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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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外伝
外伝1:フェイト編
  第2話:姉の死

ゲオルグがシャングリラに配属されて半年ほどが経ったある日。
艦内の訓練室での自主トレを終えて、シャワーで汗を流そうと訓練室を
出ようとしたところで、ゲオルグの前に一人の男が立ちはだかった。

「なんの用ですか? クリーグ士長」

クリーグはゲオルグにとっての初めての実戦で、ハインツに連れられて前線に
突っ込んでいった2人のうちの一人である。
クリーグは、ゲオルグが引き続き分隊長を務めているB分隊でも古参の一人であり、
ミッド式の魔導師が多いB分隊にあって、数少ない近代ベルカ式の魔法を扱う
魔導師だ。

ゲオルグは更に珍しい近代ベルカとミッドの両方を扱えるハイブリッドタイプ
ではあるがミッド式はあまり得意ではなく、どちらかと言えば近代ベルカ式を
多用する傾向にある。
また、2人とも剣型のアームドデバイスを使うという共通点もあり、トレーニングを
共にすることも多い2人ではあった。

「いえ、ちょっと通りかかったら分隊長がトレーニングしてるのが見えたんで
 ちょっと見させてもらってたんですよ」

「そうですか。 それで、何か気付いたことはありましたか?」

ゲオルグがタオルで汗をぬぐいながら尋ねると、クリーグはとんでもないと
いうように自分の顔の前で手をぶんぶんと振る。

「いえいえ、いい勉強になりました」

苦笑しながら言うクリーグの顔をゲオルグはじっと見つめると、
首にかけたタオルで汗でペタっとなった自分の髪をワシャワシャとかき回した。

「まあ、いいでしょう。 今度は・・・」

「ですがっ!」

クリーグは大きな声でゲオルグの言葉を遮った。

「分隊長はまだ13歳です。 あまり無理はなさらない方がいいと思いますよ」

クリーグの言葉が意外だったのか、ゲオルグはその目をパチパチと瞬かせる。

「・・・気をつけるようにします。 次は手合わせしたいですね」

「え? あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

「ええ。 では、僕はシャワーを浴びますのでこれで」

「はい」

ゲオルグはクリーグと別れると、シャワールームに向かって歩を向けた。
その小さな背中を見送りながら、クリーグはここ5カ月の出来事を思い返し
大きく深いため息をついた。

(まだ13歳なのに・・・な)





シャングリラの魔導師隊に多大な損害を与えた挙句失敗に終わった作戦の後、
1週間ほどして事故調査委員会が組織された。
調査委員会では戦闘に参加した全員のデバイスに残された通信記録の確認から
生存している作戦関係者からの事情聴取まで、ありとあらゆる調査が行われた。

その結果、作戦が失敗に終わった最大の原因は事前の敵状調査不足であり、
その責任を負っていた情報部は真っ先に糾弾された。
また、作戦の立案・実行の責任者であった艦長と魔導師隊長も作戦立案時点における
情報の信頼性評価と計画の杜撰さを指弾され、現場の責任者であった2名の分隊長も
奇襲攻撃という当初の計画への固執による上層部への報告もれを指摘された。

これらの委員会報告を受け、処分の権限を持つ本局管理部は情報収集を担当する
情報部の佐官クラスを更迭、シャングリラ艦長と魔導師隊長を減給処分とした。
また、ゲオルグ自身も訓告処分を受けた。

しかし、ゲオルグにとっての試練はそのあとから始まった。
現場の責任者であったゲオルグに対する処分が甘いとの声がシャングリラの
乗組員の中から上がったのである。

彼らの論旨は、”作戦失敗の原因は現場指揮官の判断ミスにあるのだから、
分隊長に厳罰を”というものであった。
これは少なくとも事故調査委員会の公式見解とは異なる意見ではあるが、
機関部員などの戦闘とは直接関係しない部署の乗組員たちの間で瞬く間に広がった。

艦長は事実と異なるこの声を押さえこもうとするものの、事故調査委員会の
調査報告書が非公開扱いであることも作用して失敗に終わった。
結果として、批判の矢面に立たされることになったゲオルグは、さまざまな
嫌がらせを受けることになり、これがゲオルグの心に深い傷を残すことになる。





「・・・ーグ士長」

そんなことを思い返していたクリーグは自分の名前を呼ぶ声で我に帰る。
見ると、先ほどシャワー室に向かったはずのゲオルグが自分を見上げていた。

「どうしたんですか?」

「ひとつ言い忘れたことがありまして」

そう言ってゲオルグはわずかに頬を染める。

「僕のことを心配してくれてありがとう」

ゲオルグはそう言うとクリーグに向かってニコッと笑いかけ、
そのままシャワー室へと駆けて行った。
クリーグは呆気にとられ小さくなっていくその背中をポカンと見ていたが、
その顔には優しげな笑顔が浮かんでいた。

