やはり俺達の青春ラブコメは間違っている。
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第四章
このクラスはとりあえず、まあ……大変そうである。
ざぁざぁと窓ガラスに吹き付ける雨音を他所に、四時限目の終わりを告げるチャイムの音が緩やかに校内に響き渡る。
くあ、っと欠伸をして、背筋を伸ばすと、この教室に新たな音が加わった。
「何だかうるさくなってきたらしい……」
俺が部室で過ごしていた三時限目までの間に、外はさっきも言ったようにどしゃ降りの雨となり、もはや部室は理想の一室ではなく町の向こうの遠雷が囁く、そんな冷たい独房のようになっていた。
……ふぅ、ネームプレート外すと外界の様子が分かりづらくなるんだな。おかげで窓開け放したまんま、雨でずぶ濡れになったわ。……やばい、風邪引く。
ちなみに俺は医者に認知してもらえないはおろか、保険証があるのかすら把握していないので直接的に病気は命の危機に発展する。我ながら病弱な体で良く生きてきたものだ。素直に感心してしまう。
それにしても四時限目になって、のこのこやって来たと言うのに、誰一人として遅刻を咎める人間がいないのはどうかと思う。先生諸君、真面目に仕事しろ。
片手間に完全犯罪実行可能、警察涙目。……けどその『罪』さえ認識されない俺って完全犯罪でもなくただの完全だな。完全、完璧……(笑)。まあ、今現在『劣化大嘘○き』の如く、弱体化の一途をたどる俺の『病気』なわけだが……。
今じゃ一部、特定の状況下において機能しない。いわばポンコツ一歩手前の状態だ。そして、だんだんその状況下に慣れてきている。
つまり、今、数十人の生徒がいる教室で毛布をひっかぶり、ほくほく顔でラノベを読んでいることを除けば、いたって普通の高校生になっているのだ。……ホットコーヒーとチョコチップスティックパンうまし!
それと、付け加えるようで申し訳してもすぐ忘れられるから、実際どうでもいいんだけど、さすがに授業中にコーヒーぐびぐび飲んでいるわけじゃない。……うん、そう言うわけじゃない。
ほら、四時限目が終われば昼食なのだ。だから俺はコーヒーを飲みながら、ほくほく顔で読書を楽しむし、
購買に走る者も、机の上で弁当を広げる者も現れるわけだ。
それで机をガタガタガタガタ音を発てながら動かす奴らが出てきて「うるさくなってきた」と呟いたのだ。
授業中は張り詰めていた「自重の糸」がここに来て、プッツリと切れていた。
普段。……と、言うのも雨のない日は比企谷には比企谷の、俺には俺のベストプレイスが在るのだが……。残念なことにそこは屋外にあった。
――まあ、何処も大して変わらんけどね。あー、毛布ぬくぬく♪
そして「歯がない」は全くクオリティが落ちないなぁ……。主人公は地獄に堕ちれば良いのに。
そう言えば、よく「歯がない」をリア充ハーレム爆発しろ! と、言うと「は? 主人公(おっさん)友達いないだろアホか?」と返すやついるけど、一日の時間。つまり二十四時間の内、十~十五パーセントを美少女と共にしたら『リア充』であるという国家の規定なので、悪しからず。
それにしたって本を部室に忘れた比企谷クン、ザま……ドンマイ。
比企谷が、「そう言ったところで後の祭り。英語で言えば、――それは祭りのあとじゃねぇか……」と、独り言を言うのをチラと見て、だらだらと一人過ごした。
ボソボソと喋ってよく聞こえなかったが、どうせ後の祭りをアフター・ザ・フェスティバルとか言って、一人ボケ or ツッコミを空気に向けて披露でもしてたんだろう。……うわっ、寂し! ……と、俺も独り言を呟く。
ああ! そうさ、ぼっちは退屈。俺の好きな「キャラ」的に言えば『まあ、その退屈』『嫌いじゃないぜ』と言ったところなんだが、ぼっちで在ると独り言が自然多くなってしまう。
比企谷に至っては家で熱唱とかしてる。……あれはマジでやめてほしい。
昨日、マ○ラタウンさながらに由比ヶ浜さんとサヨナラバイバイした後、旅(徘徊)に出るついでに比企谷の家まで八十円を返しに行ったとき。玄関を開けると『MOTTO! MOT――おふぅんっ……』とかなるの、やめてほしい。こっちまでトラウマを作ってしまう。
もうノックなしでは部屋に入れない。
『――~♪』
んーっ、もうっ! お前ってやつはツッコミどころ多すぎっ☆ 自重の箍が外れてまうわっ!
