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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第四十八話  決戦(その七)



帝国暦 490年  5月  8日   ガンダルヴァ星系   シュヴァーベン   コンラート・フォン・モーデル



僕達は今、戦艦シュヴァーベンの艦橋に居る。いや正確には床に座っている。ずっと立ってるのって疲れるんだよ。あー、椅子が無いのって辛いな。ブリュンヒルトから椅子だけ持ってくれば良かった……。僕だけじゃないよ、頭領も皆も同じ事を言っている。人間って一度楽を覚えると前には戻れないんだ、つくづくそう思った。

僕達が床に胡坐をかいて座っているのを見て戦艦シュヴァーベンの人達は困ったような顔をしている。最初はちょっと気になったけど今じゃ何とも思わない。だって楽なんだもん。慣れって本当に怖い。

ブリュンヒルトを捨てる時は皆結構葛藤が有ったみたいだった。総旗艦だからじゃなくて綺麗な艦だったから愛着が有ったんだと思う。ブリュンヒルトが反乱軍の攻撃を受け爆発した時は皆が悲しそうな表情をしていた。大事な宝物を失った様な感じだった。ブリュンヒルトの事を話し始めたのは少し時間が経ってからだった。

“華奢そうに見えますが結構耐久性に優れてますね”
“流線型の艦型だからな”
“しかし白は目立ちますよ。確かにあれじゃ狙い撃ちされます。グレーとかだったら目立たないと思うんですが”
“艦型だって目立つさ”

“俺はどちらかというとブリュンヒルトの様な華奢な艦よりもマーナガルムのようなちょっと無骨な艦の方が好きだな、いかにも軍艦らしいじゃないか”
“そうですか? 私はベイオウルフとかトリスタンの方が好きですね。マーナガルムは少し大きすぎます”
“バルバロッサも悪くないですよ”

皆が口々に好き勝手な事を言ったけど、極めつけは頭領だった。
“やっぱりブリュンヒルトは乗って楽しむよりも見て楽しむ艦ですよ。観賞用かな、実戦向きじゃない。一杯造っていろんな色で艦体を塗ったら綺麗なのに……”
皆唖然としてた。僕達だけじゃなくてシュヴァーベンの人達もだ。誰かがボソッと“それじゃ熱帯魚だ”って言ってたけど全く同感。宇宙って水槽で泳ぐ熱帯魚だよ。まるでグッピーだ。

ブリュンヒルトを撃破してから反乱軍の攻撃は勢いが落ちてる。僕らの居所が分からなくて攻撃のポイントを定め辛いらしい。おかげで守るのは結構楽だ。それにもうすぐ味方が戻ってくる。それもあって艦橋は和やかな空気が流れている。ブリュンヒルトに居たころとは全然違う。もっと早くこっちに来たかったよ、椅子を持って。

「コンラートは戦争が終わったらどうするんです、幼年学校を卒業して軍人になるのかな」
「そうなると思います」
僕が答えると頭領はちょっと首を傾げた。

「これからの軍は余り良い職業では有りませんよ」
そうなのかな、周りを見回したら皆渋い表情をしている。え、頭領の言う事は本当なの?
「戦争が有りませんからね、出世は遅くなる。それに平和になったから軍は縮小するべきだと言う意見が出るはずです」
「……」

「まあローエングラム公は軍人ですから五年ぐらいは現状を維持するかもしれない、しかし必ず軍の動員は解除されるし縮小も行われるでしょう。大軍を維持するのはお金がかかるんです。財務官僚に目の敵にされますね。士官でも予備役編入される人間がかなり出るはずです」

そんなあ……。でも皆頷いている。メルカッツ参謀長もだ。困ったな、僕どうしよう……。幼年学校に入る時は戦争が終わるなんて考えもしなかった。モーデル家は没落しちゃったしこれからは僕が一家を支えなくちゃいけないんだけど……。あ、でも戦闘中にこんな事話していて良いのかな?

「将官クラスでも予備役編入は結構あると思いますよ」
「やはりそうなるでしょうか」
頭領の言葉にゾンバルト副参謀長が不安そうな表情を見せた。そうか、副参謀長は准将だもんな、不安が有るのかもしれない。

「ええ、今の軍幹部は若い人が多いんです。当分上の人材に困る事は無い、予備役は免れても出世や昇進はなかなか厳しいでしょう」
「そうですか……」
副参謀長ががっかりしている。どうみても自分は先行きが暗いと思っているみたいだ。

前線から指示を請うって通信が来た。頭領と参謀長が対応している。でも他は皆上の空だ。将来の事が気になっているんだと思う。でもそれもしょうがないよ、僕だって気になる、これからどうしよう……。溜息が出そうだ。指示を出し終えた頭領がまた問いかけてきた。