(やっぱ、分隊長の笑顔には癒されるなぁ・・・)

しかし、最近はその笑顔もあまり見られなくなってきたことを思い返し、
クリーグはその表情を曇らせる。

ゲオルグがシャングリラに配属されてすぐのころはその若さや素直さもあって、
マスコット的に扱われていた。
そのころのゲオルグは”よく笑う明るい少年”という言葉がピッタリだった。
しかし、配属から1カ月たってそれは変わった。
ゲオルグはめったに笑わなくなり、魔導師隊やブリッジ要員以外とは
ほとんど話すこともなくなったのである。

人員補充で魔導師隊に新たにやってきた面々は、最初ゲオルグを遠巻きに見ていた。
他の乗組員の話を聞いてあまりいい印象を持っていなかったためである。
しかし、クリーグを始めとする以前からのメンバーの努力と、ゲオルグ自身の
任務に対するひたむきな姿勢によって少しずつ状況は好転した。

そして、今現在。
ゲオルグは魔導師隊の中にいるときだけではあるが、以前のような明るい笑顔を
見せるようになっている。

(でもな・・・)

と、クリーグは最近の状況について考える。
魔導師隊の中に居る間はいいのだが、ひとたびそこから離れるとやはり、
あまり状況は改善していない。
通路ですれ違うたび。食堂で食事をしているとき。
ひそひそと、あるいは堂々と陰口を言われるのは変わっていないのである。

表面上は特に気にしていないように見えるゲオルグではあるが、
クリーグが恐る恐る辛くないか尋ねるとゲオルグはさみしそうな笑みを浮かべて、
”まあ、しかたないですよ。僕が失敗したのは事実ですから”
と言うのである。

(13歳の子供にあんな顔をさせる大人って、どうなんだよ・・・)

クリーグはそう思い、少し落ち込んで肩を落として歩き始めた。





翌日・・・。
いつも通りの時間に朝食を終えたゲオルグが、待機室に向かって歩いていると
ミュンツァーに呼び止められ、緊急の会議を行うから会議室へ来いと言う。
ゲオルグは頷くと、ミュンツァーの後について会議室へと入った。

部屋の中には、新しくA分隊の分隊長として赴任してきたヒルベルト2尉と
他に知らない男たちが2人座っていた。
ゲオルグがヒルベルトの隣の席に腰を下ろすと、ミュンツァーが話を始めた。

「ヒルベルト、シュミット。 朝早くから来てもらって済まん。
 まずはこちらの方々を紹介しよう。古代遺物管理部のクラウド執務官と
 ワスプ執務官補だ」

ミュンツァーの紹介に合わせて2人はゲオルグとヒルベルトに軽く頭を下げる。

「では早速本題に入らせてもらう。
 昨日作戦部から指示が届いたんだが、我々はある管理外世界にある
 廃棄された研究施設の探索を行うことになった。今日はそのための打ち合わせだ」

ミュンツァーの言葉に続いて、クラウドが口を開いた。

「この研究施設は、あるロストロギアの解析を行っていたのですが、
 10年ほど前に事故が発生しまして、所属していた研究員は全員が行方不明。
 ロストロギアの反応も消失してしまったために廃棄されました。
 しかし、最近になってこの施設から微弱ではありますが魔力反応を検知したため
 何が起きているかを確認するために、調査を行う運びとなりました」

クラウドはそこまで話すと、会議室の中央に研究施設の図面を映し出す。

「ロストロギアの研究が行なわれていた区画はここになります。
 今回の調査ではここを含めた施設の全区画をくまなく調べて頂きたいのです」

クラウドが話し終えると、そのあとをミュンツァーが引き取る。

「というわけだ。質問は?」

「よろしいですか?」

そう言って手を上げたのはゲオルグだった。

「どうぞ」

「ただの調査ならば古代遺物管理部でも十分対応できるはずですよね。
 なぜ我々の協力が必要なのですか?」
 
「リスクを考えてのことです。我々古代遺物管理部に所属する魔導師は
 あまり荒事には向きません。また、この管理外世界には大型の猛獣が
 多く棲みついているということですので」

