ストライクウィッチーズ1995~時を越えた出会い~
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第三話 邂逅
前書き
妄想IFが炸裂しておりまする。
「こちら、扶桑海軍所属の坂本美緒少佐。現在、ネウロイの襲撃を受けている。至急、救援を求む! 繰り返す。こちら、扶桑海軍所属――」
「少佐! 宮藤さんが!!」
藁にも縋るような思いで通信機に怒鳴り続ける坂本。見る見るうちに近づいてゆく海面は、そのまま宮藤の死を意味していた。シールドもなしに海面に叩きつけられればどうなるか。自分の教え子がそんな風になるところなど、考えたくもない。
――その時だった。
『こちら……扶桑、軍所属……第7航空……05飛行隊所属……沖田…尉』
「ッ!! 救援か!?」
僅かに入った通信が希望をつなぐ。
付近を哨戒中のウィッチだろうか? まさしく僥倖ともいうべき天の助けだ。
「哨戒中のウィッチへ! こちらは扶桑海軍の坂本少佐である! 現在ネウロイと戦闘中。至急、救援を求む!」
はたしてその祈りが通じたのか、宮藤を狙うネウロイの直上の雲が裂け、矢のようにして急降下してくる機影があった。坂本は右目を覆う眼帯を払い除け、目を凝らした。〝魔眼〟と呼ばれる彼女の右目は、はるか遠くの物体であろうと手に取るようにはっきり映し出すことを可能とする。
固唾をのんで見守る坂本の目に映ったのは、両の足にユニットを装備した、紛れもない航空ウィッチの姿。脚に履いたユニットには、見慣れた扶桑の紋章がある。
「救援か!」
坂本は小さく拳を握りしめて叫んだ。
見る見るうちに距離を詰めてゆく名も知らぬウィッチの軌跡を、その魔眼に焼き付けながら――
「ここは……いったい……?」
雲を突き抜けた先、和音の視界に飛び込んできたのは、一面見渡すばかりの海の蒼。自らが飛び立った基地はおろか、ともに訓練に参加していた筈の同僚たちやリベリオンのウィッチらの姿もない。茫漠と広がる海だけが、和音の眼前にあった。
「あ、あれは!!」
――いや、その表現は正しくないだろう。
より正確に言い表すならば、茫漠と広がる青い海と、黒光りする謎の巨体が和音の眼前にあった。
「まさか、本当にネウロイなの!?」
どうしてこんな扶桑の近海に……と和音は呆然と呟く。和音にとってネウロイとは、記録の中だけでしか見る事の無い、遠い昔の存在だった。だがしかし、今目の前で悠然と飛翔するそれは、どこからどう見てもネウロイではないのか。
そしてさらに、目を凝らせば着水したまま動かない飛行艇と、まさに海面に叩きつけられようとしているウィッチがいるではないか。たとえ状況が理解できずとも、扶桑のウィッチとして取るべき行動はただ一つだった。
「間に合え――――っ!!!!」
エンジンを目一杯吹かし、パワーにモノを言わせて急降下する。ネウロイ……らしきアレはまだこちらに気がついていない。ならば、横ざまからあの落下するウィッチを救出することができるはずだ。
「行けえぇぇッ!!」
エンジンの爆音を轟かせ、和音は黒いナニかの脇を高速ですり抜け、まさに海面スレスレまで落下してきていた小柄なウィッチを抱き留める。訓練などでもやった事の無い、ある意味奇跡的な救出劇だった。
「よかった……無事みたい……」
安堵の息を吐く和音。あまりに必死過ぎたせいか、はたまた極度の緊張と集中から解放されたせいか、腕に抱えたウィッチのストライカーがどう見てもレシプロなことや、今では使われなくなった下士官用の制服を着ていることなどこれっぽっちも気がつかない。
『馬鹿者ッ!! 何をしている、さっさと避けろッ!!』
「え……うわあっ!?」
突然、耳元で雷のような怒号が炸裂し、和音は反射的に抱き留めたウィッチを抱えたまま体を大きく横に投げ打っていた。
瞬間、今まさに和音がいた空間を、赤い光が薙ぎ払っていったではないか。
「そんな……まさか、本当に……?」
愕然とした和音が上空を仰ぎ見れば、体表面を赤く発光させた黒鉄の巨体――ネウロイが、とてつもない威圧感と共に和音を追ってきているではないか。
(…………やるしか、ない!)
和音は実戦を知らない世代だ。そんな彼女が、素早く判断を切り替えられたことは驚嘆に値しよう。海面スレスレを這うように飛ぶ和音は、機速を稼ぎつつ武装の確認と安全装置の解除を行う。
(安全装置解除……全システムオールグリーン……行ける!)
