アンドレア=シェニエ
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第三幕その一
第三幕その一
第三幕 革命裁判
広い土間が二つに仕切られている。半分には裁判所が置かれ、もう一方には聴聞席が置かれている。そこに市民達が集まってきている。
その後ろにはトリコロールが掲げられている。フランスの革命の旗である。それはそれぞれ大きな槍にくくり付けられている。
『市民達よ、祖国は今危機にある』
旗にはそう書かれていた。そのことからこの裁判が尋常ではないことがわかる。
「諸君!」
そして聴聞席では一人の男が市民達に演説を振るっていた。
「今我がフランスは絶体絶命の危機にある」
彼は真剣な顔と声で訴えている。
「内部にはジロンドや多くの革命の敵がいる。彼等はどれだけ断頭台に送ろうとも諦めることはない。このフランスを滅亡させようという企みを」
「それは本当ですか!」
市民達の中にはその告発に驚く者もいる。
「私は嘘は言わない」
その男は言った。見れば茶色の髪に顎鬚を生やしている。そして礼の青い上着に赤いタイ、白いシャツのサン=キュロットである。
「同志マテュー」
誰かが彼に尋ねた。
「何だ、愛する同志よ」
マテューは彼に応えた。
「彼等は国内だけで留まっているのでしょうか」
「というと」
彼はあえて言葉を誘導させた。
「もしかすると国外の敵と共謀しているのではないでしょうか」
「国外の敵」
彼はわかっていたがあえて考える顔をしてみせた。
「それはオーストリアやプロイセンのことかね」
「はい」
その市民は頷いた。
「つまり君は国内の反革命勢力が他の国々と共謀してこのフランスを潰そうとしているのではないか、と考えているのだね」
「そうです」
彼は答えた。
「本当のところはどうなのでしょうか」
「その通りだ」
マテューは答えた。
「彼等はオーストリアやプロイセンと繋がっている。かっての市民ルイ=カペーの様に」
ブルボン朝の国王ルイ十六世のことである。彼は王権が停止されるとそう呼ばれたのである。彼は実際にオーストリアやプロイセンにフランス軍の情報を流していたと言われている。オーストリアは彼の妃マリー=アントワネットの実家である。欧州随一の名門だ。
「何と!」
他の市民達はそれを聞いて驚きの声をあげた。マテューはさらに言った。
「聞いて欲しい諸君」
「何でしょうか」
市民達は危機感に震えながらも彼の言葉に耳を傾けた。
「彼等に勝つには諸君達の力が必要だ」
彼はここで顔に悲壮感を漂わせた。
「今我々には金と兵隊が必要だ。この愛すべき祖国フランスを守る金と兵士が」
「それでフランスが守れるのでしょうか」
「守れる。いや、それなくては我々は皆殺しに遭う。革命の敵によって」
「革命の敵に」
「諸君、それでいいのか!」
彼はここで声をあらわげさせた。
「あの者達にむざむざと殺されていいのか!我々が血により手に入れた権利をもう一度あの腐り果てた貴族達に渡してよいのか!」
「嫌だ!」
市民達はそれに対して言った。
「ではどうするべきか!」
マテューは彼等に問うた。
「戦うべきではないのか!」
「そうだ!」
市民達はそれに応えた。
「戦いだ!戦いだ!」
彼等は口々に叫ぶ。
「ジロンド派を殺せ!王党派を殺せ!」
声は何時しか血生臭いものになっていた。
「オーストリアの奴等を殺せ!プロイセンの奴等を殺せ!」
次第にそれは外にも向いていく。マテューはそれを見て内心ほくそ笑んだ。
(これでよし)
これこそが彼の狙いであったのだ。
革命は敵を欲する。そしてそれは内外に向けられる。
内の敵はジロンド派と王党派だ。彼等は見つけ次第次々にギロチンに送っていく。罪状はどうでもよかった。そこに属していること自体が罪なのだから。
そして外の敵はオーストリアやプロイセン。特に王妃の生家であったオーストリアは格好の敵であった。
「革命は血を欲する」
それは貴族の血だけではないのだ。他国の者、そして革命を担う民衆の血をも欲しているのだ。
マテューはそれがわかっていた。ロベスピエールも。だから彼等は民衆を扇動する。そして彼等を血に誘うのだ。
ここで民衆を血に誘う者達の中で最も弁の立つ者が姿を現わした。
「おお!」
民衆は彼の姿を見て声をあげた。
「ジェラール!」
そこにジェラールが姿を現わしたのだ。
「友よ、よく来てくれた!」
マテューが彼に声をかける。ジェラールはそれに対し大きく手を振った。
彼は市民達から絶大な人気があった。生真面目であり誰に対しても紳士であった。そして誠実かつ情熱的であったからだ。彼に私も野心もなかった。だからこそロベスピエールも彼を側に置いているのだ。
「ジェラール!」
民衆は彼に熱狂的な声をかけた。
「同志達よ」
ジェラールはそれに応え彼等に言った。大きな声だった。
場は一気に静まり返った。ジェラールはそれを確認して言葉を続けた。
「今の我が国の置かれた状況は理解してくれていると思う。知っての通り大変な状況だ」
それは既にマテューが言っていた。だがジェラールの言葉はそれ以上に心を打った。
「ローダンは陥落しヴァンデーでは死闘が続いている。そしてブルゴーニュからも敵が迫っている。我々を滅ぼそうと敵が迫っている」
彼はここで民衆を見回した。
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