クラウドの回答に納得し、ゲオルグは黙って頷く。

「では私からも。今回の目的はあくまで内部の調査であって、
 ロストロギアの発見が目的ではないのですよね?」
 
ゲオルグに続いてヒルベルトが尋ねると、クラウドがはいと短く答えた。
他には、とミュンツァーが2人を見ると2人は首を横に振った。

「よろしい。それでは本調査はA・B両分隊で各区画を手分けして調査する。
 A分隊は居住区画と倉庫、B分隊は研究区画と地下だ。任務開始は2日後。
 調査任務とはいえ、想定していない戦闘が発生する可能性は十分にある。
 両名とも行動計画の立案にあたってはその点に十分留意してくれ。いいな?」

ミュンツァーの言葉にゲオルグ達が頷くと、会議はそこでお開きとなった。






会議室を出たゲオルグとヒルベルトは艦内の通路を並んで歩いていく。
艦が次元転送の準備に入ったのか、機関部のほうから急ぎ足で歩てくる数名の
乗組員たちとすれ違う。

「ゲオルグはどう思うね、この調査」

ヒルベルトは周囲に人がいなくなったことを確認すると、ゲオルグにそう尋ねた。

「胡散臭いですね」

ゲオルグが間をおかずにそう答えると、ヒルベルトは顎に手を当てて頷く。

「ほう。理由は?」

「紛失したロストロギアの捜索がいらないというのも妙ですし、
 そもそもなんでこんな研究施設を危険な管理外世界に置いたのか疑問です」

「同感だな。 で、ゲオルグとしてはどんな裏がこの任務にはあると思う?」

「それはなんとも。 情報が足りませんから。 ヒルベルトさんはどうです?」

「俺も同じだ。 ま、案外俺達の考えすぎって線が一番濃厚かな」

「そうですか・・・」

ヒルベルトの言葉にゲオルグは腕を組んで考え込む。
そんなゲオルグの頭をヒルベルトはポンポンと軽くたたいた。

「・・・何をするんですか」

自分を睨むように見上げるゲオルグにヒルベルトは優しく笑いかける。

「ま、そんなに難しく考えなさんな。 そう言うのは古代遺物管理部の
 エリートさん達に任せておけばいいんだよ。それよりもだ・・・」
 
ヒルベルトは笑顔を消し、真剣な表情を浮かべる

「ただの調査とはいえ、この任務は危険な感じがする。気を引き締めていこうぜ」

「ええ、そうですね」

そして、2人はそれぞれの分隊の待機室へと入って行った。






ゲオルグがB分隊の待機室に入ると、亡くなったハインツの後任であるルッツ曹長が
近寄ってきた。

「おはようございます、分隊長。 今日は遅かったですね」

「ええ。朝食のあとミュンツァー隊長に呼ばれていましたので。
 それに絡んでみんなに話があります」

「わかりました」

ルッツが分隊全員を集合させると、ゲオルグはその前に立ち全員の顔を見渡す。
ゲオルグが分隊長に就任したときとは半数は顔ぶれが変わってしまった。
そうなった原因に思いを巡らせるとき、ゲオルグの心に鈍い痛みが走る。

「・・・楽にしてください」

ゲオルグは抑えた声でそう言うと、大きく一度深呼吸をする。

「任務です。 2日後、ある管理外世界にある施設の調査を行うことになりました」

ゲオルグはそう言うと、クラウドから受け取った施設の図面を映し出す。

「B分隊の分担区域はこの2つの区域になります。結構な広さになる上、
 通路などが入り組んでいる個所も多くあります。
 そこで分隊を2つに分けたいと思います。
 一方は僕が直接指揮をとりますが、もう一方はルッツ曹長に指揮を任せます。
 それぞれのグループに誰をを配置するかは僕と曹長で相談し後で決定します。
 何か質問はありますか?」

ゲオルグはそう言って全員の顔を見渡すが、手を上げる者はなかった。

「いいでしょう。それでは各員とも準備を怠りなく。
 それと、武装勢力などの存在は確認されていませんが、
 この世界は危険な生物が多く
 生息しており、施設内部にも棲みついている可能性は十分にあります。
 戦闘任務ではありませんが、気を抜かないようにお願いします。
 以上です、解散しましょう」

ゲオルグが話を終えると、分隊の面々は映し出された図面を食い入るように
見はじめた。それを横目で見ながら、ゲオルグはルッツのところに歩み寄る。

「僕の部屋に行きましょうか。 ここは少し騒々しいですから」

「それはそうですが・・・よろしいのですか?」

「何がです?」

「その・・・私が分隊長の私室にお邪魔しても」

「見られて困るようなものはありませんから構いませんよ」

「判りました。それではお邪魔させていただきます」

2人は分隊の待機室を出るとすぐ近くにあるゲオルグの部屋へと入った。
ゲオルグはルッツに椅子に座るように言い、自分もデスクの前にある椅子に
腰を下ろす。

「それで、分隊を2グループに分けるわけですが、調査・探索の任務ですから
 探知に長けた者は両方に必要ですね。あとは近距離戦闘から中・長距離戦闘まで
 対応できるようにまんべんなく戦力を割り振ろうと思いますがいかがですか?」

