ラ=トスカ
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第三幕その五
第三幕その五
「その注意深さからお聞きした。アンジェロッティは何処ですか?」
「知りません」
「この邸にいる筈です」
「知りません」
スカルピアは一息置いた。蝋燭の炎が揺れた。それに合わせてスカルピアの影も生物の様にユラッと動いた。
「子爵、よくお考えになって下さい。その様に強情を張られても良い事は何もありませんぞ。すぐに本当の事を仰れば苦痛から避けられるのです。忠告致しましたぞ」
どうも」
「ではもう一度お聞きします。アンジェロッティは何処ですか?」
「知りません」
スカルピアの全身の気が変わった。何かが剥き出しになった。それを見て彼の部下達も思わず身震いした。
「これが最後です。応えなさい、アンジェロッティは何処ですか?」
「知りません」
「ああ、縛り首確実だな」
三人は呟いた。今まで上司にそういうふうな態度を取った共和主義者達の末路を散々見てきたからこそそう言えたのだ。
「そうですか。では致し方ありませんな」
警官の一人に目配せする。その警官が退室した。暫くして黒く長い服の査問官が警官に案内され入って来た。
「マリオ=カヴァラドゥッシ子爵、査問官が貴方を証人として望んでおります。貴方とその御婦人に別々に尋問させて頂く事にしましょう」
スカルピアが右手の指を鳴らす。警官達が動き出した。
カヴァラドゥッシはトスカの耳に顔を近付け囁いた。
(ここでの事は何も言わないでくれ。さもないとアンジェロッティも僕も死ぬ事になる)
トスカはちいさくええ、と頷いた。
カヴァラドゥッシの両腕を警官達が掴む。連行されながら彼はスカルピアに顔を向けた。
「私を痛めつけても何も出ないぞ。それに彼女は何も知らないぞ」
スカルピアは聞いていない。その代わり査問官に何やら耳打ちしている。
「まずは普通のやり方でな。後は・・・・・・・・・」
チラリとトスカの方を見た。
「私のやり方でいくとしよう」
査問官は頷き部屋を後にする。カヴァラドゥッシと警官達が続く。コロメッティ、スキャルオーネも同行する。スポレッタだけが残るが部屋の置くの扉の傍に引き下がった。
部屋の真ん中にトスカだけが残された。必死に震えを抑え冷静さを保とうとしている。
「さて、トスカさん」
この場におよそ似つかわぬ親しげな猫撫で声でスカルピアは騙り掛けてきた。
「二人だけで、ごく親しい友人としてお話ししましよう。まあそんな苦しそうな顔なぞなさらずに」
「苦しんでなんかいません」
トスカは無理に強がって言った。
「そうですか。まあお座り下さい。ゆっくりとお話しましょう」
「はい」
スカルピアに勧められ席に着いた。スカルピアもそれに続く。
「ではお話しましょう。扇の件についてですが」
「私の焼き餅でした。馬鹿げた嫉妬に過ぎませんでした」
スカルピアは探る様に目を動かした。トスカは心の中を覗かれているのではないかと感じた。
「そうでしたか。ではこの邸に侯爵夫人はおられなかったのですね?」
「はい。あの人一人だけでした」
背中を冷たい汗が伝った。その悪寒に思わず身震いした。
「一人?確かですね」
「嫉妬深い者は例え髪の毛一本であろうとも見逃しません。絶対に一人でした」
トスカが激昂してきた。スカルピアはわざと背を引き姿勢を正し自分を大きく見せてきた。
「本当に?」
「間違いありません」
背を屈めてきた。顔をトスカに近付ける。
「何か妙に興奮されてますね。まるで自分が誰かを裏切ってしまうのではないかと怖れている様だ」
「そんな事はありません!アッタヴァンティ侯爵夫人は確かにこの邸にはおられませんでした!」
キッとスカルピアを見激昂しつつ言った。スカルピアはそれに対し両手で押し止める様に制した。
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