あの後、『さ、さすがに学校じゃ歌ったりしねぇよ』とか何とか言ってた癖に、今歌ってる鼻歌はなに? もしかして鼻歌は良いよってオチか? ……しかもプリキュアァアア! ユーアー高校生!
「(確かに雨音でカバーされて俺以外には聞かれてないかも知れねぇけどさ……)」
こちとらその雨の雰囲気で過敏になっとんじゃい! 気になる。お前の鼻歌超気になる!
そんな俺の気を引き付けて止まない、「いーれーて」の一言は言えなくて、いつもクラスのリクリエーションのフットベースをやると、クラスの中心人物二人がじゃんけんして勝ったら自分のチームに入れたいやつを選べるルールで一人、「僕はいつ選ばれるのかなー、ドキドキ」って期待したまま残されてた比企谷クンってば、今日もリア充のグループを眺めては嘯くように戯れ言を吐く。
そうだなぁ……。比企谷が「いーれーて」と言ったとして、やつが群れに混ざれるとは考えにくい。
俺は比企谷の視線の先のオタク予備軍に目をやって口をつぐみ、欠伸をこらえていた。
ちなみにオタク予備軍とは、金髪でチャラチャラしたリア充とは程遠く、立場の弱めな奴等ではあるものの、群れをなし、ゲームに興じると言うものである。ってかゲームは不要物だろ。
まあ、俺が言えたことでもなし……、くそっ! なんで俺が好むキャラは攻略対象じゃねぇんだ! ああ、ちくしょう。また一人学園祭エンドだ……。
それにしても、まあ、金髪リア充って何なんだろうな。昔々、あるところで「金髪ってのは、なんだ? 自由を楽しみたくて染めちゃうもんなんだ」とか聞いたことがあるけれど、就職の面接じゃ黒く染めんだろ? そんな自重する自由なんかあるか! どうどうと金髪で臨めよ。……んで就職失敗しろ。自業自得を知れ。
おそらく、あいつらのソレは自由ではない。……自由というのは社会や世界から抜け出して自分だけの新しい世界で生きてくことだろ。……俺じゃん! なら自由はいらない。今日から自由は『自由(笑)』に改名しろ!
結論、お前らのソレも独りよがりのオナ――。
まあ、自由ってのは好き勝手を貫くことだろ。
徹底してないソレは今の俺と同じ、ただの粋がったポンコツだ。
でも首輪さえ外してりゃあ、わりに徹底してるな、俺。……どうなんだろうな。自由ってのを意識した時点でそれは『自由』じゃないのかもなぁ……。うっわ、めんどくせ。結局は考えるなってことかぁ?
だとしたら『死』というのはかなり自由かも知れない? んなわけあるか、認識してこその自由だろう。あれ? よく考えなくても生きるの面倒だしさっさと死んじゃおうかな? 無論、痛いから死なねーよなんて言わない。痛そうでも案外死んだ瞬間大したこと無くなりそうだし。
だが、あえて言うなら。俺は今日もチョコチップスティックパンが美味しいから死なない。いや、そこまでうまくもないんだけどね?
ただ、今死んでも、八十年後死んでも、人生の中身は一向にゼロ。ゼロだからだ。
それに、ほら、俺さー、ボーッとしてんの好きなんだよ。
俺は机に伏せながらチョコスティックをむしゃむしゃやって、ちっぽけな髪を染めるなんて自由で満足する、ただの猿たちを見ていた。同じアホなら踊らにゃ損損♪ という歌があったような無かったような、どうでもいいような気がしてきたが、俺は同じアホ猿でも踊るのは疲れるので戯れる気はない。
それより同じアホなら踊らないと損なんて訳のわからない一方的な価値観持ってくんなよ……。損か得かは俺自身が決めることだ。なのでその歌には例のフレーズの後に、※ちなみに、作詞者個人の見解です。と、注意書を入れろ! まあ、んな歌は唱わねぇけどさ……。
そう嘯いて、どうでもいいこと嘘吹いて、リア充と呼ばれる連中を見ていた。
おーおー、あれが比企谷の言ってた、は……アレ、何だっけ?