「はい、それでいいかと」

2人はそう言うとゲオルグの端末に映し出された分隊の人員リストを見ながら
10人の魔導師を2つのグループに割り振って行く。
10分ほどでその作業は終了し、ゲオルグはひとつ息を吐いた。

「こんなものでしょうか。いかがです?」

「そうですね。こんなもんでしょう」

ルッツは納得したように何度か首を縦に振りながらそう言った。

「では作戦ですが、僕のグループは研究区画を担当しますので、曹長は
 地下をお願いします。どちらも入り組んだ構造をしていますので、
 連絡は密にとるようにしましょう。何かあればすぐに報告をお願いします。
 いいですね?」
 
「はい、了解です」

「では明後日はよろしくお願いしますね」

ゲオルグがそう言うと、ルッツは部屋を後にした。
一人になった部屋の中で、ゲオルグは両手をギュッと固く握りしめて
デスクに置かれた写真をじっと見つめていた。

(僕は二度と失敗しないって誓ったんだ。 絶対にうまくやってみせる・・・)

その写真には5カ月前に殉職した以前の分隊員たちが写っていた。





2日後・・・
起床し食堂に向かったゲオルグは、その途中でクリーグと出くわした。

「そういえば、今日の作戦って古代遺物管理部の人たちは同行しないんですか?」

食堂で2人並んで朝食を食べ始めたところでクリーグが尋ねる。

「ええ。自分たちはブリッジで映像を確認するから。だそうですよ」

そう答えるゲオルグの表情に変化はない。

「俺達が現場で危険な目に合うのを安全なところで観覧するって訳ですか?」

クリーグは怒りを込めてそう言うのだが、ゲオルグはあくまで淡々としていた。

「そういうわけでもないでしょう。 あの2人の経歴を見る限り現場経験は
 多くないようですし、魔導師としての能力もさほど高いものではありません。
 円滑な任務遂行のためにも、彼らには艦に残っていただく方がいいんですよ」

「それって要は、役立たずにしゃしゃり出られても邪魔ってことですか?」

クリーグがそう尋ねると、ゲオルグは人差し指を口に当て、苦笑しながら
小さく頷いた。

そのあとは他愛無い雑談を交わしながら朝食を食べ進めていた2人だが、
急に食堂の入り口が騒がしくなり、つられてそちらに目を向けた。
見ると、朝食を受け取ろうとする乗組員の列をかき分けるようにして
一人の女性が食堂に駆け込んできた。

その女性は食堂の中を誰かを探すようにきょろきょろと見回していたが
ゲオルグと目が合うと、猛然と2人の方に向かって走り出し、
2人の前で立ち止まった。

「はぁ、はぁ・・・シュミット3尉、至急艦長室まで来てください!」

女性はそう言うと、ゲオルグの手をとって足早に歩き出す。

「ちょっ、まだ食べ終わってないんですよ。 離してくれませんか?」

ゲオルグは非難の声を上げるのだが、女性の方はそれを無視しずんずんと
ゲオルグを引っ張り食堂の出口に向かって歩いて行く。

「クリーグ士長! 僕の食器を片づけておいてくださいね!」

クリーグは女性に手をひかれながら通路へと消えて行ったゲオルグを見送った。

(分隊長、この状況で言うのがそのセリフですか・・・)

自分の食器とゲオルグの食器を重ねながら、クリーグはそっと溜息をついた。





一方、女性に手をひかれ通路に出たゲオルグは、女性に向かって抗議の声を上げる。

「いいかげん手を離してください! 自分で歩けます!」

ゲオルグの言葉で女性は冷静さを取り戻したのか、慌ててその手を離した。

「あっ、すいません。私ったら慌ててて」

「かまいませんよ」

ゲオルグは女性の謝罪を受け入れると、力任せに惹かれて少し痛む手首を軽く振る。

「それで何の用ですか?」

ゲオルグが軽く睨むようにして尋ねると、女性は気圧されながらも気丈に答える。

「すっ、すいません。 私はシュミット3尉を連れてこいとしか・・・」

「わかりました。 行きましょう」

ゲオルグは頷くと女性の後に続いて艦長室への通路を足早に歩く。
艦長室へ入ると椅子に座ったグライフとその傍らに立つミュンツァーの姿があった。

「シュミット3尉をお連れしました」

「ご苦労。 下がって良し」

女性が部屋を出るのと入れ替わりにゲオルグはグライフの前に進み出た。

「何か御用でしょうか?」

グライフはゲオルグの顔をじっと見ると、少し辛そうな表情を浮かべた。
同じくミュンツァーは辛そうな表情をしている。

(なんだ? なにかあったのかな・・・)

