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アンドレア=シェニエ

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第二幕その十


第二幕その十

(だが逃がすわけにはいかない)
 しかしジャコバンとしての理念が彼にそう囁いていた。だがそれもまた。
 彼は逡巡していた。動きが止まっていた。その時だった。
「シェニエ、そこにいたか!」
 誰かがこちらに駆けてきていた。ルーシェの声だ。
「ルーシェ!」
 シェニエはその声がした方に顔を向けた。
「心配になって来てみたら危ないようだな、加勢するぞ!」
「いや」
 だがシェニエはそれを断った。
「私よりもこの女性を、彼女を安全な場所まで!」
「わかった、そうしよう!」
 ルーシェはこちらに辿り着くとマッダレーナの前に来た。そして彼女の手を取った。
「さあ、こちらへ」
「え、ええ」
 マッダレーナはルーシェに連れられ安全な場所まで逃れていく。あとにはシェニエとジェラールが残った。
「さあ、ジェラールよ」
 シェニエは暗闇の中彼を見据えた。その目が慣れてきていた。
「どうするつもりだ」
「どうするつもりか、か」
 ジェラールは言った。
「そうだ。君は銃、私は杖だ。勝負は見えている。おそらく一撃で全ては終わる」
「そうだろうな」
「だが私とてただでは死なない」
 彼は強い口調で言った。
「最後に力で君を倒すこと位はできる。例え心臓を撃ち抜かれてもな」
「心臓をか」
「そうだ。彼女を逃がす為ならな」
「彼女をか」
 ジェラールはそれを聞いて何かを思ったようである。
「わかった」
 そう言うと銃を構えていた腕を下ろした。
「行くがいい。今君をどうこうするつもりはない」
「何故だ」
 シェニエは警戒を解かないまま尋ねた。彼の行動を意外に思った。
「彼女を守ってくれ。今の男一人ではパリの街は心許ない」
「ジェラール」
「勘違いしないで欲しい。君が革命の敵であることには変わりない」
「革命の敵、か」
「そうだ。だが今の彼女には君が必要だ。悔しいがそれは認める」
「そうか」
「すぐに行くがいい。そして彼女を守るんだ」
「よし」
 シェニエは踵を返した。そして二人の後を追う。
「一つ言っておく」
「何だ」
 シェニエはその言葉に顔を振り向かさせた。
「今度会った時一人ならば容赦しない。捕らえたならばな」
「わかっている。それでは」
「ああ」
 シェニエはその場を走り去った。そして二人の後を追って消えていく。
「頼んだぞ」
 ジェラールはその後ろ姿を見送って声をかけた。そして彼も闇の中へ消えていった。
 
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