俺が名前を忘れるほど興味のなかったソイツはクラスのリーダーなのだそうで。いやはや興味もねぇ。何故なら俺がこのクラスの人間なのかさえ怪しいのだからな! と独り言。
――はやまはやと。俺が読みだけ思い出せたソイツは、俗にいうオサレ系イケメン男子だ。そしてサッカー部のエースで次期部長候補。っと、これは比企谷情報。
それと、俺のクラスへの理解は大抵、比企谷経由の情報だ。
そうして俺は「はやまはやと」を長時間眺めていた。
「いやー、今日は無理だわ。部活あるし」
「別に一日くらいよくなくない? 今日ね、サーティワンでダブルが安いんだよ。あーしチョコとショコラのダブルが食べたい」
楽しげに毛繕いしてやがる。なんて微笑ましい。
それと俺はサーティワンアイス全品タダですっ☆
「それどっちもチョコじゃん(笑)」
「えぇー。ぜんぜん違うし。ていうか超お腹減ったし」
そう声を荒らげるのは一人称が「あーし」のみう――何とかあーし。名前なんか知らねぇよ。いっつも授業すら受けてねぇんだから……。いつも? いつもは屋上で読書が定番!
蛇足だがあーしさんについては特になし。
それにしても制服はだけてますね。比企谷くんは「花魁かよ」と言ってましたが僕は襲われた後みたいでエロいと思います。以上です。あと化粧濃いです。
「悪いけど、今日はパスな」
葉山が仕切り直すようにフォローすると、あーしは虚をつかれたような顔になる。……うわっ、よく見るとさらに化粧濃っ!
俺が目くじらをたてるのとは裏腹に、はやまはやと。略してはやまは、声高に言い放った。
「悪い。俺ら、今年はマジで国立狙ってっから」
国立? 国立じゃなくて? ……はっ、ムリムリ。地区レベル、地区レベル。
「……ぶはっ」
「……」
比企谷の笑い声が聞こえた。
確かにお笑いものだよね。こう言う場で公言するところが嫌いだ。
本気で勝ちたいなら人知れず努力してりゃいいだろ。「今日は無理。わりぃな」で済むだろ。いちいち何かカッコいいこと言ったみたいな雰囲気作るなよ。寒気がする。……あと、すごく嘘臭く聞こえるから。
……まあ、無理なやつは無理だろ。興味ねぇや。……どうせ負ける、目でわかる。
チームプレーがどうのこうの言って馴れ合って、個々の技術が無くて負ける。最後の詰めが甘くて負ける。
「それにさー、ゆみこ。あんまり食いすぎると後悔するぞ」
致死率百パーセントの世界で後悔も糞もあるかよ。
「あーしいくら食べても太んないし。あー、やっぱ今日も食べるしかないかー。ね、ユイ」
「やーほんと優美子マージ神スタイルだよねー脚とか超キレー。で、あたしちょっと…」
あ! 由比ヶ浜さんだ! やっは――飽きた。
「えーそうかなー。でも雪ノ下さんとかいう子のほうがやばくない?」
「あー、確かに雪ノ下さんはやば」
「…………」
「……あ、や、でも優美子のほうが華やかというか!」
自分で雪ノ下のほうがとか言っといて眉寄せんなよ、あーし。
そういえば比企谷はあーしを『女王』なんて揶揄してたけど、猿山のでしょ? メス猿には興味ねぇなあ……。あと、あーしだと名前っぽくないから以下「縦ロール」ね。
気分を悪くした縦ロール。……ああ、「ケーキ」を付けたくなってきた。自重。
「ま、いんじゃね。部活の後でいいなら俺も付き合うよ」
はやまが空気を察したのか、またもやフォローに出る。
その一言で女王(笑)の機嫌は良くなり、ロール……と呼ぶのも面倒だがケーキは「おっけ、じゃメールして?」なんてなぜか目を背けたくなる笑顔で会話を再開させた。……それにしても、たかがクラスの中心ってだけで女王とか比企谷は中二病丸出しだと思う。俺はそんなアホみたいなことは考えない。
考えてみてほしい。俺は雪ノ下雪乃を「完璧」と揶揄したことがある。
しかし、言ってしまえばそれは単なる無意味で身勝手で怠惰な「ネタ」でしかない。そもそも貧乳と巨乳で印象の違いがある時点で俺はその持ち主を完璧とは認めない。……程度の低い完璧だ。
……何て突然俺が完璧について語り出したら中二病だろ?
