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あー、君。今日から魔法少女ね。

作者:カタリナ
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突発的魔法少女

 
前書き

当列車は見切り発車となっております。伏線っぽく見えるものに意味はありません、ご注意ください。 

 

自分を褒めてやるつもりなど毛頭無いが、事ここに至って冷静さを失わずにいたのは自分でも驚きだった。
建設途中なのかは知らないが、剥き出しの鉄骨が見え隠れするビルの頂上(屋上、とは言い難い完成度だった)で、そこそこに強い風を受けながら直立不動の体勢でいる自分、掌には汗が流れ出て支流を作っており、足も若干震えている。
そのような状態に置いてなお、独白系小説の地の文が如き思考を保っていられる謎の冷静さ。
単に現実感が無いのが冷静さの秘訣なのか、それとも私の中に眠る何かしらの素質が目覚めたのか、恐らくは前者だろうが。

 想像してみて欲しい、自宅でパソコンデスクの前に座って居眠りしていたら地上からざっと五十メートルは離れているであろう場所にワープ。
ね、現実感無いでしょう?ボブも驚きの早業、これが夢や幻でなくてなんだというのか。そして私は誰に語りかけているのか。
これがドッキリというやつならば私はカメラの向こうに語りかけている風になるのだろうが、生憎これは思考である。
口は先ほどから戦慄いたままピクリとも動かない。何故かというと私は高いところが苦手だからだ。
傍から見れば滑稽だろう私の様子は、果たして全国ネットで流されているのだろうか。
だとしたら、私はドッキリ大成功の看板を持って現れたテレビスタッフを殺す自信がある。割とマジで。
というか、私は何時までここにいればいいのやら。ここから降りる方法は無いのだろうか。
周囲を見回して見ると、なんとも頼りなさそうな梯子が、鉄の骨組みに隠れて地上まで伸びている。
あんな物で人体の体重を支え切れるのだろうか。私を不安が襲う。しかし、あれ以外に私を不安から解き放つ術は無いのだ。
意を決した私は、そっとその場から一歩を踏み出す。私の偉大な決意の一歩に風が吹き、足場が揺れ、私はチビリそうになった。
「はわ、は、はひひひ、ふ、ひょへ……?」
 こわばってまともに動かない私の口が、意味のない音を羅列する。思考は極めて冷静なのに、何なのだろうこれは。
まぁ、今はそれよりもこの足場から地上へ舞い戻る方法を考えなければ。どうしよう、どうすればいい。
「おや、何をしているんだい?ここに居た魔女はもう倒したんだろう?」

は?

 思考に空白が生まれ、一瞬何もかもが吹き飛んだ。何故か聞き覚えがある声が耳元で聞こえたのだ。
そしてそれは、決して現実世界で聞こえる筈がない音。すなわち幻聴でなければならないものなのだが。
「返事くらいしてくれてもいいじゃないか、機嫌が悪いのかい?」
 二度だ。二度聞こえたからにはこれは偶然ではない。私はゆっくりと首を回し、声の主を確かめる。
回転する視界、恐怖感からの涙で明瞭とは言えないそれでも、近距離にある物ははっきりと見える。
そこには、見たことも無い、というと語弊があるが、そうとしか形容出来ない生き物がいた。
白い猫のような体躯に、ガラス玉を嵌め込んだような紅い目。耳からは長い毛のような物が伸び出ていて、総じて見ると不思議としか言えない風貌。
画面越しにしか見たことが無いそれは、名をインキュベーター、愛称をキュウべぇと言った。
「それとも聞こえてないのかい、魔法少女の肉体は不調とは無縁なはずなのだけど。」
 彼(性別は分からないが)はそう言うと、私が四つ這いな所為で随分と細い足場をするすると通り、首を回さずとも見える正面へ来た。
いや、彼の動向などどうでもいいのだ、大事なのは彼の言った言葉の方。
「魔法少女、だって?」
「何故、不思議そうに僕を見るんだい?君は確かに僕と契約を交わし、魔法少女となった。忘れたわけじゃないだろう?」

 どういうことか問い詰めたかった。テレビの向こう側ならいざ知らず、自分が魔法少女だなんてちゃんちゃら可笑しい。
というか私は男だ。一人称が私なのは若気の至りがずるずると大人になるまで続き、社会に出てからはそれが普通であったから。
文芸に精通した風を気取って、小説での一人称は男でも私が多いからと日常でそれを用いた所謂、黒歴史の所為。
いかん、思い出してはソウルジェムが濁る。というか、本当にあるのかソウルジェム。四つ這いな自分の手を見ると、そこには指輪があった。
もしや、これがソウルジェムなのだろうか。緑色、気取った言い方なら翡翠のような輝きを放つそれは、私の指にしっかりと通されていた。
しかも、左手の薬指。私は悪魔と婚約する気などさらさらない。接地面積を少しでも増やして安心しようとする手を引きはがし、指輪を抜き取る。
それを右手の指へと付け替えたところで、私は漸く満足に体が動かせるようになった。

