ソードアート・オンライン~漆黒の剣聖~
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フェアリィ・ダンス編~妖精郷の剣聖~
第五十八話 常識と非常識
シルフ領のエントランスの騒ぎから少したった現在、ソレイユたちは空中戦闘を行っていた。あの後、エレベータを上がったといざ飛び立とうとしたときにレコンが現れ、余計なことを口走ったためリーファの手によってかわいそうなことになっていたが、気にする者はいなかった。
「なぁ、キリト君さぁ・・・もう少し考えて戦ってくれねー?」
ソレイユたちがいるのはシルフ領の北東に広がる≪古森≫の上空、もう少し飛べば森を抜けて高原地帯に差し掛かる辺りにいる。中立域であるこの森は奥に入れば入るほどレベルの高いモンスターと出くわすことが多くなる。先ほどまでソレイユたちが相手にしていた羽の生えた単眼のオオトカゲ≪イビルグランサー≫もその一体である。基礎ステータスが高いだけでなく、カース系の魔法に分類される≪邪眼≫を扱うこのモンスターはシルフの初級ダンジョンならボス級の戦闘力を持っているのだ。だが、キリトはそんなことお構いなしに身の丈ほどある片手剣を使いばっさばっさと倒していく。おまえの辞書には防御とか回避とかいう言葉はないのか、などと魔法と剣技を織り交ぜながら戦っていたソレイユは思ったくらいである。
「カース系の魔法を喰らうたびにリーファに解呪してもらうとか・・・・・・もう一度言うけど、もう少し考えて戦ってくれねー?」
戦闘を終えて手のひらをリーファと打ちつけ合うキリトに向かてソレイユは口を開いた。
「確かに、普通はもっと、回避を意識してヒットアンドアウェイを繰り返すもんだけどね。キミのはヒットアンドヒットだよ」
「その分早く片付いていいじゃないか」
「よし、リーファ。今度からこいつのことは援護しなくていいから」
そんなことをいうソレイユにキリトは少し慌てながら言った。
「じょ、冗談だって冗談!あ、あははは・・・それより、魔法ってのは回避できないのか?」
「その種類によるな。威力重視の直線軌道型。命中力重視の追尾軌道型。着弾地点からある一定範囲を吹き飛ばす広域殲滅型などなど上げればきりがない」
「ホーミング性能のいい魔法とか広域殲滅型の魔法を使うメイジがいる場合は常に高速で移動しながらこうするタイミングをはかる必要があるわ」
ソレイユとリーファの魔法講義にキリトはふむふむと相槌を討ちながら考えている。まぁ、二年間ずっとプレイしていたソードアート・オンラインには魔法という概念はなかったので戸惑うのも無理はないのだが。
「まぁ、キミならすぐに勘がつかめる・・・と思うよ。眼はいいみたいだしね。現実でスポーツか何かやってるの?」
「い、いやまったく」
「ふうん・・・ま、いっか。さあ、先に進みましょう」
そう言って翅を鳴らしながら三人は移動を再開した。
◆
その後、モンスターとエンカウントすることはなく無事に古森を脱して、山岳地帯に入った三人。ちょうどよく滞空時間に限界が来たため山の裾野を形成する草原の端に降下することにした。
「さて、と・・・これから先は歩き、か」
「そうね。空の旅はしばらくお預けね」
ソレイユの言葉にリーファが同意する。そのことに疑問を感じたキリトは二人に聞いた。
「何でだ?」
「あの山が飛行限界高度より高いせいだ。だから洞窟なんてものが用意されてんだ」
「シルフ領からアルンに向かう一番の難所、らしいわ。あたしもここからは初めてなのよ」
「なるほどね・・・・・・洞窟か、長いの?」
「かなり。途中に鉱山都市があって、そこで休めるらしいけど・・・それより、二人とも今日はまだ時間だいじょうぶ?」
「リアルだろ夜七時か。俺は当分平気だよ」
「右に同じ」
「そう、じゃここで一回ローテアウトしよっか」
「ろ、ろーて?」
聞き慣れない言葉にキリトが疑問の声を上げる。
「交代でログアウト休憩するってことだ。長時間のプレイは疲れるからな」
「そういうこと。中立地帯だから、即落ち出来ないの。だからかわりばんこに落ちて、残った人が空っぽのアバターを守るのよ」
「なるほど、了解。リーファとソレイユからお先にどうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。二十分程よろしく」
「おれは少し遅くなるから」
