戦国異伝
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第百二十八話 促しその八
「是非共」
「ではお言葉に甘えまして」
こうして宗滴はその南蛮の菓子を手に取り口に入れた、その味は彼がはじめて味わうものだった。
ふわりとした食感に優しい包み込む様な甘さ、それはかなりの美味だった。
それで一口食べてからこう信長に言ったのである。
「これだけ美味なものは」
「口にしたことがなかったか」
「美味でありますな」
これが宗滴の感想である。
「まことに」
「ははは、喜んでくれたのなら何よりじゃ」
「これだけのものを馳走して頂けるとは」
宗滴はそこから見たのだ、信長を。
「南蛮の高価なものを」
「いやいや、わしの道楽じゃ」
信長は笑って言うがこれもまた宗滴が見たものだった。。
「わしは甘いものが好きでな」
「いえ、甘いだけではありませぬ」
宗滴が見たもの、それはというのだ。
「見事です」
「菓子を食った位で大袈裟ではないか」
信長は宗滴の言葉をはぐらかす、そのうえで。
彼は今度はこう言ったのだった。
「まあ菓子を食った後はじゃ」
「はい、茶ですな」
「それですな」
「わしが淹れようぞ」
信長自らがだというのだ。
「皆も飲んでくれ」
「はい、さすれば」
「殿の茶を下され」
「無論宗滴殿もじゃ」
彼もだと言ってだった、そうして。
信長は実際に茶を淹れる、その茶を淹れる動きもだった。
それを見てもだった、信長は宗滴が見るに足るものだった。
一見すると大雑把だが実は繊細でしかも無駄がない、しかも速い。
茶も全く零れない、宗滴は全てを見た、
そして茶を飲む、その味もだった。
大胆な様でその底には細やかさがあり何処までも深い、尚且つ何処までも広がるものがある。それが信長の茶だった。
それを飲みそして言うのだった。
「見事なお手前で」
「どうも」
「まことによき茶でありました」
「して宗滴殿」
信長は茶を飲み終えた宗滴にあらためて言う。
「頼みたいことがあるのだが」
「それは何でしょうか」
「義景殿に文を届けてもらいたい」
こう言ったのである。
「そうしてもらえるか」
「文をですか」
「そうじゃ」
確かな顔で告げる。
「わしからの文じゃがな」
「わかりました」
宗滴もまた確かな声で答えた。
「ではお預かりした文は」
「うむ」
「殿にお渡しさせて頂きます」
「頼んだぞ」
宗滴は信長からの文を受け取りそのうえで越前に戻った、だがその道中で長年仕えている彼の家臣達にこう言ったのだった。
道中は彼等の他は誰もいない、それでこっそりと言ったのである。
「右大臣殿はかなりの方よ」
「うつけではなくですか」
「かなりの方でありますか」
「そうじゃ、かなりの方じゃ」
こう言ったのである。
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