 といっても、恐怖が消えたわけではない。四つ這いのままで獣のように足場を進み、梯子へと向かう。
そんな私の後をついてくる白い悪魔。ジオンでなくとも忌々しいと感じるヤツは、軽やかに足音をたてている。
私が這這の体で梯子に足を掛けても、彼はそんな様を嘲笑うかのように鉄骨を行き来して素早く降りる。憎らしい。
結局、私が母なる大地に帰還する頃には、彼に対する恨みは燃え盛る火の如く巻き上がっていた。完全にお門違いな恨みだが。
ともあれ、漸く一息つける状態になった私は、早鐘を打つ心臓を抑えつつ、彼に聞きたいことを質問してみることにした。
「ええと、キュウべぇ……?」
「ん、何だい、まさき。」
 質問を試みたら、疑問が増えた。まさき、とは、誰のことを指しているのか。
確かに、私の名はまさきだ。汐海正輝、次元連結システムとはまったく関わりの無いただのまさきである。
一方、魔法少女まさきを指す場合。まさきとは男の名前に見えるが、漢字を真咲、などにすると女の名前にも取れる。
彼の言うまさきが一体どれを指しているのか。確かめるためには、今まで目を逸らしていた部分に着目せねばなるまい。
私は唾を飲み込むと、震える手をそっと股間に当てた。
「――――無い。」
 そこにはそそり立つ大樹など影も形も無く、只々、なだらかな丘が広がっていた。
転じて私の心は、一気にささくれだってしまったが。まさきは真咲だったのだ、正輝などいなかった。
泣きそうだった。しかし、自制して出来るだけ思考を水平に保つ。魔女になるなどまっぴら御免だった。
「聞きたいことがあるんだけど、誤魔化さずに答えてくれ。」
 震える声が問いを紡ぐ。それに対しキュウべぇは、かまわないよ、何でも聞くといい、と答えた。
「私は、何を願って契約したんだっけ。」
 彼の無機質な瞳をじっと見詰めると、あっさりと答えが返ってくる。
「変なことを聞くね、まさき。君は、強い自分になりたい、と願って契約したんだよ、昨日のことなのにもう忘れたのかい?」
 決定的な言葉が、私の脳へと突き刺さった。何て曖昧で愚かな願い事なのだろう。
この体の持ち主、本来のまさきは、とても些細でちっぽけな願いの為に、未来を溝へ捨てたのだ。
変に冷静だった思考は、もしかするとこの願いの所為か。しかし、それだけでは辻褄が合わない。
てっきり、まさきの願い事が私に干渉し、それ故に私はこの魔法少女の体に入っているのだと思っていた。
しかし、まったくこれっぽっちもそんなことは無く、まさきの願いは大したことのないものだった。
すると、この現状は何なのか皆目見当もつかなくなるのだ。まさか奇跡というわけではないだろうし。
まず一つ、まさきは強い自分を願ったが、何故か私がまさきになっている。
客観的に見て弱点だらけの私が、まさきの言う強い自分だなんてことは無いだろう。
それに、強い自分を願ったまさきが、私なんぞに体を乗っ取られている(乗っ取るつもりなどないが)現状は可笑しい。
私がこのまさきボディにとり憑いている経緯を無理やり筋道を立てて考えてみると、

一、まさきは強い自分を願って契約!

二、まさきの願いは並行世界の数多のまさきの内、もっとも強いまさき(私)を選んだ!

三、まさきに正輝をインストール、やったね、強いまさきになれたよ!

