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コシ=ファン=トゥッテ

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第一幕その七


第一幕その七

「どうされました?一体」
「デスピーナ、剣はない?」
「毒は」
「そんな朝食のメニューはありませんけれど」
 デスピーナと呼ばれたメイドはおどけて二人に返す。
「あるのはゆで卵にソーセージに白パンですけれど」
「そうなの」
「どちらもないのね」
「お昼はパスタですよ」
 これは言われてもいないのに出した言葉だ。
「トマトとガーリックをふんだんに使った」
「ええ、けれど」
「今は食欲がないのよ」
「またどうして」
「今は一人にしていて」
 ドラベッラが憂いに満ちた顔で言った。
「悲しい恋の終わりよ。もう窓も閉めて」
「こんなにいいお天気で?」
「光がもう辛いの。吸っているこの空気だって」
「潮風の味がしてとてもいい空気ですのに」
「私自身がたまらない。苦しみをからかうのは誰?」
「少なくとも私ではありませんよ」
 嘆き悲しむドラベッラに対してデスピーナはあくまで明るい。
「それは御安心よ」
「わかってるわ。だから」
「だから?」
「今は一人にして欲しいの」
 こう言うのである。あくまで。
「私を苦しめるやみ難いこの恋心。この心から去らないように」
「去らない?」
「苦しみ私が死に絶えるまで。若し命永らえたら復讐の女神に」
「エリスに。また物騒な」
「運命の恋の惨めな実例を見せてあげます。私のこの溜息の凄まじい音と共に」
「またどうしてそこまで?」
 デスピーナは首を傾げながらドラベッラに問う。そのうえでフィオルディリージも見る。
「フィオルディリージ様もどうして」
「大変なことになったのよ」
「大変なこと?」
 またドラベッラの言葉に首を傾げる。
「何ですか、それで」
「あの人達がナポリを出たのよ」
「何だ、そんなことですか」
 フィオルディリージからそれを聞いて明るく笑い返すのだった。
「でしたらすぐお帰りになられますよ」
「それはわからないわ」
 しかしドラベッラは彼女の言葉に悲しげに首を横に振った。
「それはもう」
「わからない筈がありませんが」
 デスピーナにすればそうでしかない。
「そもそもどちらへ」
「戦場よ」
「あら、それは尚更結構なことですね」
 ドラベッラのこの言葉を聞いてもまた笑うだけだった。
「勲章を付けて帰って来られますよ」
「死ぬかも知れないのに?」
「戦争で滅多に死にませんよ」
 フィオルディリージの思い詰めた言葉にも調子を変えない。
「そんなの。銃弾とか大砲で死ぬより風邪で死ぬ方がずっと多いじゃないですか」
「大丈夫だっていうの?」
「大体戦場で先頭に立つかどうかもわからないじゃないですか」
 こうも言うデスピーナだった。
「それで何で悲しむことがあります?安心していいですよ」
「けれどそれでもよ」
「何かあったらと思うと」
「はいはい、それは御聞きしました」
 両手をぱんぱんと叩いてそんな姉妹を宥めてきた。
「ではこれからのことを考えましょう」
「これからのこと?」
「そうです。人は涙で生きるものではありません」
 これはその通りだった。
 
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