つまり哲学者は皆中二病なんですね、分かります。存在定義がどうとか男女間の友情がどうとか、可能性とか価値観の違いとか、分かってもお婆ちゃんの知恵袋程度の役にしかたたない不鮮明な語彙を求めるのですね。……面倒だとは、思わないのでしょうか?
そうか、みんな病気だったのか……。
お前もだろ!と、言われるかも知れないが、語りでもしなければお話にならない。納得しづらいとは思うが、一生部屋に引き込もってパンを食い続ける話が聞きたければ文句をつけると良い。
俺は無理矢理に奉仕部に入部させられ、嘘や誤魔化し、いい加減な馴れ合いで作った小話を連中に提供しているだけなのだから。
斯くしてクラスなんて言う小規模にも程がある世界の中心人物ってだけで女王だなんて、正直くだらない。
だから比企谷等々。クラスで一応存在している輩と違って、俺に気まずい、怖い、なんて感情はありえない。そんなだから他人に対し、大して興味もない。だから僕は人で在ることができ、しかし人で在ることを証明できず、結果的に押し付けることになっていたわけだが。
俺はそんなことをボーッと頭の中で思考してみていた。そして由比ヶ浜さんが比企谷の方を見ていた。何やら決心した目。……熱意だけで空回る無知で浅はかな子供の目にもとれる瞳の色だった。
「あの……あたし、お昼ちょっと行くところあるから……」
「あ、そーなん?じゃさ、帰りにあれ買ってきてよ、レモンティー。あーし、今日飲みもん持ってくんの忘れてさー。パンだし、お茶ないときついじゃん?」
「え、え、けどほらあたし、お昼まるまるいないからそれもちょっとどうだろーみたいな……」
由比ヶ浜さんが困ったような、あくまでも「そんなような顔」で言うと、女お……ちょっと、もう勘弁してよ(笑)な「あーしロール」さんは瞬間、顔を強張らせた。
あーしロールは、自分が数年来手懐け飼い慣らしていた民に、無理矢理に連れられ処刑台の前に立たされた女王のような……。そんなニュアンスを感じられるような呆然とした怒りの表情を、その強張った顔に浮かべた。
今の今までどんな無理難題を押し付けて、妥協させ続けていた由比ヶ浜さんに、自分の要望を聞き入れて貰えない。――考えてみればそれは当たり前だ。しかし、女王はいつも、そしてどんな小規模でも、世間知らずで常識はずれ。彼女からすれば当然で、くだらないことも、くだらなく『裏切り』に映ってしまうのだろう。
バカな話である。全く、事実は小説より奇なりとは、別段大したこともない。実に創造性に溢れた言葉だ。
――そんなこともチョコパンが美味いのと同義である。……興味もわかないな。
「は、え、ちょ、なになに?なんかさー、ユイこないだもそんなん言って放課後ばっくれなかった?ちょっと最近付き合い悪くない?」
「やー、それはなんて言うかやむにやまれぬと言うか私事で恐縮ですと言うか……」
――くだらない。相変わらずだ。
最早くだらないと思うことすらくだらない。
俺は普段より、物事に関して面白いと感じることは、まずない。大抵はそんな風にデタラメを吹き回して、無価値に生きている。しかし、……しかしだ。
感情の変化に乏しい俺を、仮にゼロとするなら、面白くない普段をゼロとするなら、今現在の不愉快な俺は、確実に不機嫌だ。
マイナスだから興味がないに越したことはないが、これはダメだ。あまりにも邪魔すぎる。
……不愉快だった。
由比ヶ浜さんに「きっと助けてはくれない」と、信頼されている俺ではあるが……。俺は、まだ信用できずにいる。考えてもみろ。自分のことを殺してくれると信じてた、と笑って言う人間がいるか?残念ながらそんな彼女ににこやかにナイフを突き刺せるほど、俺はもう『無関係』でない。我ながら中途半端になってしまったものだ。
「それじゃわかんないから。言いたいことあんならはっきり言いなよ。あーしら、友達じゃん。そういうさー、隠しごと?とかよくなくない?」
「ごめん……」
――信じられないのは俺の方で……。彼女は本当に俺を信じてくれているのだろうか?