 となる。高所恐怖症で足が臭い私が、全並行世界でもっとも強いまさきだなんて考えたくもない。
それに、世界の壁を貫いてまさきの願いが叶ったなんて、まさき既に十分強いだろ。よってこの考えは却下。
そうなると、私では完全に手詰まりとなるのだ。本を乱読しても、生来の頭の出来はどうともならない。
「まさき、君はいったい何を考えているんだい。先ほどから、君の行動は常軌を逸している。」
 思考に耽っていると、宇宙人から地球人の常識を説かれた。ほっといてくれ、今忙しいんだ。
「ほっといてくれと言うけれど、使い終わったグリーフシードをどうするつもりなんだい?
まさか、何の利益も無いのに魔女と戦うつもりかい?」

 何だと?グリーフシードと言ったのか、この意味不明生物は。
私は自分の体をまさぐり(誓って余計なところに触れてはいない)、指先に触れた硬い感触を掴み出した。
見滝原中学っぽい制服のポケットに入っていたそれは、ドス黒く濁った空気を纏っている。
これが、グリーフシード。間近で見る恨みの結晶とも言えるものを前に、私は息を呑んだ。
いずれ私も、コレになるのか。世界を恨み、己の願いを恨み、全てを呪い続ける魔女に。
そして、あっさりと刈り取られて魔法少女の儚い命を繋ぎ、キュウべぇに処理される。
それはあまりに悲惨で、救いの無い未来だった。背筋に怖気が奔り、思わずグリーフシードから手を放してしまう。
「おっとっと……、きゅっぷい、危うく落とすところだったよ。」
 諸悪の根源はあっさりと私の足元に歩み寄り、背中の楕円を開いて魔女の卵を飲み込んだ。
「ふう、それじゃあ僕はもう行くよ、僕との契約を必要としている少女がいるかも知れないからね。
じゃあね、しおみまさき。また会おう。」
 そう言って去っていく背中を、私はただ見送ることしか出来なかった。

 その後、私は数分間辺りを彷徨い続け、偶然発見したスクールバッグの中身を確認。
周辺に学校らしき建物が無いため、もしやと思い中を探れば、そこにはまさきの生徒手帳が入っていた。
汐海真幸。真なる幸福と書いてまさきと読むらしい。まぁ、彼女の辿った道筋を想うと、名前負けも甚だしいが。
いったいぜんたいどうして彼女は、あんな外道との契約に踏み切るに至ったのやら。
一人で思考しても、さっぱり原因など分からない。分かる筈もない。
 結局、私は生徒手帳にある住所を探して数時間そぞろ歩き、やっとの思いで帰宅(訪問?)するのであった。

「ただいまー……。誰も、居ないのか?」
 バッグにあった鍵を使い玄関を開けてみたが、屋内は真っ暗である。
外から見て明かりのついた窓も無かった為、この家は真幸以外の人間が住んでいないのかも知れない。
家に入って内鍵を掛け、近くにあった電灯のスイッチを押してみる。
ゆっくりと明かりが灯り、玄関と廊下が人工の光に照らされる。
私はローファーをぬいで室内を探索することにした。
まずはリビング。味も素っ気もないフローリングが広がっており、一つも物が落ちていない。
家具はたった一つ、真っ白なソファのみ。それ以外はテレビも机も無い。
「殺風景だな……。」
 呟いたのは、生活感の無い空間が妙に冷たく感じられて、恐ろしかったからだ。
せめて声を出していなければ、無音の重圧に耐えられる気がしなかった。
「つ、次に行こう。」
 気を取り直し、他の部屋を探索する。
しかし、一階と二階の全ての部屋を巡っても、そこに人が居た痕跡など一つも見当たらなかった。
唯一人間が居たのだろうなという証拠は、リビング奥にあったキッチンにしか無かった。
それにしても、冷蔵庫の中にあった水のペットボトルと大量の札束だけだったが。
そう、札束だ。一応確認したが全て本物、番号も違うし透かし彫りもしっかりしている日本円だ。
素人目の判断なので真偽は分からないが、一束ずつが紙テープで巻かれた万札が冷蔵で冷やされている。

 ますますこの家のことが分からなくなった。状況が不可解過ぎて、私の頭は混乱しきっていた。
どうやらこの体の持ち主は、相当エキセントリックで愉快な思考の持ち主であったらしい。
もってまわった言い回しを使わなければ、○○○○と言っていい脳みその持ち主だ。
私は五百ミリリットルの水を一気に飲み干し、体内に篭もる熱の冷却を試みた。
茹った頭では、まともな解決策など浮かぶまい。冷静になるのだ、私よ。
喉を通り胃の腑に落ちた水が溜まり、その冷たさにぶるりと震える。
よし、寝よう。
見せ掛けだけの冷静さを取り戻した私は、これ以上現実について考えることを放棄した。
キッチンの隅にあったゴミ箱に手元のペットボトルを投げ入れ、リビングのソファに横になる。
精神、肉体、共に疲れ切っていたからか、睡魔はすぐに訪れた。
目を瞑ればそこに安息がある。それが、たとえ一時の逃避に過ぎなくとも。
 
 

 
後書き

読んでくれた方ありがとうございます。 
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