訓練を思い出せ、と念仏のように頭の中で繰り返す和音。
「JM61A1バルカン……よし……AIM-9サイドワインダー……よし!」
信を託す武装の状態を確認し、腹の底で深く深呼吸をすると、和音は覚悟を決めた。
人間一人を抱えている以上、手持ち武装であるバルカンを使うことはできない。
――ならば。
「……いけ、AIM-9サイドワインダー発射!!」
途端、ユニットの側面が展開し、主翼下から勢いよく筒状の何かが射出された。
これぞジェットストライカーの主兵装にして代名詞――短距離誘導ミサイル『AIM-9サイドワインダー』である。
放たれたそれは、やおら空中で反転すると上昇に転じ、上空を塞ぐようにして飛翔するネウロイに向けて殺到する。その数4発。
「あたれ!!」
はたして独特の軌跡を描いて飛ぶ弾頭は、狙い過たずネウロイの巨躯を直撃した。
盛大に爆発したミサイルは、その破壊力を如何なく発揮し、大型ネウロイの体を木っ端みじんに粉砕した。
「はぁ……はぁ……勝った、の……?」
粉雪のような破片になって降り注ぐネウロイの残骸を見て、和音の口から力ない呟きが零れた。腕に抱えたウィッチが急激に重くなったように感じる。知らずこわばっていた肩の力を抜いて、和音は大きく息をついたのだった。
「……どうやら2人とも無事らしいな。しかし、今の攻撃は一体なんだ?」
戦闘の様子を着水した二式飛行艇の翼面から見守っていた坂本は、魔眼に眼帯をつけなおして安堵の息を吐いた。しかし、安堵と同時に疑念が頭をもたげてくる。今しがたネウロイを撃墜したあのロケット砲のような兵器、あんなものは今まで見たことがない。
(海軍の試作兵器か?)
救援に駆けつけてくれたらしい名も知らぬウィッチは、上空で待機した状態であたりをきょろきょろと見回している。坂本が手を振ってやると、どうやら気がついたようでまっすぐこちらに向かってきた。
と、そこへ――
『こちらカールスラント空軍所属、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。美緒、聞こえる?』
「この声! ミーナか!?」
坂本の耳に懐かしい戦友の声が飛び込んでくる。
驚きとともに空を仰ぐと、果たしてそこにはかつて肩を並べて戦った、第501統合戦闘航空団のメンバーらが飛んでいた。どうやら、救援にやって来てくれたらしい。
『ごめんなさい、美緒。救援に遅れてしまって……』
「いや、いい。どうやらあそこにいるウィッチに助けられたようだからな」
『……?』
そうこうするうちに、名も知らぬウィッチがぐんぐん近づいてくる。
位置を示すように手を振る坂本は、この後に待ち受ける衝撃を知らないでいた――
「えっと……?」
ともかく、どこかに降りて状況を掴まないと。
緊張から解放されて呆然としていた和音の頭に浮かんだのはそれだった。加えて、気を失っているらしいこの小柄なウィッチもどうにかしないといけない。
「……って、なんで今時レシプロストライカーなんて履いてるんだろう?」
たしかに、新人訓練の過程で使われないことがないわけではないが……
それに、先ほど戦ったのは間違いなくネウロイではないか?
そもそも、ここは一体どこだというのだ?
(ダメダメ、冷静にならなくちゃ)
ともかく、誰か人はいないか。
きょろきょろとあたりを見渡すと、着水した飛行艇の翼面に立つ誰かが大きく手を振っている。どうやらこちらに来いと言う事らしい。さらに、その向こうからは9人ほどのウィッチとおぼしき人影が近づいてきている。
(そうだ、あの人に事情を説明してみよう)
和音はそう思い、速度を緩めて飛行艇に近づいてゆく。
距離が縮まるにつれて、翼面に立つ人の顔が徐々にだがみえてくる。
「………え?」
そこで、奇妙な違和感を覚えた。
和音は思い出す。自分は、あそこに立つ女性を――ウィッチを知っている。
面識などない。それでも、その顔には見覚えがあったのだ。
(まさか……いや、でも……そんなことが)
不意に、和音の脳裏にとんでもなく突飛で馬鹿げた仮説が浮かび上がった。
だがしかし、それは決してありえない、あり得る筈のない状況の筈だ。
まさか、自分は――
「おーい! おーい!」
大きく手を振る女性。すでにその顔は和音にもはっきりと見えていた。
「さ……坂本……美緒……少将……」
扶桑ウィッチに知らぬ者はいない伝説の戦乙女。
〝リバウの三羽烏〟そして〝大空のサムライ〟と呼ばれた大エース。大戦初期から常に第一線で活躍し、その勲功は扶桑随一と謳われた扶桑の英雄。ガリア、そしてヴェネツィアを解放した第501統合戦闘航空団の戦闘隊長であり、そののち欧州駐在武官を経て扶桑本国で空軍の設立に尽力した、和音にとっては憧れでもあったウィッチの1人――
だがそれは、記録の中にしか存在せず、すでに歴史、過去となった人物であるはずだった。
しかし、和音の目の前に、確かにいる。
「救援感謝する。私は、扶桑海軍所属の坂本美緒少佐だ。すまないが、所属と階級を教えてもらえないか?」
「あぁ……ええっと……その……」
混乱し、しどろもどろになる和音。