「でもどうだっていいんだ」
そう苦しげな顔をして、ぼやきつつ……席を立ち上がる。
しかし、俺はすぐに顔を崩してニヤッと笑った。――どーでもいい。悪いが俺にこだわりはない。……こだわるのは、もうコーヒーだけで手一杯だ。
そしてなんと言う偶然だろうか。なんと言うか真面目に考えるとそれはたまたまである。
――比企谷八幡。友達も彼女も、サークルも、群れも、愛と勇気すらも共にしない彼にとって、食事くらいは細やかに楽しいものであるべきであり、幸せであるべきなのだ。
そんな掠れた幸せを守る、「変わらない自身の幸福」を望むから、彼も立ち上がった。
それは俺も比企谷も同じだけど……。由比ヶ浜結衣に特別な感情を抱いてなどいないのだけれども、見捨てたって自分はきっと平気かも知れないけど……、やはり。
――女の子はアホみたく笑顔を振りまいているべきなんだ!
まったく、彼女のシリアスなど観ていられない。
それにこの青春活劇。パンが不味くなるんだよ、ksが!
「だーからー、ごめんじゃなくて。なんか言いたいことあんでしょ?」
言いたいことだあ?いやぁ、いくら可愛い女子高生だからって、ふざけるのもよしてよねー。『……言わせたいの間違いだろ。』アホの子は許せても阿呆はいらないな。
比企谷……。お前だって他人にメシ不味くさせられたら、そりゃあ、気に入らないだろ?
――言ってやれよ。期待してる。
「おいっ!その辺で――」
「 る っ さ い 」
「そそっ、その辺でのび……飲み物でも買ってこよぉーかなぁー。で、でもやめておこうかなぁ……」
――やめとけよ。と言い切れぬまま比企谷撃沈……。このアホが!
まあ、仕方ないや。しかも、いい気分転換になった。
とりあえず「すすっ、すびばぜんでじたっ」とか平謝りにならなかった点だけでも、よくやったよ。……ってことにしておこう。
スッ、とまるで最初から存在しなかったかのように自分の席に縮こまるヒキなんて完全に無視して、あーしは由比ヶ浜結衣を上から見下ろし、またもや意味の分からないことを言い出す。
「あんさー、ユイのために言うけどさ、そういうはっきりしない態度って結構イラッとくんだよね」
結局お前がイライラしてるだけ。本当に――。バカなやつだ。
それにしたって由比ヶ浜さんは実に気の毒だなぁ。
「……ごめん」
「またそれ?」
はっ、とバカなあーしは呆れ顔から怒りを滲ませ、無駄に高圧に嘲笑した。
自分の正しさを主張している人間ほど見苦しいものはない。……それが、実際正しくなければもっとだ。
めんどくさいね。本当にめんどくさいね。
さっさと終わりにしてくれよ。拙いんだよ、お前ら。……特にあーし。
――友達なんて言いながら結局お前は……!
