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銀河英雄伝説〜ラインハルトに負けません

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第百三十八話 嘘も方便

 
前書き
第百三十七話の対になる話です。

 

 
帝国暦484年5月7日

■オーディン ブランシュヴァイク公爵邸  オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク

「公爵様、まことしやかに流れている話ですが、皇帝陛下が農奴解放を目指しているというのは本当でしょうか?」
又ぞろ、五月蠅い口先だけの阿呆貴族が儂に陛下の真意を問えとやって来た。全く今我が家は先だっての皇太子殿下死去に伴う皇位継承順位の事でも大変な時であるのにお構いなしだ。

「しかも、叛徒共の間に流れている噂では、我ら門閥貴族が諸悪の権化と宣伝されていると聞きましたが」
「そうよ、その様な事、皇帝陛下と言えども許せぬ事だ!」
「我ら貴族がどれ程、帝国に貢献してきたか陛下はお分かりに成っていない!」

何を言うのやら、卿等が帝国にしたことと言えば、貴族専門金融機関から無利子無担保無期限で借りた金を湯水の如く使って、贅沢をしてきただけでは無いか。盗っ人猛々しいとは卿等のような人物を言うのかも知れんな、それに不敬罪並みの事まで言っているし、話を聞いているだけで、いい加減苛ついてくる。

「で卿等は儂に何をせよと言うのだ」
「公爵様のお力で是非、陛下のご真意をお聞き下さりたいのです」
「公爵様なら、陛下の説得も可能でしょう」

「しかし、卿等の言って居ることは全て又聞きか、噂でしか有るまい。その様な事を態々聞くことも無いと思うが」
「公爵様、既に内務省が分割されルドルフ大帝がお作りに成られた、社会秩序維持局が消え去る今日この頃ですぞ、噂が本当になるかも知れないのです。是非ともお願い致します」

「陛下が我らルドルフ大帝以来の門閥貴族を無視し無茶を為さるなら、エリザベート様に女帝として即位して頂くことも考えねば成りませんぞ」

何を言うか、それでは陛下を廃せよと言う事ではないか、一つ間違えば謀反と成るのだぞ。只でさえリッテンハイム侯がテレーゼ殿下の暗殺未遂に係わったとして謹慎させられているのだ、今の時期にその話題自体が危険すぎる。時と場所を考えない、このボンクラ共め!

「卿等の言う事は判った。明日にでも謁見し陛下にお尋ね致そう」
此でどうだ。少しは大人しくなるであろう。
「おお、流石は公爵様、我らの願いをお聞きどけくださりありがたい」
「宜しくお願い致します」

ふうう、やっと帰ったか。ここの所、全く厄介事ばかりがやってくる。
ホッとしているとアンスバッハがワインを持って来た。

「公爵様、お疲れ様で御座います」
「アンスバッハ、全く碌でもない連中ばかりがやってくる」
「それだけ、皇帝陛下の御変わり様が気になるので御座いましょう」

「そうだな。陛下自身のお気持ちがどうあるかは聞いておいて損はないか」
「陛下とて全ての貴族を敵におまわしにする事は無いと思います」
「そうだな、あくまであの阿呆共が騒ぎ立てているだけかも知れんからな」

「では明日は謁見なさると言う事で宜しいで御座いますか」
「うむ、その様に取りはからってくれ」
「はっ」

さて、明日は午前中は謁見で一息付けようが、午後からは又、阿呆共の相手をする羽目になるな、全く憂鬱になるばかりだ。全く脳天気な連中は手に余る。ヨアヒムの様に島流しにでも成って居た方が遙かに我が家には貢献しているような物だ。しかしあれも今年の6月にはオーディンへ帰って来られるらしい、恩赦で卒業だそうだからな、しかし妻の逆鱗に触れた以上は戻ってきても辛かろう。しかし儂にも立場があるから、助けることも出来ん。自力で道を開いてくれることを祈るだけだ。

さあ明日も早いから、そろそろ寝るとしよう、最近阿呆共のせいでまともに眠れなかったのだから、今日ぐらいは寝ても良いだろう。

「アンスバッハ、もう今日は寝る事にする。来訪者にはその旨伝えてくれ」
「はっ、承知致しました」

ふう、良い夢が見られるわけもないが、眠るとしよう。


帝国暦484年5月8日

■オーディン ノイエ・サンスーシ オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク 

「何と、陛下はご気分が優れぬと」
「左様です。公爵様」
朝一番で謁見に赴いたが、陛下はご気分が優れぬと言う事で今日一日謁見を行わないとは、此では又阿呆共に詰め寄られるではないか。