「ゾンバルト副参謀長は後方支援は得意ですか?」
「一通りは出来ますが……」
「ならばそっちに進むのも良いかもしれません」
あ、副参謀長今度は顔を顰めている。そうだよな、兵站って地味だし落ちこぼれの行くところだもん。出来れば行きたくないよ。

頭領が笑い声を上げた。
「後方支援は不満ですか? しかし兵站統括部はこれから忙しくなりますよ。同盟を占領すれば補給基地だけで八十カ所以上が新たに増えるんです。大変ですよ、管理統括するのは……。おそらく帝国側の補給基地も含めて整理統合するのでしょうが大変な作業ですよ」
「なるほど」

皆頷いてる。うーん、でもなあ……。
「それにローエングラム公は帝都をオーディンからフェザーンに移します。そうなると補給の体制もオーディン中心からフェザーン中心へ移す事になる。さらに資材、物資の調達も今後は同盟領が使えますからね、仕組みを新しく作り直すくらいの作業になります。ここで力を発揮できれば美味しいですよ、出世もするでしょうし企業との繋がりも出来る。退役後の再就職も難しくないでしょうね」

あ、今度は皆顔を見合わせてる。天下りか……。兵站統括部、もしかすると良いかもしれない。
「特に実戦経験の有る士官は兵站統括では重宝されますよ。軍務省、統帥本部、宇宙艦隊との交渉時に交渉役として選ばれやすいんです。兵站出身の士官は実戦経験が無い事で非難されがち、侮られがちですがウルヴァシーで戦ったとなれば誰も文句は言えません。私達はヤン・ウェンリーを相手に総旗艦ブリュンヒルトを失うぐらいの激戦を戦ったんですから」

副参謀長が天井を睨んで唸ってる。副参謀長だけじゃない、クレッフェル少佐、シェーンフェルト大尉もだ。他の人達も皆考え込んでるよ。変化が無いのはメルカッツ参謀長だけだ。……参謀長はこの戦いが終わったら元帥になるんだろうな、いいなあ、元帥か……。

「軍を辞めて私の所に来るという選択肢も有りますね」
「軍を辞める? 頭領の所にですか?」
エンメルマン大佐が驚いた様な声を出した。そうだよね、エリート軍人から海賊なんてちょっと想像が出来ないよ。頭領が笑い出した。

「辺境はこれから発展しますよ。宇宙が統一されますからね、旧同盟領に近い辺境はこれまで以上に向こうと交易がしやすくなる」
「はあ」
エンメルマン大佐はどう答えて良いか分からないみたいだ。頭領がまた笑った。

「この戦争が終わったら私はイゼルローン回廊の全面開放をローエングラム公にお願いするつもりです。それが叶えば同盟領から交易船がどんどん来ます。企業も進出する、資本投下もされるでしょう、大変な騒ぎだと思いますよ」
皆顔を見合わせている。それをみて頭領が“時間は有るからゆっくり考えるんですね”って言った。どうしようかな、辺境に行こうかな、そっちの方が楽しそうに思えてきた……。

どのくらい悩んでいただろう、オペレータが声を張り上げた。
「味方が戻ってきました! シュタインメッツ艦隊です!」
戻ってきた! シュタインメッツ提督だ! 以前負けたから急いで帰って来たんだ、凄いや! 艦橋は大騒ぎだ、皆声を上げて騒いでいる。

頭領が立ち上がった、歓声が止んで皆が頭領を見た。
「ブラウヒッチ艦隊に命令! 同盟軍予備部隊を攻撃、足止せよ」
オペレータが復唱した。そして頭領の命令が続く。
「ルッツ、ワーレン、シュタインメッツ艦隊に命令、協力して同盟軍第十四、第十五、第十六艦隊を包囲せよ!」

僕の傍でライゼンシュタイン少佐が呟いた。
「反撃だ」



宇宙暦 799年 5月 8日   ハイネセン 最高評議会ビル   ジョアン・レベロ



「馬鹿な、何故君がここに……」
声が震えた。有り得ない、何故ここに居る? お前は今ウルヴァシーで戦っているはずだ。同盟軍が優勢に戦いを進めていると報告も有った。それなのに……。クブルスリーを見た、彼も信じられないと言った表情をしている。スクリーンに映る男が声を上げて笑った。

『卿に降伏を勧告するためだ。最高評議会議長たる卿に降伏を勧告するのは帝国軍最高司令官である私の務めだろう』
「し、しかし、君はウルヴァシーで……」
また相手が笑った。楽しくてならないといった笑い声だ。

『ブリュンヒルトがウルヴァシーに有るからと言って私が乗っているとは限らない』
「……入れ替わったのか! 卑怯だろう!」
入れ替わった? クブルスリーの怒声に愕然とした。笑い声が更に大きくなった。

