エターナルトラベラー
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第八十七話
さて、結局何をもって聖杯が汚染されていると断定するのか。
その断定に足る情報を俺は何一つ持ち得なかった。
であれば、二本ある映画の内どちらかの結末を迎えるにしろ、主人公達には何とかしてもらわなければ成らないのだが、その内二本目の可能性は却下されてしまう。
なぜならイリヤが死んでしまうからだ。
イリヤを守れと言う強迫観念はまだ俺を縛り付けて離さない。と言う事は、必然的に一本目となる訳だが、幸運な事にあのセイバーとの邂逅が一つ目の道筋の可能性を大きくしていた。
とは言え、俺自身が途中でリタイアと言う選択肢にも何故か拒否反応が出てしまう。
イリヤを守りきる、その選択肢は絶対で、俺の行動を何かが阻害している。
結果、成るようにしかならないと言う所に落ち着いてしまう。ただ、聖杯が汚染されていようがいまいが、聖杯戦争が進み、サーヴァントが脱落していくとイリヤの人間としての機能が阻害されていくので、彼女の命を守ると言う事は、サーヴァントを脱落させない事。もしくはサーヴァントの魂を彼女に回収させない事が重要になってくる。
つまり、彼女の中にある聖杯にサーヴァントの魂を入れない事が彼女を守る事に繋がると言う事だ。スサノオで封印してしまえばサーヴァントの魂を俺がぶんどってしまう事も可能だろうが、彼女はサーヴァントの魂が回収されたかどうかは容易に分かるだろう。
俺が一騎でもってサーヴァントを封印してしまえば怪しまれ、令呪を持って二度とスサノオを使用させないだろう。
うーん、色々考えるに現状は手詰まり感が半端無い。
俺自身が最後までイリヤを守りきると言うのは簡単なようで、実はかなり難しいのではなかろうか…
考えが纏らないまま今日も他のサーヴァントを求めて冬木の街を歩き回る。
今日の目的地は決まっていた。
円蔵山にある柳洞寺は、霊的に優遇された場所で、聖杯の降臨場所の有力地でもある。そこをアインツベルンのマスターであり聖杯の守り手たる彼女が訪れないわけが無い。
しかし、その柳洞寺にある山門を臨む石階段を見上げれば、そこには此方を見下ろす伊達者が居た。
手に持った刀身の長い刀を横一文字に構え此方を威圧する。
「良い月夜だと思わんか」
「あなたは何のサーヴァントかしら?」
イリヤはその男の問いかけには答えずに逆にその男に問い掛けた。
「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。女狐にこの山門の用心棒を仰せつかった。この門を通り中へ入ろうとするならば私を打倒してからになるだろう」
「ササキコジロウ?えっと…どこの英雄かしら?」
「日本だ。巌流島で宮本武蔵との一騎打ちに負けた剣豪だな」
と簡単にイリヤに説明する。
「日本の英霊なの?聖杯戦争には東洋の英霊は招かれないはずなのに…」
「なに、私自身が佐々木小次郎本人であると言うわけではない。ただ、その役割に近かったのが私だったと言うだけの無名の剣士よ」
そうアサシンが答える。
「そう、だれかがルールを破ったのね。チャンピオン、あんな英霊でも無い奴に負けるなんて絶対に許さないわ」
「とは言われても俺自身も英霊と言うわけでは無いから、似たようなものだろうよ」
「う、うるさいわねっ!早く倒しちゃいなさいっ!」
「はいはい」
さて、行くかと思った時、また身の内から声が掛かる。今度は誰だ?
『あーちゃん、変わってくれない?』
『母さんか…』
『佐々木小次郎と戦える事なんて二度とないでしょうから、私の技が何処まで通用するか試してみたいの』
『…ああ、もうこのパターンには慣れたよ。うん』
そう言うと体の支配権を手放した。
◇
うん、このパターンはもう予想していた。
チャンピオンの姿が歪むと、黒い竜鱗の甲冑を着た女性の騎士が、二振りの日本刀をその手に持って現れた。
また見た事の無い人だ。…だけど、なんで女性ばかり?