「して、明日以降は如何であるのか?」
「私ごときに、判断できかねぬ事に御座います」
侍従の言葉に頷くしかない。

「仕方ない。陛下にはご自愛くだされとお伝えください」
「はっ、公爵様のお言葉、お伝え致します」
やれやれ、仕方が無い暫く宮殿で時間を潰して帰るしかないか。

「公爵」
ん。呼びかけられた先には、国務尚書リヒテンラーデ侯が居た。
「何用ですかな、国務尚書」

「公爵は、最近貴族の間に流れている噂をご存じかな?」
ほう、流石だ、この老人はその為に話しかけて来たか。此処は聞いておくのが肝要だな。
「噂というと、農奴のことですかな?」

「まあ、その様なものですな。此処で立ち話も何ですので此方へ」
そう言ってリヒテンラーデ侯は儂を小部屋へ誘ってきた。僅か10m四方ほどの部屋だが、趣味の良い部屋だ。

「して、国務尚書、どの様な話ですかな」
「公爵は、最近貴族の間に、恐れ多くも皇帝陛下が、門閥貴族を無視し農奴解放を目指しているという、誠に不敬な噂を流している輩がいる事をご存じかな」

やはりこの話か、国務尚書にしてみれば、この儂の所へ不平不満をぶちまけに来る連中に乗せられるなと言いたいのであろうが、無論そんな連中に乗せられほど儂も馬鹿では無いが、連中を黙らせる為にも、陛下の真意は知りたいところだ。

「存じておる。昨日も我が家へその事を話しに来た者がいた」
「なるほど、まさか公爵までその様な与太話を信じた訳では有りませんな?」
「無論だ。その様な話、信じる事すら不敬な事」

「左様か」
「しかし、このまま行けば噂が一人歩きして陛下の御為にも成らぬと思い。恐れ多いことなれど陛下にお聞きするための謁見に来たのだが」

「陛下のご気分が優れぬと言う訳ですな」
リヒテンラーデ侯の言葉に無言で頷く。
「公爵、その点については陛下より伺っております」

「何と。して陛下はどの様な事を?」
リヒテンラーデ侯は一呼吸置いてから答えた。

「恐れ多くも皇帝陛下におかれましては、今回の件“敵を欺くにはまず味方から”との事」
「それはいったい?」
「公爵も存じておりましょうが、サイオキシン麻薬事件の余波で軍は今再編成のまっただ中、其処へ叛徒共が攻めてきた場合、予想以上の損害を受けることになる、その矛先を躱す為、叛徒共を矯正区や農奴から解放し、叛徒の考えを鈍らすことを行っているのです」

「何と、確かに軍の再編成には来年までかかると聞きましたから、なるほどその為に」
「左様、公爵もご存じでしょうが、クロプシュトック侯、ヘルクスハイマー伯、リッテンハイム侯以外の農奴は解放されてはおりませんぞ、此こそ陛下が貴族の権益に何ら干渉しないとの証拠」

「なるほど、確かに謀反人と関係者以外は処罰されていない、なるほど、しかし陛下も陛下だ。教えて下されば良いものを」
「公爵、上手の手から水が漏れるとも申します。厳に収容所の話が公爵にまで届いておるのですから」

「確かに、それはそうだ」
「陛下は、公爵が他貴族が騒ぎ立てるのを静める事をご期待しております」
「なるほど、説得をせよと言う事ですな」

「叛徒云々の下り以外は、彼等の不安を和らげるために話しても良いとのこと」
「判りました。このブランシュバイク公オットー、陛下の婿として皇室の藩屏として働きましょう」
「そう言って下さると、陛下も御喜びになるでしょう」

「説得に際して陛下よりのお言葉です」
「何ですかな?」
「アレクサンドル2世の事を知るが良いと」

「アレクサンドル2世?」
「公爵はご存じ無いか」
「恥ずかしながら」

「地球の19世紀ロシア帝国の皇帝で農奴解放を行った皇帝でしてな」
「では陛下の真意は」
「いや公爵、アレキサンドル2世は農奴解放令を出したが、結局は農奴制は法的には廃止されたが、農奴から解放からされた農民の生活は以前よりかえって苦しくなり、解放令の内容に不満をいだいた農民による暴動が各地で起こり。貴族や農民から怨まれた挙げ句、暗殺されたのだ」

