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アンドレア=シェニエ

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第四幕その四


第四幕その四

「抱擁はしません。今我々に最も相応しいのはこの硬い握手です」
「はい」
 それは両手で行われていた。
「戦いを誓った者同士だけに許されるこの握手。これは他のどのようなものよりも素晴らしい」
「勝利を手に入れる為の誓いなのですから」
「私は永遠に生きます。貴女のその美しい瞳の中に」
 そう言ってマッダレーナの瞳を見た。
「その中から私は天界に旅立ちましょう」
「ならば私も」
 マッダレーナも言った。
「貴方と共に天界へ参りましょう。一人の女性の命を救って」
「素晴らしいことです」
 シェニエはそれを聞き言った。
「それこそ真の神の道」
「いえ、その様な」
「そんなことはありません。私はこの革命においてそうした人達を多く見てきました」
「多くですか」
「はい、残念なことに」
 彼は一瞬顔を曇らせた。だがすぐにそれを上げた。
「しかしそれは美しい光景でした」
 そしてその場を語った。
「断頭台に送られようとしているのに皆毅然としていました。それまでどの様に腐敗していたとしても」
「貴族達も」
「はい。僧侶も商人も民衆も。断頭台はあらゆる人々の血を吸ってきました。革命の名の下に。時には戦場で死ぬべき軍人や革命家の血まで」
 それが革命の正体であった。革命はその名の下に夥しい血を欲する。それに飽きることは決してない。
「ですがそこに向かう人の多くは胸を張っていました。そして誇りをもって死に向かっていったのです」
「何と素晴らしい」
「はい。彼等は死を前にしても戦っていました。そして勝利を目指していました。そう、今の私達の様に」
「私達の様に」
「そうです。私達もこれからそうなるのです。勝利者となるのです」
「勝利者に」
「ええ。圧政にも屈せず信念を最後まで貫いた本当の意味での勝利者に」
「私もですね」
「そうです。貴女にはその資格があります」
 シェニエは言った。
「一人の女性をその身を以って救われるのですから」
「私は幸せです」
「私もです。そしてこの幸福は永遠に続く」
「天界にて」
「それは愛の勝利」
「永遠不滅の勝利」
 二人はもう恍惚となっていた。それは決して敗者のそれではなかった。
 そこで太鼓の音が聞こえてきた。死刑囚を運ぶ護送車の到着を知らせる太鼓だ。
「来ました」
「死が」
「はい、戦場へ私達を送る使者が」
 そこで中庭に陽が差し込んできた。
「あれを御覧なさい」
 シェニエはその光を指し示した。
「暁と共に訪れました」
「朝の光と共に」
 マッダレーナもその光に目を向けた。
「死を知らせる光が」
「愛を知らせる光が」
 そこで二人を呼ぶ声がした。
「今日の囚人」
 二人はそれを聞いて笑った。勝利の笑みだった。
「アンドレア=シェニエ!」
「はい!」
 シェニエは答えた。
「マッダレーナ=ディ=コワニー!」
「はい!」
 マッダレーナも答えた。そこに先程の兵士がやって来た。
「こちらへどうぞ」
「わかりました」
 二人が同じ牢の中にいるのは見逃した。ジェラールに言われていたからでもあるがその前にシェニエもマッダレーナも引き際を知る者達だと知っていたからだ。無論ここには誤解もある。二人は引き際を知っているのではないのだ。だが彼にはそれはわからなかった。
 
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