豹頭王異伝
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第一の基点
「グイン……お願い、グイン、どうしたのか言って!
古代機械は…貴方に、いろいろな事を教えてくれて、その通りにしているのね?」
「そうだ」
グインは唸った。
それから、腹を決めた。
リンダの疑問に答え、状況を説明する為に振り向いた瞬間。
トパーズ色の瞳に映ったのは、銀の髪と紫色の瞳を備える聖王家の予知者ではなかった。
艶やかな黒髪と闇色の瞳を持つ暁の精霊、キタイ風の小柄な少女。
女性特有の危うい叡智を秘めた瞳が煌き、豹頭の戦士に微笑を投げる。
「お前は、誰だ?」
《輝ける闇》を内包した漆黒の双眸が瞬き、果てし無く深い宇宙空間を映し出す。
グラチウスの操る黒魔道の術とは次元の異なる感覚、名状し難い戦慄が戦士の背筋を貫いた。
アウラ・カーが追放者の脳に施した封印が解除され、膨大な量の情報が溢れる。
グインの裡に星都追放後の記憶が甦り、走馬灯の様に《歴史》が展開された。
約3万4千ラグ以前、時も次元も解明された天上の都を或る悲劇が襲った。
アウラ・カーの逆鱗に触れ、トゥーラン・ツーラン星域は壊滅。
巨大な津波が神々の惑星を覆い、大洪水時代と同様に水浸しとなった。
ランドックの廃帝は追放刑に処され、第1次となる記憶の修正が行われた。
彼は時を超え数億年前の過去界、ソラー星系の第5惑星に現れた。
彼は星の霊剣を得て、<暗黒の子>を斃すが。
青紫色の極光《オーロラ》が乱舞する世界は長い時を経て、無数の瓦礫と化した。
今では無数の氷塵、小惑星と化した残骸が虚空を巡り名残を留めるに過ぎぬ。
氷惑星の戦士は姿を消し、第2次となる記憶の修正が行われた。
彼は時を超え数万年前の過去界、ソラー星系の第4惑星に現れた。
彼は星の護符3個を得て、<火の神>を封印するが。
獅子王の建設した巨大な運河は長い時を経て、地表に遺る痕跡と化した。
今では無人の世界、砂の惑星が虚空を巡り名残を留めるに過ぎぬ。
火星の戦士は姿を消し、第3次となる記憶の修正が行われた。
彼は時を超え約3千年前の過去界、パロ闇王国の魔都クリスタルの一角に現れた。
ヤヌス神殿に現れた異形の放浪者を、アルカンドロス大王は宰相に抜擢。
《空から来た人》は超文明の産物を自在に操り、強大な黒魔道師達を制圧。
パロ聖王家に服従を誓う魔道師ギルドの創建、魔道十二条の制定を実現するが。
謎の超人アレクサンドロスは姿を消し、第4次となる記憶の修正が行われた。
運命の瞬間に現れ、一瞬の永遠を齎した時渡り。
暁の女神5人姉妹の統合者、《創造者》の思考が閃く。
(王よ、ノスフェラスを、めざしなさい。
為すべき事を為し、必要な力を全て得た後、ノスフェラスをめざしなさい。
そなたの民に守られ、鍵を開ける刻を待ちなさい。
暁の光は、常に、王と共に在るでしょう。
地上の闇ではなく、王の裡に在る見果てぬ闇を恐れなさい。
そなたには、総ての光と、闇を、組み込んであります。
光のみの道も、闇のみの道も、共に誤りと知りなさい。
王が正しい選択に拠って進んでいる限り、そなたは其の検証として、常にノスフェラスの消息と出会うでしょう。
ランドックの消息に遭うならば、王は、道を誤ったのです。
では、王よ…ランドックの帝王、豹頭の追放者よ。
アウラ・カーの名に於いて、祝福を)
9個の思考波を組み合わせた《パスワード》が再び閃き、深層の記憶に至る経路を遮断。
「北に一匹の豹が現れ、世界を守るでろう」
世界各地の霊域、神殿に記された予言の主。
異世界の暁渡り、次元間移動能力者の声が途絶えた。
永遠とも思える一瞬が過ぎ、記憶封鎖《メモリー・プロテクト》が復活。
グインの記憶には、何も残っていなかった。
不安を湛えた暁の瞳を瞠り、リンダが彼を見返している。
脳裏の片隅に遺された時空超越者の置き土産、催眠暗示命令《ヒュプノ・ブロック》が起動。
キレノア大陸全域の運命を担う異形の存在、ケイロニアの豹頭王は無意識に叫んだ。
「ランドックのグイン、アウラ・カーの名に於いて命令する!
