豹頭王異伝
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旋風
盗賊の論理
ゴーラの僭王イシュトヴァーンは宣誓に応えず、パロ解放軍の指導者を意図的に無視。
計算高い光を秘めた視線を投げ周囲を見廻し、酷薄な微笑を面に疾らせ何事か値踏み。
「それであんたは、一体どうしてくれようってんだ?
此の八方塞がり、七里結界の胸糞悪い状況をよ?
俺みたいな田舎者、猪武者の荒くれ者にゃさっぱり見当も付かないんだがなぁ。
何とか言ってみな、青い血を引く御偉い高貴な王子様よ?」
傍若無人な物言いを続ける主の忠実な副官、マルコが驚いた様に視線を走らせるが。
ゴーラ王は問い掛ける視線を無視、土下座の儘で見上げる王族から視線を外さない。
ウー・リー以下の若者達は眼を輝かせ、格好良い事この上も無い憧れの英雄に賛嘆。
流石は、俺達のイシュトだ。
古臭い因習に満ちた老いぼれ共の王国を打ち壊し、新たな世界を切り拓く希望の星。
パロの有名な王子との身分差など物ともせず、思いの儘に脅し挙げ嬲っている。
「そっちの心配は要らねぇよ、ダーナムで手合わせしたが話にゃならねぇかんな。
あんな弱っちいのが束になって来ても無駄さ、俺達の10倍いや100倍でも負ける気はしねぇ。
スカールの野郎だって不意を突かれさえしなきゃ、こないだみてぇな不覚は取らなかったさ。
それより王子様にゃ、考えて貰わなきゃならねぇ事があるぜ。
こっちは建設途中の新都イシュタールをすっぽかして、3万の軍を引き連れて援軍に来たんだ。
しかも其方の手違いで草原の蛮族、お強い豹頭王様と戦い相当な怪我人や死人が出てんだぜ?
ケイロニア軍が味方に付いたから用済みだ、とっととお帰りくださいって訳にゃ行かねぇよ。
そりゃ無ぇぜ、あんまり不人情ってもんじゃねぇかと思うんだがな。
もっとこう、誠意の見せ方ってもんがあるだろう?
ちったぁ実のある話をしてくれねぇと、鬱陶しくて暴れたくなっちまうぜ!」
「相応の謝礼は当然、考えております。
内容額についてお話しする前にひとつだけ、御確認したい事があるのですが」
貴公子の顔から血の気が引き、無礼千万に振舞う乱世の雄に怯えた為とも見える。
リギアが見れば何と言ったかは想像するまでも無く、ルナンが見れば卒倒するであろうが。
不可視の結界から意気投合する野心家達、噴飯物の演技を見守り深い溜息を吐く上級魔道師。
如何にも解せぬと言わんばかりの表情を見せ、マルコが口を挟む気配を察したか。
機を見るに敏な風雲児は忠実な副官の機先を制し、鋭い一瞥を浴びせ唇を噤ませる。
「当然、だよな。
あんたは頭が良い、話が早くて助かるぜ。
あの魔道師宰相とか抜かす真っ黒な奴、ネズミ男は訳の分からん事しか言わねぇからな。
だがよ、値切ろうってんなら相手が悪いぜ?
赤い街道の盗賊をやってる時分にゃ、身代金の交渉なんざ散々経験を積んでるからな。
お上品な王家の王子様にゃ、荷が重いと思うぜ」
『俺達のイシュトヴァーンが一睨みで、口うるさいマルコのおっさんを黙らせた』
不良少年の面影を色濃く残す若き将軍達、ウー・リー以下の面に喜色が疾る。
危険を嗅ぎ分ける天賦の才を備え、厚顔無恥にも予知能力と吹聴し周囲を煙に巻いた紅の傭兵。
嵐を呼び災厄を招く魔戦士は肩を聳やかせ、先刻承知と云う口調で応えた。
ウー・リー達が顔を輝かせ、内心を隠さず喜ぶ様を一瞥した副官の瞳に納得の色が滲む。
イシュトヴァーンの眼が満足気に煌き『解ったかよ、海の兄弟』と無言で応える。
「当地へ御越しの際には、イーラ湖の西を迂回されたと聞き及びます。
グイン王は単独で聖騎士団を蹴散らし、クリスタルを陥とすと豪語しておられますが。
中原最強のゴーラ軍が味方に付いた、と噂が流れるだけで相当の効果が見込めます。
レムス軍から大量の脱走者や内通者が現れ、寝返る者も相当な数に昇る事でしょう。
イーラ湖の東を抜け、クリスタルからユノへ出る方が御帰国の際にも楽かと存じます。
同行して頂ければ随分とまた、御礼の額も変わって来ますが如何でしょうか?」
ゴーラ国王と腹心が一瞬、視線を交錯させ暗黙の了解に達した事に気付かぬ訳は無いが。
パロ解放軍の指導者は気付いた素振りを寸毫も見せず、絵に描いた様に軟弱な王族を熱演。
ウー・リー達は思わず金欲しさ、低劣な本性と形容されかねない物欲を暴露。
敏感にも気配を察したと見え、イシュトヴァーンが唐突に振り返った。
痛烈な光を帯びた瞳から背筋も凍る冷酷な視線を浴びせ、軽率な若輩者を叱責。
『がっつくなってんだ、足許をみられるじゃねえか!』
心話とは異なる以心伝心の術、瞳の一閃と裏腹に冷酷王は陽気な声を挙げた。
「お前等、どうするよ?
ケイロニア軍の後を拝んで馬鹿面を晒しながら、クリスタルまで行軍すっか?