そう嘯いて、俺が立ったまま細い目であーしを見据えると、意外にも比企谷八幡が再度立ち上がった。……いや、意外は余計だったみたいだ。比企谷の目は、腐ってはいるのだが、どこか人間味を感じさせた。
「ね、ユイー、どこ見てんの?あんたさぁさっきから謝ってばかりだけど」
そして、比企谷の目線の先にいる由比ヶ浜さんの目は涙で濡れていた。
「ごめん――」
僕は、今まで、こんなにも不甲斐なさを感じたことはない。
くだらなくて、くだらなくて。あっさり消してしまいたいくらいだ。
――その時、ガラッと音がして、雪ノ下雪乃は現れた。
「謝る相手が違うわよ、由比ヶ浜さん」
その声は、透き通った清流のような、紛れもなく前述の通りの人物だった。
全てが一度終わって、また作り直されたように感じられるほどの空気の変化が起こり、観客の視線はおろか、拙い大根役者の目さえ彼女のほう一点に集まった。
「由比ヶ浜さん。自分でやってみると言っておきながら私に相談して……。かと思ったらまた待ち合わせの時間に来ないなんて、連絡の一本でも入れるのが筋ではないのかしら?まったく、彼がうつったのかしら」
その彼が誰なのか小一時間ほど問い質したく……はいはい俺ですね。わかってます!
「ご、ごめんね。あ、でもあたし雪ノ下さんの電話番号なんて知らされてないよ?」
「そう、だったかしら?それなら一概にもあなただけに否があるとは言えないわね。今回は不問ということにするわ」
空気を読まない彼女ではあったが、そこからは速かった。
あっさりあーしを言いくるめ、お山の大将気取りだの何だのと暴言を吐きつつも、最後に一言いい放つ、そして終わる……ハズだった。
「お山の大将気取りで虚勢を張るのは結構だけど、自分の縄張りのなかだけにしなさい。あなたの今のメイク同様、すぐ剥がれるわよ」
「……はっ?なに言ってんの?意味わかんないしっ!」
「……っ!?くっ」
少しだけ目を濡らしたあーしは雪ノ下に掴みかかろうとしたのだ。驚くことでもない。
仮に、もしこれが青春の一頁を書き綴った、コメディありきのライトノベルであれば、間違いなくここで物語は幕引きだろう。しかし、ここは現実である。
雪ノ下に暴言浴びせかけられて、怒りを向けてこないはずもない。
喧騒の中、俺はポケットから刃渡り数十センチのナイフを取り出して二人の方に軽く向けると、にっこりと満面の笑みを浮かべてからなるべく楽しそうに言った。
『突然なんだけどさ……。――俺に易しくて分かりやすいお説教をされるのと、このナイフで頬をいやらしく撫でられながら俺の中学生時代からの赤面必須なとっておき猥談を聞かされるの、どっちがいい?ちなみに俺は猥談推しょ……』
「「……」」
二人が不服そうに「易しい説教で」と言うのを満足げに聞いてから、こっそりとナイフをポッケに戻した。
そして由比ヶ浜さんに微笑みかけて、少し気まずいけれど、静かに告げる。
「……君が、信じた通りだったかなあ?」
「桐山くん、そのネームプレート気に入ってくれたんだね。……うん、信じた通り!やっぱり最悪の登場だね!」
「ありがとー、由比ヶ浜さん」
じゃあ、説教が必要だなぁ。そもそも俺は由比ヶ浜さんがあーしと落ち着いて話す機会を与えなければならない。つまり雪ノ下のように無理に言いくるめて、刺激してはいけないのだ。
なだらかに否定し、楽しげに罵倒し、さらっとしれっと本質を告げることだ。
それでは、さっさと終わりにして昼食を頂くとしよう。
俺は二人のか弱い女の子を見下しながら、呆れたように、見果てたように白けた視線を投げ掛けた。
それにしても雪ノ下雪乃。ダメな奉仕部部長である。
後書き
ここでいったん書き終わりです。実は正直すごく酷い出来だと思ってます。
ご希望とあらばこちらも是非是非、改善します。自分でもちょっと手を抜いたかな、と。
お暇にお暇が重なれば、是非ご感想をください。
他にも誤字の訂正など、至らない部分がありましたら、可能な限りご報告ください。
批判はあまりしてほしくはありません。
是非、『批評』をしていただきたいと思っております。つまり、どんな些細なものでも良いので、理由をつけてほしいのです。その方がこちらとしても改善していけるので嬉しいです。
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