4人全員を乗せ、マルガに移動せよ!!」
脳波伝達装置は精神波入力モード、レムスに憑依した竜王の黒魔道にも読み取れぬ。
思考波を遮断する異様な銀色の頭巾、鏡の様な兜の内部に銀色の《声》が響く。
( 第十三号転送機の移動は《ランドシアⅶ》、メイン・システムの許可が必要です。
訂正、登録名<ランドックのグイン>は<ファイナル・マスター>として登録済み。
反重力推進機構の駆動、形状転換《トランスフォーム》を希望されますか?
飛行形態に移行する事で、大気圏内を超音速で移動可能となります )
「許可する、飛行形態に移行せよ!」
グインは機械特有の論理的、杓子定規な確認に怒鳴り声で応じた。
「どうなってるの、グイン!
飛行形態って、何の事!?」
リンダは荒れ狂う感情を抑えきれず、悲鳴を上げるが。
アドレアン公子も驚愕の展開、理解不能な異常事態の連続に怯えていたが。
ケイロニア王は恐慌状態の大波を懸命に堪え、沈黙を守る若武者を見直した。
「俺にも、よくわからんが。
古代機械ごと、マルガに行けるらしい。
リンダ、アドレアン、そこに座れ!」
何が起こるか分からないのは、グインも同じだ。
指示に従って、行動するしかない。
《コンソール》に着席した儘、スニを受け取り茶色の椅子を指さす。
2人が着席すると伸び縮みする帯の様な物が現れ、身体を勝手に固定する。
微かな噴射音が響き、麻酔薬を散布。
3人が意識を喪った直後、パロ聖王宮の一角で大音響が轟いた。
ヤーンの塔を壊さぬ様に設計された地下格納庫、秘密の通路から異世界の秘蹟が出現。
空中浮揚の術を操る魔道師の如く、水晶の様に透き通る物体は周囲の重力場を操作。
レムスの見た夢の中の光景と同様、円盤状に姿を変えた星の秘蹟が空を舞う。
謎の物体は遙か彼方に消え去り、クリスタルの上空には銀色の軌跡が残された。
グインは、丸い瞳を開いた。
黄金と黒玉の戦士は軽く頭を振り、現実に心を引き戻す。
ヤーンの塔に隠された超科学の秘蹟、古代機械の解答に拠れば内部。
パロ聖王国の首都クリスタルを離れ、マルガ上空に移動した筈だが。
「ここは、何処だ?」
( マルガ郊外、星の森の上空です )
古代機械の《声》が、グインの脳裏に送り込まれた。
上空?
下にいる人間からは、どんな風に見えるのだろう
思わず生じた疑問に、機械が応えた。
空中浮揚する光の円盤を地上から見た3次元映像が、グインの脳裏に映る。
甦る記憶があった。
無人島から飛び立った、光の珠。
洞窟の奥に潜んでいた、古代機械に酷似する物体と異様な赤子。
嵐の夜に海へ身を投じた直後、水中を魚の様に自在に動き接近してきた輝く船。
グインを救い、『アウラ・カーの名において』と告げた光る人影。
「他の魔道師に盗聴されぬ様、アルド・ナリスと思考を交換する方法はあるか?」
要領を掴んだ豹頭の戦士は、素直に訊いた。
自分であれこれ考えるより、機械に聞いた方が早い。
( 精神波増幅装置の使用により、念話のコンタクトが可能です。
盗聴を防ぐ為に第3段階の思考波スクリーン、雑音妨害の併用をお勧めします )
「頼む」
短く答えると再び、光る管の纏わり付く兜の様な物体が頭の上に降下。
( セカンド・マスター<アルド・ナリス>の精神波周波数に同期《シンクロ》完了。
送信する思考をどうぞ )
グインの身体は無意識の内に動き、表層の記憶に無い習熟した仕草で丸い頭に装着。
まるで使い慣れた装置を使用する様に《思考》を閃かせ、精神接触《コンタクト》の確立を待つ。
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