「これはまた面妖な」
と、感想を言った後、アサシンの表情から軽薄さが消える。
「この私に対するのが二刀流の剣士とは…これはまた因果なものよ…」
「はじめまして、アサシン。私はチャンピオンのサーヴァントよ。お互いまっとうな英霊では無いけれど、修めた武技には自信があるでしょう。巌流島の戦いの再現とは行かないまでも、お互い死力を尽くした戦いをしましょう」
「ああ、それは私も望むところだ。剣での斬りあいを望み、セイバーが来ないかと思っていたところだが、日本刀を持つ敵と相対できようとは…」
それ以上互いに言葉はなかった。
山道の上で構えるアサシンに、見上げるチャンピオン。
「ふっ」
先に動いたのはチャンピオンだった。
構えた二本の日本刀を振り下ろし、アサシンへと駆ける。
キィンと刀と刀がぶつかり合う音が響く。
一本目の刀をアサシンは刀の根元部分で受け、二本目を剣をスライドさせるように一本目を受け止めたまま長い刀身を生かして剣先で受け止める。
弾く力でチャンピオンを追い落とすと、アサシンはそのリーチを生かして横に一薙ぎしてチャンピオンの首を狩りとらんとする。
それを引き戻した左手の刀で受け止めるチャンピオン。
キィンと甲高い音が音が鳴ったかと思うとすかさず残りの一刀でアサシンを切りつけるが、体勢が悪くリーチもアサシンの刀よりも短かった為にアサシンは身を引くと同時にチャンピオンの攻撃をかわした。
「この足場じゃお互いに全力とは行かないわね」
「許せ。なにせ私はこの山門から離れられぬし、中に誰も通すなと命じられている。この場を動く事は叶わんよ」
「なるほど」
と、何かを考えたそぶりのチャンピオンは一度後ろに大きく跳躍すると光り輝く翅をだし空中に静止すると、魔力を編み込んだ板のような物を山門の一番上の段に形成し、足跡の足場を形成するとその縁に着地した。
わたしは完全にその足場の下へと分断されてしまった感じだが、あのアサシンの攻撃があの刀のみならばわたしへの攻撃は無いだろう。…宝具の真名開放が高威力の殲滅系で無い限り大丈夫のはずだ。
「なかなかに良き趣向だなチャンピオン。これで私もおぬしも心置きなく技を振るえると言うものよ」
「ええ」
答えたチャンピオンの背中からは翅は消え、再び両足を地面…とは言っても魔力で編んだ足場だが…に着いている。
仕切りなおした彼らの刀が再びぶつかる。
先に動いたのはチャンピオンだ。
「御神流…虎乱っ」
と、聞こえたときには既に彼女の姿は消えていた。いや、消えたと言う表現しか出来ないほどに高速で地面を蹴ったのだ。
「くっ!」
ギィンっ!