「何でだ?」
「姉たちの夕飯作らなきゃならんのよ」
その言葉に納得するキリト。もっとも、件の姉たちがこれを聞いたら自分で用意するから大丈夫だ、というかもしれないのだが。
◆
ベッドの上で覚醒する桜火。ゆっくりと瞼を開け、アミュスフィアを外しベットの縁に腰掛けるように上体を起こす。首を振り、軽くストレッチをするとベッドから立ち上がり、自室を出て行く。
「さて、夕飯は何しようか」
今日は特に何も聞いてないし、スマホを見ても特に連絡は入っていないので帰ってくるのだろう。ならば高確率で恋人たる彼女もつれてくるだろう。ならば少し多めに作るか、なんてことを思いながら冷蔵庫を覗きながら夕食の献立を考える。
「今日の夕食は簡単にハヤシライスにするかね」
献立が決まれば後は調理するだけ。時間も限られているのですぐに桜火は調理に取り掛かった。
薄切りの牛肉に、食塩、コショウで下味をつけ、小麦粉をまぶし、タマネギを薄切りにニンニクを微塵切りにしてから鍋に油を熱してニンニクを炒める。
そこに加えて牛肉を肉の色が変わるまで炒める。肉の色が変わったら一度取り出し、バターを鍋に溶かしてタマネギをしんなりするまで炒める。
そしたら肉を戻し、マッシュルームと水、赤ワインを加えて十分程煮込み、更にデミグラスソースとトマト、ウスターソースを加えて十分程煮込む。市販のルー?そんな使い勝手のいいもの、都合よく置いていない。
二回目の煮込み時間に桜火はシャワーを浴びにいった。IHなので引火して火事になるという心配はあんまりきにしている様子はない(絶対ではない)が、普通ならばそんなことしてはいけない。
シャワーを浴び終えると、ちょうど十分たっていた。なので隠し味を入れて数秒煮込んでから、火(?)を一番弱火にしてサラダを作っていく。早炊きで焚いていたごはんも問題なくできている。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
タイミングよく姉たちが帰ってきた。推測通り、恋人さんも一緒のようである。
「おかえり。すぐ飯になるけど、どうする?」
それを聞いた焔は気の利きすぎる弟に苦笑いしながら首を縦に振った。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「それで、今どこまで行ったの?」
「シルフ領の近くにある古森を抜けて山岳地帯に差し掛かったところ」
ハヤシライスをつつきながらALOについて話している。
「焔から君の考えは聞いてるけど、本当にそんなことできるの?」
「まぁ、やり方なんて色々あると思うよ?きれるカードはきるべきだ。それに、分の悪い賭けは嫌いじゃないんでね」
「・・・なんていうか・・・翡翠さんに似てるよね、主に考え方が」
「その翡翠さんに育てられたからな、いろんな意味で」
「なるほど。だから相当な食わせ者なのね。将来が楽しみだわ」
そんな話をしながら夕食を食べ終えた桜火は、少し食休みをしてからALOにダイブしていく。
◆
ソレイユがALOに戻ると、何やらリーファが声を荒げていた。いきなりのことだったので若干驚いたソレイユだったが、特に気にしないことにした。
「ただいま。遅くなって悪かったな。何かあった?」
「おかえり。特に何もなかったよ」
「おかえりなさい、にぃに!」
「お、お帰り、ソレイユ君。それじゃあさっさと出発しましょうか。遅くなる前に鉱山都市までたどり着けないとログアウトに苦労するからね。さ、洞窟の入り口まであと少し飛ぶよ」
そう早口でまくしたてて出発しようとしたところで、キリトは古森の方へと視線を向けた。
「・・・?どうかしたの?」
「いや・・・」
「誰かに見られてる気がする、か?」
「ああ・・・ユイ、近くにプレイヤーは居るか?」
「いいえ、反応はありません」
「ならばトレーサー的なものか・・・」
「トレーサー?」
「追跡魔法のことだ。まぁ、今のところは放っておくしかないだろ。探してる時間が無駄だ」
「ああ、そうだな・・・」
そう言ってリーファをそっちのけにして完結したソレイユたちは地面を蹴って飛び立っていく。間近に迫った白い山脈。絶壁のごとくそびえ立つそれの中腹に巨大な洞窟がぽっかり黒い口を開けていた。通り抜ける風が不吉な冷気のように見え、まるで息をしているように感じる。
「・・・・・・この洞窟、名前はあるの?