「なんと、では陛下は農奴解放はしないお考えで良いのですな」
「そう思って貰って構わないとの事だが、出来うる限り臣民やフェザーンや叛徒には知られないようにとの事」
「判りましたぞ」
「公爵、頼みました」




ブラウンシュヴァイク公爵が退出した後、リヒテンラーデ侯は深く息を吐いて独り言を言っていた。
「陛下、取りあえずは、煙に巻きましたぞ。此で沈静化すれば良し、まあ1年は時を稼げましょう。さすれば軍も精強に戻りましょう。しかし、アレキサンドル2世とは陛下もコアな事を例に出すものだ。益々面白くなってきたの」



アレキサンドル2世の話はテレーゼが調べた事であるが、其処までは言う必要が無いと陛下のお考えと下もので有った。
更に、臣民、同盟、フェザーンに今回の真意と言われる物が流れたとしても、皇帝の言葉ではなくあくまで国務尚書リヒテンラーデ侯の言葉で有る以上皇帝の真意では無いと後で幾らでも修正可能だと言う事も。


帝国暦484年5月8日

■オーディン ブランシュヴァイク公爵邸  オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク

リヒテンラーデ侯との話のあと帰宅すると早速、阿呆共が詰めかけてきた。少しは休ませて欲しいものだ。全く人の事など考えもしないこのボンクラ共が!

「公爵様、陛下とのお話は如何でありましたか?」
蝙蝠男のコルプト子爵か去年までリッテンハイムに媚びを売っていた癖に、先だっての件の後、真っ先に儂に伺候してきたからな。

「陛下は、本日はご気分が優れぬと謁見は無かった」
全員が残念そうな顔をするな。些か虐めたくなる。
「では、陛下のご真意は判らぬままですか?」

「そう言う事に・・・・・ならなかった」
どうだ、驚いている。愉快なことだ。
「どう言う事でしょうか?」

「うむ。陛下にお会いできなかったが、国務尚書と話し合いをしてきた」
「リヒテンラーデ侯とですか、して侯はなんと?」
焦るな、まるでお預けを食らった犬のようだぞ。

「此は、陛下の壮大な謀略だ。この事、平民や叛徒、フェザーンに知られぬ様にせよとの事だ。判るな」
「無論に御座いますぞ、我ら誇り有る帝国貴族、秘密を守ります」
ふん、どうだかな、明日にでもフェザーンにご注進する者が出るかもしれんがな。

「陛下は、農奴解放をするつもりはない」
「おお」
「よかった」
「やはり」
「しかし、我々を誤魔化すと言う事はないのですか?」

ほう、出来る者も居るようだ。確かモーリッツ子爵だったか。
「それはない、実際にアレキサンドル2世のことを引き合いに出された」
「アレキサンドル2世?」

皆が判らない様だな、それはそうだろう、儂も知らなかったのだから。
「アレキサンドル2世が私の知っているアレキサンドル2世ならば、農奴解放令をだした挙げ句に臣民から怨まれて暗殺されたロシア帝国皇帝ではありませんか?」

モーリッツ子爵、出来るな。ボンクラ共とは違う様だな。そう言えば息子が幼年学校で主席とかと言う話を聞いたことがあったな。親子揃って優秀な訳だな、思わぬ拾い物かも知れん。

「その通りだ。アレキサンドル2世の事を引き合いに出したことで陛下の御心は農奴解放に非ずと言う事だ」

皆が安心し始めた様だな。
「では公爵、我々は騒がすに安心して居ればいいわけですな」
「そうなる。努々彼方此方へ話さぬように」
「それはお任せ下さい」



ふう、やっと帰ったか。此で安心して眠ることが出来る。




帝国暦484年5月9日

■フェザーン自治領   アドリアン・ルビンスキー

「そうか、帝国の農奴解放の噂はあくまで時間稼ぎと言う事か、まあ幾ら皇帝とは言え国内の貴族全てを敵に回す訳には行かないであろうからな」
「自治領主閣下、その情報を同盟に流しますか?」

「いや、暫くは様子見と行くことにしよう。その方が同盟市民の落胆が大きく成り帝国に対しての憎悪が増すのだから」
「判りました」  
 

 
後書き
今の情勢下で、実際農奴解放とか出来る訳が無いですからね。

真意は何処にあるのか韜晦しておこうと言うわけですね。 
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