一際鈍い音が響く。
チャンピオンがその手に持った小太刀で振るった二連撃をアサシンは力任せにカウンターで返したのだ。
一度弾かれたものの直ぐに追撃するチャンピオン。足場がしっかりした為かその攻めは先ほどよりも鋭く速い。
しかし、それを刀一本で防いでいるアサシンの技量も相当のものだろう。
キィンキィンと剣戟の音だけがこの山道を埋め尽くさんばかりに響き渡る。
威力負けしたのか吹き飛ばされたチャンピオンは空中でくるくる回り制動を掛けて着地すると、再び地面を蹴った。
「御神流・射抜っ!」
「秘剣…ツバメ返しっ!」
目にも留まらぬ速度で距離を詰めてに至近距離からの突き技。しかし、横一文字に構えたアサシンが繰り出す秘剣が逆にチャンピオンへと襲う。
「っ!?」
もはや直感でチャンピオンはその剣の不気味さを感じ取ったのか脚力の限界で踏ん張ると制動を掛け、再び後ろへとバックステップ。
「ほう…躱したか」
はらりとチャンピオンの髪が流れ落ち、頬にうっすらと刀傷が走って血がにじんでいる。
「凄いわね…あの一瞬で三方向の太刀筋が一瞬で走るなんて…人間業じゃないわ」
「昔空を舞うツバメを切ろうとして修練した技だ。なに、我流の手慰みだよ。そなたのような正統な物ではない」
「いいえ。一代で自分の技を編み出し、それを至高の域まで昇華させる事が出来たあなたはまさしく東西に名を馳せるほどの実力を持った剣豪よ」
「そうか…そなたのような剣豪に褒められるのも悪い気はせんものよな…だが」
「ええ。次が最後の攻防になるでしょうね。私があなたの秘剣を制するか、もしくはあなたの前に屈するか…」
ゆらりとアサシンが横一文字にその長い刀を構える。
対するチャンピオンも気を引き締めて必殺の意気込みだ。
ここまで時間の掛かった戦いも、決着はほんの一瞬だった。
先に動いたのはチャンピオン。それを待ち構える形で先に刀を繰り出したのはアサシンだ。
「秘剣…ツバメ返しっ」
一瞬で三方向の斬撃が放たれる。
「御神流奥技の極 閃っ!」
対するチャンピオンの斬撃は一条。
ドーンと何かがぶつかる音が響き渡る。
「見事だ…これほどの剣士と死合えるとはな」
山門に打ち付けられたアサシンには致命傷の刀傷が刻まれ、手に持っていた刀は三つに砕かれ散らばっていた。
おそらく三方向からの斬撃をチャンピオンは一刀で全て叩き折ったのだろう。最後は武器の強度が物を言ったのかもしれない。
「いいえ、それは私の言葉よ。あなたほどの剣士と戦えた事を誇りに思うわ」
「そうか…浮世の夢と言う儚い時間であったが、なかなかに楽しい戦いだった…もう思い残す事も無い」
スーッとアサシンの体が消えると、彼の魂がわたしの中に入って来たのを感じた。
「うっ…」
アサシンの魂が入って来た事でわたしの中に異物感が押し寄せる。…でもまだ大丈夫。まだ、人の機能を阻害するに至らない。
「イリヤ?」
いつの間にか男の姿に戻ったチャンピオンがわたしの体を支えてくれている。
「ううん、なんでもない。それより中を調べましょう。アサシンの口ぶりだと他のマスターと手を組んだと言う感じだったから、中に他のサーヴァントが居るかもしれないわ」
「…了解」
わたしの身を案じてくれているのだろうけれど、チャンピオンは何も聞かずにわたしを連れて山門を潜った。
…結局そこにサーヴァントがいた痕跡は有るものの、サーヴァントの気配はなく、朝日が昇る前に城へ着くべく帰路に着いたのだった。
…
…
…
夢を見ている。
彼は戦乱の世の中にその生を受け、王子と言うその立場ゆえに戦場に立ち続けた。
彼自身が王に成ってからはさらに戦いへと彼を駆り立てた。
剣と盾を持ち、魔法が飛び交う中で同胞と、それよりも倍する数の敵が彼の前で次々と倒れていく。
戦いたいわけではなかった。しかし、戦わずに隷属させられるのは彼の民達が望まなかった。
彼は望まれるだけ王として責務を果たしていた。彼が道を踏み外さなかったのは彼を支えてくれる人達が居たからだ。幾度戦場に出ようと死なずに戻ってくる彼の同胞が居たからだった。
彼女達だけは決して彼の側を離れず、ともに歩み、そして強かった。