「≪ルグルー回廊≫っていうのよ、確か。ルグルーっているのが鉱山都市の名前」
「ふうん・・・つか、結構暗いな。こういう時ってインプって種族は楽だよな」
「まぁ、確かにそうよね。そう言えば、キリト君って魔法スキル上げてるの?」
「あー、まあ、種族の初期設定のやつだけなら・・・使ったことはあまりないけど・・・」
「あー、なるほど」
リーファの言いたいことが分かったソレイユが言葉を引き継いだ。
「洞窟はスプリガンの得意分野だからな。灯りの魔法とかいろいろあるはずだ」
「えーと、ユイ、分かる?」
「もう、パパ、マニュアルくらい見ておいた方がいいですよ。灯りの魔法はですね・・・」
そうして始まるユイの魔法レクチャー。それを見たソレイユはどっちが親だかわからなくなったという。
一分ほどして魔法の詠唱に成功したキリトのおかげで暗視能力を付与することができた。
「わあ、これは便利ね。スプリガンも捨てたもんじゃないわね」
「はぁ・・・」
リーファの言葉を聞いたソレイユは静かに溜息を吐いた。今度、シェイドあたりと戦わせてみるのも面白いかも知れない、なんてことを考えながら。
◆
「うええーと・・・アール・デナ・レ・・・レイ・・・」
洞窟の中を歩きながら覚束ない口調で魔法の詠唱をするキリト。ユイとリーファがキリトに魔法の講義をしている最中である。ちなみに今は洞窟に入ってから二時間が経過している。その間にオークとエンカウントすること二回、コウモリもどきの群れにエンカウントすること三回。そのすべてをキリトは剣のみで蹴散らしてきた。さすがに魔法が主体のゲームでそれはどうかと思ったリーファが魔法の講義をはじめ、今やユイと二人がかりでキリトに魔法を教え込んでいるのだ。
「ふぁ~」
眠そうに欠伸をするソレイユ。剣技と魔法を織り交ぜながら戦っているソレイユに魔法講義は無意味。ましてや、インプの中でも最古参の純粋メイジであるルシフェルに教わっていたのでそんなことを今更必要ないのだ。
「俺もうピュアファイターでいいよ・・・」
何とも情けない声が洞窟内に響いた。だが、リーファは手を緩めることはしないらしい。なおも続く魔法講義。それに終止符を打ったのはルルルといった電話の呼び出し音にも似たサウンドエフェクトだった。
「あ、メッセージ入った。ごめん、ちょっと待って」
「ああ」
「あいよー」
そうして、胸より少し低い位置に出現するウインドウを操作して、メッセージを覗き込むリーファ。だが、そのメッセージに眼を通した途端、ソレイユの聴覚がある音を聞いた。
「なんだこりゃ」
メッセージに眼を通していたリーファが声を上げる。それに反応したのはキリト。
「エス・・・さ・・・し・・・す・・・うーん」
「どうしたの?」
「つか、なんか近づいてくるぞ」
「「え?」」
「ユイ?」
「はいです、にぃに!にぃにの言う通り接近する反応があります」
「モンスターか?」
「いえ――プレイヤーです。多いです・・・十二人」
「じゅうに・・・!?」
それを聞いたリーファは絶句する。通常の戦闘をするにしては多すぎる。これは明らかに実力のあるプレイヤーを排除しにかかろうとしていることがうかがえる。
「やっぱトレーサーがついてたか・・・」
そこから即座に魔法の詠唱に入るソレイユ。威力重視の直線軌道型の魔法であるが、トレーサーの使い魔を屠るには十分である。詠唱が終わる直前にトレーサーにタゲを向けると、魔法を放ちトレーサーを破壊する。
「どうするよ、隠れても恐らく無駄そうだよ?」
「街まで走るよ、二人とも!!」
「隠れるのはだめなの?」
もっともらしいことを聞くキリトだが、リーファは首を横に振った。
「隠蔽魔法を使ったとしても、高位の索敵能力者がいたらとても隠れきれない。それにさっきソレイユ君が倒したのは火属性の使い魔なの。ってことは接近しているパーティーは
・・・」
「サラマンダーか!」
察しのいいところを見せるキリト。そのやり取りの間にも足音と鎧の金属音は大きくなっていく。リーファがソレイユとキリトの二人に視線を送ると、二人はリーファの言いたいことを察して頷いた。それから、マップを確認しながら一目散に洞窟を駆け抜ける三人。どうやらこの一本道はもうすぐ終わり、その先に大きな地底湖が広がっているらしい。鉱山都市ルグルーまで逃げ切れればいいのだが、そう簡単にはいかないだろうなーなんてことを考えながらソレイユは二人に合わせて走る。
「今回のことどう思う、ソレイユ君」
「一番可能性が高いのはシルフ領の中にサラマンダーがいたということだな」
