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ラ=トスカ

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第三幕その一


第三幕その一

                第三幕 カヴァラドゥッシの別邸
 ロムルスとレムスの兄弟により建てられローマ帝国の帝都となりローマ=カトリック教会の聖都となったローマは古の時代よりあり長い歴史を歩んできた。多くの栄枯盛衰、興亡を見てきた。それと同じ数だけ戦乱や陰謀の舞台ともなってきた。
 ローマ劫だけではない。ローマの時代にはケルト人やカルタゴが攻め寄せて来た。スラとマリウスが権勢を争いユリウス=カエサルも流血の中に倒れた。カリギュラが血の帳で覆った時代もあった。ゲルマン人とビザンツ帝国の争奪の場ともなった。この時ビザンツの将兵達は喜び勇んでローマの市民達を殺戮して回った。やがて東西教会の分裂を経てフランク王国や神聖ローマ帝国の後ろ楯を得るようになるがそうなると今度は聖俗入り乱れての権力争いの場となったのである。
 メディチ家やボルジア家といった教皇を輩出した権門だけでなくハプスブルグ家やヴァロワ家といったドイツやフランスの帝室、王室まで介入してきた。毒や刺客を使っての暗殺なぞ日常茶飯事であった。とりわけその中でもカンタレラという秘薬を使い政敵を次々と抹殺していったルネサンス期の教皇アレッサンドロ六世とその長子ヴァレンティーノ公チェーザレ=ボルジアの親子は有名であろう。
 同じ時代の生きたマキャベリが自らの著において理想の君主とさえ讃えたチェーザレ=ボルジアは美男子としても有名であったがその美貌はメフィストフェレスの美貌であった。悪魔的に切れる頭脳でもってローマ中に監視を置き次々に政敵や自らの障害になる存在を消していった。その中には自身の弟ガンディア公ホアンも含まれていた。
 この時カヴァラドゥッシ家は教皇父子にとって目の上のタンコブであったナポリのスフォルツァ家と縁戚関係にあり彼等にとってあまり面白い存在ではなかった。宴の場で教皇やチェーザレに遠回しにボルジアに着くかスフォルツァに着くか問われたこともあった。夕食を盗み食いした猫が急に苦しみだして死んだ事もあった。夜道に上から石が落ちて来た事もあった。教皇もチェーザレもカヴァラドゥッシ家を除くつもりだったのだ。
 だがある日カヴァラドゥッシ家の者はローマから消えた。教皇はローマの隅から隅まで捜したが見つからなかった。やがて教皇もチェーザレも世を去りカヴァラドゥッシ家を脅かそうとする者達はいなくなった。
 二人がいなくなったのを見計らってカヴァラドゥッシ家の者達は再びローマに姿を現わした。ローマの者達はあのチェーザレの目を盗んで一体何処に隠れていたのか不思議がった。家の者は軽く微笑んで答えをはぐらかしてばかりで結局誰にも解からなかった。そのうちナポリにでもいたのだろうという事になり話は収まった。だが真相はどうだったか。
 実はローマにいたのである。カヴァラドゥッシ家は本邸の他にカラカラ浴場とシピオン廊の間に別邸を持っていたが実はもう一つ別邸を持っていたのだ。
 ローマの外れにあるこの邸は泉と緑に深く覆われ外見は極めて質素である為教皇父子も全く知らなかったのだ。この邸は古くよりカヴァラドゥッシ家の秘密の隠れ家であり、それを知る者は家の者とごく限られた代々の使用人だけであった。従ってスカルピアも本邸と別邸は知っていてもこのもう一つの別邸までは知らなかったのである。
 その燭台で照らされた一室にカヴァラドゥッシとアンジェロッティはいた。椅子に座り話をしている。
「ここならもう大丈夫だよ」
 落ち着いた表情で笑みを浮かべて友人に言った。
「済まないね、何もかも」
 アンジェロッティが申し訳無さそうに言うのをカヴァラドゥッシは手を振って打ち消した。
「何言ってるんだよ、小さい頃からの友達じゃないか、固い事は言いっこ無しだ」
「有り難う、けどよくこんな所に別邸を持っていたね」
「何、御先祖のちょっとした遺産さ」
「遺産?」
「そうなんだ。ここは元々僕よりかなり前の祖先ルイギ=カヴァラドゥッシの建てた別邸だったんだ。避難用のね」
「避難用?」
「そう。このローマはかって三度世界を支配しただろう」
「ああ、法とキリストと・・・・・・力によって」
「そう。そしてその三つにおいて世界から恨みを買った」
「だから実に色々とやって来てくれたな。その度に街を荒らしてくれた」
「そういう時の為に古い家だと秘密の隠れ家がある」
「その通り」
 アンジェロッティはニッと笑った。何故なら彼もその隠れ家を使ってエマ=ハミルトンから隠れていたのだから。
「我が家ではこの家がそうなのさ。僕とこの家にいる二人の従僕、兄さん、そしてフローリア以外誰も知らない秘密の場所さ」
「だから途中で馬車から降りてわざわざ遠回りしてここまで来たんだね」
「そう、用心してね」
「などスカルピアの奴は目聡くて執念深いよ。ひょっとするとここまで来るかも知れないよ」
「大丈夫、もう一つ逃げ道がある」
 アンジェロッティの危惧にカヴァラドゥッシは答えた。
「それは?」
 アンジェロッティは思わず身を乗り出した。
 
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