彼女達の思いが、彼女達との絆が彼を支え、ついに常勝無敗のままに戦争は終わる。
いや、終わったわけではない。彼の国民は彼が引き連れて逃げ出したのだ。
大量破壊兵器の閃光を目の当たりにし、ついに戦争が個人の力の範疇を離れたと悟ったのだろう。
国民を連れて逃げた彼は、新しき国を作り、その国民が自分たちで考え、生活できるように誘導するとそっとその国を去った。
そんな彼の人生を見て、わたしは思う。
ああ、彼は間違いなく英雄なのだと。
…
…
…
バサリと布団を跳ね上げる。
「……何が英雄としての物語を持っていないよ…ちゃんとあなたは英雄じゃない」
誰も居ない室内で誰も聞いていないのを確認して悪態を吐く。
その呟きはわたし以外居ない部屋で漏れることなく消えていった。
◇
昨夜ついに一騎のサーヴァントが脱落した。
まぁ、殺し合いである以上どちらかが死んでしまうのは仕方ないが、母さんには困ったものだった。
確かに引き分け続きだと流石のイリヤも手を抜いているのではと不審がるからしょうがなかったと言うのもあるのだが、このまま推移を見守ると言う選択肢が霞んでしまったのは痛い。
まぁ、最初から俺達が居るせいで未来がどうなるかは分からないのだけれど。
現状を打破する考えが浮かばないまま、夜の冬木市の新都をうろつくと、そこにはサーヴァントの残り香が立ち込めていた。
意識しなければ分からないような、ほんの微かな血の匂い。
繁華街から少し入った路地裏は街頭の明かりも届かないのか暗く何かおぞましいものが潜んでいそうな気配を漂わせる。
「何か居るわね」
と、イリヤが言う。
「サーヴァントだろうな」
「そう。それじゃ行きましょう」
イリヤを守るように進むと、闇の中で何者かが何かをすする音が聞こえる。
目を凝らすと長身の女性がOL風の女性の首筋に牙を立て、その流れる命の滴りをすすっていた。
眼帯で両目を隠した彼女はおそらくライダーのサーヴァント。
ライダーは支えていたOLの体をほうり捨て、此方を油断無く睨む。
「サーヴァントとマスターですか」
「ええ。あなたは何のサーヴァントかしら?」
「ライダーのサーヴァントです。そちらは」
「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。そして私のサーヴァントのチャンピオン」
俺は視線だけでイリヤの言葉を肯定する。
「イレギュラークラスのサーヴァントですか」
ライダーのサーヴァントは油断なく上体をかがめていつでも蹴りだせるような態勢だ。
彼女の正体は、とそこまで考えた時、体の制御が突如として俺から奪われた。
「悪いな、アオ。そいつは妾の相手よな」
と、すでに俺は体の内に引っ込み、その口から発した言葉は数百年を共にしたアテナのものだった。
◇
「悪いな、アオ。そいつは妾の相手よな」
突然彼の口から女の声が聞こえたかと思うと、また彼の姿が見たことの無い人物に変わっていた。
年は若く、少女のような銀髪の女の子だ。
今までのチャンピオンと違い彼女は甲冑を身に纏わずに、白いワンピースを一枚着るのみだが、その姿が何故か荘厳で神気を帯びているように感じられた。
「あなたは…」
そう聞いたのはわたしではなくライダーだ。
「妾はチャンピオンのクラスで現界したアテナの名を所有する者である」
初めてアオ以外のチャンピオンの名前を聞いたような気がする。
「アテナですか…」
しかし、アテナと言う名を聞いたライダーのサーヴァントはその表情を険しいものに変える。
「とてもイラつく名前です」
「ふむ。それも仕方の無い事かも知れぬな。神話ではおぬしを怪物に変え、ペルセウスに助力しそなたを討たせたのは妾と言う事になっているからな」
「うそ…あなた、神霊なの!?」
さも自分がアテナであると言うような態度にまさかと思う。
アテナと言えば本来呼び出そうとしていたヘラクレスなんかよりも知名度で言えば高い。オリュンポス12神の一柱で永遠の処女神。
まぁ、あの見た目なら処女神としても信じてしまいそうだけど、本当にアテナなのだろうか?