走りながら現状の原因を探るソレイユとリーファ。もし、ソレイユの仮説通りだとしたらどうやって入り込んだのかなどなど、リーファが頭を悩ませていると――
「お、湖だ」
前方を走るキリトの声がそれを中断させて意識を引き戻した。前方には仄かに光っている青黒い湖水の中央を石造りの橋が一直線に貫き、空洞の天井までつながる巨大な城門がそびえ立っていた。
「あの城門まで行けばいいのか」
「逃げ切れそうだな」
「油断して落っこちないでよ。水中に大型のモンスターがいるから」
三人が言葉を交わしながら石造りの橋を渡っていると、三人の頭上を二つの光が高速で通過した。特徴的な輝きと効果音を持ったそれは、魔法の起動弾とみて間違いなかった。だが、照準がソレイユたちから外れており、リーファはサラマンダーの悪あがきととったが、ソレイユはサラマンダーの狙いに気が付いた。
「あー、面倒なことになったなー」
のんびりと言うソレイユ。いまさら声を張り上げたところで手遅れである。頭上を通過していった起動弾はルグルーを囲う城壁の前で着弾して巨大な岩壁を作ってしまった。そのため、行く手が完全にはばまれてしまった。
「あ・・・キリト君!」
リーファの静止を聞かずに岩壁に向かって勢いよくダッシュしていくキリト。剣を抜き思い切り岩壁に打ち込むが、衝撃音と共に弾き返されてしまう。岩肌には傷一つついていない。
「無駄だ、ボケ。魔法に対抗できるのは魔法のみってのがこの世界の常識だからな」
「もっと早く言ってくれ・・・」
恨めしそうに言うキリトだが、ソレイユは自業自得だ、という一言できり伏せた。
「キミがせっかちすぎるんだよ。ソレイユ君の言うとおりだよ。これは土魔法の障壁だから物理攻撃じゃ破れないわ。攻撃魔法をいっぱい打ち込めば破壊できるけど・・・」
「その余裕があれば、やってもいいんだけどねー」
ふり向いて見ると、橋のたもとに差し掛かる紅い集団が見えた。
「飛んで回り込む・・・のは無理なのか。湖に飛び込むのはアリ?」
「ナシ。ここの湖には超高レベルの水龍型モンスターが棲んでるらしいわ。ウンディーネの援護なしに水中戦するのは自殺行為よ」
「ふぅーん・・・」
リーファの言葉にソレイユは少し考え込む。そこに、ソレイユのもとにキリトのポケットに入っていたユイが飛んできた。
「どうしたんですか、にぃに?」
「ふむ・・・なぁ、ユイ。人はチャレンジャーであるべきだと思うんだ」
「え、えっと、どうしたんですか、いきなり・・・?」
いきなりすぎてソレイユの言いたいことがわからないユイは困惑している。
「まぁ、ようはあれだ・・・難題なほど燃えるだろう、ということだ。不死鳥クエストしかりジェネシアス然り、な」
「は、はぁ・・・」
「という訳でおれは行ってくる」
「え、えっと、い、行ってらっしゃいです・・・って、え・・・ちょ・・・に、にぃに!?」
そして、ソレイユは橋の縁を飛び越えて湖へと飛び込んで行った。派手な音と水飛沫があたり一帯に響く中、突然のソレイユの奇行にユイは理解が追い付かない。そんなユイにキリトとリーファが近寄ってきた。
「ユイ、何かあったのか?それにソレイユはどこ行ったんだ?」
「えっと・・・にぃになら湖に飛び込んで行ったです」
「「は、はぁ!?」」
予想外の答えにキリトとリーファは思わず大声を上げてしまった。
「ちょ、ソレイユ君はあたしの話聞いてなかったの!?水中戦はウンディーネの援護なしじゃ自殺行為って確かにいったわよね!?」
「そこは・・・ほら、にぃにですし・・・」
「ああ、聞いてたとしてもやりかねない」
親子そろってそう言われれてしまうソレイユ。いったい彼らの中のソレイユ像というのはどういったのもなのか、一度聞いてみたいものである。
「と、とにかく、今は目の前の問題を片づけるとしましょう!ソレイユ君のことは後回しよ!」
そう言ってサラマンダーたちの方に向きなおるリーファ。キリトもそ剣を構える。そこで、キリトが不意に口を開いた。
「そういや、ホントにウンディーネの援護なしじゃ水中戦はきついのか?」
「普通のモブが相手なら問題ないと思うんだけど・・・ここにいるのは超高レベルな水龍型のモンスターだから・・・やっぱり、ウンディーネの援護がなくちゃ倒せないっていうのが常識的な考え方よ・・・」
「・・・なるほど」
それを聞いたキリトは納得したが、ユイは少しばかり思ったことを二人に聞こえない声量で呟いた。
「にぃに相手にそういう常識が通じればいいのですが・・・」
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