ゲオルグが2人の様子に混乱していると、グライフが重々しい口調で話し始めた。

「シュミット3尉。 首都防衛隊に所属するエリーゼ・シュミット陸曹は
 君の姉で間違いないな?」

「え・・・、はい。 間違いありません」

「そうか・・・。 実はたった今連絡が入ったところなのだが、君の姉である
 エリーゼ・シュミット陸曹が、任務中の事故で死亡したそうだ」

「へ・・・?」

(姉ちゃんが・・・しんだ・・・?)

「な・・・なんで・・・?」

「すまん。詳細については連絡を受けていない」

「そんな・・・」

ゲオルグの両足から力が抜け、床にへたり込んでしまう。

「今日の午後、葬儀が行われるとのことだ。 お前は今すぐミッドに帰れ」

ミュンツァーは沈痛な面持ちで、床に座り込んだゲオルグの肩に手を置く。
その肩がふるえていることをミュンツァーは手で感じた。

(姉ちゃん・・・)

ゲオルグは姉の顔を必死で思い出そうとしていた。
ポッと思い浮かんだのは、ゲオルグが士官学校を卒業したときの顔。
最後にゲオルグとエリーゼが直接顔を合わせたときのことだった。

『アンタねえ、その歳で私より上の階級にいくなんてナマイキなのよ!』

そう言って両の眉を吊り上げながら、自分の頬をつねり上げる顔。

『ま、アンタが一生懸命に勉強してたのは知ってるしスゴイとも思うんだけど、
 もうちょっと遊んでからでもよかったんじゃないかなって思うな』
 
そう言って心配そうに自分の頭をなでる顔。

『とにかく卒業おめでと。ゲオルグ』

そう言って自慢げに笑う顔。

『局員になった以上は、何があっても自分の責任から逃げちゃだめなんだからね。
 わかった?』

姉の最後の言葉を思い出した時、ゲオルグは顔を上げた。

(責任から逃げるな・・・か。 わかったよ、姉ちゃん)

自分の肩に置かれたミュンツァーの手を払いのけ、スッと立ち上がる。

「・・・話は終わりですか? それなら、僕は作戦の準備がありますので
 失礼します」
 
ゲオルグは軽く頭を下げ、2人に背を向ける。

「待て! お前は俺の話を聞いていたのか?」

ミュンツァーは慌ててゲオルグの肩を掴み引き留めると、自分の方に向き直らせた。

「シュミット・・・」

ゲオルグの目を見た瞬間、ミュンツァーはその迫力に気圧された。

「僕は、僕自身に課せられた責任を放棄できません。
 今、僕に課せられた責任は探索任務を成功させること。
 それを果たさずにミッドに帰るつもりはありません」

ゲオルグはそれだけ言うと、ミュンツァーを振り切るように部屋を出た。

「待て! シュミット!」

ゲオルグを止めるべく走り出そうとしたミュンツァーは、その肩を掴まれ
足を止めた。振り返ると、グライフが首を横に振っていた。

「しかし、艦長!」

「無駄だよ。あの目を見たろ」

「ですが・・・」

「今はあいつを信じてやろう。それよりもだ・・・」

「はい・・・わかっています」

ミュンツァーは小さく頷くと、自分のデバイスから通信をつないだ。

「ミュンツァーだ。 クリーグ士長、君に頼みがある・・・」





2時間後・・・
ゲオルグは放棄された研究施設の入り口の前に立っていた。
隣にはA分隊長のヒルベルト2尉が立っている。

「こちらA01。 エントランス前に到着。 指示を乞う」

『こちらシャングリラ。 A・B両分隊は突入を開始してください』

「A01了解」

通信を終えると、ヒルベルトはゲオルグに向かって頷いた。
直後、ゲオルグのデバイスが纏った魔力の刃が入口のゲートを斬り裂く。

「A分隊、突入するぞ」

ヒルベルトの命令と同時にA分隊はB分隊に先んじて施設の中に入って行く。

「B分隊も突入開始」

ゲオルグが命を下し、B分隊もA分隊の後に続いて施設へ突入していく。
施設の中は当然ながらエネルギー供給が寸断されているため暗く、空調も
止まっているためかジメジメとしている。
時折、天井から水滴が落ちてくるのは破損した配管からなのか、はたまた
雨漏りの名残なのかは判然としない。