彼女のステータスを透視してみれば、彼女の固有スキルに神性EXが見て取れた。
これは神霊そのものと言われても信じざるを得ない高さだった。
だがそれは有り得ない。聖杯戦争のシステムでは英霊を呼び出すのが精一杯で神霊を呼び出せるほどの力は、ましてや従えることの出来る力は無いのだ。
「神であった過去が有るだけよな。何、アオ達のデタラメさに比べれば妾なんぞ可愛いものだ」
そんな訳は無い。今までの彼女達の力は途轍もなく強力だった。ならばこの少女の力も強力なのだろう。
「浅ましくも人間の生気を集めるそなたには神であった矜持は無いのか?無いのなら妾が鉄槌を下してやろうぞ」
「戯言をっ!?」
戦いの合図は突然だった。
ライダーは手に持ってクサリつきの釘を投げつけ、アテナと名乗った少女を射殺さんとしたが、いつの間にか手に現れた漆黒の鎌によって阻まれた。
キィンと弾かれたそれをライダーは鎖を巧みに操って蛇のように再びアテナと名乗ったチャンピオンに向かわせた。
狭い袋小路で始まった戦いはその地形をライダーを優位に立たせているようだ。
四方を囲まれるように立つビルの壁を蹴りながら縦横無尽に空中を駆け回るライダーに対し、アテナはその手に持った漆黒の鎌を振り回してライダーの投擲を弾くが、その本体を捕らえるのはなかなかに難しいようだ。
アテナが劣勢である理由はおそらく単純。
魔力不足だ。他のチャンピオンのようにあの弾丸を使っていない。
…いいえ、もしかしたら使えないのかもしれないわ。
予備タンクが使えないと言う事は、使われるのは本来の物になるはず。それでも今の彼女の消費量はごくわずか。これは持ち前の魔力のみで戦っていると言う事だろう。
「チャンピオン、遠慮する必要は無いわ。私の魔力、存分に使いなさい」
「よいのか?」
「ええ。だから必ずライダーを倒しなさい」
「承知した」
そう言ったアテナはわたしから魔力を吸い取り始めた。魔術回路にマナが循環され、唸りを上げ駆け巡る不快感と吸い取られていく虚脱感が襲ってくる。
十全に魔力を貯蔵したアテナの背後の空間に闇夜が広がり、そこから赤い光点が見える。
目だ。
「征け」
闇から現れたのは無数のフクロウだ。それが撃ち出された弾丸のように虚空を走り、ライダーに迫る。
「なっ!?」
驚きの声を上げたライダーは、直撃はまずいと判断し、回避に徹するが、ガトリングの連射のように打ち出されるそれはビルの壁面を傷つけながら回避するライダーを追い詰めていく。
トンットンッと壁を蹴り、フクロウを避けながらビルを駆け上がるライダー。
「ははっ!なかなか良く避ける」
そう言ったアテナはフクロウの数を増やしてライダーにけし掛ける。
それを空中に躍り出ながらも自在に空を駆けて回避するさまは騎獣の背中に飛び移る騎士のようだった。
視線をアテナに戻せばいつの間にか漆黒の鎌は弓へと変じていた。
現れた矢に辺りの魔力が食われているのが分かる。それ以上にわたしの魔力を際限なく引き出して言っているのだからアレはきっと彼女の宝具クラスの技なのだろう。
あとは真名の開放と共に撃ち出されればおそらくあのライダーは打ち倒されるだろう。それほどの魔力が篭っていた。しかし、その矢を放つ事はなかった。
