゲームはクリア出来る可能性が高い。
それに、この少女たちは、確かに森に侵入する前には妖樹に襲われたとは言ったが、現在は何モノにも邪魔をされるような気配もない。
この状況が既に、森を支配する何モノかに招き寄せられている状態だと考える事も可能だとリューヴェルトには思われた。
但し、それならば……。
「先ほど言っていた。妖樹と蟲は、それぞれを支配する存在が違うと言って居ましたが、それはもしかすると、森が元通り、人間と共生出来る自然と成る事を望まない存在が居る可能性も有ると言う事なのではないですか?」
足を止め、振り返ってからハクと名乗った少女を見つめた後に、そう問い掛けるリューヴェルト。
確かに、現在の状況。この森の奥に進む道が作り出されて居る状況が、森の樹木を統べる存在が森の異常事態の改善を願って居るのなら、自分たちの道行きが邪魔されない理由に説明が付く。しかし、それならば、リューヴェルト自身が上空から森の奥を目指した時に蟲に邪魔された理由が、もし、その蟲を統べるモノが、この森の異常な状態が続く事を望んでいるからだ、と仮定したのならば……。
しかし……。
「今は判りません」
しかし、ハクはリューヴェルトを少し見つめた後に、首を左右に振ってから、そう答える。
その彼女の仕草に重なる鈴の音色。
そして、
「でも、目的地が近付いて来て居る事も確かです。
其処に辿り着いてから判断したとしても、遅くはないと思いますよ」
リューヴェルトを真っ直ぐに見つめた後、少し小首を傾げるようにしてから、彼女に相応しい春の微笑みを魅せた。
その時、リューヴェルトの後方。つまり、現在、向かっている森の奥の方向から、春に相応しい優しい風が吹き寄せて来たのだった。
そう。この森に入り込んでから一度も感じる事の無かった爽やかな風の動きを……。
☆★☆★☆
頬に感じる風が新鮮な空気。濃い緑に包まれた森の大気とは違う、別の何かを伝えて来る。
木々の間から差し込む太陽の光がだんだんと力を増して行き、周囲の森から感じていた陰の気が薄まって行く。
そして、ざわざわとした嫌な雰囲気が少し遠ざかって行った。
そう。先ほどまで確かに感じて居た違和感。岩陰に。木の下の闇に感じて居た悪意有る存在の気配を感じなくなって居たのだ。
同時に、何処か遠くから、誰かが自分たちの事を嘲笑うかのような視線で見つめて居る。そんな意味のない不安感も、その風が吹いて来る場所が近付くに従って払拭されて行った。
「ここは……」
その場の入り口に立ったリューヴェルトが、独り言のようにそう呟く。
その場所は――――
急に広がった視界。
森の中に丸く広がる空白。
幻のように存在する泉。そして、この空白の地点を護るかのように埋め尽くす妖樹たち。
その泉の畔。薄い紅色の花が咲く樹の根本に眠る少女が一人。
そして、その少女を護るかのように周囲を埋め尽くす妖樹たちの群れ。
大きな四本の触枝が絡み合い、太い根のような、しかし、ふたつの蹄を持つ数本の足がその樹木のような身体を支える。
その妖樹たちが、まるで自らの母の如く、そして、神の如く周りを護る存在。
「あの寝ている女の子が、その森の古老と言う訳かいな」
一時的な失調から回復した白猫のタマが、かなり呆れたような声でそう言った。
そう。その少女は間違いなく眠って居た。
東洋人風の顔立ち。しかし、白磁と表現しても良い肌理の細かな肌。艶々とした黒髪をオレンジ色のヘアバンドで纏める。
その瞬間。僅かに納まり切らなかった前髪が周囲に舞う風に煽られて、優しく彼女の頬に掛かった。
服装は、蒼い襟の大きなセーラー服姿。落ち着いたリズムで僅かに上下する胸の赤いリボン。そして、その胸元を飾る銀の十字架が僅かに動く様から、少女が名工の手に因る精緻な人形などではなく、造形の神が気まぐれで造り上げた生命体で有る事が理解出来る。ボトムに関しては、まるで日本の女子学生を彷彿とさせるようなミニスカートに、黒のハイソックス。それに、最後は革製のローファー。
容姿から言うと、柔らかい表情のハク。妖艶と言うべき大人の女性の白娘子。元気で誰からも愛されるタイプ。愛らしい少女の美月とはまた違ったタイプの容姿。
実際、整った目鼻立ちのシャープさで言うのなら、ハクや美月を明らかに上回る容姿。長い睫。思わず触れてみたいと思わせる柔らかそうなくちびるは淡いピンク。
未だ幼さを残しながらも、大人の女性への階段を一歩踏み出した美少女と言う雰囲気であろうか。
「森の古老と言う因りは、眠れる森の美女と言う雰囲気ですか」
森の古老などと言う表現から、表皮に浮かぶ皺のような目と、虚ろな洞の口が開いた古木を想像していたリューヴェルトも、やや拍子抜けしたかのような表情及び口調でそう言った。
更に、現在の彼女が眠りに就いて居る以上、不作法に起こす訳にも行かず、さりとて、このままこの少女が眠りから覚めるまで待つ訳にも行かず。
はっきり言うと、ここまで来て、手詰まりの状態と成ったように思われたのだ。
「眠れる森の美少女ねぇ」
こちらは嘆息混じりの一言を漏らした後、何か意味あり気に後ろを振り返り、白娘子を見つめる美月。
そして、もう一度ため息。
「ここには、彼女を目覚めさせるくちづけを行える人間はいないのですから、当初予定通りに、音楽を奏でてみましょうか」
そんな美月の様子に気付いていない様子で、自らは荷物の中から横笛らしき笛を取り出しながら、そう言うハク。
しかし、目覚めのくちづけ?
