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アンドレア=シェニエ

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第一幕その八


第一幕その八

「そう教えられた私は教会に向かいました。そう、その祖国と、そしてそれを守り給う神に祈りと感謝を捧げる為に」
「神に」
「はい、ですが私はそこであるものを見ました」
「それは!?」
「それは醜い光景でした。着飾った司祭は神に捧げ物をしていました。ですが教会の横で老人がパンを求めて震える手を差し出しているのには目もくれていなかったのです」
「それは私達のことか」
 修道院長と他の僧侶たちはそれを聞き顔を青くさせた。シェニエはそれに構わず詩を続けた。
「次に私はあばら家の敷居を幾つかまたぎました。その中でも皆働いていました。皆みすぼらしい格好をしておりました」
「何と・・・・・・」
「私は聞きました、彼等の声を」
「彼等は何と言っていましたか!?」
 人々は問うた。
「彼等は叫んでいました、そして泣いていました。幾ら働いても国の懐が食い潰してしまうと。神を罵り、自らの持つ地を罵っておりました」
「それはまさか・・・・・・」
 何人かは気付いた。それは今のフランスの民衆なのだと。
「ですが青い血の人々は今何処にいるでしょうか?マドモアゼル」
 そしてマッダレーナに顔を向けた。
「私は貴女の眼に天使を見ました。澄んだ純粋な憐れみを」
「純粋な憐れみ・・・・・・」
 マッダレーナはその言葉を繰り返した。
「そうです、私は貴女の中にそれを見ました」
 シェニエは優しい声で言った。
「どうか私の言うことを軽蔑しないでいただきたい。そして愛を知るのです」
「愛を・・・・・・」
「そうです、貴女は愛をまだ知らない。それはこの世で最も尊いものなのです」
「それはよく聞きますが」
「聞くだけでは駄目なのです、感じられるようにならないと。愛とは神がお与えになるものでこの世の全てなのです!」
 彼は最後は少し叫んでいた。マッダレーナはそれに言葉を失った。
「マッダレーナ」
 伯爵夫人がそんな娘に声をかけた。
「あ、はい」
 彼女はその言葉に我に返った。
「少し休んでらっしゃい」
 そして娘に席を外すよう言った。
「わかりました」
 彼女はそれに頷くとその場をあとにした。
「やれやれ、まだまだ夢見る年頃ね」
 彼女は母親の顔でそれを見ていた。
「愛を知らないなんて。愛とはそれはそれは美しいものなのに」
「・・・・・・・・・」
 シェニエは彼女にも何か言いたそうであったが言わなかった。そこでガヴォットの前奏が聞こえてきた。
「さあ皆さん、今度はガヴォットですわよ」
 伯爵夫人は客人達に対して言った。
「宴に相応しい陽気なガヴォットを。皆さん、今夜は踊りあかしましょう!」
「はい!」
 皆立ち上がった。そしてそれぞれペアを組むと踊りの輪を作ろうとした。その時だった。
 不意に騒ぎ声が聞こえてきた。
「あれは!?」
 皆踊りを中断した。ガヴォットも止み皆その声に耳を向けた。それは人々の声であった。
「昼も夜もない、いつも俺達は飢えて苦しんでいる」
 何か呪詛するような声が聞こえてきた。
「ここにも波が押し寄せてきたか」
 シェニエはそれを聞いて呟いた。
「お偉い方々が酒と御馳走に囲まれている時に俺達は冷たくて固い一欠けらのパンをかじっている。そして明日は水しかないという毎日さ」
 それはあきらかに貴族達を呪詛する声であった。声は次第に近付いて来る。
「これは一体何事ですか!?」
 伯爵夫人は血相を変えてやってきた家令に対して問うた。
「はあ、実は・・・・・・」
 家令は真っ青になっている。その言葉もしどろもどろだ。
 そうこうしている間に声はすぐ側までやって来た。扉を開き中に入った。
 それは民衆達であった。彼等はみすぼらしい服を身に纏い貴族達を恨めしい目で見ている。
 その先頭にはジェラールがいた。彼は憎悪に満ちた目で貴族達を見据えている。
「ジェラール、これはどういうことですか!?」
 伯爵夫人は彼を睨みつけて問うた。
「彼等の姿を御覧下さい」
 ジェラールは主人に対して言った。強い声で。
「私は彼等の声を聞いたのです。真の人々の声を」
「確かに」
 シェニエはそれを聞いて呟いた。
「今まで貴女に与えられた服も、パンも忌まわしいものだった。私は奴隷ではない」
「私が貴女を何時奴隷だと言いました!?」
 彼女には身に覚えのないものだった。怒りで顔を青くして問うた。
「その鈍い心ではおわかりになりますまい、永遠に」
 ジェラールはそれに対し言い切った。そこに使用人達がやって来た。
「同志達よ、君達もこのままでよいのか」
 だが彼は自らを追い出そうとした同僚達に対して逆に問うた。
「え・・・・・・」
 彼等はそれを聞き思わず立ち止まった。
「君達は奴隷のままでいいのか、人間なら自らの足で立ち自らの手でものを掴みたくはないのか!?」
「それはどういう意味だ!?」
 だが彼等にはジェラールの言っていることがわからなかった。ジェラールはそれに失望するかに思えたが違った。
「いずれ君達にもわかる」
「かなり一途な男だな」
 シェニエはそれを見て再び呟いた。
「だが少し視野が狭いな。それが危険だ」
 しかしその言葉はジェラールの耳には入らない。そこへ一人の老人がやって来た。
 
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