やがて、A分隊とB分隊が分かれるポイントへ到着すると、
立ち止まったA分隊に合わせ、B分隊もその歩みを一旦止める。

『A01よりシャングリラ。 ポイント01に到着』

『了解。 予定通り調査を続行してください』

『了解』

ヒルベルトと艦にいる通信担当との会話を聞き、ゲオルグは分隊に再度
前進するよう命令を出す。
相変わらず暗く湿った通路をさらに奥へと進んでいるくと、T字路に突き当たった。
正面の壁を見ると、案内板が備え付けられており右が研究区画、左は地下へと
続いているらしかった。

「B01よりシャングリラ。 ポイント51に到着。 これより2グループに
 分かれて探索を開始します」

『シャングリラ了解』

ゲオルグは通信を終えると、傍らに立つルッツの方を見た。

「ルッツ曹長。予定通り地下を頼みますね」

「はい。任せてください。 行くぞ」

後半はルッツのチームに入った隊員達に向けて言い、ルッツは地下への通路を
進んでいった。

「では、こちらも先へ進みましょう」

ゲオルグはそう言うと、右へと曲がり研究区画へと歩を向ける。
研究区画はさすがにセキュリティレベルが高かったのか、かなり頑丈そうな
ゲートで守られていた。

「ゲートを破壊しますので注意してくださいね」

ゲオルグは後に続く隊員たちに声をかけると、ゲートを切り捨てた。
ゴロリとゲートの残骸が転がり、その音が通路に反響して響き渡る。

「進みましょう」

ゲオルグは短く言うと、先頭を切って進み始める。
研究区画の通路は他の区画と異なり、あまり傷んだ様子は見られなかった。
エネルギー供給さえ復旧すればもとのように動き出すかのように。

慎重な足取りで進みながら、通路の両側にある扉をひとつひとつ開けながら
進んでいくと、奥の方にまた頑丈そうな扉が見えてくる。
その扉の前まで来て、ゲオルグのすぐ後ろに続いていた魔力探知を担当していた
隊員があっと声を上げる。

「どうしました?」

「微弱な魔力反応を探知しました。 この奥に何かあるようですね」

「見せてください」

ゲオルグは魔力反応の大きさを確認すると、スンと鼻を鳴らした。

「本当に微弱ですね。 おそらく問題はないでしょうが、念のために
 確認をとります」

ゲオルグはそう言うと、自分のデバイスにデータをダウンロードして艦へと送る。

「B01よりシャングリラ。 ポイント54で魔力反応を探知。
 今データを送りました。 指示をお願いします」
 
しばらくあって、シャングリラからの返信が入る。

『B01。 慎重に進んでください』

「B01了解」

通信に返答するとゲオルグはやや腰を落として自分のデバイスを構える。

「皆さん、注意してくださいね」

そう言うとゲオルグはデバイスを思い切り振った。
両断された扉が崩れていく間に、甲高い電子音が背後から響く。

「分隊長! 魔力反応が急激に増大しました。 これは・・・Aランク相当です!」

その声でチームに動揺が広がる。そんな中、ゲオルグは冷静だった。

(この扉は魔力を遮断する効果があったのか・・・油断したっ!)

「こちらB01。 ポイント54の扉を破壊した瞬間に巨大な魔力反応を感知。
 指示を求む」

シャングリラへ通信を送った直後、通路の奥から何かが歩くような音が響く。
返答をじりじりと待っていると、悲鳴のような声が背後から響いた。

「魔力反応がゆっくりと接近していますっ! 距離150!」

「全員ゆっくりと後退してください。 警戒をゆるめないように」

前を向いたまま全員がじりじりと後退する。
その間も、ひたひたと足音が近づいてくる。

『B01。 ポイント52まで後退してB02と合流してください』

「了解ですっ!」

ゲオルグが通信に答えた瞬間だった。
それまで一定のリズムで続いていた足音が一瞬止まる。

(・・・来るっ!)

直感でそう感じたゲオルグは声を張り上げる。

「総員、ポイント52まで急速後退!」

そう叫んだ次の瞬間、暗闇に2つの赤い光点が見えたかと思うと、
大きな獣がゲオルグめがけて飛びかかってきた。

「くそっ!」

ゲオルグはとっさに後ろに跳び下がり、飛びかかってきた獣をかわす。

『B03からシャングリラ! アンノウンと遭遇しました。現在交戦中。
 至急、応援を!』
 
魔力探知を担当していた隊員がシャングリラに応援を要請する声が
ゲオルグの耳にも届く。

『了解! A01とB02は至急ポイント52に急行し、
 B01と合流してください』

(応援が来るにはまだ時間がかかる。 それまで何とか耐えなきゃ!)