『卿らは私を戦場で殺す事で帝国の分裂を狙った、そうだろう? 残念だがその手には乗らぬ』
……読まれていた。こちらの策は読まれていた、裏をかかれたという事か……。同盟は、民主共和政は……、目の前が真っ暗になった。

『それにしても惜しかった、あの男がいなければ私はウルヴァシーに居たかもしれない。そうなれば卿らにも勝機は有ったのだがな』
「あの男?」
あの男とは? まさか……。

『宇宙一の根性悪にしてロクデナシだ。大神オーディンもあの男からは眼を逸らすだろうな』
「……黒姫か……」
私が呟くとローエングラム公は目を見張ってから大きな声で笑った。
『卿もそう思うか、気が合うな、レベロ議長。卿とは仲良くやれそうだ』

黒姫、あの男がローエングラム公をウルヴァシーで戦う事を止めたと言う事か……。同盟は敗れた、帝国にでは無い、あの男に敗れた……。
『安心して良い、卿らを殺すつもりは無い。それに私は自由惑星同盟の存続は許さぬが民主共和政の存続は認めるつもりだ』

民主共和政の存続は認める? 思わずクブルスリーと顔を見合わせた。彼も訝しげな表情をしている。
「それはどういう事だ?」
『それを話す前に先ずは降伏する事だ。このままではウルヴァシーで無駄に死者が増え続けるだろう。それを止める事が出来るのは卿だけだ』
「……」

『良いのか、私がここに居る以上、帝国の敗北は無い、そして卿らの勝利も無い……』
クブルスリーが力無く首を振っている。負けたのか……、本当なら最高評議会で決を採るべきだろう。だが、その間に無益に人が死ぬ……。
「……分かった、降伏する」
ローエングラム公が満足そうに頷いた。
『宇宙艦隊に降伏を命じて貰おう……』

クブルスリーに視線を向けた。彼が溜息を吐く。
「ビュコック司令長官に降伏を命じます」
「頼む……」
『ではレベロ議長、話をしようか』



宇宙暦 799年 5月 8日   ガンダルヴァ星系   ヒューベリオン  ヤン・ウェンリー



戦況は良くない、第十三艦隊は帝国軍を攻めきれずにいる。一度はローエングラム公を斃したと思った。しかしそうでは無かった。そしてローエングラム公が何処に居るのか分からない。第十三艦隊は当ても無く帝国軍を攻めている。その事が艦隊の士気を恐ろしく下げている。

帝国軍が戻ってきた。約六千隻程の小部隊だがルッツ、ワーレン艦隊と協力して第十四、第十五、第十六艦隊を包囲しようとしている。ビュコック司令長官率いる予備部隊は帝国軍の予備部隊に攻めかかられ身動きが取れない状況だ。このままでいけば第十四、第十五、第十六艦隊は包囲殲滅されるだろう。

撤退するべきかもしれない。撤退してもう一度ゲリラ戦の展開に戻る。損害は決して小さくないだろう、半数以上、或いは七割近くを失うかもしれない。しかし戦力が有ればゲリラ戦は可能だ。同盟の再起も可能性は有る。今回は決戦を急ぎ過ぎたのかもしれない。帝国側をもっと焦らせるべきだった……。

ビュコック司令長官に連絡を取ろう、そう思った時だった。オペレータが声を上げた。
「帝国軍が停戦を求めています! それとビュコック司令長官との通信による会談も求めています!」
停戦? この状態で停戦? 時間稼ぎか? 皆が不思議そうな表情をしている。ビュコック司令長官はどうするのだろう? 停戦を受けるのだろうか……。

「司令長官は会談を受け入れるようです。全軍に攻撃を止めるように命令が出ました」
「分かった、こちらからも攻撃の停止を命じてくれ」
「了解しました。通信は広域通信で行われます、映像を映しますか?」
「そうしてくれ。それと帝国側の通信している艦を特定してくれ」
「はい」

オペレータが意気込んでいる。通信をしているのはローエングラム公の筈だ。これで彼の位置を特定できる。戦闘再開となれば今度こそ……。しかしローエングラム公もそれは分かっているはずだ、何故通信を……。広域通信による会談、この戦場にいる人間全てに聞かせようという事だろう。変な駆け引きはしないという事だ。一体ローエングラム公は何を考えているのか……。

スクリーンに二人の人物が映った。一人はビュコック司令長官、もう一人は黒髪の若い男性だ、表情には笑みが有る。ローエングラム公ではない、どういうことだ。
『同盟軍宇宙艦隊司令長官、アレクサンドル・ビュコック大将です。貴官は』
『エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、黒姫と呼ばれる海賊です』

どよめきが起きた。この男が黒姫か、まだ若い男だと聞いてはいたが……。しかし何故彼がここに居る? ローエングラム公は……。嫌な予感が湧きあがった……。








 
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