何やら訝しげに表情を歪める坂本は、しかしそこにやって来た新たな人影を認めて頬を緩めた。
「美緒!」
「ミーナ! 久しぶりだな」
やって来たのは、赤い髪をなびかせた、レシプロユニットを装備したウィッチだった。
さらにその後ろには、まだ8人ほど、同様にレシプロユニットを履いたウィッチが待機している。彼女らの顔を1人ずつ見たその時、遂に和音の頭の中にあった違和感が確信へと変わった。
「貴方が美緒を助けてくれたのね……感謝するわ。私は、カールスラント空軍所属、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐です。貴女がいなければ2人がどうなっていたかわからないわ。本当に、ありがとう」
上品な微笑みと共に手を差し出され、半ば夢心地でそれを握る和音
ひょっとしたら夢ではないかという淡い望みは、確かな温かさと掌の柔らかさによってあっさりと突き崩されてしまった。
(ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中将……そんな、どうして……)
元第501統合戦闘航空団隊長にして、現カールスラント空軍中将。アドルフィーネ・ガランド大将らと共に、ジェットストライカー技術と運用法を確立させた立役者。〝カールスラントの女侯爵〟とまで謳われた伝説のウィッチが、今和音の目の前にいる。だがそれも、本来ならばすでに歴史となったはずの人物だ。
「そういえば、随分変わったユニットね。扶桑の新型機かしら?」
「ふむ……いつかヘルマ曹長が言っていたジェットストライカーのようにも見えるな。実物は見たことがないが、完成していたのか?」
「え~? もう完成してたの? ウルスラからな~んも聞いてないよ?」
混乱する和音を置き去りにしてしげしげとユニットを見つめる3人組。
和音は自分の所属を告げることも忘れて、思わず上ずった声を上げていた。
「み、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐!!」
「な、なにかしら?」
いきなり珍妙な叫び声を上げた和音に驚きつつ、ミーナは先を促してくれた。
「し、失礼ではありますが、現在は西暦何年の何月何日でありますか!?」
もし、万が一、和音の脳裏に浮かんだ仮説が正しければ、今現在の時間は――
「貴女、もしかして扶桑のウィッチかしら? ふふっ……宮藤さんといい、美緒といい、扶桑のウィッチは本当に面白い人たちばっかりね」
育ちの良さを感じさせる柔らかな微笑みを浮かべるミーナ。向き合うもの皆を安心させる聖母の如き微笑みは、しかし今の和音を安心させるにはいささか力不足だった。いや、むしろ逆効果だったかもしれない。
「今日は1945年の4月3日よ? 面白いことを聞くのね」
ああ、神様――
自分の脳裏に浮かんだ仮説がこの上なく正しかったことを悟った和音は、どうしようもない虚無感から体中の力が抜け出てしまった。
「お、おい! 大丈夫か?」
「うわ! この子飛びながら気絶してるよ、トゥルーデ!」
徐々に暗くなってゆく視界のなかに、いつか教本で見たウィッチらの顔が写りこむ。
そして和音は確信した。
ああ――自分は過去の世界にやってきてしまったのだ、と。
「よっと……む、意外と重いぞ……?」
「ダメよトゥルーデ、そんなこと言っちゃ」
「でもすごく大きなユニットだね。私たちのより二回りくらい大きいんじゃない?」
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケとゲルトルート・バルクホルン、それにエーリカ・ハルトマンの三人は、器用にも飛んだまま気絶するという珍芸を成し遂げた和音を、半ば抱きかかえるような格好で、着水していた二式飛行艇に降り立った。顔立ちや口調から扶桑人であると判断したためである。扶桑人の扱いなら、同じ扶桑人である坂本に任せるのがよいと思ったのだ。
「どうかしら、美緒。何か分かりそう?」
「……いや、ダメだな。少なくとも私と同じ海軍の所属ではなさそうだ」
二式飛行艇の翼面に寝かされた和音を囲む十二人のウィッチたち。
彼女らの中で、和音が未来人であると気がついている人間は皆無だった。
「なぁ少佐。このまま海上に留まるのは危険だ。とりあえず、基地に帰還してから考えないか?」
豊かな胸を揺らしながら言ったのはシャーロット・E・イェーガー大尉。彼女もまた、和音の時代では伝説的なウィッチである。
「それもそうか……土方、二式で基地まで飛行は可能か?」
「問題ありません。中へお入りください」
その言葉を受けて飛行艇に乗り込むウィッチたち。エンジンのうち一基が潰されているとはいえ、単純な飛行だけならば問題ない損傷だった。
和音と第501統合戦闘航空団の面々を乗せた二式飛行艇がゆっくりと海面を滑り出し、やがてその巨体を宙に舞いあがらせる。目指すは欧州ヴェネツィアのロマーニャ基地。
時空を超えた迷子を乗せた二式飛行艇は、ゆっくりと夕焼けに染まった空を飛翔してゆくのだった――
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