なぜなら、上空のライダーが今までその目を覆っていた眼帯を取り外したからだ。
「これは仕方が有りませんね」
「む?」
その瞬間、ライダーを追うように翔けていたフクロウは石化し、推進力を失ったそれらは重力に惹かれるままに落下し始めた。
「なっ!?石化の魔眼!?」
石化の魔眼を持っている英雄は古今東西を探せばわたしが知らないだけで居るのかもしれないが、一番有名なのは人ではなく神が怪物へと変じたメドゥーサが有名だろう。
宝石のように輝く瞳にはキュベレイの名前こそ相応しい。
しかし、仮にあのサーヴァントがメドゥーサだとしたら、聖杯は呼んではいけない怪物を英霊として呼んだと言う事になる。
驚きの声を上げるわたしの側にいつの間にかアテナが戻ってきてその手に持った弓矢に篭った魔力を使ってその弓を変じさせ、大きな盾を作り出した。
「ゴルゴンの盾よ、妾達を守護せよっ!」
「ええ!?」
真名の開放と共に強固な盾がその内なる力を解放する。しかし、聞き流せない単語もあった。
ゴルゴンの盾。つまり、ペルセウスがメドゥーサの討伐で持ち帰った首をあつらえたアテナが持つアイギスの盾だ。
それはあらゆる厄災を跳ね返し、死したメドゥーサの頭はその後も石化能力を持つと言う。
ガツガツと石化したフクロウが盾に弾かれて砕け散っていく。
しばらくその落石に耐えていると、先ほどまで威圧されるように放たれていたプレッシャーは鳴りを潜めていた。
「逃げられたか」
と、不覚を取ったとばかりに呟くアテナ。
「追うわよ、チャンピオン」
「ふむ。追うのもやぶさかではないが、おぬしの魔力も限界であろう。今日は帰るとしよう」
「え?あっ…」
チャンピオンのその言葉で急に倦怠感に襲われ、立つ事が難しくなる。
崩れ落ちそうになる瞬間にわたしを抱きとめたのはアテナと名乗ったあの少女ではなく、いつものあの人の腕だった。
そして意識は暗転する
…
…
…
また夢だ。そう、彼の夢だと言うのはもう分かっている。
今度の彼はまだ6歳ほどと言う体で、サーヴァントと比しても決して劣らない…いや、それ以上の人型の何かと戦っていた。
それが神話から出てきた神だと言う事は何となくだけど分かった。
彼は神話のくびきから離れた神と戦っていたのだ。
その世界には大掛かりな魔術儀式があるのだろう。
神を倒した人間は、相手の能力を奪い、強化されるようだった。
彼は幼少の頃に幾度か苛烈な戦闘を繰り返し、辛くもその全てに勝利を勝ち取った。
それから数十年は平和な時間だったらしい。
神の能力を手に入れた彼らは基本的に年齢はある程度で止ってしまうようで、彼は青年の姿のまま数十年と生きていた。
場面が変わると今までにはおぼろげにしか聞こえなかったその夢の声が聞こえてきた。
「それを俺に頼むのか?」
と、彼は彼に何かを頼みに来た女性に問い掛けた。
「はい。あの人を止めてください。あなたならあの人の力を奪う事もできましょう」
そう亜麻色の髪をした女性は答えた。
「50を越えられなかったか…いや、それが人としての感性を持ち続けた彼の限界か。周りが老いて死んでいくのに変わらぬ自分に戸惑ったか」