「妾が知って居るここの森を作った女神の伝承は、遙か昔に交わした約束を信じたまま眠り続ける大地母神の伝承」
リューヴェルトが疑問を感じて居た事を察知したのか、白娘子が話し始めた。
そう。それは他愛もないおとぎ話。
何時の事かも判らないぐらい遠い昔。ここの森が造られるよりももっともっと昔の物語。
世界に一柱の女神が誕生した。
しかし、その女神は破壊の女神。
そして、同時に創造の女神でも有った。
破壊なくして創造はない。彼女はそうやって、何度も、何度も世界を創っては壊し、また創る、を永遠に繰り返していた。
その破壊の女神が、何度目かの創造の後、自らの創り上げた世界に絶望し、新たな世界を創り出そうとしたその時、彼女の事を友達だと言ってくれる相手が顕われた。
「あなたが世界を破壊するのなら、その前に僕に言って下さい。その時は、あなたの前に新たな世界の芽を用意します」
そして、二人で新しい世界をもう一度創るのです。
今度は、一人で創るのではなく、二人で、と……。
だから、世界を。そして、其処に暮らす存在たちの未来を奪わないで欲しいと。
それまで、彼女にも友達や、それ以外の存在が居た事も当然、有る。
しかし、それらの存在は、自分の事には感心が有るが、他人の事には一切の感心を示す事はない特殊な存在たち。
そして、それは彼女もそう変わる事は無かった。
そんな中で、その少年の言葉は……。
その日以来、彼女は世界の破壊を止めた。
そうして、色々な世界を渡り歩き、この箱庭世界のこの場所に森を作り、大きな樹の根本に横に成り、星を数えながら眠りに就いた。
自らの創り出した生命たちに守られながら。
自らを友達だと言ってくれた少年が再び、彼女の元を訪れるその日を待ちわびながら。
「まさか、本当に、そんなヤツが眠って居るとは思わへんかったけど、一応、昔話を信じて森の奥にまでやって来た、と言う訳なんや」
白娘子の話を受け継いで、白猫タマがそう言った。
但し、その言葉の後にリューヴェルトを、ある意味猫に相応しい妙に哲学者然とした表情で見つめた後に、更に続けて、
「もっとも、もしかすると、その少年と言うのがアンタの可能性も有ると思うから、美月やハクが女神の魂を揺さぶる音楽を始める前に、目覚めのくちづけを試して見るのも悪くはないと思うけど。どうや、試して見るか?」
……と、リューヴェルトからして見るとかなり問題が有る問い掛けを行って来た。
更に言うと、言葉自体はどうにも信用出来ない妙なイントネーションの言葉使いだが、どう考えても冗談や酔狂で口にしたとも思えない雰囲気での一言で有った事は間違いない。
「いえ、わたしには女神とそんな約束を交わした記憶は有りませんから、目覚めのくちづけを行った所で目覚めさせる事は不可能でしょう」
そんな、当たり障りのない答えを返すリューヴェルト。それにそれは事実。
リューヴェルト自身は前世の記憶を有する転生者。しかし、自らの前世の記憶にもそんな破壊神にして創造の女神と交わした約束に関する記憶は存在していない以上、少なくとも、彼に関係した相手ではないと思われる。
まして、見た目は美少女の容姿をしている相手だが、その正体は破壊神。更に、彼女の周囲を護る妖樹たちはどう見ても、危険な存在としか思えない相手。そんな相手に、試して見るだけの意味でくちづけを交わすのは、正直に言うと激しく辞退したい。
その瞬間、周囲に柔らかな笛の音が響き始めた。
まるで何者かに語り掛けるように、微かな鈴の音を伴奏にしながら……。
そして、その笛の音に重なる琴の音。
笛が長く尾を引くと、琴が優しく爪弾き、
笛が低く伸びると、琴が強く響く。
笛と琴。ふたつの調べがひとつと成って、風雅な音色を奏でる。
確かに、ハクの笛も、そして美月の琴にしても卓越した、と表現すべき技量を示している様にリューヴェルトには思えた。
但し、それだけでは眠れる女神にまで届く事は有り得ない。
風に揺れる梢の如き旋律。
寄せては返し、返しては寄せる漣の如き韻律。
そのどれもがより高い次元で融合し、しかし、近寄り難い雰囲気ではなく、とても穏やかで優しい音色で有った。
古来より笛、そして、琴にも神に語り掛ける演奏具としての側面が有る。
そして、今、二人が奏でているのは技量に優れた演奏ではない。これは、神に語り掛ける言葉。実際の言葉にする事はない彼女たちの魂を籠めた問い掛け。
そう。この笛の音にも、更に琴の音からも表れていたのは二人の少女の優しさ。
瞳を閉じ、木々の間から流れ来る風に乗って響く音色に身体を委ねるリューヴェルト。
その時……。
後書き
う~む。タグに『クトゥルフ神話(邪道)』と言う物を追加した方が良いかも。
今回の話のイメージは、童話の眠れる森の美女では有りません。
眠って居るのが破壊神にして創造神ですから。
もっとも、このタグについては、黄泉比良坂内に顕われた二人の人物の言動や能力から、それに相当する邪神を当てはめる事は、割と容易なのですけどね。
それでは次回タイトルは『目覚めたのは、天上天下唯我独尊的美少女だそうですよ?』です。
長いタイトルだ。
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