気晴らしに景気良く一暴れして、レムス軍を散々に蹴散らしてやるか?
俺としちゃ物足りねぇが怪我人は出したくねぇしな、大人しく帰るとするかよ?」
平穏無事な時代であれば明白な恐喝行為、発言者の意思を誤解する者が居る筈は無いが。
乱世ならば当然の駆け引き、と強弁する後世の歴史家も存在するやも知れぬ。
「そりゃ決まってますよ、イシュト!
パロの弱虫共を相手に怪我する阿呆なんて、1人も居やしませんって!!」
「やらせてください、俺達は2度と負けねぇって証明しなきゃ気が済まねぇ!
ケイロニア軍が相手だって構わねぇ、パロ軍なんかじゃ全然、物足りないっすよ!!」
「見てて下さいよ、今度は期待を裏切ったりしませんからね!
クリスタルへ一番乗りすんのは俺達だ、大暴れして存分に剣に血を吸わせてやります!!」
ゴーラ軍の統率者は満足気に頷き、騒ぎ立てる若武者達を一瞥。
パロ解放軍の指導者に視線を戻し、酷薄な嘲笑を浴びせる。
「やれやれ、物騒な連中だぜ。
国王としちゃあ、欲求不満は解消させてやらねぇとなぁ。
お宅の提案に乗ってもやっても良いが、元気の良い部下共を抑える自信は無ぇなぁ。
戦闘にゃ参加しちまうだろうからよ、危険手当を上乗せして貰うぜ」
土下座の姿勢から動かず眉を顰め、何事か思案を巡らせる老獪な聖王家の王子。
上から見下ろし存分に嘲笑を浴びせ、酷薄な瞳で睨み付ける新興国の冷酷王。
「その必要は無い、と考えるのですが。
先刻も申し上げましたが、ゴーラの勇者様方が戦闘に参加する必要は御座いますまい」
ならず者の野盗風情に屈するものか、と怯えながらも懸命に虚勢を張る美貌の王子様。
迫真の演技を継続する古代機械の探究者、心話で文句を言う誘惑と闘う灰色の眼の魔道師。
「無粋な事、言うもんじゃねぇぜ。
よぅく考えな、お前に選択権なんざ無ぇんだよ。
俺達が少しばかり暴れて見せりゃ、クリスタル解放も手っ取り早く片付くだろ?
可愛い部下共も御覧の通り里心が付いちまっててな、早く国に帰りたくて気が立ってんだ。
俺としても早い所、国へ帰してやりたいのは山々なんだがね。
抑え切れなくなって部下共が暴れだしちまっても、ちょっと責任は持てねぇなぁ」
パロ解放軍の最高責任者は唇を噛み、屈辱を堪える高貴な王族の表情を克明に演出。
結界の裡で佇む魔道師は鮮明な心象《イメージ》を転送、ヨナ参謀長へ鬱積した感情を吐露。
「止むを得ませんね、勇猛なゴーラ軍の方々に手綱を付ける事は誰にも出来ないでしょう。
レムス軍に与した者達も同胞ではありますが、現在只今の所は紛れも無い敵である事だし。
飽くまでも歯向かう馬鹿共に恩情を掛ける気は無いが、降伏した兵は助命して下さいますね?
但し万が一にも一般市民には手を出さない様、くれぐれも宜しく御願いしますよ。」
「あたぼうよ、お前さんは頭が良いぜ。
俺達は赤い街道の盗賊でもなけりゃ、レントの海の海賊でもねぇんだからよ!
指揮官の命令通りに動く様に厳しい訓練を積んだ、れっきとした一国の軍隊なんだぜ。
ケイロニア軍が出るまでもねぇ、俺達ゴーラ軍だけで聖王宮を陥してやる。
余計な心配は無用だぜ、そっちは金の工面だけ念入りにやってりゃ良いんだよ。
細かい金額交渉は後廻し、クリスタル占領後の御楽しみって訳だ。
パロ王族の御偉い様とはこれで手打ちだ、てめぇらも見届けたな?
ケイロニア軍と戦う理由はもう無ぇ、クリスタルを陥せば大金持ちだぜ!
イシュタールへ凱旋する前に、パロの王子様と謝礼の額を詰めるけどな。
お前等の働き次第で金額の桁が違って来るって事、頭に叩き込んで置けよ。
豹頭と話が纏まり次第に動く、伝令を遣るから直ぐに付いて来い。
遅れたら置いてくぜ、わかったな」
「はいっ、合点承知!
血が騒いで仕方が無ぇや、王子様の度肝を抜いてやりますぜ!!」
ウー・リー以下、ゴーラの若き将軍達が吼えた。
崇拝する風雲児に憧憬の眼差しを注ぎ、拳を突き上げ一斉に唱和。
中原中が羨望する美貌の持主を愚弄、圧倒的な存在感を印象付ける指導者。
冷酷王の御前を威勢良く辞し、大騒ぎしながら天幕を飛び出して行く。
「見事なお芝居だったね、完璧《パーフェクト》だよ。
御機嫌麗しゅう事と存じます、ゴーラ王イシュトヴァーン陛下」
涼やかな黒の瞳が満足気に煌めき、妖しい微笑を覗かせる闇と炎の王子。
イシュトヴァーンがニヤニヤ笑いながら、気の毒な副官マルコの肩をどやし付けた。
後書き
正伝『闇の微笑』はナリスが学生達を切り捨てる決断を下し、非情な陰謀を巡らせる巻でした。
イメージを逆転して、明るく希望に満ちた策謀をイメージしてみました。
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