「はい…それとエリカさんが亡くなったのが拍車を掛けました」
「カンピオーネ、その眷属でも不死ではない。神との戦闘に連れまわせばいつか死んだだろう。だが俺はもった方だと思うけどね」
カンピオーネ。…神を殺した者に送られる称号だろう。
英語ならチャンピオンだろうか。
「そうでしょうか…」
「格上の存在に命をベットし続けたんだ。いつかはそれを支払うときが来るさ」
だから俺は極力関わらないように生きてきたと彼は言う。
「今のあの人は失ったものを取り戻そうと必死です。その為に回りにどれ程の被害が出ようが躊躇う事が無い。もはやあの人はその心まで魔王になってしまった…それを見ているのは余りにも辛い。諌めるはずのリリアナさんや恵那さんまで護堂さんに協力をしています…もう頼れるのは貴方様達しか居ないのです…どうかあの人を止めてください」
どうか、と頭をこすり付ける勢いで下げる女性の懇願に彼もついに折れた。
いや、彼女の懇願だけでは頷かなかったかもしれない。
しかし、事態が彼の住むその街、その国を脅かすのであれば彼も出張る覚悟を決めたらしい。
彼はその女性の頼みを聞き、その誰かを止める為に立ち上がった。
ビルが立ち並ぶ市街地の真ん中に二人の青年が居る。彼が止めてくれと頼まれた青年とついに対峙したのだ。
彼と、彼に対峙する青年の実力差は歴然だった。
地力が違うし、研鑽した技量の差がある。しかし、そんな彼我を覆さんばかりに食い下がった青年には鬼気迫るものがあった。
自身の命を燃やし尽くす勢いで彼に挑みかかる青年。しかし、死闘の末に軍配が上がったのは彼の方だった。
組み伏せて最後通告をする彼の言葉を青年は黙って聞いていた。
「何か言い残す事が有るか?」
「俺の時間を巻き戻すのか?」
「ああ。カンピオーネになる前までお前を巻き戻す。そうすれば今度は自然と年老いてちゃんと死ねる」
「そう…か。記憶はきっと残らないんだろうな…」
「ああ。お前はもう一度人生をやり直す事になる。カンピオーネになる前のお前になら簡単な暗示も抜群に聞くだろう。お前は何も疑問を感じないままに生活する事になるだろう」
「なぁ、あんたに俺を止めさせたのって…」
「祐理さんだ。彼女はこのまま壊れていくお前を見ていられなくなったんだろうな」
「そう…か」
青年は一息はぁと吐き出すと言葉を紡ぐ。
「悪い。あんたには損な役回りを押し付けてしまった」
「全くだ…もういいか?」
と最後通告をする彼に青年はああと答えるとゆっくりと目を閉じた。
目を閉じた青年に彼は何かをしたのだろう。見た目は殆ど変わっていないが、その体から感じられた力強さが失われている。
そんな青年の体を彼に青年の討伐を依頼した彼女に引渡し、彼はもの悲しげに去っていった。
それから早回しのように時間が過ぎ去っていく。
文明の発展は留まる所を知らず、ついには人類は宇宙に進出する。
化学兵器はとうに魔術師の限界を超えていた。
そんな時代になった頃に彼と同じ不老の姉が生き飽きてしまったのだ。
彼に自分の権能を譲り渡すとつまらなくなった世の中を去っていった。
彼と彼の同胞はまた幾年も生き、最後はやはり大量破壊兵器の前に去って行った。
…
…
…
目が覚める。
ここは…?
