アンドレア=シェニエ
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第三幕その三
第三幕その三
「いい情報が入りまして」
「マッダレーナのか?」
「いえ」
「では誰のだ?」
「アンドレア=シェニエの情報です。今リュクサンプールにいます」
「リュクサンプールにか」
ジェラールはマッダレーナの名を呼ぶ時とはニュアンスが違っていた。どうもあまり愉快ではないようだ。
「彼を捕らえたらマッダレーナさんも来ると思いますよ」
「そうだろうな。二人は今惹かれ合っている」
彼の顔がほんの僅かだが歪んだ。
「どうされますか」
「アンドレア=シェニエは切れ者だ。そう簡単に捕まるものではない」
「それはそうですが」
「ルーシェはもう逃げたのだろう、ロンドンにな。じきに彼もその後を追う。マッダレーナと共にな」
「諦められているのですか」
「そうではない」
彼はその言葉には首を横に振った。
「ただ事実を言っているだけだ」
「そうですか」
「君はアンドレア=シェニエはよく知らなかったな」
「残念ながら」
「なら仕方ない。彼は切れ者だ。そのうえ弁も立つ。我々の側にいないのが残念でならない」
「それ程なのですか」
「だからだ。おそらく捕まりはしないだろう。そして異国で時を待つ」
「我々が倒れる日が来るのを」
「そうだ。我々の仕事はその日が来ないようにするだけだ。とりあえずは彼は放っておこう」
「わかりました」
ジェラールはシェニエのことは諦めていた。そしてマッダレーナのことも。
(これも仕方ないことだ)
そう思いふっきるしかなかった。
(俺には愛は似合わない。俺の様な男にはな)
自らを蔑んだ。まるで罪を苛んでいる様に。
彼はその場を去ろうとした。その時だった。
「大変だ、大変だ!」
不意に子供の声がした。
「子供か!?」
「ええ。どうやら新聞売りのようです」
密偵が言った。
「新聞!?今日のにしては時間が違うな」
「号外でしょうか」
「号外。何かあったというのか。私は聞いていないが」
彼は顎に手を当てて顔を顰めさせた。子供達は彼の前にも来て新聞をばら撒く。
「凄いニュースだよ、あの男が逮捕されたよ!」
「あの男!?誰だ!?」
「また王族の誰かか!?」
市民達が集まってきた。そして口々に問う。
「王族じゃないよ、詩人だよ!」
「詩人!?まさか」
ジェラールはそれを聞いて目を見張った。
「シェニエだ、アンドレア=シェニエが捕まったよ!リュクサンプールで捕まったよ!」
「シェニエが!」
ジェラールと密偵はそれを聞いて顔を見合わせた。
「仲間を逃がす為残って戦い遂に捕まったそうだ。仲間はイギリスに逃げたぞ!」
「彼らしいな」
ジェラールはそれを聞いてそう思った。
「けれどこれは大きいですよ」
ここで密偵が言った。
「そうだな」
ジェラールはそれを聞いて言った。
「彼女が来るかも知れない。シェニエを救いに」
「ええ」
「さて、その時どうするかだ」
ジェラールはまた顎に手を当て考え込んだ。
「どうされるおつもりですか?」
「それは君には関係ないことだ」
「失礼」
「いや、いい。だが」
ここで釘を刺すことにした。
「今の言葉は他言は無用だ」
「わかりました」
彼は頭を下げた。
「ですがアンドレア=シェニエは大きな獲物ですよ。我々にとっても」
「そうだな。彼は今まで一貫して我々を批判してきた。真の革命ではないと」
「あげくの果てには王政よりも酷い独裁政治だと」
彼にとってその言葉は全く心外なものであった。
「そうだな」
ジェラールはそれに応えた。だが応えるその顔は少し曇っている。それが何故かは密偵にはわからなかった。
「ではすぐに戻りましょう。革命クラブへ」
「そうだな」
こうしてジェラールは密偵に促される形で革命クラブに戻った。そこに彼の執務室があるのだ。本来は別のところに置くのだが彼はそこに置いていた。その方が彼は精神的に落ち着くからだ。
「革命の理念を一時たりとも忘れたくはない。だからここに少しでもいたい」
彼はいつもそう言っていた。そしてそれに従いここに執務室を置いたのだ。
執務室に入る。暫くして扉をノックする音がした。
「どうぞ」
ジェラールは入るように言った。すぐに若い党員が入って来た。見ればようやく二十歳になったばかり位の美しい青年である。
「用件は何だね」
わかっていたがあえてそう尋ねた。
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