「砲撃魔法が使える方は援護をお願いします! 近接タイプの方は後退!」

「了解!」

ゲオルグは自分の指示に部下たちが応えたのを確認すると、地面を蹴り
襲いかかってきた獣へと斬りかかる。
デバイスを頭上に振りかぶると、獣の脳天めがけて一気に振りおろした。
が、獣は俊敏な動きでそれをかわすと、一旦距離をとるように飛び下がる。

「分隊長!後退してください! 砲撃を開始します」

「わかりました!」

部下の声に反応してゲオルグは一旦後退し、砲撃の準備を終えた部下のところまで
下がる。と同時に一斉に砲撃が獣へと襲いかかる。

(やったか!?)

獣が光の中に消え、ゲオルグは一瞬淡い期待を抱いた。
しかし次の瞬間、通路に響いた唸り声でその期待が外れたことを知る。

「アンノウンは健在!次の攻撃を準備!」

そのとき、ゲオルグの隣にクリーグがやってきた。

「分隊長! 手伝います!」

「ダメです。下がってください」

「しかし・・・」

そうしているうちに、再び獣がゆっくりと近づいてくる。
残念ながら砲撃はほとんど効果がなかったらしい。

「くっ・・・。来ますよ!」

再び飛びかかってくる獣の攻撃をゲオルグはバックステップでかわす。
隣にいるクリーグも同じようにかわしていた。
次の瞬間、獣は前足を振り上げるとクリーグに向かって振りおろした。

「ぐえっ!」

防御する間もなく攻撃を受けたクリーグは、ものすごい勢いで後方へと
飛ばされて行く。少しして、後方から衝撃音が響いた。

「クリーグ士長!」

ゲオルグは思わずクリーグが飛ばされた方に目をやる。
だが、獣はそのスキを見逃さず、今度はゲオルグに向かって前足を振りおろす。

(ぐっ・・・!)

鋭い音とともに、ゲオルグは自分のデバイスで獣の攻撃を受け止めた。
だが、獣の圧倒的な力の前にゲオルグはすこしずつ押し下げられる。

(仕方ない・・・これは使いたくなかったけど・・・)

ゲオルグは一瞬目を閉じると、カッと見開いた。

「ステルスっ!」

ゲオルグが叫んだ次の瞬間、ゲオルグの姿がかき消える。
ゲオルグを見失った獣は、その姿を求めて首を左右に振った。

(よしっ、あとは・・・あれ?)

獣がゲオルグを見失っている間に、真上に飛び上がったゲオルグは、
獣の額に光る宝石のようなものが埋め込まれているのを発見した。

(ひょっとして・・・、狙ってみるか!)

ゲオルグは天井を蹴り、獣の額めがけて勢いよく飛んでいく。
そして宝石のようなものにデバイスを力いっぱい突き刺した。
宝石が砕け散ると獣は急に苦しみだしその体はまばゆい光にに包まれ、
次の瞬間、不意に爆発した。
その爆風でゲオルグは飛ばされ、通路の壁に叩きつけられた。

「ぐはっ!」

その衝撃で意識が遠のきかけるが、なんとか意識を保ったゲオルグは、
通路の床に膝をつくと、爆風で舞いあがった砂埃が落ち着くのを待った。

(気配は・・・感じられないか)

やがて、砂埃が収まり通路の様子が見えるようになってくると、
その惨状が明らかになってくる。

獣がいたところを中心として床はクレーターのようにへこみ、
壁面はズタズタに破壊されていた。
隊員は事前に後退していたのが幸いしたのか、ほぼ無傷でゲオルグのほうに
駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか?」