「目が覚めたか、イリヤ」
ベッドから起き上がり、声のした方を向くとそこにはチャンピオンが心配そうに覗き込んでいた。
「ここはわたしの部屋?」
きょろきょろと視線を動かした後わたしはチャンピオンに問いかける。
「ああ。どうやら魔力の使いすぎで倒れただけのようだ。アテナが無茶をしたみたいで悪かったな」
「ううん、それは別に良いんだけど…」
と言ったあとわたしは話題を切り替えた。
「ねぇ、チャンピオンの固有能力って時間操作?」
と問いかけたわたしに怪訝そうな表情を浮かべるチャンピオン。
「…もしかして俺の記憶を夢で見た?」
「ええ。ごめんなさい。でも仕方ないじゃない。止めようと思っても勝手に見てしまったんだもの…」
「そうか…」
と言った後何かを観念したようにチャンピオンは言葉を続けた。
「俺の能力は時間操作だけではなく因果操作だ。魔力の消費量に応じてあらゆる因果に干渉し、捻じ曲げる事が出来る」
「え?それってもはや魔法の域じゃ…」
特定の事象の因果を捻じ曲げてしまう道具は存在する。英雄の宝具にはそう言った逸話の有る物は多く存在するだろう。
しかし、それですら今の魔術師では再現が難しい。
だと言うのに彼は全ての事象を操れると言う。
「俺の過去を何処まで見た?」
「最初は絵本に出てくるような中世の魔法使いだったわ。次がニンジャだったかしら。そして現代の日本。そして中世の戦争時。最後はまた日本だったわ。ねぇ、あれは全部あなたよね」
と答えるとチャンピオンは頭をかきながら誤魔化すことなく話してくれた。
「イリヤがどういう夢を見たのかは分からないが、それはおそらく全て俺の過去だろう。
そう…俺は記憶と技術を継承しながら世界を渡っている。つまり、この世界の常識外の存在だ。だから因果を操る事だって可能だし、口から火を吹く事も出来るし都市を丸ごと吹き飛ばす事も可能だ」
「都市を丸ごと…」
「とは言え、それは生前の能力。魔力制限が無ければの話。今の俺では精々がビル一つを破壊する程度が精一杯かな?」
「それってやっぱりわたしの魔力不足?」
「まぁ、それもある。が、元々は別種のエネルギーを併用しながら使っていたものを一種のエネルギーで再現していると言うのも原因の一つだ。簡単に言えば生前の俺はエンジンを二つそれぞれ別のエネルギーで動かしていて、必要なときに必要なほうのエンジンを動かしていたんだ。それが、片方だけでもイリヤを凌駕していた。ジェットオイル並みの火力を誇るのイリヤだけど、モンスターエンジン二機分では賄いきれる物じゃないと言うことだろう」
だからわたしの所為では無いとチャンピオンは言う。
「そう…そう言えばさっきの彼女。アテナについてなのだけれど。彼女は何者なの?」
何となくさっきの夢で見当はついているけれど、一応チャンピオンの口から聞いておきたい。
「彼女はそうだな…この世界で言う抑止力と言う物が一番近いか」
「やっぱり…」
わたしはぼそりと小さく呟いた。
「まつろわぬ神…本来人間を守護するべき神がその神話のくびきから離れて勝手気ままに行動し、天災を振りまき人々に仇なす存在…だった」
「だった?」
「長い時間一緒に居たら捻じ曲がった物がさらに捻じ曲がって変な方向に向いた。変質したと言っても良いかもしれない」
「…?良く分からないのだけれど、人を傷つけなくなったって事?」
「と言うより、より固執するものが出来たと言う事だ。その為に彼女は俺達と共に居る」
うーん、やっぱり良く分からない。
しかし、チャンピオンが人間にしては途方も無い時間を生きてきた存在だと言うのは理解できた。
それは強いはずだよ。
魔術師達が子に孫にと何世代にも渡って受け継ぎ、高みへ…魔術師達の場合は根源へと至ろうと修練していると言うのに、それを自分一人の時間でやっているのだから。
「チャンピオンは強いね」
「え?何か言ったか?」
と言う意味の成さない呟きはわたしの口の中だけで消えて言った為、チャンピオンには聞かれずに済んだらしい。
「ううん。なんでもない。寝なおすわチャンピオン。明日までには魔力を回復させなくちゃ」
「そうか。では、ブランチには何か甘いものでも用意しよう」
「うん。お願いするわ。チャンピオンのお菓子って美味しいから好き…」
と言い終えると眠気が再び襲ってきた。明日のお菓子を楽しみにしながら深い闇へと再び落ちて言ったのだった。
後書き
カンピオーネの夢はまぁ…カンピオーネの最後は討たれるしか無いらしいので、それでも救いを…なんて感じの話です。…いや、実際はイリヤがアオのチートに気が付くという話なだけですけどね…
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