一人の隊員が声をかけ、手を伸ばしてくる。
ゲオルグはその手をつかんで立ち上がった。

「ありがとうございます。 あなたの方は怪我はないですか?」

「破片で少し・・・。ですが大丈夫です」

「そうですか・・・。ところで、クリーグ士長は・・・」

ゲオルグが尋ねると、その隊員は辛そうな表情である方向を見た。
ゲオルグがそちらに目を向けると、傷だらけになったクリーグが横たわっていた。

「クリーグ士長!」

ゲオルグは叫ぶとクリーグの方に駆け寄り、その肩を軽くたたく。

「ううっ・・・」

意識ははっきりないようだが、小さくうめき声を上げるのを見て、
ゲオルグはホッと胸をなでおろした。

「至急搬送してあげてください」

「わかりました」

クリーグが搬送されて行くのを見送りながら立ち上がった瞬間、
ゲオルグの足元がグラっとふらついた。

「おっと・・・」

倒れそうになったゲオルグの肩を支えるものがいた。
ゲオルグが目を向けると、そこにはヒルベルトが立っていた。

「大丈夫か?」

「ええ。ありがとうございます。 ちょっとした立ちくらみです」

「ならいいが・・・」

ヒルベルトは心配そうにしながらもゆっくりと手を離す。

「悪かったな、応援が遅れて」

「いえ、大丈夫です。 本当は応援に来ていただけるまで時間稼ぎを
 するつもりだったんですが・・・」

「勢いで倒しちまったってか? ったくよう」

ヒルベルトは苦笑しながらゲオルグの頭をガシガシとかき回した。

「よく頑張ったな」

そう言われて、ゲオルグは目を丸くしてヒルベルトを見つめた。
やがて照れくさそうに顔をゆがめると、小さく”ありがとう”と言った。
それから負傷者の搬送などを見守っていた2人だったが、しばらくして
ゲオルグが徐に口を開く。

「ヒルベルト2尉、ちょっと付き合ってもらえますか?」

ゲオルグの言葉にヒルベルトはわずかに首を傾げる。

「かまわないが、どこへだ?」

「この奥ですよ」

ゲオルグはそう言って奥へと足を向ける。
そこには何かの実験施設らしい危機が並んでいた。
ゲオルグは部屋の中にある引き出しを片っ端から開けては、中の書類を
引っ張り出していく。

「おいおい、何やってんだ?」

「ちょっと気になることがありまして・・・っと、あった」

ゲオルグはそう言うと、手に取った書類をじっと読んでいた。
やがて、書類から目を上げると大きくため息をついた。

「なんなんだ?そりゃ?」

ヒルベルトが怪訝そうな目でゲオルグを見ながら尋ねる。

「僕らを襲ったアンノウンなんですけど、額のところに何か宝石のようなものが
 埋め込まれてたんですよ。それで、おかしいなと思ったんですけど、
 思った通りでした」
 
「どういうことだ?」

「この施設は生体実験を行う施設だったようです。
 あのアンノウンはその実験動物というわけですよ」
 
「生体実験?」

「ええ。正確には、魔力素の高密度結晶体を動物の脳に埋め込むことで
 魔法生物を作ろうとしたようです。 ま、暴走した実験体を押さえこめずに
 施設ごと廃棄したようですけど」

「なるほど、それでこんなド辺境に施設があったってわけか。
 待てよ? ってーと、あの古代遺物管理部の連中は・・・」

「いえ、彼らはウソはついてないと思います。 おそらくまともな資料が
 残ってないので調べようがなかったんでしょう」
 
「そうか。で?どうする?」

「どうするもこうするもありませんよ。 事実をありのままに報告するだけです」

「だな。よし、戻るか」

「ええ、そうですね」

ゲオルグとヒルベルトはそこでようやく笑顔を見せた。





艦に戻ったゲオルグはそのまま医務室へ直行した。
クリーグを見舞うのがその目的である。
医務室に入るとゲオルグも世話になった医務官の女性が座っていた。

「あら、シュミット3尉じゃない。どうしたの?」

「クリーグ士長は・・・」

「こっちよ」

そう言って指差したベッドの上にクリーグは横になっていた。

「クリーグ士長・・・」

ベッドのそばまで行って声をかけると、クリーグはゆっくり目を開けた。

「あ、分隊長」

クリーグはゲオルグに気がつくと身を起こそうとする。
ゲオルグはそれを押しとどめた。

「いいですよ、そのままで。
 それより、すいませんでした。 僕がふがいないばかりに」
 
「そんな・・・。俺がけがしたのは俺自身の責任で、分隊長のせいじゃないです」

「でも・・・」

なおも言い募るゲオルグを制し、クリーグは口を開く。

「それよりも、早くミッドに帰ってあげてください」

クリーグの言葉にゲオルグは顔をしかめる。

「・・・なぜそれを?」

「実はミュンツァー1尉から頼まれたんです。
 分隊長は姉を亡くして自暴自棄になってるかもしれないから、
 無茶をするようなら殴ってでも止めてくれって」

「そうだったんですか・・・」

「ええ。だからお願いです。早くミッドに帰ってあげてください」

「でも・・・」

「でもじゃありません! 大切なお姉さんだったんですよね?
 だったらせめて見送ってあげなきゃだめです!」

「・・・そうですね。そうします。ありがとうございます」

ゲオルグはそう言って勢いよく頭を下げると、勢いよく駆けだしていった。
姉との最後の別れのために。

 
 

 
後書き
フェイト編と銘打っておきながら相変わらずフェイトが出ない・・・ 
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